魔王様の替え玉である、ただの名もなき一般魔族のやらかし
ここ魔王城では、毎日のように冒険者が魔王様に挑みに来る。
ただ、そこである問題が発生した。
挑みに来る冒険者の人数が日を追うごとに増えていくという、異常事態が起こった。
それに加えて、昼夜問わず挑みに来るので魔王様に休む暇がなく、日に日に魔王様はやつれていった。
対策として、魔王城の入り口に「少しは自重しろ」と書いたチラシを貼ったり、色々な対策をしたそうだが、無視され意味がなかった。
そこで、何故魔王様に挑みに来る人の勢いが止まらないのかというと、原因は魔王様にある。
魔王様は相当なお人好しで、「来るもの拒まず去るもの追わず」それが魔王様のポリシー。
自分を殺しに来た相手を見逃すなんてもはや、いかれている。
要するに、死なないからレベルを上げるには最高の相手。
しかも、討伐したら莫大な富が手に入る、挑まない訳がない、もし俺が人間だったら間違いなく挑む。
その為、魔王様はひどくお疲れになったので、問題が解決または魔王様の心の治療が済むまでの間、替え玉を用意する事になった。
「俺が替え玉!? ……でもそれって魔王様の自業自得――」
「お願いしますッ! 魔王様に瓜二つである、あなたしかいないんですッ!」
「確かに俺はよく魔王様に間違えられますが、威厳がありません、すぐにバレて――」
「大丈夫です! しっかりフォローしますので!」
う〜ん、魔王様の替え玉かぁ……荷が重すぎる、それに――。
「……俺、自慢じゃないですがめちゃくちゃ弱いんですよ、とてもじゃないけど――」
「なんとかしてみせますッ! やり終えたらどんな報酬でもッ!」
「……はぁ、分かりました。俺如きが魔王様の役に立てるなら」
「ッ!! ありがとうございますッ!」
それから俺の替え玉生活が始まった。
◆◇◆◇
魔王城、魔王の間。
「貴様が魔王かッ! 今ここでお前を討ち取るッ!!」
……こいつ朝五時によくこんなテンションでいられるな、今日寝てないのか? 深夜テンションなのか?
こっちはめっちゃくちゃ眠たいのに。
朝五時に起きるのなんて滅多にないから……ぅ……眠たぁ。
「ふあぁ……」
あっ、ついあくびを――。
「ため息をつくなんてずいぶん余裕だな。――その余裕打ち砕いてやるッ!!」
よかったー、ため息と間違えてくれた。
――さて、気合を入れろ、本番はここからだぞ!!
「フハッハッハッハッハッ、貴様ごとき、このため息と共に吹き飛ばしてくれるッ!」
これでいいんですよね? 「秘書さん?」と小声で、自分が座っている玉座の後ろに向かって呟く。
すると、小声で返事が帰ってきた。
「……上出来です。その調子でお願いします……」
この秘書さんは、昨日替え玉の件を頼んできた魔族の方で、なんと魔王様の秘書であり四天王ですごい魔族の方だったのだ。
名もなき一般魔族である俺なんかじゃあ、一生会うこともできない方だろうに人生不思議な事があるもんだ。
「……よそ見をして、俺をバカにしているなッ! いくぞッ!! 魔王ーーッ!!」
そう言い、俺の目の前に素早く移動し、手に持っている剣を俺に向かって振り下ろす。――が、額に当たる寸前で弾かれた。
「なにッ! バリアだと!? ならバリアごとぶち抜くッ!」
「――そんな暇があるのかな?」
「なんだと? 一体どういうことだッ! ――ぐッ!? なん……だと……」
瞬間、氷の魔法が奴の体を貫く。
もちろん、俺なんかがそんな魔法を使えるはずがなく、実際に魔法を使っているのは、後ろにいる秘書さんである。
膝から崩れ落ち驚嘆した顔をして、こう言ってきた。
「バッ、バカなッ! 魔法を使っている状態でさらに魔法を使うなんて!? レベルが違いすぎる……」
それだけ言ったら、すたこらさっさと帰っていった。
突然帰り出し面食らったが、秘書さんの話によると、いつものことなのだそう。それも魔王様が病んだ原因らしい。
すると、またすぐに新しい冒険者がやって来た。
なんと城の外まで列が続いているらしい、こんな人数を毎日相手にしていたら、病んでも仕方ないだろう。
その後、夜十二時になるまで俺は演技を続けた。
夜十二時以降は流石に冒険者も来なくなるそうで、その間にご飯を食べたり、お風呂に入ったりして二時間使って、明日は五時からだから……寝る時間が三時間しかないッ!!
「……そりゃあ魔王様も病むッ!!」
◆◇◆◇
あれからもう一年が経った。
魔王様も回復して、明日戻ってくるそうだ。
この一年間めちゃくちゃ大変だったけど、魔王様ごっこをできて少し楽しかった。
「さぁ、今日でこの仕事も終わりです、がんばりましょう! エンドゥさん」
「えぇ、お互いに大変でしたね……少し……名残惜しいですが……」
仕事中はいつも一緒なので、少しだけ仲がよくなり、すんなり名前を教えてもらった。
この仕事は、基本的にエンドゥさんが魔法を使ったりと、とても大変で苦労ばかりかけていた。
さて、こんなことを考えている間に冒険者達が……来ない?
いつもなら五時くらいに来るんだけど……一向に来る気配がない。
その後、昼の十二時になるまで誰も来なかったので、エンドゥさんが様子を見に行ってくれることに。
「暇だし……俺は掃除でもするか。これで見納めになるだろうし……」
そう思い立ち掃除……を始めたが、魔王様の手下の方達が毎日掃除をされているので、すぐにやることがなくなった。
なので、玉座の取っ手にあった謎のスイッチを押す遊びに夢中になっていると、突然扉が開いた。
エンドゥさんが戻ってきたと思い視線を扉の方に向けると、そこには重装備の女性が立っていた。
装備は重装備だが、歩きがぎこちなく慣れていないようだった。
一年間この仕事をしているが、今までこんな冒険者見たことがない。
――ん? ちょっと待て、今エンドゥさん居ないぞッ!?
一体どうすれば!?
あばばばッ!
そんなことを考えていると、重装備の女性はこの魔王の間に足を踏み入れ、名を名乗るが……。
「私は勇――――っへ?」
瞬間、重装備の女性の床が抜け、落ちていった。
「ギャァァァァーーー!?」
しばらくすると、鈍い音が聞こえてきた。
――俺は、あの重装備の女性が落ちていった後、床をそっと閉めた。
何故、今日だけ落とし穴らしきトラップが発動したんだ!?
あっ! まさか……。
そう思い、注意深くスイッチの方を見ると小さく、本当に小さく(落とし穴トラップ注意!)と書いてあった……。
「――ふざけんなぁーーーー!? そんなの作るなよーー!」
急いでスイッチを切ると、次の瞬間エンドゥさんが帰ってきた。
「どうしました!? 悲鳴のような声が聞こえてきましたけど!?」
「い、いっや、なんでもないです。虫がいてビックリしてしまって……」
「そうですか……ならいいんですけど……。とりあえず、今日はこれで終わりです」
「え? 終わり? 早くないですか?」
「はい、最後までお疲れ様でした。今日は、もう冒険者達は来ないようなので……それでなんですが、これからお食事でも――」
「じゃあ、早く帰りましょう! さぁさぁ!」
「え? ちょっと!?」
そう言い、俺はエンドゥさんを無理矢理帰らせた。
「――とりあえず、引き上げるか……」
落とし穴の床を開け、魔法を使い重装備の女性を引き上げ、装備を脱がす。
おそらく中身がぐちゃぐちゃで見ていられない状態と予想したが、それどころか無傷であった。
こんな華奢な体で無事なのは、装備の性能がめっちゃくちゃ良いのか(衝撃さえ無効にするような)めっちゃくちゃ強いのか、それとも両方なのか……。
それでも流石に意識を失っているようなので、俺の家に連れ帰ることに。
◆◇◆◇
俺の貧相なボロボロな家までバレずになんとか運び込めた。
もし、人間を連れ込んでいることがバレたら何をされるか……考えたくもない。
「う〜ん、目が覚めない、やっぱり死んじゃった……のか?」
替え玉最終日でまさかこんなことになるなんて……勘弁してくれよ。
魔王様のポリシーである「来るもの拒まず去るもの追わず」を守れなかった俺は、これからどうなってしまうんだろう。
こ、殺されたり、そう考えていると……。
「んっ……ここは?」
目が覚めた!? よかった~~無事で……ん、あれ? それはそれでまずくないか? いやまずい、普通に殺される!?
「ひぃぃッ! 許して〜〜!」
「あなた……誰ですか?」
「え? 俺の顔を知らない?」
「はい……まったく、それどころか何も思い出せないんです……」
――まさか記憶喪失!? まぁ、あんなに高いところから落ちたんだありえないことじゃない。 ……けど、面倒なことになってきた。とりあえず本当に記憶喪失なのか確認だけしておこう……。
「何も思い出せないって、自分の名前とか家とかも?」
「はい……帰るべき家も何も……」
確定だ!! 確定!! 記憶喪失だ!!
どうしよう、こんなときどうすれば……。
次の瞬間、「ぐるるるるぅぅ」と二人のお腹から腹の虫が鳴る。
昼から何も食べてなかったから……。
「……まずは一緒にご飯食べませんか?」
「……いいんですか?」
「食べながら話しましょう!」
〜ご飯パクパクタイム〜
「えぇぇぇーー!? 魔族を知らない!? そんなことまで忘れてるの!?」
「魔族とは一体なんですか?」
「簡単に言うと、人間の敵……かなぁ」
「なら、何故私とあなたが一緒に居るんですか? それっておかしいですよ」
「……悪い魔族じゃないからかなぁ? あはは……」
「なるほど……」
疑われてる〜〜これ以上話したらボロが出る……早く話を切り上げて、人間の国に送り返そ!
「ご飯が冷めちゃうよ、早く食べて!」
「あの、何故私は記憶喪失に?」
「……が、崖から落ちて頭を打っていたんだよ、俺はあなたの友人で……そう! だから助けたんだ。いやぁ、無事でよかったよ!」
「……友人にひぃぃッ! 許して〜〜! なんて言わないですよね。本当のことを教えてください!」
「……はい」
全部話した。
……記憶喪失になったばかりなのに、明らかな矛盾点に気づくなよ。
「私を落とし穴に落としたと……」
「すみません! わざとじゃなくて!」
「まぁ、私の不注意が招いた事態なので」
「……許してくれるんですか?」
「ただ、基本的な常識も忘れてしまっているので、それを覚え直す間、お世話になってもいいですか?」
「もちろん! それくらいなら!」
はぁ……よかったぁ。
これで魔王様に殺されなくて済む!
マジで感謝!
「そうだ、名前教えてくれませんか? これから不便ですし」
「実は俺、名前ないんですよ。魔族は名前がない奴の方が多いくらいで」
「なるほど、じゃあ私が名前つけてあげますよ!」
「え? 名前?」
「そうだなぁ、う〜ん………あっ……でも……決めた! あなたの名前はナモナキ、これで決まりよ!!」
「ナモナキ?」
「そう、名前がないからナモナキ!」
「……別になんでもいいけど」
◆◇◆◇
無事に一般常識を教え、人間の国に送り返した頃。
「貴様を殺す! 人間を匿っていたそうだな重罪だ!」
「――速攻でバレたーッ! 命だけはお許しをーー!!」
「と言いたいところだが、貴様には恩がある。それに、エンドゥからの助言があったしな、今すぐにこの国を出て行くなら命までは取らん!」
「ありがたやーー!!」
エンドゥさん、ありがとうございます!
こうして俺は魔族の国を出た。
行くところもないので、あの子がいる人間の国に向かう事に決めた。
死ななければ、なんとかなる!
しっかり、変身魔法を使って人間の姿になりすましてから、行くぞーー!
◆◇◆◇
――血みどろじゃねぇか!
えぇ?! 人間の国って豊かで平和な所だって聞いたんだけど!?
適当に話を聞いてみると、帰ってきた勇者である姫がめちゃくちゃな法律を提案したらしい。戻って来る前の姫は、とてもそんな事を考えつくような人じゃなかったそうだ。
その法律の内容は、魔族の一般常識と似通っていた。
まさかと思い姫の姿を見に行ってみると、そこには見知った姿が。
やらかした……。