ビッグマンブルース 2
「なあアード、お前何で傷売りしてんだ?」
「んー、金銭」
「へえ。俺と同じじゃねえかよ。やっぱ世の中金だよな」
「ふん……」
アッシュとアードはナグサ大樹林を歩きながら会話をしていた。
しかしアッシュの言葉にアードは真剣に返事を返さない。
いつもこうだ。パーティーに二人の男だが、アッシュはアードとそりが合わないといつも感じていた。こちらが会話を振っても任務以外ではあまり答えてくれない。嫌われているのだろうかとアッシュは密かに悩んでいる。
だからアッシュもアードのことをどこか遠ざけている一面もあるのだった。
自分はこのままパーティーを続けられるのか?
アッシュは周囲を警戒しながら大樹林を進む。ナグサ大樹林には昆虫系のモンスターや動物系のモンスターもいる。そういう存在の感知をアッシュはできない。アードはその手の存在の探知能力にたけているので彼も一緒にいくのだ。
しかしアッシュも耳は悪くない方なので、アードが見逃さないように警戒は解かない。まさかアードがわざと魔物を連れてくるなんてことはさすがに思わないけれども。
現在ナグサ大樹林の奥地にはマナの濃度が濃く、蛍のように淡く光る虫たちが幻想的な光景を見せていた。ナグサ大樹林は初心者向けのダンジョンだがこの辺から中級者でも苦戦するようなモンスターも出てくるらしい。
「アード、メリルってお前のこと好きだったりすんの?」
「はあ?」
おもむろにアッシュが問うと、アードが呆れた顔で振り返る。
「そんなわけないだろう。むしろそれは」
「いや、俺も自分に好意を向けられてるのは分かる。さっきみたいに補助のポーションまで用意してくれたり、色々世話焼いてもらってること自体は分かってるつもりだ。でもさ、メリルが優しいのはそれって俺が新しく入ってきたからなのかと思ったんだよ?」
「何が言いたい? メリルが新顔にすぐに媚びうる少女だとでも」
「別に、別に。そんなこと言ってないだろ」
むしろそれくらいの方が年相応なのではとアッシュは思うのだが。とはいえその好意だってそれは恋愛感情のようなものではないとは思うけれど。
いまいちあの娘が何を考えてアッシュに世話を焼いてくれるのか、彼自身もよくわかっていなかった。分からないから困惑しているという側面もある。
誰にでもああいう感じなのかと。だがいずれにせよ――
「まあしかし、今は好意を向けてるけど、それは多分子供心に過ぎないんだろうなと思うとちょっと寂しくてな。んであいつは十二歳の割に知能は高いし便利なスキルも持ってる。将来有望なわけで、いつまでここにいるのかねと。メリルだってもっと上を目指したいんじゃねえのか? だからあんまり俺がに枷なるようにもなりたくないんだが」
直接そう問うたらメリルは逆に売り言葉に買い言葉で自分の本心を隠してしまうかもしれない、とアッシュは危惧しているのだった
しかしアードは、
「……メリルの性格を考えると他のパーティーには動かないと思う。人見知りだし、むしろ今のままのパーティーを成長させたいという話なら聞いたことはあるが」
「今のままの……」
それはアッシュの思いと見事にはまるが。
「まあ僕もヒルダさんも、そういうスタンスではないけど。だってそうだろう? 強いパーティーになればそれこそギルドやら面倒な奴に目をつけられて、いいように使われるだけ。危険も山ほどある。だったらこの辺りに位置取ってそこそこな生き方をした方が……」
「アード、実は一番聞きたかったことなんだけど、お前昔は傷受ける役だったって本当か?」
「その話、誰に聞いた?」
途端、アードの目つきはどこか鋭く冷たく凄みのあるものを感じさせた。
「あー、ヒルダが酒の席で言ってた」
「…………」
「あ、っと。お前がその、昔は傷受ける役で、そういうことを言ったり、何か俺に役割を取られたようなこと感じてるんならさ、それはお門違いだと言わせてもらいたいんだが。俺が思うのはもっと上に行」
「別に。そんなこと考えてないけど」
アードは切り捨てるようにそう言った。アッシュは肩を竦めて言う。
「そうなのか? でもお前いつも俺に塩対応だろ。何かあるんならきちんと言ってくれねえとさ、俺は馬鹿だから分からねえんだよ」
「……何だ気付いてたのか」
アードはどこか量るような眼差しだ。アッシュは自分が金目当てのことしか考えてないことを見抜かれたか、と内心ドキドキしている。だが、アードは目を軽く伏せると、
「君はまだ傷売りとして未熟だって思ってるだけだよ」
「はあ? どういう意味だよ」
「言ったままの意味さ。その四角い頭に本当に脳みそが入ってるならもっと大人しい生き方をしたらどうだい?」
「何だとテメエ……」
アッシュがアードに距離を詰めようとした瞬間だった、
アードがアッシュを手で制した。
「何だ?」
「いた。マジカルマッシュルームだ」
見ると白色の傘に紫の斑点のある巨大なキノコを見つけた。ナグサ大樹林に生えているキノコは多様性があるが、それでもそのサイズで普通の菌類とは違うことは明白にわかる。
「あれが今回の獲物か。うまそうなキノコじゃねえか」
「アッシュ、僕はここで控えてるから傷を貰ってきてくれ。くれぐれも危険に自分から飛び込まないでくれよ、金にしか興味のないアッシュ君」
「ふん。そこはツッコむところだろ」
「アッシュ」
一歩前へ出ようとするとアードが付け加えるように言う。
「金だけがすべてじゃないこと、君にはまだ早いかな? 頓珍漢君?」
(――うるせーそんなこと一々言われなくても俺は……)
アッシュは脇に生える大木伝いに身を隠しながら移動していき周囲の確認する。他にモンスターらしきものは存在しない。これなら邪魔は入らないだろう。
アッシュはグルグル片腕を回しながらマジカルマッシュルームの前へ躍り出た。
「……おら害悪キノコ。てめえら魔物の大好きな人間が会いに来てやったぜコラ」
「――――」
マジカルマッシュルームの傘が小さく揺れる。その傘の下の柄の部分に小さなギザギザの歯が覗く口があるのが見えた。
レアモンスターーー
不気味な容姿だとアッシュは鳥肌を隠しながら思う。傷売りを続けて多少は経験を積んだが。初めて遭う敵というのはいかんせん身震いを感じさせるものがある。
マジカルマッシュルームの傘がぶるりと振るえると、胞子のようなものが漂ってきた。
鼻を甘い匂いが掠める。
アッシュはまず足をマジカルマッシュルームに対して縦に開き、いつでも駆け出せる構えをとった。この構えはマジカルマッシュルームに対して向かうのではない、アードの方に駆け戻るためのものである。
そして本格的に胞子がアッシュに振りかかる。アッシュの体内にぞわぞわと嫌な感覚が走った。痛みは、あまりない。だが喉の奧から埃を吸い込んだような感触。
アッシュはゲホゲホと咳をする。
少しぼんやりする頭で考える。これがマジカルマッシュルームの傷。風邪を引いた時の感覚に少し似ていた。だがしかし、アッシュの今の状態は状態異常ではない。そういう説明をヒルダから聞いていた。
マジカルマッシュルームは基本的に地面に根を張り動かない(場合によっては地面の下に潜り移動するらしいが)ので、胞子による攻撃が主軸だ。胞子の攻撃というと状態異常を引き起こすものという認識をしがちだが、しかしそればかりではない。通常のマナを含む攻撃もまた胞子で行われるのだ。
この感覚に対してつける状態異常回復薬はない。
ただ耐えればいいだけ。
アッシュは体内に巡る感触に思いを巡らす。依頼を達成するだけなら一回だけでいいのかもしれないが、しかしもう少し粘らないと稼ぎにならない。どうせギルドの支給品は後で返さないといけないのだから(隠して使ってないポーションを持ち逃げすると、バレた時に制裁があるらしい)、ここはもう少し根を張ってもいいのではないかと思う。
アッシュはアードの方を見る。そして手でサインを送る。アードは頷いた。
どうやらもう少し欲張ることを許されたようだった。
アッシュはマジカルマッシュルームの方を向き直す。
継続だ。
◇◇◇
「ゴホゴホ……はあ、はあ……」
アッシュはそれからしばらくマジカルマッシュルームの胞子を受けた。マジカルマッシュルームは相変わらずケタケタと奇妙な笑みを浮かべていた。
もっとも敵は動かないのでこちらは自由に動ける。とはいえ手は出さなかった。何があるか分からない相手にそんな挑発のような真似ができるほどアッシュには余裕がない。
そして今まで状態異常の攻撃はあまりしてこなかったが、ついにそれを食らった。
「――――ッ」
マジカルマッシュルームの傘が一瞬膨れ、次の瞬間、今までの二倍ほどの胞子が大気に拡散された。
マジカルパウダーーー魔物が時折してくる特殊攻撃という概念がある。普通の攻撃とはその威力や付随効果が違う。
そしてマジカルマッシュルームの有名なそれはマジカルパウダー。
状態異常を引き起こすマジカルパウダーは、しかし発動エフェクトからその効果が猛毒か麻痺か睡眠かを予測することは極めて困難だ。どれも似た色の胞子なので熟練した傷売りしか判別がつかない。当然アッシュにも区別がつかなかった。
食らった後分かった、その効果は猛毒だった。
体内に激しいズキズキする痛みが走る、しかしすぐに両手で慎重にポーションを開けることで事なきを得た。この状態異常分の傷も持ち帰れば相当な金になりそうなのは勿体なかったが仕方がないだろう。今回は安全策をとる方針らしい。
ちなみにメリルが買った予備のポーションはアードが持っている。故にもう一発麻痺を耐えれるけれど、ここは欲張る所ではないだろうとアッシュは思った。状態異常攻撃を撃つまでに何度か胞子を食らった。それだけで十分な儲けだ。貴重な予備のポーションを浪費するのは報酬的に得策ではない。
そう思い、猛毒の攻撃を回復した直後にアッシュはマジカルマッシュルームに背を向けてアードの方に走っていった。
これでいい。喉の奥がいがらっぽいし体もふらつくが、しかしあのレアモンスターであるマジカルマッシュルームにこれほど粘れるとは……これはかなりの稼ぎになったのではないだろうか。
傷の割に今回は割合と楽な仕事だった。
こうやってとことん儲けることこそ傷売りの本懐だ。そう、どれだけ体を犠牲にしたってその分金が手に入るんだ。取り分も多くなる傷を受ける役に志願したのはやっぱり正解に決まっている。とはいえ、傷売りの仕事は帰還するまでが肝要。そこまでの深手ではないとはいえ油断してはならない。
油断してはならないはずだった。
アッシュは悪い顔でほくそ笑んだ。もう任務は完了して後は金を貰えるだけなのだと。
アードにもその無料スマイルを向けようとした。しかし彼の目は見開かれていた。いつも無表情の彼には珍しく。
伏せろ、言われた気がする。
だがアッシュはアードの様子に違和感を持ち、そして首だけで伏せず、後ろを振り向いてしまった。
「――――!」
木陰の奥から何か黒い影が飛び込んできた
それはアッシュの腹を貫いて今度はアードの方へと向かう。
「アード!」
アッシュが振り向くと、アードはそこにはいない。
いや、いる。
地面に伏した形でその“何か”を避けたのだ。黒い何かはその少し先で弾けて消えた。
アッシュが黒い影が飛んできた方を見る。そこには、
「な、何だテメエは!」
「…………」
そこには木々の陰に隠れた何者かがいた。全身を隠しているがその図体は小柄だ。顔の部分を見ると、吸い込まれそうな暗黒だけがそこに覗く。
そしてその暗黒と目が合った。
「――――」
嘲笑ったような気がした。
「――――!」
数刹那後、アッシュが動き出そうとした時にはその何者かは身を翻して稲妻のような速さで森の奥に消えていった。
「何だ今の」
時の止まったような一瞬が過ぎ去り、アッシュはアードに駆け寄った。
「おいアード、お前平気か? さっきの変なのの攻撃は食らわなかったか?」
「ああ……でもアッシュ、君はさっきの魔物に何かされたんじゃ?」
「魔物……」
すると、アッシュは自分の体内に感じられたある異変に気付く。
体内にざわざわとした不吉な感触が広がる。その直後、腹部に何か穴が開いたような感覚
――なんだ、これ?
腹部を抉り毟りたくなるような衝動が、一気にアッシュの体内に広がる。
足が震えて、その場に膝をつく。それでもその気持ち悪い感触は消えない。むしろ強まり、体を刃物で思いっきりズタズタになるまで掻き混ぜたくなるような、凶暴な欲求がどんどん肥大化していく。
先程経験した猛毒ともまた違う謎な感覚だ。
「ぐ、ウ……」
土の味がする。気が付けば地面に横になっている。このままではいけないと、地に手を付けて立ち上がろうとすると││激しい疼きとともに胸に上ってくる感覚が――。
「アッシュ! やっぱり、あいつに何かをされたか。どういう状況? 話せるか?」
「はあ……はあ……っ」
正常な思考は違和感に阻害され、脳みそが肉体に下した命令は単純だった。
「――――!」
アッシュは気が付けば腕を強く振っていた。この感覚から逃れるため。そして近付いてきたアードを思いっきり払いのけた││アードは地面に尻もちをつく。
「ア、アード! すまねえ!」
「アッシュ……暴走状態か?」
「ぼう、そう?」
呼吸を荒くしながら、しかしアッシュはもう既にまともに返事を返せないでいた。ただ乱れたもどかしい感覚に支配されてその場で、本格的に暴れ回り始めた。