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週末の予定

選ばれしものは忙しく、また視野が狭くなってしまっているようです。

 勇輝に頼まれごとをしてからの、初めての週末を迎える金曜日の夜。私は勇輝にメッセージを送った。

 

『明日は何時に行けばいい?』

 

 返事は30分ほどで経ってから届いた。


『9時前にはよろしく』


 思ったより早い。しかし、鏡の向こうの世界は勇者を心待ちにしているのだろうから、仕方ないのかも。


『了解。届ける物は鏡の前に置いておいて』

『分かった』


 スマホを置いて、目覚ましをセットする。休日だから要らないと思ったが、予想以上に早い時間を指定されたので、寝坊しないように用心した方がいい。時間を確認して、早々に眠った。




 翌日、私は目覚ましの献身を裏切らずに予定通り目を覚まし、さっさと支度を済ませると、早めに勇輝の家へ向かった。初めて何かをする時に余裕を持っておきたいというのが、私の考え方。勇輝が出発する前に、届ける物資とかを確認しておきたかった。

 インターホンを押してからしばらく待つと、応答があった。


 『鍵開いてるから入ってきて。入ったら閉めて』


 子供の頃からこんな感じだから、特に思う事はない。勝手に開けて、鍵をかけてから上がらせてもらう。お邪魔します。

 おじさんとおばさんは、休日出勤で既に外出済み。在宅していたとしても、勝手に開けて入る私を咎める事はないだろう。逆もしかり。

 インターホンで応答してくれたのだから居間にいるのかな、と思って覗いたが、誰もいない。私を待たずに自室へ戻ったらしい。階段を上がり、勇輝の部屋の扉をノックする。


 「入るよ」


 返事を待たずにドアを開けると、勇輝が靴下を履いているところだった。


 「おはよう」

 「ん」


 気のない返事。挨拶をしろ、と叱るつもりはない。面倒だから。勇輝を跨いで、姿見の前へ移動する。昨日頼んだとおり、私が届ける予定の物資と思われる物が置かれていた。しかし。


 「これ、全部? 多くない?」


 姿見の前に置かれた物資は、私の予想と違っていた。

 勇輝が用意していたのは、大袋のチョコレートやポテトチップス。クッキーの箱や、ポップコーン、ジュースのペットボトルもある。お菓子がほとんどだが、漫画本なんかもあって、思ったより大量だった。大量なのもそうだが、これらはただ山積みにされているだけなのだ。私はてっきり、物が一つ二つ置いてあるか、それこそ宅急便の様に箱か何かにまとめられているのかと思った。これでは、渡す私も大変だけど、受け取る側も大変だろう。


 「向こうの世界、あんまりこういうお菓子ないからさ。俺も食べたいし、皆にも食べさせたくて」

 「ふーん……」


 故郷の味が恋しくなるってやつかな。確かに、おいしい食べ物は人間がモチベーションを維持するのに必要だ。外国へ行くのに腰が引けるのは、そういった文化の違いも理由の一つだろうし。


 「よし、できた」


 勇輝の格好は、パーカーにジーパンと、ラフな格好だった。これから異世界に行くとは思えない。


 「その格好で行くの?」

 「そうだよ。こっちの格好で行って、向こうで着替えているんだ。じゃないと、俺、不審者じゃん」

 「まぁ、そうだね」


 勇輝は右袖を捲り、手首を見せてくる。そこには、金色の腕輪が嵌まっていた。ピカピカで、何かの模様が彫り込まれている。高そうだが身に着けたいとは思わない。


 「この腕輪を嵌めて鏡に触ると、向こうの神官に、俺がそっちに行く準備ができたって知らせることになるんだ。見てて」


 勇輝が右手で鏡に触れる。鏡は得意げな顔の勇輝を映すだけだったが、やがて鏡の中の勇輝の姿が揺らぐ。見れば、勇輝が触れた右手から波紋が広がっており、まるで水面の様にゆらゆらと鏡面に漣を起こしていた。


 「わぁ……」


 これが魔法。あり得ない現象を目の前にして、私は無意識に呟いていた。

 こちらを振り返った勇輝は、相変わらず得意げだ。


 「これで、こっちとあっちが繋がったってこと。じゃあ俺、行ってくるから」


 勇輝の腕が、するりと鏡の中に沈む。本当に、この鏡の向こうには異世界が広がっているのか。自分が行くわけでもないのに、なんだかドキドキする。でも待って。


 「ちょっと待って。これ、いつ渡せばいいの? 勇輝が行ってすぐ?」


 勇輝が異世界に降り立った後、すぐに接続が切れるから鏡が向こうの世界に繋がっている間に投げ込んでくれ! というタイムアタックだったらどうしよう。クッキーとか割れちゃわないかな。

 私の質問に、勇輝は、ああ、と付け足すように答えた。

 

 「欲しい時に、こっちから声をかけるから。そしたら、鏡に入れてくれればいいよ」

 「いや、欲しい時っていつ?」

 「分かんないよ。こっちは時間の流れが違うところで旅をしているんだから。鏡の前で待ってて」

 「待ってる!?」


 私が次に何を言う前に、勇輝は「急いでるから」と言い残して、鏡の中へと消えてしまった。すると鏡面の波紋は収まっていき、元の鏡に戻ってしまったようだった。呆気にとられた私が試しに触ってみても、鏡は揺らがないし、手が突き抜けることもない。ひんやりとした鏡面に触れるだけ。

 勇輝は本当に異世界に行ったんだ。話を聞いて頷いてはいたものの、実際に目にすると、衝撃がある。しかし、それよりも大きな衝撃を受けるとは。


 「何、私、ここでずっと待機していないといけないの?」


 当初、サポーターをしてほしいと言われた時、私は指定された時間に、頼まれたものを鏡に入れるだけの簡単なお仕事だと思っていた。でも実際は、勇輝が異世界に行っている間、ずっとこの姿見の前で待機して、あれが欲しいこれが欲しいと言われたタイミングで物資を渡すことだったらしい。何それ。


 私のご飯はどうするの、トイレに行きたい時は? 私の休日はこれで終わってしまうのか。

 段々と腹が立ってきた。サポーターの仕事内容について、勇輝はしっかりと説明をしてくれなかった。でもこれについては、私が勘違いをしたと言われたらその通りだから、両者痛み分けにしてもいい。

 しかし、だ。私はすぐに終わる仕事だと思っていたけれど、勇輝の方は最初から私を一日中、待機させるつもりで頼んできたのだ。でも勇輝は、「大変だけどごめん」とか謝罪の言葉はなかったし、手ぶらで来た私に「お昼は大丈夫か」と声をかけたりする事はなかった。そもそも、異世界に旅立つ直前のやりとりで、私達に認識の齟齬がある事は気付いただろうに、無視して行ってしまった。

 ちょっと、自分勝手が過ぎると思ってしまうのは、私が悪いのだろうか?なんだかモヤモヤする。


美愛が細かい事にうるさいのか、勇輝がずぼらなのかは、人によって

受け止め方が違うと思います。

個人的には、美愛の怒りは真っ当かなと思いますが、ちょっと短期かも?

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