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さよならの二人

あと一話で終わります(今更)

私達は乾杯をして、いつも通り雑談にいそしんだ。

 鏡越しに繋いだ手を離したのがいつだったか、どちらから離したかは覚えていない。

 気が付いたら離れていた手を、私は惜しいと今更思ったけど、 ディーはどうだったのか。

 そういう一切は、全部胸の奥へ。

 

 喉が渇いてお茶を何杯も飲むくらい、たくさん他愛もない話をした。

 新しくできたお店の話、新作のお菓子の話、最近発表された政策の話。

 お菓子ももりもり食べた。普段なら時間を気にして食べるのを控えたりするのだけど、無礼講だ。明日の私も、きっと後悔しないだろう。一か月後の私は分からないけど。


 ディーもたくさん話してくれた。

 部下のメッチェルさんが結婚しそうな話、会議中に喧嘩が始まってテーブルごと吹き飛ばした話、私の話を参考に新しい政策を考えた話。

 ディーがたくさん話してくれてから、私はディーの部下について結構詳しい。会ったことはないし、向こうは私の存在すら知らないけど、私は友達だと思っている。何なら顔を知っていると錯覚することすらある。

 ところどころ政治の話が出てくるのももう慣れた。ディーに教えるため勉強した結果、私は政治に興味を持ってしまった。新聞は読むし、朝と夕方は必ずニュースを見る。女子高生としてどうなのかと思わないでもないが、悪いことではないのでいいのだ。


 楽しかった。きっとディーもそう思ってくれていたはずだ。お互い、涙が出るくらい笑っていたから。

 明日、ディーと私の幼馴染が殺し合いをするなんて嘘みたいだった。

 

 

 楽しい時間の終わりを言い出したのはどちらだったか。

 気が付くと、私とディーはお互いに見つめあっていた。


『そろそろお開きだな』

 「そうだね」


 時刻は深夜どころか朝に近いはずだ。でも不思議と眠気は全く感じなかった。ディーはどうなのか分からなかったけど、欠伸をするところは見なかった。


『寂しくなるな』

 「――」


 本当に寂しそうに笑うものだから、息が詰まった。

 それはこっちのセリフだって、言い返してやりたい。

 よし、言い返そう。


 「それは……こっちのセリフですけど」

『そうだな』

「……そう、思ってくれてるなら、別に、最後にしないでくれていいよ」

『何?』

 「また、落ち着いたら。連絡ちょうだいよ。……待ってるよ」


 まるで遠くへ引っ越す友達へ贈る言葉だった。あながち間違いではない。

 彼は遠くへ行く。また会えるかもしれないし、二度と会えないかもしれない。ちょっと行先が遠すぎて、目的が少し物騒なだけ。


『……分かった。待っているといい』

 「そうする」


 私が笑うと、ディーも笑った。今度は寂しそうではない、愉快そうな、私が好きな笑い方だった。


『もう一度だけ、手を貸してくれ』

 「うん」


 言われるがまま、私は先程と同じように鏡へ手を伸ばした。

 やはり先程と同じ、私の手は鏡の表面にぺたりと触れるだけ。ディーの手だけが鏡を通り抜けて、私の手に触れる。

 私の熱が伝わって温くなる鏡よりも、もう少し温かい手が私の手を握る。

 ――温かい。

 きっとたくさん人間を傷つけてきたであろう手は、ただ温かくて頼りがいがある、大きな手だとしか感じなかった。傷つけたよりも更に多くの魔族を守ってきたはずだ。

 彼は、彼自身の責任を果たすために戦うのだ。今までも、これからも。


 二人の手が繋がっていたのは、それほど長い時間ではなかった。

 ディーの手がゆっくりと離れていく。私はそれが名残惜しくて握り返そうとしたけど、私の手は鏡を越えられない。

 これが私達の正しい距離なのだ。手が届くように見えて、絶対に届かない。


『ありがとう、ミア。お前に会えてよかった』

 「……私こそありがとう。本当に、本当にありがとう」


 あなたに会えてよかった。

 心の底からそう思っている。どうか届いてほしい。私が込めた感謝と尊敬が、少しでも強く、伝わりますように。


 ディーが軽く頷くと、彼の姿がぼやけた。

 笑顔で彼の顔を見つめていると、ぼやけた姿は徐々に誰とも判別できない人影になり、やがてそれも分からないくらい鏡面が揺らぐ。揺らぎが収まると、そこには涙を流して笑っている怪しい女が映っていた。


 「……ひっどい顔」


 無論、私である。泣かないように笑って見送ろうと決めていたのに、泣きながら笑っていたとは。


 「頑張ってね、ディー」


 呟くと、我慢が出来なかった。

 泣き言を聞いてくれる人はもういない。

 私は背中を丸めて、一人静かに泣いていた。


二人の関係は、明言しないようにしてきました。

お互いに、絶対に口に出さないからです。

本人しか分からない。

もしかしたら、本人にも分からない。


次回はとても短いエピローグみたいなものです。

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