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勇者のサポーター

前の話と割っているので、変な始まり方をしています。


「……一ヶ月くらい前かな。休みで家にいる時、その姿見が……」


 勇輝は例の姿見を指さした。私も振り返る。


 「あれ、勇輝の?」

 「いや、母さんの。今は借りてる」


 納得した。明らかに部屋に似つかわしくない、おしゃれなアンティーク調の姿見。勇輝のお母さんの趣味か。確かに、あの人には似合う。


 「とにかく、その姿見が変でさ」

 「変」

 「何か忘れたけど、何かを借りるのに母さん達の部屋に入ったんだ。そしたら、鏡の表面がユラユラしてて……何だこれって見ても分からなくて、触ってみたら、そのまま引きずり込まれたんだ」

 「怖っ」

 「俺も最初はびっくりしたよ。そのまま落っこちるみたいになったし。でもさ、目を開けたらびっくり、そこには神官っていう人達がたくさんいてさ、俺を勇者様って呼ぶんだ!」


 勇輝は頬を紅潮させて、異世界での出来事を語った。

 剣と魔法、まるでゲームの世界のようなその異世界では、人類は魔族の脅威に晒されていた。一つの大陸に人間と魔族が存在していたが、当然共存は叶わず。両者は、大陸を奪い合うように争っているという。

 脅威を取り除く為、魔族の王である魔王討伐の為に多くの者達が旅立ったが、誰一人成し遂げられないまま、屍だけが積み上げられていく。このまま魔族の脅威に怯えながら逃げ暮らすしかないのか。絶望の淵に立たされた人類は、それでも一縷の望みに賭けて勇者召喚を行う。それで召喚されたのが勇輝だった。

 勇輝は王と謁見し、勇者として魔王討伐を任された。不安もあったが、断り切れずに引き受ける。そして勇者の為に用意されていた装備と、精鋭で構成されたパーティを率いて魔王討伐の旅に出た。現在はその旅の真っ只中だという。

 ここまで聞いても、私の頭の中はさっぱりなことばかりだった。勇輝が嘘をついている、空想の中を生きている、という可能性については、初めからほとんど考えていない。長年の付き合いがあるから、勇輝の言葉を信じる。だけど、にわかに信じがたい事が起きているのも確かだった。頭が追い付いていない。

 

 「えっと、魔王を討伐にって言ってるけど、勇輝、別に剣道とかしてないよね? 戦ったりしているの?」

 「うん。不思議だけど、向こうの世界では、体が軽いんだ。それに、勇者の剣っていうのを握っていると、勝手に体が動く、みたいに戦える。全然怖くないんだ」


 それは大丈夫なんだろうか。魔法があるみたいだし、その影響なのかな? 勝手に体が動くとか、普通に怖いけど。それに、命の危険があるという点では全然大丈夫じゃなさそうだ。勇輝はちっとも怖くないらしいが、結構やばい世界だと思う。


 「魔法は使えるの?」


 これは興味本位で聞きたかった。勇輝は首を振る。


 「使えない。魔法は素質が必要らしくて、元々、人間で素質を持っている人は少ないんだって。俺には素質がないんだってさ」

 「そっか」


 使えるなら見せてほしかった。……いや、そうじゃない。それは今、一番優先度の低い問題だ。何で真っ先に解決してしまったんだ。


 「というか、今も旅の真っ只中って言ったよね? じゃあ、どうしてここにいるの?」

 「そりゃあ、学校はあるし、親には言えないし。こっちで不審に思われないように抜け出してきてるんだ」

 「えぇ?」

 「俺も初めて向こうに行った時は、もう帰れないって思ったけど。そうじゃなかったんだ。向こうの神官が、こっちとあっちを繋いでいるみたいでさ。あの人達が魔法を使ってくれれば、いつでも行き来できるんだ。しかも、向こうとこっちだと時間の流れ方が違うみたいで。俺がこっちで一週間学校に行って、週末に向こうへ行くと、一日も経ってなかったりする。逆に、俺が向こうで一ヶ月くらい旅をしても、戻ってくると半日経ったかどうか、だったりする。誤差はあるけどさ。だからちょっと抜け出してこっちに帰ってきても、全然問題ないんだ」

 

 

 なるほど。勇者に都合がいいように時間が流れているみたいだ。勇者パワーなのか知らないが、深く考えたところで解決はしないだろう。お互いに不都合がない、という事だけ分かればいい。

 そして、異世界へは片道切符ではないということか。なんか、本で読んだ異世界召喚とかは、元の世界へ帰るためにあれこれするっていう展開が多いけど、そもそも帰る手段が最初からあるんだ。


 「なんか……大変そうだね」


 それしか感想が出てこなかった。まさか幼馴染が、高校生と勇者の二足の草鞋を履いているとは思わなかった。うん、普通思わないよね。


 「それでさ、ここからが本題なんだけど」


 勇輝がずいっと身を乗り出した。そういえば、私に頼みごとをしたいっていう話だったなと思い出す。


 「ああ、そうだった。えっと……何だっけ? サポーター?」


 確か、そんなことを言われた気がする。しかし、サポーターということは応援してくれ、ということだろうか。

 まさか現地でエールを送れということではないだろうから、授業が疎かになるからノートを取っていてほしいとか? それよりも、異世界へ行っている間のアリバイ工作だろうか。あ、そうかも。これまで誰にもばれていないのが不思議なくらいだもんね。


 「そう、サポーター。俺さ、あっちにいると、色々不便な事もあるんだ。あっちのメシ、あんまりうまくなくて。野宿の時とか、携帯食はマジで不味い」

 「ふーん?」


 旅という位だから、野宿とかしているのかなと思ったけど、本当にしているらしい。何となくだけど、剣と魔法のファンタジーの世界なら、ポテチもカップ麺も存在してなさそうだし、忘れ物をコンビニで賄う事もできないんだろう。確かに不便が多そうだ。


 「だからこっちから何か持っていければって思ったんだけど。俺が鏡を通る時は色々持ち込めないんだ。何が起こるか分からないって。でも、俺が向こうにいる時に、こっち側から渡してもらう分には別なんだって」

 「別?」

 「うん。こっちから、あっちの世界に鏡を通してやりとりすることは可能なんだって。でもそれには、こっちからあっちの世界に物を渡してくれる人が必要らしくて。それを美愛にやってほしいんだ」

 

 こっち、あっちとややこしいが、要はお留守番係ということか。時間になったら宅急便屋さんが来るから受け取っておいてね、の逆バージョン。時間になったら鏡を通して向こうの世界へ物資をぶち込む係。


 「よく分からないけど、要は鏡越しに物を渡せばいいんだよね?」

 「うん、そう。やってくれる?」

 「そのくらいなら、まぁ……いいかな」

 「ありがとう、美愛! 助かるよ。じゃあ早速だけど、今週末、いい?」

 「いいよ」


 時間になったら勇輝の家へ遊びに行く、と言って出かけて、鏡の中にぽいぽい物を入れて、さっさと帰ってくる。それくらいなら、大して難しい事でもない。

 正直、勇輝が勇者として活躍しているという話はいまだに他人事で現実味を帯びていないが、ここまで言っておいて冗談だ、ということもないだろう。それなら私なりに勇輝が頑張っている事を応援してやろう、という軽い気持ちで引き受けた。

 のちに後悔することになるとは、この時の私は考えもしなかった。

鏡の中におやつをぶちこむだけの簡単なお仕事。

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