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傷売り  作者: 瑠璃猫
3/11

傷売りのおっさん 3

「今回の報酬は67万ダゴルです」


 リスタの町の魔法病院のベッドでヨナスは寝転がっていた。

 魔法病院というのは傷売りが持ち帰ったマナを抽出し、またその怪我の治療を行う施設だ。治療費は報酬から差し引かれる(67万ダゴルと言うのは差し引かれた値段である)。報酬金も魔法病院で一緒に貰える。

 抽出したマナは人類に定期的な検診の際に配られたり、魔導機関の利用のために使われたりする。


 傷の治療は回復魔法によりすぐに完璧に終わったが、万全を期すため基本的に数日間は入院することが推奨された。その分やや報酬が減らされるのが痛いところだが、病院側とも上手く付き合いたいのでヨナスも文句は言わなかった。


 とはいえオークからの傷で67万ダゴルとうのはかなり上々の結果だ。やはりオークを挑発して上手く傷を得たのが功を奏したのだろう。

 しかし治療をされたのに金を払うどころか報酬があるというのはなかなか奇妙なものだと、ヨナスは慣れていてもそう思う。


 ヨナスはベッドの上で体をひねった。すると体に激痛が走る。


 怪我自体は回復しているはずだが、このリフレインするような痛みだけは決してなくならない。魔法病院で治療を受けても完全には消えないが、しかしそれも少し時間が経てば消える傷もある。だがダンジョンから帰った後は決まってこうだ。

 傷売りとして今は生計を立てているヨナスだが、引退についても考えていたりする。こんな死と隣り合わせの仕事ではなく、もっと給料は低くても安全な仕事について、そうすれば彼女だって結婚を考えてくれないだろうか。


 などと思っていると病室の扉が開いてそこにリオンが入ってきた。


「よう、元気してるか、億万長者」

「ああ、リオンか。何か用事か?」


 上半身を起こすヨナス。勿論個室ではないので他の患者もいる。そのほとんどが傷売りだが、リオンの姿に目を奪われているようだった。傷売りとか関係なしにリオンの美貌は目を引きやすいのだ。これが男であるとは誰にも説明できないだろうが。


「何だ、用事がなければ見舞いにも来ちゃいけないのかよ?」

「別にそうとは言ってないだろ」


 でもリオンが用事以外でわざわざ病院にいるヨナスに会いに来るだろうか。

 一番ありそうな可能性としては、


「次の仕事の話か?」

「いいや。お前の女神様にお願いされてきたんだよ」

「女神――シャーリーのことか」


 ヨナスの十五歳年下の恋人だ。


「今度のデートの誘いとか?」

「何でそんなことオレがわざわざ言いに来ねえといけねえんだよ。違う、また泣きつかれたんだよ面倒臭え。こんな仕事もうやめてほしいってさ」

「ああ、その話か」


 さっき自分が考えていたこととドンピシャだった。というかシャーリーは再三そのことを言っていた。傷売りをやめてほしいということを。だからヨナスも度々考えるようにしているのだ。

 そうか、だとしたらもう頃合いなのかもしれないな。

 なんてヨナスは口を開いた。


「いや、やめないよ」


 それは自分でも予想外の言葉だった。

 リオンはふうん、とヨナスを見る。


「ああ……いや、えっと。何だろうな。何て言えばいいのか」

「オマエは傷売りやめたくないのかよ?」

「いや、そりゃこんな仕事いつまでも続くとは思ってないさ。俺もいい年だしな。でも」

「オレらに遠慮してるとか?」


 傷売りには役割分担があり、当然、最も重要なのは魔物の攻撃を受けて傷を持ち帰る役目である。その要であるヨナスが抜ければ彼の所属しているパーティーは崩れると言っても過言ではない。

 だが、


「まあそういうのもあるけどさ、でもやっぱり続けたいって思うんだよ。自分の限界が来るまでは、体が動く内はな」

「……でもいざとなってからじゃ手遅れだぜ。別にお前の代役だって探そうと思えば探すことだって吝かじゃない。防衛機制技能だってもう結構数値高いんだろ?」


 確かに最近は年齢の衰えもあるし防衛機制技能のこともある。もう傷売りは長くないのは目に見えているのだった。


 防衛機制技能――傷を受ける役には防衛機制技能と呼ばれるものがある。それはこの仕事をしていれば自然と成長する技能だ。最初は死を意識するほどの傷でも慣れればそれをものとはしない。言ってしまえば傷売りとして慣れるということでもある。


 例えば魔物から傷を受けるダメージを軽減したり、あるいはダメージを食らう前にその攻撃を察知するそういう技能のことだ。またその技能が高まることでスキルを覚えたり身体能力が成長したりする、いわばレベルのようなものだ。

 だが逆に言えば慣れれば慣れただけ同じ傷から同じだけの魔素を持ち帰ることはできない。生存率は高まっても勝手に防衛してしまうので、目的からは逸れて行ってしまうのだ。だからより魔素を手に入れるには自然と難易度の高いダンジョンに挑んでいかなくてはならないのだ。


 ――もっとも傷を受ける役以外の救助役、陽動役、運転役などでも、防衛機制技能と少し違うのだが、役割に応じて魔物との相手に慣れることで能力が高まることがある。その技能も防衛機制技能と同じと表記すべきかは議論の分かれるところらしい。

 また一説によると高まった防衛機制技能が崩壊するほどの傷を受けることもあるらしく、レベルというのはそこら辺の意味でも正確ではないというのが通説だという。


 そしてヨナスの防衛機制技能の数値はかなり高まっている。そしてこれ以上の危険なダンジョンはもう自分たちには年齢的に難しいのではとも思っていた。つまり傷売りとしてもう長くないことは自分でもわかっていた。

 その辺のことをリオンとはもう少し詳しく話そうかと思ったが、しかしリオンは肩を竦めて話題の軌道をややずらした。


「ま、そもそも引退してどうするんだって話だよな? 趣味も特技もこれといってないお前が別の生き方できるとは思えない」

「考えはないこともない。実は俺は小説を書いてるんだよ」

「小説?」


 リオンは興味深そうな顔をした。


「へえ、そんなことしてたのねお前。傷売りの体験を参考に?」

「まあそれもあるしそれ以外でもな。いつかは作家になりたいとも思う」

「そんな野望あるんだったら、オープンにしたらどうだ? 現役傷売りが書いてる方が宣伝になるだろ?」

「そうだなあ、まあ確かにそういう現役傷売りで作家する奴もいるし、それも悪くないかもな……だけど」

「何だ煮え切らない。そんなで本当に作家になんてなれるのか? まあ、ヨナスにとってはいつものことか」

「……まあ、報酬のいい仕事だからな。もう少し稼ぐよ。それまでは傷を受ける役は俺が引き受けるから。シャーリーには悪いけど」


 本当に悪いけれど。このままでは結婚の誓いも遠ざかる一方だ。

 そんなヨナスにリオンは顎に手を当てながら言う。


「でもお前なら傷を受ける役じゃなくても、もう少し危険の低い陽動役、救助役、運転役、何でもできるんじゃないのか? 実力だけはちょっとはあるわけだ。限界を感じてるんなら尚更役割を変えても……」

「まあな。でも一度こうして傷を受ける役をやるとなかなかやめられないのさ」

「一番報酬が高いからか?」


 ヨナスはうーん、と言葉を濁しながら言う。


「それもあるけどそれだけじゃないのさ。この仕事はどれだけ危険でも絶対になくならない。傷を受けてマナに変換し持ち帰る、それは人類が生きるために絶対に必要だからだ」

「人類のためか? そんな殊勝な人間だったなんて、これはオレの認識違いだったな」

「そうだろう。存分に尊敬のまなざしを向けてくれたまえ」


 リオンは肩を竦めた。


「傷売りになったら優先的にマナの補給を受けられるからだと思ってたぞ」

「まあそういうのもある」

「やっぱりそうか」


 ははっ、とヨナスは苦笑すると窓の外を見る。


 今言ったこと、それは嘘ではない。しかし本当のことすべてでもなかった。

 人類のためというのは傷売りすべてにかかることだろう。個人的にそこまで大層なことは考えていない。


 だがしかし最初傷売りになった時にも自分は何を考えていただろうか。ただひたすらに傷を受けて受けて受けて受けていただけだ。

 勿論それだけに没頭していたわけではないが、ほとんど何においてもただ必死だった。

 もし今の自分があの頃の延長線上で傷売りをしているのだとしたら、その動機の大本はきっとあの時のことを忘れたくないからだ。正確にいえばあの時自分が何を考えていたかを何を望んでいたかを、さながら紙とペンで書き留めておきたいという感覚だろう。


 思い出したくもないあの辛かった日々のことを、しかしそれでも……。


 なんて思いながら外の景色を眺める。

 外では病院の中庭の公園で戯れている子供たちがいた。笑いながら走り回っている。自分にもあんな小さなころがあったのだ。

 あの時から大分遠くへ来てしまったのだと感慨深く思う。

 ならば自分はどこで人生を間違えてしまったのだろうか? 今では死と隣り合わせの仕事をしている。それは名誉ある大事な仕事だけれど、しかし命を削る仕事なのだ。


 長生きして思う――人生の目的はよく生きることで、傷を儲けて稼ぐこと、それ自体ではない。傷売りだと特に気負うのは良くないということだろう。特に狙い過ぎは失敗の元だ。あくまで自然体でいるべき、と見習いの頃から先輩にはよくよく言われてきた。それだけは心に刻んで仕事にしている。

 まあこの仕事が危険なのは百も承知だが、しかし自分だけの問題ならそれでいいけれど、恋人の切なる願いも抱えているのだ。あるいはここらが自分にとっての瀬戸際なのかもしれない。

 しかし、それはそうとして、リオンが口を開いた。


「まあそれはともかくとして、傷売りを続ける気なら次の仕事の話あるけど、聞くか? 多分二週間後後辺りにプロトメア海底都市に割の良い依頼が入ってくる」

「何だ、やっぱり仕事の話もあるんじゃないかよ。次から次へと休む暇もない」

「話を聞くならグリシャも呼ぶか。あいついつまでトイレ探してんだよ」


 リオンが部屋から一時的に出て行く。


 さて、どうやら考え事をできる時間はあまり多くはないようだ。現実というのは切に忙しいのだから。

 ヨナスはぐっと伸びをする。すると体の節々が痛んだ。顔をしかめて背中を掻く。治療を受けても完全に治るわけではない。


 ほとんど今はもう懐かしき古傷ばかりだ。


 昔負った傷をヨナスは思い出そうとした。

・ガンドウルフの大地

中級者向けダンジョン。一面赤茶けた荒野。その荒野を制しているのはガンドウルフと呼ばれる狼の魔物である。中には廃教会や廃村エリアなどもある。

・オーク

図体のデカい人型の魔物。ゴブリンやスライムと同じでポピュラーな魔物。中級者向けのダンジョンには普遍的に存在する。その体躯から繰り出される拳もさるものだが、こん棒などを有してより強力な固体もいる。知能は低い。


・ヨナス

中級者傷売り。パーティーでの役割は傷を受ける役。歳は三十後半から四十くらい。十五歳年下のシャーリーという彼女がいる。性格は飄々としているが傷売りとしては確かな実力を持っている。

・リオン

中級者傷売り。パーティーでの役割は陽動担当。歳は二十代後半だが、年上の人間にも敬語はほとんど使わない。身軽な弓の名手。

・グリシャ

中級者傷売り。パーティーでの役割は救助兼運転役。歳は四十代前半。大柄で無口。鎧をまとっている大男。

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