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力及ばず

勇者説得(失敗)おつかれさま会

 「――ということがありました」

『はいお疲れさまでした』


 私とディーは鏡越しに頭を下げ、鏡に向かって飲み物の器を軽くぶつけた。カツン、と鏡にぶつかる音が、乾杯の代わりである。


 「信じてもらえないかもとは思っていたけど、ここまで話が通じないとは思わなかった」

『まぁ、仕方ないことだろう。勇者は使命に燃えている。おそらくだが、そちらの世界よりも入れ込んでいるのではないだろうか。使命を邪魔されたら、怒りもする』

 「邪魔したわけじゃないんだけど……相手がそう思ってるなら関係ないのか」

『そういうことだな』


 勇輝との話し合いが徒労に終わって一週間。

 私は、ディーに成果(と呼べるものはないけど)を報告していた。

 私とディーが話せているのだから、勇輝は異世界へ旅立ったということだが、彼の宣言通り、私にサポートの依頼はなかった。

 別にやりたかったわけじゃないからいいけど、ピュールさんと二度と話せないのかもと思うと、ちょっと寂しい。


 「ごめんね、あれだけかっこつけて言ったのに……」

『確かに格好はつけていたが、気にする必要はない。多分私は、お前ほど期待していなかった。お前は、自分で思っているより勇者に期待していたのだろう』


 気遣いの表情で指摘されてハッとした。

 確かに私は、勇輝に期待していた。私の話に耳を傾けて、戦いをやめてくれるかもしれないって。

 ディーは、過度な期待はしない方がいいと言っていた。

 私はそれに頷いて、でも少し期待していた。――嘘だ。私は、大いに期待していたのだ。勇輝は私の話を聞いてくれるはずだと、心のどこかで思っていた。いくら勇輝が魔法のせいで変わってしまったとしても、私達は長い時間を一緒に過ごした幼馴染だ。家に呼んだら来てくれたし、勇輝に聞くつもりがあったことからも、きっとうまくいくと思っていた。

 それが思いのほか勇輝に響かず、期待を裏切られて、私は勝手に傷ついて落ち込んでいた。

 いや、傷ついて落ち込んだのは確かにそうだけど、私が落ち込んだのはもっと違う理由だ。勇輝に取り合ってもらえなかったことは原因でしかない。私が落ち込んだ理由は。

 

 (ディーの役に立ちたかった)


 鏡越しにしか会えないのに、誰よりも心の内を話せる相手になっていた。

 私の悩みを聞いて、一緒に考えてくれる。

 それなのに私は、ディーが抱える悩み――魔族の行く末、人類と魔族の関係、隠された歴史の秘匿……。ディーが最も頭を抱えているだろうそれらの為に、何もしてあげられないのだ。

 でももしかしたら、勇輝――勇者が私の話に耳を傾けて、魔族との戦いをやめると言ってくれたら、あるいは勇者の口から歴史の真実が語られたら、人々は魔族への認識を改めてくれるかもしれない。魔族を根絶なんてやめてくれるかもしれない。そうなったらディーの悩みも多少は解決して、いろんなことがいい方向へ進んでいく気がした。

 現実は、そこまで甘くなかったけど。


 「そうかも……ごめん」

『謝ることではない。お前はよくやってくれている。もとより、これは私達の世界の問題だ。私達が自ら解決すべき問題だろう』

 「借りられる手なら、借りた方がいいと思わない?」

 『時と場合による。今回の場合は該当しないと考える』

 「どうして?」

『これがこの世界の根幹に関する問題だからだ。「異世界の人間がいないと解決できない」という事例は作りたくない』

 「……」


 確かに。

 何かあるたびに「自分達では無理だ。異世界の人間が必要だ」なんて思考が当たり前になってしまったら。異世界の人間は、ことあるごとに他の世界の人間――勇者を頼ることを覚えてしまうだろう。

 勇者を喚ぶことがどれだけ大変かなど、民衆には関係ない。一度できたことは、二度でも三度でもできるはずだと騒いで詰めかけるだろう。


 「私は……そっちの世界をどうこうしたいんじゃなくて、ディーの……助けになりたいんだよ」


 ディーは驚いたような顔をした。

 驚くことだろうか。だって私は自分の世界の事ですら、どうにかしたいなんて気持ち、あまり抱けない。でも自分の周りの親しい人――友達が困っていれば、助けになりたいと思う。


『気持ちだけ受け取っておく。ありがとう。

 私もお前の事を大切な友人だと思っている。だからこそ、こんなことにお前を関わらせたくない』


 「……」


 こういったことは、平行線になるものである。

 大切だからこそ蚊帳の外にしてほしくない者と、大切だからこそ巻き込みたくないと思う者。

 どっちの考えも間違いではないはずだ。だからどちらかが譲らなければならない。折衷案がない限り。


(……)


 ない。折衷案なんてあるはずがない。ないならあとは互いの気持ちのぶつかり合いだが、私がディーに勝てるビジョンは、どうしても浮かばなかった。

 私はため息を吐いた。


 「……分かった。でも、もし助けが必要だったり、何か手伝ってほしいことがあったりしたら、何でも話してね」

『分かっている。ありがとう。――じゃあ早速だが、ちょっとこれを見てくれ。どう思う?』

 「何それ?」

『たこ焼きだ。話を聞いて、食べてみたかったから作ってみた』

 「でかすぎる……タコが丸々一匹、そのまま生地で包まれてる……うーん、細かく切ってって言わなかったっけ?」

 『ん? 切るのか?』


 フライパンの上にタコを載せて生地を流し込んで焼いた、みたいな物体を見せられて、たこ焼きと連想するのは難しかった。

 私は笑って、たこ焼きについてもっと詳しく説明した。ディーはメモを取りながら私の話に耳を傾けている。次に挑戦したらきっと、完璧なたこ焼きを見せてくれるだろう。彼は同じ失敗を繰り返さない。

 たこ焼きくらい簡単に、彼の悩みを解決できたらいいのに。

 心の中で呟きながら、私はディーとの時間を楽しむことにした。

ディーノ指摘通り、美愛は勇者が自分の話に耳を傾けてくれる期待を、無意識のうちに結構していました。

実際には取り付く島もなし、幼馴染の関係はほぼ終わってしまいました。

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