ある初心者傷売りの受難 1
「これがオメガちゃんね! 本当可愛い顔してる」
「可愛いかあ?」
二人は車庫に納品されたそのエスケーパーを見ている。
オメガ・マーク2――傷売りがダンジョンで使う宙を浮かぶ車、逃走車、それらの中では中の下くらいの代物だが、しかし初心者傷売りが安易に手を出せる値段ではない。
それが中古品で60万ダゴルだったのだ。
「本当に動くのかこんなのが?」
「ムキー! 何言うのよカルロス。この輝くメタリックグリーンのフォルムが見えないのかしら。これは由緒正しいオメガという最強の魔物を模して造られたエスケーパーなのよ」
エスケーパーは魔物をモチーフにデザインされることが多い。悪趣味と言う人間も多いが、彼女はそれを誇りに思っている節があるようだ。
まあ魔物をモチーフにするのも意味は勿論あるのだが。しかし、
「そのオメガが中古品で60万か? 何かおかしいぜ。ここ傷あるし……それにこの車、上から見るとカメムシみたいで変だぞ」
二人のうち一人の男、カルロスは車体を指でなぞった。
「何ネガってんのよ。このオメガちゃんは四人乗りでスピードも文句なし、空中飛行モードもちゃんと搭載されてて、何なら自動操縦モードまであるのよ。本来なら初級者傷売りが手を出せる値段のエスケーパーじゃない、まさに破格の掘り出し物……買えたことは奇跡以外のないものでもないわ」
「ふうん。エスケーパーってダンジョン内の魔素を使って走ったり飛ぶんだよな?」
「その通り。エスケーパーは反重力的性質を持つマナをエンジンの元としている、そして魔物だけでなく、ダンジョン内の大気にもマナはある。けれどそれは魔物の攻撃から受けるマナとは比べ物にならないほど薄いの。だからエスケーパーは基本的に大人四人程度の重量しか浮かせられないのよ」
「ご高説耳にタコができるよ」
「ちゃんと調べときなさいよあんたねえ」
そんなカルロスの淡泊な対応にやきもきしているピンク縁メガネの女性はコルフィだ。エスケーパーを買おうと提案したのも彼女である。
そんな言い争いを繰り広げる車庫の中に、新たに二人が現れた。
「オメガは届いたのか?」
「おうジーク、エンジュちゃん丁度いい。コルフィがうるさくてさあ」
「うるさいって何よ。この平凡男」
平凡男というのはカルロスのあだ名だ。容姿も家柄も能力も何をやっても平均点のこの男は、しかしそのあだ名を渋々という感じで受け入れていた。
「平凡の何が悪いんだ平凡の。お前みたいな機械狂いよりかは遥かにマシだわ」
「……新しいクルマ、ノッてみた?」
たどたどしい声を上げたのは、ジークと呼ばれた青年の背後にいた小さな少女である。
その容姿は特に綺麗で耳が長い。豊かな銀髪の髪のテッペンでアホ毛が動いている。顔つきは寝起きのようにぼーっとしている。
エルフ族――人類より長寿の種族だ。彼女も背が低く舌もじりなだけで、実年齢はきちんと二十を超えている。しかしエルフの中ではまだ少女の年齢だという。名前はエンジュ。まだ子供扱いで育ってきたため、少しぼんやりしている性格で、背の低さも踏まえて仲間内ではやや子供扱いされているところもある。皆にはちゃんづけで呼ばれている。
「まだよ。皆揃うまで待たないとね。やっぱりこういうのは記念だし」
「四人でノッてジコらない?」
「ちょっと不吉なこと言わないのエンジュちゃん。そういうのやめてよ。折角の傷売りの初仕事なんだから」
「そう、初仕事な」
カルロスが付け加えた。
初仕事――四人で組んだパーティーはまだ何の依頼を受けたこともない真っ白な生まれたてである。
組む前に多少の既知はあったが、基本的にほとんどあまりお互いのことを知らない状態でパーティーになった。それでもこうして良好なコミュニケーションをとることはできている。
誰も明言はしなかったが、何だか自分たち相性良くないか? これって運命的なものを感じる。もしかしたら相当なランクの傷売りになれるのでは――なんてことを考えたものだった。
四人は、パーティーを組むにあたって一つの目標を掲げた。
それは傷売りにとっての足――エスケーパーを買うことだ。
エスケーパーにはレンタルのものもあり、ずぶの初心者は基本的にレンタルのものを使うけれど、彼らはまず借りものではないそれを手に入れるところから始めた。レンタルだといつまで経っても報酬から料金が引かれるし、車を無傷で持ち帰るのも難しく罰金されることも多い。それが理由であまり儲からないと早々に傷売りをやめてしまう者も多い。だから彼らはその前例から学び、まずは自分たちの足を買うことにしたのだった。
四人がかりでコツコツ貯めた金でやっとそれを手に入れることができた。メタリックグリーンのオメガで初めての任務に挑むことで、少しだけハイなテンションになっているのだった。
「それで依頼は?」
「ああ。いや、初めてのパーティーに任せるものはないってさ」
「そうなの? まあいいわ。依頼なんてなくてもとにかくダンジョンに向かってじゃんじゃん傷を貰って行くことにしましょう」
「賛成だ。早速だ、明日になったら行くとしようぜ」
「明日ヤローは、馬鹿ヤロー」
エンジュがそう言った。あまり積極的に提案することの少ない彼女からすればそれは珍しい発破の言葉だった。
「そうね。明日なんかに引き延ばしてこの興奮を冷ますのは得策じゃないわ。ここはちゃちゃっと今日行きましょう」
「傷を受けるのは俺の役目なんだが?」
ジークが眉を顰めた。
「そこはほら、信頼ってやつだよ。それに傷を受ける奴だけが傷売りじゃねえだろ。俺らがきちっとフォローすっからさ」
カルロスがジークの肩に手を回した。
ジークはその手を振りほどく。
「一応言っておくけど、ダンジョンってのはお前らが考えてるような甘い構造はしてないぞ」
「おお、経験者は語るってやつな」
「真面目に聞けよ」
ジークは額に指をあてて溜息をついた。
ジークはダンジョンに入ったことがある。といっても傷売りとしてではない。入口付近で傷売りたちのサポートをするアルバイトをしていたのだ。
彼自身が魔物と相対したことはなかったが、傷を負って満身創痍で帰還する傷売りたちを少なからず見ていた。
だからジークは他のメンバーよりも少しだけ慎重なのだった。
「傷売りは簡単な仕事じゃない。俺たちはそれを自覚した上で行かなくちゃいけないんだ。どんな易しめのダンジョンだってモンスターはいる。そしてモンスターは人間の何十倍も、なんて言葉で表せられないほど強力なんだ。だから傷を受ける役目じゃなくても絶対に油断はするなよ」
「分かってるさ。でもこっちはスキル持ちなんだぜ」
「それはそうだが……」
この四人が自負しているのは仲の良さだけでない。全員が特殊技能を有している所謂スキル持ちという。防衛機制技能が1のままでも才能ある者はスキルを最初から使うことができる場合もある。たとえ傷を受ける役以外の存在でも。
そしてその稀有な才能が四人集まったわけで、その事実が更に気分をハイにさせているのだった。
「アルバイトの傍ら俺たちはそれぞれスキルを磨いてきた。入念に準備は怠らなかっただろ。だから何とかなるって」
カルロスの言葉に他の二人も頷く、ジークは「油断するなよ」なんて言葉を言いながらも賛成した。
ジークはおおむね正しかった。しかし彼はまだ甘かった。自分たちが致命的に魔物蔓延るダンジョンのことをまるで理解していないことに。
◇◇◇
そしてジークたちはダンジョンへと向かった。向かう先はパノラマ平原にした。確か初心者向けのダンジョンのはずだと記憶している。
ジークたちはオメガに乗り込むと、そのままエスケーパー用転移陣からダンジョンに向かう。
ダンジョンというのは人里離れた地上にあるのではなく、この世界とは別時空の場所にゲートを通って向かうのだ。
ダンジョンへのゲートは転移陣と呼ばれており、それは床に文字が書かれるような形ではなく、空間に縦向きに築かれており、ゲートのような形で潜り転移するのだ。それぞれのダンジョンごとに転移陣のゲートはある。
ゲートは大規模な街に幾つもあり、そのゲートから違う国や街の傷売りと遭遇することもあるのだ。
ジークたちはこれから行くダンジョンへと思いを馳せた。
運転しているのはコルフィだった。機械好きの彼女はパーティーの運転役を任せられている。
そしてジークは運転を彼女に任せて精神統一に集中した。
だがジークたちはまだ甘かった。自分たちがお互いのことをあまりに無知であることに。コルフィは機械好きだが、その運転が得意ではないことに。得意ではないどころではなく、暴走に近いものということに。それこそが彼女のスキルであるところの暴走運転であることに。
「行くわよ、皆、ちゃんとシートベルトを締めてね」
そして発進したオメガの向かった先、運転でハイになったコルフィがハンドルを切った先が、パノラマ平原ではなく別のダンジョンへと向かっていることに、まだ誰も気付いていないのだった。
コルフィもまた気付かないで運転している。
「風よ、私たちは風になるのよ!」
「おいおいさすがに他人を轢くなよ」
「まあダンジョン潜る前の道に人なんていねえ仕組みだろ」
「ひゃっほおおおう!」
凄まじい勢いで突っ切るオメガが転移陣を潜り抜けた。
一度転移陣をくぐるとすぐには目的地にはつかない。グニャグニャと空間の歪んだ場所に飛び、そこから一分ほど経つとダンジョンへ移動するというものだ。別にスピードを出さなくても時間経過で転移するため、まずは安全を保つために普通はそこでスピードを落とすのが常識なのだが、彼ら初めてのパーティーはそんなこと知らなかった。いや、ジークだけは知っていたが彼は精神統一のために目をつむっていた。
(初心者向けダンジョン何て言うけれど、傷売りのダンジョンに初級者抜けも上級者向けもないのだ。危険はどこにだってある……)
ジークは考えながら目をつむっている。彼もまた考え出すと周囲への注意が散漫になるタイプなのだった。
故にコルフィは止まらなかった。
最高速度で走るオメガはダンジョンへ転移してもまったくスピードを落とさずに、入口付近のサポートメンバーも気にせずに思い切り駆け抜けていった。
ゲートの脇、車外で誰かが声を上げて止めようとした声に、だから彼らは気付かなかった。
そこは初心者用ダンジョン。パノラマ平原ではない。
そこは狂村――上級者向けダンジョンとして有名な危険地帯だった。