ビッグマンブルース 4
※
「あなたがパーティーに入りたいアッシュ君だったかしら?」
「はい、そうです」
「私たち初心者傷売りだけどいいかしら?」
「そりゃ俺もまだダンジョン行ったことないくらいだし」
「……他の役割なら分かるけど傷を受ける役目がまったくの素人では使い物にならないのではないですか、ヒルダさん?」
「アード君、誰しも初めてはあるでしょう」
「初めてだからって。最初から傷を受ける役目じゃなくて、別の役割を変節していった先に選ぶ、それが自然ではないですか?」
「まあ一理はあるわね」
「……俺、これでも体は自信あります。筋肉だけは誰にも負けないんで」
「だったら救助役をやればいい。傷を受ける役を甘く見ていると命、落としますよ?」
「そこまでそこまで。メリルちゃんは何か意見あるかしら?」
「わ、私は……」
「ん? そこの女の子もパーティーなのか?」
「そうよ。小さいからって甘く見ちゃ駄目。私たちの大事な命綱だから」
「ふうん。よっ、俺はアッシュだ」
「…………っ」
「いや、そんな人の後ろに隠れなくても。軽くショックだぜ。まあ俺の容姿じゃあそうなるわな。どーすっかな。まだ定員オーバーしてないパーティーっを探すか」
※
「……あの」
「ん? さっきの女の子。俺に何か用?」
「パーティー、決まってないんですか?」
「ああ。あれから色々回ったけどな、どこもな。ギルドの取り決めで今後傷受ける役目を新しく雇う場合の報酬金の取り分及び加入金の設定の問題が複雑化してな。まったく厄介事負うのは俺みたいな新規の傷受け志望の方だぜ……」
「ふうん。あなたはよほど傷売りしたいんだね。何か事情あったりするの?」
「ま、まあ大人は色々あるんだよ。そういえば俺のこともう怖くないのか?」
「え、えと、あの、容姿でびっくりしたわけじゃ、ないから。しょ、初対面の人だからちょっと怖かっただけだから」
「ははっ、別にいいぜ。俺は大漢でお前は女の子なんだからな。ん、ちょっと上手いこと言ったか?」
「子供扱い、しないでよ」
「そんなこと言ってられるのは子供のうちだけだ。精々その幼さ大切にしとけ」
「わ、私はまだ成長するから」
「あん?」
「将来的には背が伸びて、いろいろ発育するもん! 大人になるもん!」
「へえ、そりゃ楽しみだな。どうせなら俺の背を追い抜くくらい頑張ってみろよ」
「上等だよ。私はメリルだよ。あなたによろしくって言いたかったの」
「おう、メリル、よろしくな。俺はアッシュっていうんだ」
「いいんですか? あの二人放置しておいて?」
「まあ何か楽しくなりそうな予感するじゃない」
◇◇◇
「今回の報酬は98万ダゴルです」
アッシュはリスタの町の魔法病院のベッドに寝転がっていた。
考えていたのは自分の介助をしてくれたツインテ巨乳の看護婦のことではなく、仲間たちのことである。
ナグサ大樹林の依頼、当初はあくまで胞子による傷を受けるだけのはずだった。それだけでも18万ダゴルは確約されていたはずだった。
しかし蓋を開けてみればとんでもないことになっていて。あのハンターという奇妙な魔物の攻撃を受けてからアッシュの記憶はいまいちはっきりしていない。耐えられるか耐えられないか微妙なラインの傷を負っていたのは覚えている。酷いことをしたというのは聞いたが、でも何を語られたとか何をされたとかは申し訳ないけれどあまり覚えていないのだった。
あの後駆けつけたヒルダたちが協力して状態異常の自分と一戦交えたという。それに関しては色々と反省の言葉を述べたが、彼女たちは平然としていた。
どうやら今回の報酬事情は、ハンターからの状態異常プラス、マジカルマッシュルームの胞子による傷プラスもう一個で98万ダゴルのようで。
どうやらアッシュが暴れている間にヒルダはマジックマッシュルームにマジカルパウダーのスキルを発動させ、その麻痺の効果のある胞子を上手く手に取り俺を麻痺させたらしい。綱渡りのような作戦だが、それを可能にするのがヒルダと言う女なのだ。
だがそれだけではない、その暴れている間、アッシュは仲間から攻撃を受けたらしい。それも含めての報酬らしい。状態異常系の傷には、人間からの攻撃でマナを分泌することもあるそうだ。仲間同士で争い合わせるという魔物の悪意こそが報酬の源というわけだ(もっとも今回はハンターは攻撃してすぐ消えたのでその分の悪意のマナは怪我の程度と差し引けばそこまでの稼ぎではなかったらしい)。
アッシュはその辺のことをよく覚えてないが、仲間に拳を向けて手に入れた報酬というのはどこか座りの悪いものだった。しかし仲間たちは皆素直に報酬に興奮していた様子でアッシュのつまらない後悔は置き去りにされていた。
まあ金が手に入ったのは良いことだが、何かなあ……。
ただし報酬だけではない。アッシュには厄介な後遺症と呼ばれる傷が残った。
後遺症とは魔法病院で傷を取り除いても、しばらく体内に残る症状のことである。
呪いと違い治らない程度のものではないが、それを何とかするには一度ダンジョンに潜り一定のマナに触れなければならないという。つまり次のダンジョン内でも後遺症に悩まされるのだと。
今回アッシュが負った後遺症は腹の疼きだった。チクチクとヘソのあたりがもどかしい。それでもあの瞬間よりかはマシだという覚えはかろうじてあるが、しかしベッドから降りるのが億劫だった。
ついでにあの時のことを覚えていないのも後遺症の一つらしい。こちらは後遺症としてはポピュラーなものらしいが、この記憶ばかりはダンジョンでマナに触れても戻るかどうかは怪しいという。
「まあ稼げたし、いいけど」
しかし98万ダゴルって……エスケーパーのレンタル代は差し引かれているので、それを四等分しても24万ダゴル。そして傷を受ける役のアッシュの取り分は当然多い。普段なら報酬金は貯金をしてその残高を見て悦に浸るアッシュではあったが、幾らなんでも24万ダゴルは普段の二倍以上の報酬、まさに破格のボーナスだ。
とはいえ、金の使い道は決まっていた。
「皆に飯でも奢らねえとな」
状態異常とはいえ自分は仲間に拳を向けてしまったらしい。その罪滅ぼしはしなければならないだろう。
そもそもアードの許可があったとはいえマジカルマッシュルームの傷に食い下がったのは自分の落ち度だ。それが理由でアードだけではない、ヒルダやそしてメリルまでも危険に晒してしまった。彼女たちとまた普通に話せるかアッシュは不安でたまらなかった。
怖い思いをさせただろう、特にメリルはもう自分とは口をきいてくれないかもしれない。まだ十二の少女なのだから。
アッシュはうがあー、と頭を掻きむしった。
まだ彼は知らない。自分が身を挺してまでメリルに暴力を振るわなかったことを。アードがその姿勢を認めていることを。ヒルダがアッシュとメリルを何とかくっかないか応援していることも。
だけれどアッシュはうがあああああ、とベッドの上で一人冴えない唸り声を上げるのだった。
※
「アッシュ、辛くなったら言ってね。一番危険の高い役目なんだから」
「わーってらあ。だがな、別に俺はお前らが大変じゃねえなんてこれっぽっちも思ってはねえからな。同じ傷売りの仲間なんだ、助け合っていくべきだろ」
「いい心掛けだね!」
「特にメリル、お前はまだちんちくりんの餓鬼なんだからな、一等気をつけろよ」
「ち、ちんちくりんって言った? 今! むう、ちょっと体がデカいからって調子乗らないでよ!」
「ならガキもガキらしくしとけよ。お前たまに前衛に絡んできて危ねえんだからな」
「ちょっと二人ともその辺で落ち着きなさいよー、と外野からリーダーとして一言」
「ふん、アッシュがどんな風にディスっても私はすぐに追い越せるもんね!」
「だからそれは……ってああん? どうやってだよ? 牛乳でも飲むのか?」
「アードが肩車してくれるもんねー!」
「はあ? いや、それは違うだろ……」
「アードこっち来て来て」
「面倒くさいなあもう……一日一回までだよ?」
「お前も割と乗り気なのかよ」
「よいしょ、これで背は越せたかな」
「反則だろそれは……ったく、いいかここできちっと言っておくぞ。俺はお前のことが……あん?」
「よいこよいこ……」
「えっと、メリル? 何してんだ?」
「私は子供じゃないもん」
「は、はあ?」
「うふふ。私が、私たちがアッシュのこと助けてあげるんだから」
「助ける……?」
「そうだよ。アッシュは頑張り屋さんなんだよね。みんなのためにいつも凄く頑張ってると……私は思うんだ。だから私も助けてあげたいの。アッシュとここで一緒にこれからもお仕事するために。だからこうしてあげるの……だからね、だからねアッシュ」
「な、何だよ」
「だから、これからも、傷売り頑張っていこうね!」
「……傷売りとして、か。やれやれ、ったくお前には敵わねえな。そら、お返しだ」
「あう……背伸びして頭を撫でない!」
・ナグサ大樹林
初級者ダンジョン。様々な巨大な植物や虫、動物などが跋扈する。そこまで手強い魔物は出現しないが、奧に行くと中級者以上の傷売りでも苦戦する魔物が現れる。
・マジカルマッシュルーム
ナグサ大樹林に存在するキノコ型の魔物。レアモンスター。催眠・麻痺・猛毒の状態異常を引き起こすマジカルパウダーというスキルを使う。
・ハンター
ダンジョンを高速で徘徊する低級の魔物。人型で布で顔を隠しているが、その正体の詳細は詳しいことは分かってない。様々な種類の状態異常を引き起こすスキルを有している。
・アッシュ
初級者傷売り。パーティーでの役割は傷を受ける役。年のころは二十代前半。大柄だが器は小さい。趣味は貯金。金目当てで傷売りになった。傷売りとしてもっと上を目指したい一方、自分の本当の心境が何なのか分かりかねている面もある。
・メリル
初級者傷売り。パーティーでの役割は救助役。十二歳。木の杖を持っており、魔法を使うことができる。使う魔法は人間を宙に持ち上げることができる。アッシュに淡い感情を抱き彼に何かと世話を焼く。
・アード
初級者傷売り。パーティーでの役割は傷を受ける役以外をこなす。年は二十代前半。過去は傷を受ける役をしたが、手痛い失敗をして以来その役を降りている。傷売りの理由は金目当てというが、本当の理由は近しい人間も知らない。
・ヒルダ
初級者傷売り。パーティーでの役割は陽動役と運転役。年は二十代後半。パーティーを束ねる姉御肌のリーダー。武術全般に秀でており、魔物顔負けの力量を持っている。