ある初心者傷売りの受難 4
「今回の報酬は16万ダゴルです」
リスタの町の魔法病院にジークは入院しなかった。今回の仕事で唯一傷らしい傷を受けなかったのがジークだ。傷を受ける役目というのも形無しである。
唯一――彼は生き残った。いや、彼だけではなかった。
「奇跡だよなあ。あんだけの窮地で生きて帰れるとは」
傷を受けたのはカルロスとコルフィとそしてエンジュだ。
全員生きていた。
カルロスはあれからモンスターたちと追いかけっこをしながら少しの傷を受けた。コルフィは特に危険な状態で、しかもあの後も車内で別の魔物に傷を受けたという。
そしてそれだけではない、報酬に色がつく特殊な事例にも遭遇した。
それは仲間たちの傷だ。
要するに、何が傷に当たるかと言うと、通常は傷を受ける役が傷を得るのが普通のケースだ。だが稀に傷売りの仲間たちが傷を負うこともあり、そういう他人の受けた痛みに対する傷という概念もあるのだ。
ただし、それはあまり望まれないものだという。傷売りとしてダンジョンに降り立った時点で、普通は死を、あるいは重傷を、覚悟して行くのが当然だ。いざという時にミスをして全滅したなどと目も当てられない。そういう基礎的な精神論を怠り仲間の傷に一喜一憂し取り乱す姿は、本来なら傷売りとして失笑を買ってしまうだろう。その程度の傷売りははした金を手にすることもなくお陀仏するのが目に見える、傷売りとしての基本的な教訓だ。
もっとも初心者パーティーには、何のことか分からなかっただろうが。
そのために今回の報酬も本当はかなり高ったのだが、しかしエンジュが魔法を使ったことによる消耗があり、当然の如く彼女は傷による報酬が得られなかった。しかも体内の魔素を膨大に使用して魔素欠乏症になっていたので緊急手術が必要になった。その代償として、他の傷の分の報酬を彼女の手術に使ったので、結果として残った報酬は16万ダゴルだったという話だ。
あの魔法、威力は凄いが、代償もその分あるようだ。
ジークは何だか歯がゆい感じもするが、しかし生きて帰れただけでめっけものかと結論を付けた。
どうやって生き延びたか――最後にエンジュが魔法を使った。それこそはダイヤモンド・ブレイバー。氷で対象を凍結させる魔法だ。倒すことはできないが足止めにはなる。それでジークとエンジュは助かったのだ。エンジュは更に自分の傷を氷で凍らせることで止血を図ったという。細胞は壊死しかけたが魔法病院の治療で問題なく回復できたそうだ。
だがカルロスとコルフィは?
それは彼女が別れ際に投げた球体にあった。それは魔石だった。エンジュの魔法は自身の周囲だけでなく、特殊な魔法式を籠めた魔石を通して遠隔で魔法を発動させることもできるのだという。遠隔操作ができる魔法は上級魔法かあるいは一部の中級魔法と相場が決まっているはずだが、どうやらエンジュのそれは上級魔法のようだった。
それを使い、カルロスとコルフィに密かにその球体を渡していて、魔法が発動した瞬間、魔物ではなく彼ら自身を氷漬けにし守ったのだという。
その魔法はエフェクトが激しく、天高く氷柱が伸び、信号弾を持ってきていなかった彼らの居場所を、正確に伝えることも担った。
パーティーの仲間に伝えたのか――否、違う。それはダンジョン内を巡回するレスキュー班に向けてのものだった。
レスキュー班、ダンジョン内で怪我をした存在を捜索する部隊だ。しかし基本的にエスケーパーはその性能から四人を超える重量のマナを検知すると行動できなくなる。それはそのエスケーパーだけでなく周辺にある他のエスケーパーの魔道エンジンもかからなくなる、故に逆に足を引っ張る真似に繋がりかねないのだが、今回は初心者が入口を突っ切って突っ走ったとの報告があった。ただならぬ魔法が複数検知されたことで、四人が離れて救助を待っているのではないと判断し、レスキュー隊が助けに来たのだ。
その後、四人はレスキュー隊の人にこってりと絞られたのだが。
「カルロス。それからコルフィ。何か言うことはあるか?」
病院の外、ギルドの酒場で四人は会話していた。
「まあ色々あったけど助かったわけだろ?」
「うん、生きて帰れた。報酬は酷いし、オメガちゃんも故障してたけど、まあ」
「まあじゃねよ。一歩間違えば死んでたんだぞ。それにお前ら後遺症が――」
そう、無傷では済まなかった。カルロスとコルフィは後遺症を負った。それもかなり重度のものだ。カルロスは右顔面に、コルフィは――ジークは見ていないが――左肩から胸にかけて赤黒い模様が浮かび上がっているらしい。
「ああ、まあな。痛みはあるが、でも一生戻らないわけじゃないし。これはこれで平凡じゃなくてイカしてるぜ?」
「うん、勿論反省してるわよ。本当にごめんなさい。私のせいでカルロスに酷い傷を負わせて……反省として指を」
「いや、それはいいから」
しゅんとコルフィは俯く。
「まあ、ジークよせよ。ダンジョンを間違えたのだってコルフィだけじゃない、俺らみんなが見過ごしてたんだぜ」
「そういう話じゃなくて……カルロス、お前だって一人で挑発して敵を集めるなんて幾らなんでも」
「カルロス、そのフォローは要らない。私のせいなのは揺るぎないから」
ジークの言葉を遮ってコルフィがそう言った。涙をながしていた。そんな表情の彼女は初めて見る。いつもと違うその殊勝な態度にジークも責め切れない。行き場のない感情が体内に残留する感覚を覚える。
ジークはもやもやを晴らすためエンジュにそういえばという。
「エンジュちゃん、あんな強力な魔法が使えるなんて言ってたか?」
「ワタシもハツタイケンだった」
エンジュはアホ毛をピコピコ動かしている
「初体験にも関わらずあんな局面でよく自分の力を信じられたもんだね。一体どの段階で計画してたんだ? 君はああなることを見越していたようにも思うけど」
「さあ?」
「さあって」
「でも、ワタシちょっと、ワクワクしたよ」
「…………」
ジークは言葉を失った。
まあ彼女のおかげで全員無事に助かったのだ。小言を言うのはよした方がいいだろう、とジークは思った。別にエンジュのせいで陥った危機と言うわけでもないのだし、精々この少女への今までの子供扱い認識を改める必要があるだろう。とはいえ、今回のような例外はともかく普段ならあんな上級魔法は使えまい。ならば彼女をどういう役割にするべきかもまた、考える必要もあるのだろうが。
「はあ、まあいいや」
「まあいい? 何だよエンジュちゃんはよくて俺たちは駄目なのか?」
「わ、私だって必死だったんだもん」
カルロスとコルフィが抗議の声を上げるのに対しジークは、
「エンジュちゃんは後遺症を負ってないだろ。そもそも今回のことだってエンジュちゃんのおかげで生き残れたんだから。行き当たりばったりで体張ったり暴走したりするのは評価できないんだよ。最初に言った時と同じで今も俺の意見は変わってない。ダンジョンは危険なんだ。容易く人を欲に狂わせて閉じ込めちまう」
「ちぇっ……」
カルロスは椅子をギイギイしながら後ろ頭で手を組んだ。
テーブルに沈黙が漂う。
ギルドの壁にかけられた書額には【傷売りたるもの仲間を見捨てない】と記されている。その文字を皆はぼんやりと見ていた。
そして、
「なら、もう傷売り、やめるか?」
「…………」
カルロスが何気なく言った。それはジークが言おうとしていた言葉だったが、先にとられてしまった。
コルフィが俯いた顔を開けてそれから何かを言おうとした瞬間だった。
「まだオメガのシューリ代、残ってる」
エンジュが手を上げてそう言った。
「……それは」
オメガもダンジョンから回収されて今は車庫に預けてある。折角買ったエスケーパーを一度で乗り捨てるのは確かに勿体ない、が。
ならまたアルバイトをして治すのか。
それとも――
「まあジーク。今回は場所が悪かっただけじゃねえか。他のダンジョンが同じように危険とは限らねえだろ」
「カルロス……お前あんな危険な目に遭ってまだやる気なのかよ」
「後遺症はダンジョンに赴かないと治らないんだろ? 特にコルフィのは重度だ、運転にもマイナスの補正が入るとか。それもまた狂村まで行かないと完治しないって医者が言ってたぞ」
「それはこれからも傷売りをする理由にはならないだろ」
後遺症の治し方はケースバイケースだ。コルフィの場合は狂村でまた別の魔物から傷を受けることが回復の条件になっているらしいけれど。
それをジークは切り捨てたのだが、カルロスはまだ食い下がる。
「いやなんつーかさ、ここで終わるの勿体ないなって思うんだよな。あんな危険な目に遭ってというけどよ、傷売りって乗り切った修羅場でレベルが決まるみたいなところもあるだろ。だからさ――」
「……はあ。ったく、コルフィはどうだ? さすがにお前は懲りただろ。完治しないからってまたあのダンジョンには……」
「はい、これからは運転は気を付けます!」
こくこくと頷きながらコルフィは答えた。
それは普段の運転のことを言っているのか、それとも……まあいい。
ジークはあえて追及しなかった。
確かに一度乗り切った修羅場に少しだけ自分も高揚感を感じるところはあった。あんな危険な目に遭ったというのにだ。
これは多分褒められたことではないのだろう。だが、それでも、
「次はきちんと周囲確認しろよ」
「さっすがジーク、話がわかる」
カルロスがジークの首に腕を回す。その後、痛た、と体をひねった。そんな様にコルフィとエンジュは笑っていた。
まったくどいつもこいつも現金なことだ。懲りない奴ら……自分も含めて。だがそれでいい。それがいい。
クールぶらなくてもいい、自分はこんな程度でいいんだ。そしてこんな程度の奴には勿体ないほどの仲間たちがいる。
【傷売りたるもの仲間を見捨てない】
――という言葉を、それでも覚えていてくれた仲間たちが。
だから、今度こそはきちんと仲間を守れって地上まで四人揃って生きて帰れる、そんな傷売りになろうと、そうジークは、
ジークたちは心に誓ったのだった。
・狂村
上級者ダンジョン。昼夜問わず空が赤い。中心から外側に三つの背の高い門があり、内側に行くほど強い魔物が待ち受ける。村を徘徊する魔物はどれも強敵で狡猾。時計の音を合図に一斉に襲いかかってくる。
・サキュバス
際どい恰好の女性系モンスター。男性の場合、魅了の状態異常をかけることが多い。また魅了なしでもその戦闘能力は生半ではない。
・ジーク
初級者傷売り。パーティーでの役割は傷を受ける役。年は二十代前半。性格は苦労人気質で集中すると周りが見えなくなる。シャドウエッジのスキルを有する。
・エンジュ
初級者傷売り。パーティーでの役割は陽動役。しかしあまり役割は仲間に宛にされていない。年は五十代。エルフの一族で言葉が少し片言気味。エルフとしては珍しい上級氷魔法ダイヤモンド・ブレイバーを使える。
・ダイヤモンド・ブレイバー
エンジュの使う魔法。凄まじい量の氷で標的を凍らせる。凍った対象は生半可な攻撃では削ることもできない。氷の球体を通して、遠くの場所へ同時に発動することができる。消費する魔素の量が尋常ではなく、普段のエンジュでは詠唱を短縮しても使えない。
・カルロス
初級者傷売り。パーティーでの役割は陽動、救助役。年齢は二十代前半。何をやっても平凡な能力値の持ち主でそのことを密かに気にしている。狂村で後遺症を受けた。挑発のスキルを有している。
・コルフィ
初級者傷売り。パーティーでの役割は運転役。年は二十代前半。メカ狂いエスケーパーにはうるさい。運転するとハイになり暴走する。狂村で後遺症を受けた。暴走運転のスキルを使用できる。