ビッグマンブルース 1
アッシュという男がダンジョンに潜る時、いつも思っているのはもっと上に行きたいということだった。
片田舎の小さな村で生まれたアッシュは、都会の喧噪やほとんど大規模な町にしかないダンジョンとは無縁の生活をしていた。故郷では二言目には「あんたは体が大きいから」と大人であることを求められてきたのは彼にとって苦痛以外の何物でもない。ならいっそ生まれ持ったその筋骨隆々とした肉体を存分に振るってやろうと思い、制止する声も無視して故郷を出てリスタの町まで出てきたけれど、それでもアッシュはいつも悶々としていた。
彼が選んだ仕事は傷売りだった。
志望動機はシンプルーー金が容易に豊富に手に入る。大金持ちになって金も女も地位も手に入れて成功者になるというのがアッシュのささやかな野望だった。
猛獣みたいに筋骨隆々としたデカい体に似合わず、性根は小物そのものだ。所謂ところのオーク顔の悪人フェイスと結びついてもう完全な悪党に近い。
とはいえ実際はそこまでの悪人ではないけれど。
故に多少危険でも彼は傷売りをすることに迷いはなかった。そして同じく初心者である他の傷売りたちとパーティーを組んだ。
しかし傷売りを始めてからはや一年が経過したが未だ初心者からは抜け出せていない。それはアッシュ自身の実力もそうだが、パーティー自体がそこまで上昇志向がないことも理由の一つだった。このままこのパーティーでやっていっていいのか、なんて思うけれど、今更ここをやめても好条件のパーティーなどないし、それに仲間内に愛着を感じないわけでもない。
アッシュの所属するパーティーは初心者に毛が生えたレベルで――それに関してはまあアッシュも初心者だったしそれでよかったのだが、しかしあまり向上心はない。アットホームで皆まあ気さくな良い連中なのだが(約一名を除く)、しかしもっとバンバン稼いでいきたい、傷売りとしてより成長したいと思うアッシュにとっては、少し悩みのある現状なのだ。とはいえ、昇格するにあたっての筆記テストなど、アッシュにも立ちはだかる壁があり、なかなか仲間を引っ張ってくことはできないのだったが。
アッシュのパーティーでの役目は傷を受ける役――最も難易度の高い役柄である。アッシュも肉体にだけは自信がある。
しかし魔物から受ける傷というのは必ずしも防御力高い方が有利というわけではない。あまりにも頑丈な体や固い鎧などを被ると、ダメージが軽減してしまうということがある。それの何がいけないか、傷売りの目的は魔物から傷を受けて魔素を持ち帰ること。この魔素というのは魔物の攻撃から伝達され、基本的には攻撃が効けば効くほどより多くの魔素を入手できるのだ。中には女子供の方が魔物が興奮してマナを多く分泌するという論説もあるという(まあそれでも傷を受ける役目を女子供にさせるのは議論が出るところ。もっともそこは国ごとの風潮で違うのだろうが、リスタの町ではまだアッシュのような男性の方が活躍の機会は多いようだ)。
また更に注釈をつけるなら、アッシュの仲間は初心者に毛が生えた程度と言ったが、それは危険な仕事を避ける姿勢がそういう意味なだけで、個々人の技量は初心者としては上の中か上の上に位置している。ただあまり向上心がないだけで……。できれば別パーティーに行かず、このパーティーの仲間とともに成長していきたいとアッシュは思っているのだが。
そんな風にどこか遠くを見るような雰囲気でパーティーを見るアッシュに、しかし仲間は頑なに声をかける。
「アッシュ、辛くなったら言ってね。一番危険の高い役目なんだから」
「わーってらあ。だがな、別に俺はお前らが大変じゃねえなんてこれっぽっちも思ってはねえからな。同じ傷売りの仲間なんだ、助け合っていくべきだろ」
「いい心掛けだね!」
「特にメリル、お前はまだちんちくりんの餓鬼なんだからな、一等気をつけろよ」
「ち、ちんちくりんって言った? 今! むう、ちょっと体がデカいからって調子乗らないでよ!」
魔女帽子にローブ姿の如何にもな格好をしている。小柄な少女、仲間の一人であるメリルーーこの少女は凄い。何せ十二という年齢で傷売りのパーティーに参加している――は事あるごとにアッシュに世話を焼く。二人が睨み合うとアッシュは自然と腰を九十度近く傾けることになる。そんなメリルにアッシュは自身の思っていることは勿論述べない。しかしその若さのメリルに、ついつい自己矛盾に満ちた嫌味なディスりをしてしまうのが彼だった。そして他の二人の仲間、アードとヒルダはそんな彼らのやり取りを見てやれやれと肩を竦めているのがいつもの光景だった。
◇◇◇
アッシュたちは今日も今日とてダンジョンへと向かった。今回の任務先はナグサ大樹林である。巨大な樹木や巨大な虫たちが飛び回る極彩色の世界。
その景色の中毒々しい色のキノコにアッシュは腰を掛けている。
「さて、今回の標的ね――」
ヒルダがそう指揮を執った。
女性ながら彼女はこのパーティーのリーダーを務めている。
アッシュたちはまずナグサ大樹林への転移陣を通り、逃走車で先へと向かった。
エスケーパーとは傷売りがダンジョン内を移動するときに使う車やバイクのことである。四人乗りが基本推奨だがそれ以下や以上の代物もある。
ナグサ大樹林は木の根っこがあるから、エスケーパーで地面を走るのには向いてないのだ。もっともエスケーパーは多少の浮遊ならできるものも多いが、それでも木々が歪に生えそろったダンジョン内では上手く通れないのだ。
故にアッシュたちは普段使うエスケーパーではなくレンタルで借りたバイク型のエスケーパーを使い、周囲の魔物たちも無視して目当てのポジションへと向かった。
そこは一際巨大な木の天辺に旗が括りつけられているポイントだ。
目当てのポジションというのはダンジョン内にある休憩地点のことだった。そこは魔物が入れない結界クリスタルが置かれており、ダンジョンの奧へ行く時はそういい場所を拠点として行動をするのがセオリーだ。また休憩地点にはサポート要員のレスキュー隊が基本的には常駐しており、そこで入用のアイテムなどを売ってくれたりもする。
その休憩地点のすぐそこに今回の依頼の目的がある。
「今回の標的はマジカルマッシュルームよ」
「マジカルマッシュルームってのはどんな魔物だ?」
アッシュがそんな風に尋ねると、
「アッシュ君、任務前の話聞いてた? 傷受ける役がそれでいいのかしら」
「悪いな、俺は馬鹿なんだよ」
アッシュはヒルダの顔(正確には彼女の際どい恰好の胸の谷間)から目線をずらした。
その手の内容を記憶する脳みそがとんと弱いアッシュだった。こんな奴が傷売りとして上へ行けるのかははなはだ疑問だったが。
「そう、じゃあこの頓珍漢なお馬鹿さんに、アード君、説明してあげて」
ヒルダは呆れた顔でもう一人の男の傷売りである男のアードに促した。
「マジカルマッシュルームはアッシュが椅子代わりに乗っているそのキノコみたいなのに擬態してるモンスターだよ」
「このキノコがマジカルマッシュルームだったりとかな」
アッシュがそうお道化て言うけれど、アードは笑いもせずに続けた。
「マジカルマッシュルームはキノコ型のモンスターで、その胞子から催眠や麻痺などの状態異常の効果のある攻撃をする。モンスターの中でも極めて特殊な個体で滅多にいない、レアモンスターという概念で呼ばれている」
「あーなるほど思い出してきた。目撃情報があったからって話だっけか。今回はでも、そういう状態異常のは貰わないんだったな」
「うん。私たちはまだ初心者に毛の生えた程度の傷売りパーティーに状態異常は危険度が高いよ」
アードではなくメリルがそう言った。アッシュはメリルが話題に入ってきてくれたことで少しほっとした。
「……あー、でもよ、なら何故マジカルマッシュルームを狙うんだ?」
「ギルドからの依頼だよ。モンスターの攻撃から採れるマナは種類があるのを知ってるよね? だからモンスターを指定してマナを回収する依頼が回されるの。ランクの低い傷売りは自分で選ぶ依頼だけじゃなく、ギルドから回してもらった依頼をこなさないといけないこともあるの」
「ふうん明快だな。でも状態異常攻撃を受けないでも採れるマナには違いがあるのか?」
「そりゃああるよ。アッシュちゃんと勉強してよね」
「へいへい。お前には学ばされるぜまったく」
アッシュのやや皮肉交じりな言葉にメリルは口を尖らせる。
「むう……何か褒められた気がしない。とにかく今回はマジカルマッシュルームのマナが必要なんだ。だから私たちはそれを見つけないといけない。でもその際に状態異常を防がないといけないの。だからこれ、使うの」
「お? それは?」
メリルはいつも身に着けている杖を一旦置いてごそごそとアイテムポーチをさばくりアッシュに何かを手渡す。それは瓶に入ったポーションだった。
ポーションーー所謂ところの回復薬だ。その効果は凄まじく(値段により効き目の違いはあるが)、重傷を受けた人間も飲めばたちまち軽く復活できるのだ。中には身体能力を強化するバフ付きのポーションや、状態異常を治すポーションなどもある。しかしポーション類は基本的にどれでも、ある程度は傷を回復する効果がある。何が悪いかと言うと、当然傷が癒えればマナが消失し報酬も減る。しかも一本が結構な値段をする。だから傷売りも簡単に頼れるものではないのだった。
そんなポーションを自慢気にメリルは見せる。
「それは状態異常の回復ポーションだよ。マジカルマッシュルームは催眠と麻痺と猛毒の状態異常をしてくるから、それぞれのポーションを持ってきてあるの」
「それは確実だな。でも高かったんじゃないのか?」
「結構な値段だけど、これはギルドから支給されるものだから。まあ使うと報酬から少し引かれちゃうんだけど」
透明な液体を揺らしてアッシュは揺らした。
「なーる。でも状態異常になってすぐ飲むことができるのか?」
「状態異常って言っても直ぐに動けなくなったりしないよ。強い魔物とかならそういうのもあるみたいだけど」
「お前ガキのくせに本当に物知りだな。年齢サバ読んでないよな」
「むう! そんなことできないよ、ギルドが身元調査するんだから。とにかく無茶はしないでね。一応ポーションの予備を持ってきてあるけど」
「うん? 予備のもギルドから支給されたものなのか?」
メリルはうっと言葉に詰まる。休憩地点の隅を見るとサポート要員の人が首を横に振った。
「おいおい、ギルドの支給品以外も買ってるんじゃ、今回の依頼あまり儲からないんじゃねえのか?」
「別に、予備があったらまた何かの機会に使えるんだよ。お金のことばっかり言ってると貧乏になっちゃうんだからね!」
「はいはい。惚気はここまで」
ヒルダが手を打って言う。
「の、惚気じゃないしっ! 私はただパーティーの安全のために」
「そ、そうだぜ。惚気とか馬鹿なこと言うんじゃねえよリーダー」
ぷいっとアッシュがそっぽを向くと、メリルは「むう……」と魔女帽子を目深にする。
「はいはい、本当素直じゃないわね。とにかく、私とメリルちゃんは休憩地点で待ってるから、アッシュ君とアード君で早く向かってね」
ヒルダがまとめるように言ったので、アッシュとアードは「へーい」、「はい」、と返事をしてナグサ大樹林の奧へと進んでいく。