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サポーターの初仕事

この話はタイトル的に割りたくなかったので長いです


 私が勇輝の部屋に一人取り残されて、二時間が経った頃。

 視界の端に映っていた姿見の鏡面が、揺らいだ気がした。ハッと気づいてそちらを振り返ると、やはり鏡が、また水面の様に揺らいでいた。慌てて立ち上がって、目の前に立つ。ぼんやりとした輪郭が映っているが、それが私であるという確信が持てないほど、ぼんやりとしたシルエット。それをまじまじと見ていると、水のようだった鏡面が、元の鏡に戻る。しかしそこに映っていたのは、私ではなかった。

 

 「誰?」

 

 勇輝がいるのでは、と思った私の予想は外れた。私の鏡像があるべき場所にいたのは、金髪に紫の瞳をした、およそ私とは似ても似つかない容姿の青年だった。髪も目も黒い私や勇輝とは見間違えようがないほど違う。あと普通にイケメン。


『こんにちは。勇者様の幼馴染の……ミア様でいらっしゃいますか?』


 微笑みかけられて、私は不覚にもドキッとした。こんなイケメンに優しく声をかけられて、ときめかない乙女はいない。と思う。というか、私、もしかして異世界人に話しかけられてる? うわ、なんか緊張してきた。


 「は、はい。そうです。あの、あなたは……」


 どもりながら一生懸命返事をすると、青年はホッとしたように表情を緩めた。それを見て、彼も緊張していたのだ、ということに気付いた。


『申し遅れました。私は勇者様の旅に同行している神官、ピュールと申します。どうぞお見知りおきを』


 とても丁寧に返答してもらった。おそらく私より年上だろう。大学生くらいじゃないだろうか。年上の人にこんなに丁寧に接してもらえると、なんだか気恥ずかしい。

 

 「は、はい。えっと、私は勇輝、あ、勇者に頼まれていて……」


 緊張しています、と宣伝しているかのようなしどろもどろな事を言ってしまった。恥ずかしい。でもピュールさんは馬鹿にするでもなく、穏やかな笑みを浮かべて小さく頷く。


 『存じています。勇者様が物資の調達を申し出られた際は、私がこちらの世界とそちらの世界を繋ぐことになるので、顔を合わせる機会は多くなるかと思います。よろしくお願いいたします』

 「そうなんですね。よろしくお願いします」

 『はい。早速ですが、勇者様からのご要望がありまして。言えばミア様には分かる、と聞いております』


 ん?


「あの、すみません。勇輝は?」


 まず、ピュールさんが世界同士を繋いで、勇輝に交代して、勇輝があれこれと欲しいものを要求してくるのかと思ったのに。なんだか、ピュールさんがそのまま話を進めようとしている。

 私の質問に、ピュールさんは困ったように笑う。


『勇者様は……お忙しいので』


 勇者様はお忙しい。


「魔物と戦っていたりするんですか?」

『えぇ、まあ……』

「ピュールさんは一緒に行かなくていいんですか?」

『私は、あまり戦闘にはご一緒しないんです。主な仕事は後方支援なので……必要がなさそうな時は、宿で留守番をしていることが多いですね』

「そうなんですか」


 頷きながら、私の苛立ちが再燃した。脳内で、勝手にその場面が再生された。

 留守を預かることになったピュールさんを、意気揚々と出かけていく勇輝が振り返って、ついでの様に、事も無げに言う。


 『あ、そうだ。暇だったら、これとこれ、美愛から受け取っておいて。よろしく』

 

 実際に何と言ったのかは知らないが、私の脳内再生は余裕でこれだった。でもあながち間違っていないのではと思ってしまう。ピュールさんのこの様子だと、切羽詰まっていたり、あるいは申し訳なさそうに、ということはないのだろう。私にもピュールさんにも失礼ではないだろうか。


『あの、ミア様……』


 鏡の向こうからの声にハッとする。いかんいかん。ピュールさんに当たってもしょうがない。


「すみません、大丈夫です。ええと、何を頼まれたんですか?」

『はい。えーとですね……』


 ピュールさんを通して勇輝が要求してきたのは、お菓子やジュースだった。一仕事終えて戻ったら、お菓子とジュースで打ち上げでもするのかもしれない。ピュールさんが、全く馴染みがないと分かる言い方で、お菓子やジュースの名前を一生懸命唱えてくれる傍ら、私は勇輝が用意していたお菓子を物色し、指定された品々を山にする。


「それで、このまま直接、鏡に入れる感じでいいんですか?」

『はい。こちらで受け取りますので、お願いします』

「じゃあ、失礼して……」


 誰に対して失礼したのかと言われれば、私の意識としては姿見に対してだった。本来の用途とは程遠い使い方をされている立派な鏡。申し訳ないです。うっかり通り抜けられなかったりして、鏡面に傷でもついたらどうしよう。でもその時は私と勇輝、あとピュールさんの連帯責任だと思う。

 まず手に取ったのは、ポテトチップスの袋。うすしお味。これなら、万が一鏡を通り抜けられなくても、ダメージは少ないと考えたのだ。私は恐る恐る、お菓子の袋を鏡面に近付けた。通り抜けられ無ければ、私の手の中のポテチがぐしゃぐしゃになっていくだけだ。

 しかし、返ってくるはずの感触はなかった。鏡に押し付けたポテチが、抵抗なく鏡に沈んでいく。よく見れば、ポテチの袋は、その半分ほどが鏡の向こう側に沈んでいた。鏡に映っているのはポテチの袋が反転したものではない。だってきちんと読める、うすしお味って。

 

「本当に通ってる……」

『はい、無事に通過しています。軽いですね』


 ピュールさんの手と、私の手、それぞれにポテチがある。もう少し押し出すと、ピュールさんの手にポテチの袋が収まっていた。


「おおー……」


 すごい、本当に届いた。ちょっと感動。


「……」


 ピュールさんがしげしげとポテチを観察している間、私はそっと鏡に手を伸ばす。


 ぺた。


 私の手が鏡を通り抜ける事はなかった。もしかしたら私も異世界に行けてしまうのでは――なんて、ちょっと、ほんのちょっとだけ思ったけど、まぁ駄目でした。鏡面に私の指紋を残しただけの結果に終わった。ポテチは異世界に行けるけど、私は行けない。別にがっかりしてない。


『ミア様、大丈夫ですか? 他にもまだ、ありましたよね?』


 ピュールさんの呼びかけに、ハッとして、慌ててお菓子の山に手を伸ばす。


「あ、ごめんなさい! 異世界って、鏡一枚分の隔たりしかないんだなって考えたら、不思議に思って……」


 自分がチャレンジしていた事を誤魔化すための言い訳を並べて、作業を再開する。


 「でも、勇輝は自分では荷物を持っていけないと言っていたのに、どうして私が後から送る分はセーフなんですか?」


 同行している仲間が受け取ってくれるのなら、勇輝が鏡を通る前に荷物を押し込めばいいのだから、荷物を運ぶのが大変だという理由ではないだろう。勇輝は確か、何が起こるか分からないから、とか言っていた。

 

『それはですね、ミア様の場合、既に勇者様という座標がこちらにあるからですね』

「?」

『私が神殿で教えられたことをそのまま説明しますとですね。世界というものは無数にあり、その世界ごとに構造が違うのだそうです。私達の世界と勇者様方の世界が、全く違う成り立ちであるように』


 たとえば、私達の世界では電気が当たり前にあるが、ピュールさん達の世界には魔法が当たり前にある、みたいな違いだろうか。ピュールさん達の世界は明らかにファンタジー世界で、私が今いるこの世界とは似ても似つかない。成り立ちや常識、前提がそもそも違う。そういうことかな。


『そこで生きるもの達は、当然その世界に適応して生まれます。他の世界へ適応することなんて、考えていない。適応しない世界には存在できない。だから、世界と世界を渡る事は不可能なのだそうです』

「だから私はそちらの世界へ行けないってことですか?」

『そういうことです。これはミア様が悪いとかではなく、全ての生き物がそうなっています。私も、そちらの世界へは行けません』

「でも、勇輝はそっちに行ってますよね」

『ですから、勇者なのです』


 ピュールさんが、ちょっと誇らしげに頷いた。


『極稀に、他の世界への適性を持っている方がいらっしゃるのです。私達の世界ではその適正者を「勇者」と呼び、我々人類の希望の象徴として、召喚の儀式を行いお招きしています。――例え適性者であっても、招きもなしに世界を渡ることは、ほぼ不可能ですから』

「そうなんですか。勇者って、そっちの世界に行くとなんか、特殊能力がついたりするんですか?」


 先日、勇輝が言っていた事を思い出して聞いてみた。普通に戦える、怖くないと。もしかしたら、適性者であるという事が関係しているのかもしれない。しかし、ピュールさんは首を振った。


『そういったことは聞いた事がありません。そもそも、召喚の儀式についての記録が少なすぎて、前例がないような状態ですから』


 では、戦闘経験なんてゲームくらいしかない勇輝が、異世界で問題なく戦えている理由は分からずじまいか。こっそり努力しているという線もあるけど、勇輝の言い方だと本人も分かってないみたいだったし、そうじゃないんだろう。だけどそれなら、どうしてわざわざ異世界の人間を呼びつける必要があるのか疑問が残る。私は内心で首を傾げた。

 その後も、物資を送りながらピュールさんと話をしていたけど、ピュールさんは勇者である勇輝に強く憧れ、尊敬しているようだった。勇輝についてのあれこれを聞きたがるので、私も異世界の事を質問しつつ、楽しく雑談していた。異世界の人と会話している、と緊張していた気持ちはどこかに行ってしまっていた

ストックがなくなるまでは連続投稿しています。

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