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傷売り  作者: 瑠璃猫
9/11

ある初心者傷売りの受難 2

「ん? ここどこだ?」


 声を上げたのはカルロスだった。そんな声にジークは目をつむったまま答える。


「ダンジョンに決まってるだろ。まあ地上とは大分違うのは当然だけれどな」

「いや違くてさ、パノラマ平原って確か一面草っぱらだろ?」

「相変わらず平原のように平凡な思考だな。一面草っぱらというのは大きな間違いだ。平原にだって崖もあれば丘もある」

「平凡は関係ねえだろ。いや、明らかにそんな感じじゃない。ここ、建物ばっかりだ」

「建物?」


 そこでようやくジークは目を開ける。エスケーパーの外を見ると、高速で走り抜けていく景色の中には木造りの建物が間隔を開けて並んでいる。

 時刻を確認ししようと思うが、空全体は奇妙に赤みがかかっている。しかし月が出ているのが見えたので時間は夜だろうか。

 ダンジョンの昼夜は町での昼夜と同じとは限らない。別々の町からもダンジョンに赴けるのだから当然だ。また時刻自体が変わらないようなダンジョンもある。


 しかし今このダンジョンはあまりに不自然に不吉な空模様で。


「何だここは……雰囲気から察するに村みたいなダンジョンか?」


 ジークは運転を続けるコルフィの肩を叩く。


「ちょっと何よ。私は今風になって……」

「そんな場合か。ここパノラマ平原じゃないぞ」

「え?」


 そこでコルフィはやっと車を止める。


「ひゃえ? 何この不気味な空間」

「別のダンジョンに来てしまったようだな」

「おいおいジーク、冷静に言ってる場合か。これヤバいんじゃねえの」

「いや、危険視するほどじゃない。ダンジョンと言ったって、帰り道のゲートはあるんだ。変な魔物に絡まれる前にさっさと来た道を戻ろう。コルフィの運転は直線だったよな。下手に曲がってないってことは来た道をそのまま戻ればそれでいいはずだ」


 コルフィは頷くと車を方向転換させて先程の道を戻っていく。

 車内にはどこか冷たい緊張の糸が張られていた。ジークはそう言ったけれど、本当に自分たちは戻れるのだろうかと。


「なあジーク俺たち――」


 そうカルロスが言おうとした瞬間だった。背後から何かの野太い声が聞こえてきた。


「――――!」


 コルフィの運転ががたっと揺れる。


「落ち着いて……遠くのマモノの声だから」


 エンジュが初めてダンジョンで口を開いた。彼女の舌もじりな言葉は、しかし緊張をかき消すほどの効果はなかった。悲しいかな、彼女はあくまでパーティーの庇護対象の立場でしかないのだから。


「ココ、キケンだから、早く帰ろう」


 エンジュはなお言葉を紡ぐも車内には緊張と沈黙が漂っていた。

 しばらく車を走らせる。やがて運転が止まった。


 入口に辿り着いたのか……?


 そう思ったが違う。そこには質素な村の風景に似合わない巨大な門があるのだった。周囲も壁で完全に覆われている。


「これ、何……門?」

「どうなってるんだ。このダンジョンに来た時は開いてた、んだよな?」

「恐らくこの先に帰り道の転移陣があるんだろうな」

「どうすればいいんだ?」

「まあ落ち着けよ。俺らの乗っているのはエスケーパーだ。空を飛ぶ機能はついてる」

「でもこの門高いぞ。ひょっとして五十メートル以上あるんじゃないのか? 他の壁はそれより高いしよ……」

「壁に囲われた村というわけか。だとするとオメガの空中浮遊でも足りるかどうかってことか」


 エスケーパーはその性質上空中飛行をする際は高さの上限やスピードの上限が制限されるケースがある。そういう通常の運転では叶わない場合は、連携運転や特殊な運転スキルを使う必要があるという。


「コルフィの暴走運転なら飛行上限を越えられるかもしれないぜ、ジーク?」

「そうだな。とりあえずある程度距離を取って助走してから空中浮遊モードに切り替えるとしよう。コルフィ、門から距離をとってくれ」

「わ、分かったわ」


 車が再び向きを変えて門に背を向けた、その時だった。

 そこに何かがいた。


「――――ッ!」


 声にならない悲鳴が車内に響いた。


 そこにいたのは一つ目の巨大な生物だった。真っ赤な体毛に手足が伸びて、全体は卵のような丸形。

 魔物だ――ジークは車中身構える。

 そのモンスターは狂村の中でも凶暴な部類ではない。むしろ見ようによってはファンシーにも見える。


 しかしコルフィは――


「キャアアアアアアアア」


 叫んだ。

 そして車のドアを開け闇の中へ走っていく。


「コルフィ!」


 まずい、パニックになっているようだ。先程興奮状態で車を運転していたことで、運悪く精神が疲弊していたのだろう。

 コルフィを追ってジークが飛び出す。それに続いてカルロスが外に出た。エンジュはカルロスに何かを投げる。カルロスはそれを受け取ると走っていった。


 一つ目の魔物はそんな彼らを一瞥すると首をひねり別方向に向けて歩いていった。


  ◇◇◇

 

「糞――何でこんなことに!」


 ジークは走りながらそう言う。オメガが届いてすぐにダンジョンに向かったのがいけなかったのか。コルフィに運転を任せきりで、瞑想していたのがいけなかったのか。


 理由を上げても仕方がないのは分かっている。そして今はそんなことを考えている場合ではない。

 コルフィを何とか連れ戻さないと。


 魔物との遭遇でパニックになりエスケーパーを下りるなど傷売りとして言語道断だ。彼女には覚悟というものが足りなかったようだ。ジークは安易に信用を置いていた自分に反省した。


 コルフィ、このことで気を病みすぎていなければいいが。彼女のメンタルが崩れたら誰が運転をするのか。ジークも多少の運転知識はあるけれど、それでも一番はコルフィにやってもらった方がいいはずだ。そのためにも彼女がメンタル的に沈んでしまう可能性が怖かった。


 だが最も怖いのは彼女に追いつけなかったらどうするかということ。


 明かりのただでさえ少ない道だ。一度分かれ道に出たらもう追いつけないかもしれない

 もしそうなればこの未知のダンジョンの中、彼女を一人で置いていくことになる。場合によっては自分たちだって逃げられないかもしれない。

 その前に何とか見つけないと。


 やがて悪い予感が当たり三叉路の分かれ道に突き当たってしまう。


 どっちだ、どっちにいった?


「ジーク、コルフィは!」


 後からカルロスが走ってくる。


「カルロス、何でついてきた!」

「え、そりゃ仲間が外に出たんだから当たり前だろ」

「当たり前じゃないだろ! コルフィは俺が連れ戻すからお前はエンジュちゃんの傍についてろ。魔物の前にあんな小さな少女を置いてきていいと思ってるのかよ!」


 エンジュ、一人で不安に思ってないだろうか。そう言えば今日はこの恐ろしいダンジョンにいるが、彼女はさっき何て言ってたか。


 確か早く帰ろうと――その通り、早く帰った方がいいのは大賛成だった。

 カルロスが口を開く。


「でもよ、ここまで来たんだ。もしコルフィが怪我してたらどうするんだ。一人で魔物を相手にしながら運ぶのか? お前救助役じゃないだろ?」

「……それは、でもこんな時に役割の話なんて」

「こんな時だからこそってのもあるだろ。ったく役割無視したのはお前が先だぜ?」

「…………」


 ジークは罰が悪そうにそっぽを向いた。カルロスは肩を竦めて言う。


「それにさっき遭遇した魔物は俺たちとは別方向に歩いていったし」

「本当か?」


 ならば――ここは仕方ない。エンジュには悪いが少しの間カルロスの力を借りよう。


「分かった。今回は暫定的に俺たち二人で救助役をするか」

「ああ。俺も初めてだから複数人で事に当たった方がいいと思う。さて、分かれ道か……手分けした方がいいか」

「いや、駄目だ。カルロスがいて役に立つのは、コルフィが怪我をしていて俺一人が見つけた時の想定だろ。だったら別れて適当に進んでも意味がない。ただでさえ、ここで手分けしたら襲われるリスクが増えるだけだ」

「そうか。だがどの方向へいく?」

「それを決めかねてるところだ。カルロス、お前は何か分からないか?」

「分かるって?」

「コルフィとは仲が良いだろ?」

「犬猿の仲だよ。ったく……そうだな、コルフィは良くも悪くも直線的な性格だ。パニックになっても同じだと思う。だから俺は真っ直ぐ進むと思う」

「なるほど、一理あるかもな」


 頷いて、二人は真っすぐ走っていく。確信と呼ぶにはあまりに不確かなものだったが、早く追いつくにはどの道迷ってはいられない。そもそも今のでも多少のタイムロスだ。このままコルフィを本当に連れ戻せるのか?

 しばらく木造建築の小道を走り続ける。すると、道の先に誰かがいるのが見えた。


「コルフィ!」


 カルロスが近づこうとする。しかしジークが手で制した。

 その人影はこちらにふらふらと近付いてくる。


「コルフィ……か?」

「カルロス、ジーク……わた、し」

「コルフィ。もう安心だ。さあ早く戻ろう」


 カルロスが近付いて、そしてすぐ立ち止まる。あ、あ、と声を漏らす彼に不信感を持ったジークはコルフィの姿を目を凝らして見て、やっと気が付いた。

 地面のおびただしい血溜まり。その左肩から胸部まで、ごっそりと、紙を引っ張り裂いたようなグロテスクな傷ができていた。


「な、何だよこれ……」


 ジークが絞り出すように声を上げた。


 すると次の瞬間。


 ボーンボーン――


 と、時計の音が響いた。その音は村の中央部辺りから鳴っているらしい。時計塔でもあるのだろうか、しかしそんなことを気にしている場合ではなかった。


「……アアァ――」


 周囲から足音が聞こえてくる。そして立ち並ぶ建物から何かが出てくる音が聞こえた。


「こ、これは……」


 そこにいたのは魔物。それも一匹二匹ではない、あちこちから奇妙な造形をした魔物たちが出てくる。狼と人のハーフの姿をした人狼、鎌を持った人型の魔物、白い亡霊たちの群、そんなのが至る所から現れた。


「は、早く逃げないと……」


 ジークがコルフィに近寄りその右手を掴む


「――――ッ」


 痛そうに顔をしかめるコルフィ。ジークは自分の服を破ってとりあえず応急処置する。そして彼女を引っ張っていく。


「カルロス、肩を貸してくれ。早く逃げないと」

「ジーク……無理だ。こいつらどんどん集まってきやがる」


 魔物たちは悲劇を鑑賞するようにジーク達を囲んで嘲笑を浮かべている。そんな様子にカルロスが口を開いた。


「ジーク、コルフィを連れてエンジュちゃんの待つビートルまで戻れ」

「はあ? 何を言ってるんだカルロス」

「俺には挑発のスキルがある。そのスキルで陽動役として時間を稼ぐ。ジーク、お前は救助役としてコルフィを助けろ。そして早くエンジュちゃんのとこまで戻れ」

「カルロス! 何ふざけたことを言って」

「馬鹿野郎! 早くしやがれ、もう時間がない!」

「カルロス……」


 コルフィは定まらない目でそう呟いた。

 挑発――魔物の攻撃を自分に集中させるスキルだ。傷を受ける役が持つ場合もそれを助ける側が持つ場合もある普遍的なスキルだ。


「こんな時くらい格好つけさせてくれ。どうだ今の俺、平凡じゃねえだろ?」

「……門から真っすぐに離れたところにオメガで待機してる。絶対に戻れよ」

 ジークはそう言うとコルフィを抱きかかえて、魔物たちが囲っていなかった隙間を走っていく。背後ではカルロスが挑発のスキルを使っているのだろう。


 ジークは振り返らなかった。

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