幼馴染の家は異世界への通路
元々は一つだった話を長すぎるからと割ったので、不自然なところで切れます。
あの日、告白を受けた私は、自分の都合の良いように勘違いしていた自分が恥ずかしくて、すぐにその場から逃げようとした。しかし、勇輝は私を呼び止めた。そしてなんと「ここからが本題なんだけど」と続けたのだ。あの告白は前置きだったらしい。マジで何なの。逃げようとしていた私は思わず足を止めてしまった。
「実は、美愛には俺のサポーターになってほしいんだ」
私の頭には疑問符が浮かんだ。当たり前だよね?
「何、サポーターって。応援してほしいってこと? 目指せ魔王討伐、みたいな?」
「そうじゃなく、もっと物理的に。物資補給をしてほしい」
困った、全然意味が分からない。私の顔から伝わっていないことを察したらしい勇輝は、とにかく、と声を上げた。
「詳しいことはうちで話すよ。ちょうど親はいないし、ついてきて」
もし、勇輝の告白が愛の告白だったら、親がいないからうちに来て、という誘いは、これまで勇輝の家にお邪魔した時とは全く違う気持ちで受け取っていただろう。ドキドキしていたんじゃないかな。でもそうはならなかった。むしろ、どんな気持ちでいればいいのか分からなくて、言われるがまま勇輝の後に続き、ご近所である勇輝の家にお邪魔することになった。
私の家と勇輝の家は、ともに一軒家、目と鼻の先のご近所さんだ。両親が共働きであったこともあり、お互いの家を行き来しては留守番をして一緒に遊んでいたものだが、中学校に入ってからはそれもめっきり減った。高校に入ってからは玄関先にお届け物くらいはあっただろうけど、普通に上がらせてもらうのは久しぶりだ。
「先に部屋、行ってて。何かお菓子を持ってくる」
頷いて階段を上がり、突き当りの部屋のドアを躊躇いなく開ける。勇輝の部屋だ。随分と久しぶりに来た。ベッドは大きくなっているし、物の配置も変わっている。記憶の中の勇輝の部屋と同じ個所は、備え付けのクローゼットとか、それくらいじゃなかろうか。時の流れの残酷さよ。私も人のことは言えないが。私の部屋だって、気軽に行き来していたあの頃とは色々と変わっているから。
ベッドの上に座って改めて室内を見回すと、もっとも目を引いたのは姿見だった。壁掛け型だが、アンティークのような縁取りが施されたおしゃれなものだ。姿見が男の部屋にあるのは何もおかしくないけど、このデザインの鏡がこの部屋にあるのはおかしい。明らかに浮いている。立ち上がって、姿見の前に立ってみる。私の全身が映る。実際より足が細く見えるが、鏡はそういう風に見えるものらしい。ちぇっ。
特段、おかしいこともないが、この鏡の存在が気になるな、と一歩近づいたところで、ドアが開いて部屋の主である勇輝が入ってきた。振り返ると、血相を変えた勇輝の顔が見えた。
「触るな!」
思った以上に強い声で、私の肩は大きく跳ねた。大きな声に驚いたからでもあるし、勇輝がこんな風に声を上げるのを始めてみたからかもしれない。勇輝は穏やかなタイプだから。喧嘩した時だって、声を張り上げるよりグチグチ言う。
「……ごめん」
別に触ろうとした訳ではないけど、不在の間に自分の部屋で好き勝手されるのは気分がいいことではない。勇輝の気持ちも分かったから、私は素直に謝罪した。
「ああ、うん。気を付けて」
でも、この返答でちょっとムッとしてしまった。こういう時は、こっちこそ、っていう所じゃないのか。別に触ろうとしたわけじゃないのに、気に障ったならって謝ったのに。
……勇輝からしたら、私が何をしようとしたかなんて推し量れないから、今のは私の勝手な言い分だ。落ち着こう。一つ深呼吸をして、ベッドに座りなおす。
「それで、何だっけ?」
自分で声を出して、思った以上に刺々しいものだった事にびっくりする。全然落ち着けていなかったらしい。しかし勇輝は気にした様子がない。その事にホッとする。別に怒らせたいわけじゃないから。
勇輝は勉強机にお菓子を置き、自分は椅子を引いて腰かけた。
「うん。……俺、週末に異世界へ行っててさ」
この話の入り方、何? 週末に映画を観に行った、みたいに話してくるじゃん。
「ごめん、ちょっと待って。何で?」
「えっ、召喚されたから」
「それが何で? どうして?」
私が尋ねると、勇輝は少し面倒そうな顔をした。
「そのくだり、いる? 話すと長いし、面倒なんだけど」
「私に頼みごとをしたいんだよね? じゃあ、ちゃんと説明してよ。よく分からないことを手伝うのは嫌だよ」
「……あっそう。分かったよ」
勇輝がため息を吐いた。
勇輝って、こんなに私をイライラさせる奴だったっけ?
ほぼ毎日一緒にいた子供の頃と比べれば疎遠にはなったけど、今でも私達は幼馴染という良好な関係を築いている。そんな私の幼馴染史上、喧嘩だってたくさんしたから勇輝に苛ついた事が無い訳では無いが、こんな短時間に何度も苛ついたのは、史上初だ。
勇輝がちょっと嫌な奴に感じてもらえると嬉しいです。