その日は必ず訪れる
勇者、また出てきます
「美愛!」
下校時刻、下駄箱に向かっていた私は、意外な声に呼び止められて振り返った。
「勇輝?」
私を呼び止めたのは勇輝だった。笑顔で手を振って駆けてくる。
勇輝と私の関係は、あの日から冷え込んでいる。もうすれ違っても挨拶はおろか、目線さえ交わさなかった。
「なんか……久しぶり?」
だが、そもそもの話。最近になって、勇輝は欠席が増え始めていた。家が近所で幼馴染だからだろうが、先生に何か知らないかと問われたのも一度や二度じゃない。異世界絡みだろうと踏んでいたが、サポーターでなくなった以上、本当のところはどうか分からないから、私は知らないと答えるしかなかった。
だから、私としては本当に久しぶりの感覚だった。勇輝はどうだったのか知らないが、私にとっては気まずい別れ方をしていたから、こんなに笑顔で話しかけられる理由が分からない。
「ちょうどよかった、話したかったんだ。一緒に帰ろう」
「……いいけど」
前のめり、と言えばいいのか。勢いに押されて、私は頷いていた。
今回の私は期待していない。
勇輝があれから色々考えて、私の話を信じてみることになったという可能性はない。これは推測ではなく事実だ。ちっとも悪びれていないこの様子でそんな期待をするほど、私も馬鹿ではない。
じゃあ、一体何を話すつもりなんだろう。
何となく嫌な予感を覚えながら、私は久しぶりに勇輝と並んで帰宅した。
ドレッサーの前に座って待つ時間が長すぎる。
私は鏡をじっと見つめながら、時々時計をちらりと見る。
どれくらい待っているか分からない。でもずっと待っている気がする。いつもより長くないか。遅くないか。何かあったのではないか――。
私が不安で不安でしょうがなくなって、一周回ってドレッサーを叩き割りたくなる衝動に襲われ始めた頃、鏡が揺らいだ。その一瞬で見えた私の顔の、なんと情けない事か。
私は慌てて、意識して表情を変えた。
鏡の向こうに、ディーの姿があった。普段と何も変わった様子はない。いつも通りの彼。
『どうした、ミア。ひどい顔だ。何かあったか?』
直したつもりの表情は、全然直っていなかったらしい。見られたなら、もう何でもいいや。
「私の顔はいいよ! それより、今日、勇輝が……も、もうすぐ魔王城に……」
『落ち着け落ち着け』
「落ち着けないってば! 勇輝が、勇者が魔王城に行っちゃうんだよ!」
『――その話なら、もう聞いている』
「そう、なの……」
切羽詰まった気持ちが、急に萎んでいく。
もう知っているのか。いや、魔王だから当然か。勇者の動向は常に気にしていておかしくない。
ディーが私に勇輝の動向を尋ねてくることはなかったけど、自分できちんと気にして把握していたのだ。
「それで、どうするの」
『どう、とは?』
「だって、勇輝……勇者が来るんでしょ。魔王を……倒しに」
『そうだな。私を倒すために来るのだろう』
「……」
そう。
勇輝は学校からの帰り道、興奮した様子で私に報告してきた。
もうすぐ魔王城へたどり着く、魔王を倒す時が近い、と。
誰かに話したくて仕方なくて、でも異世界の事情を知っているのは私だけだから、とにかく私と話がしたくてたまらなかったのだろう。きっと、最後に話したときはほとんど喧嘩別れだったこととかは、忘れている。
それに苛立つことはなかったが、私はディーの事ばかり考えていた。そのせいで勇輝への反応が鈍くなってしまった。だから結局勇輝はまた気分を害して、何か文句を言いながら家の中へ入っていった。私はそれをぼんやり見届けて、それからずっとディーの事を考えて、鏡が向こうの世界へ繋がるまで、ずっとやきもきしていた。
だが、実際に繋がっている今、これ以上何を言えばいいのか分からなかった。
逃げてほしいというのは絶対に違う。彼は魔族の王で、その責任の重さを理解している。逃げるという選択肢は最初から存在しない。
『ミア。お前には伝えておく。だからどうだというわけではないが……』
ディーは、ほんの少しだけ躊躇う様子を見せたが、やがて覚悟を決めたのか、私がたじろぐほどまっすぐな目で、私を見つめた。
『勇者がこの城に辿り着き、私に剣を向けたら、私は勇者と戦う。お前の幼馴染であろうと、人類の希望であろうと関係なく』
「……うん」
分かったいたはずだ。
勇者の旅は永遠ではない。魔王を倒すことが目的で、魔王の居城を目指して旅を続けている。
どれだけ長く険しい旅であろうが、歩みを止めない限り、いずれ辿り着くのだ。
勇者が魔王を倒すために乗りこんでくれば、魔王は応戦する。
魔王が無抵抗で首を差し出したところで、魔族を根絶やしにするという人間達の掲げた目的が撤回されるわけではない。それなら、魔王が勇者に黙って負ける義理はない。
私も、嫌だった。
ディーに負けてほしくない。死んでほしくない。……でも、勇輝に死んでほしいわけでもない。とても複雑な気持ちだった。
本当は戦わないでくれることが一番だけど、それだけは言えなかった。フェアじゃないから。
勇輝は私が何を言っても気にしなかったけど、ディーはきっと気にする。
彼の覚悟を軽く見ているわけではないけど、万が一にも私の言葉でディーの剣先が鈍るようなことがあったら、私が私を許さない。許せないんじゃない、許さない。
「ねぇ、ディー」
『ああ』
「……」
呼びかけておいて、その先を続けられなかった。ディーも何も言わない。
「……負けないでね」
どうにか絞り出したのは、それだけだった。
勝ってとも言えず、殺さないでとも言えない。
でも負けないでほしいという気持ちだけは本当だったから。
『当然だ。私を誰だと思っている』
即答したディーは不敵な笑みを浮かべていたが、声は今まで一番優しかった。
ここも書きたかったところです。
美愛は無意識では結構ディーの味方ですが、「幼馴染をどうでもいいみたいに見捨てるのはヒトとしてどうなの」みたいな感覚で勇者にも死んでほしくないと思っています。




