勇者について
勇者とは。
あれからも私とディーは、勇輝が異世界へ渡るたびに鏡越しに会っていた。
あの日の夜に、ディーが話してくれたことについては互いに触れなかった。
忘れたわけじゃない。それぞれの胸の中に、大切にしまわれただけ。
まぁ、私の中で異世界の人類の好感度はダダ下がりしたけど、それをわざわざディーに伝えるつもりはない。ディーも聞かないし、私も言わない。
もっと話したい事、たくさんあるし。
「ねぇ、ディー」
『どうした』
「ちょっと気になったんだけど、ディーって魔王続けて長いんでしょ? 跡継ぎとか、そういうの考えてないの? いるの?」
お互いの空気が重くなるような話題より、こうやって好奇心のまま、お互いに好きに話した方がいい。少なくとも今は。
『私は独身だ。後継はいない』
「魔王なのにいいの?」
『私は構わないが、さすがに周りがうるさい。……という時期も、もう過ぎたな。そもそも、魔王というのは世襲ではない』
「そうなの? じゃあどうやって決めてるの?」
『武闘会と選挙をやって、総合的な成績を見る』
「そうなの!?」
予想外の答えが返ってきた。何だその面倒くささは。
「魔王って文武両道じゃないと駄目なんだね……」
『かつてはな。今はそこまでする必要はないだろう。そもそも大会も選挙も面倒すぎて、立候補者すら減っている有様だ』
「だろうなって思うよ。え、でもディーは毎回出てるんでしょ? 魔王が天職な感じ?」
『当代の魔王は必ず参加が求められる。前回は私とあと二人しかいなかったから、そろそろ私だけになりそうで辛い』
「そしたら不戦勝でいいんじゃないの?」
『ならない……』
ディーはしょんぼりしていた。魔王は魔王で、色々と苦労しているらしい。
「でも武闘会とか選挙って、強制参加じゃないんでしょう? ということは、魔王になる前は、自分で立候補したんじゃないの?」
『いや、それも何というか……私の一族は、曾祖父から魔王をやっていてな。父も魔王だった。だから自然と、やらないという選択肢がなくてだな……』
なるほど。実家からの圧に耐えられずに参加したら、うっかり魔王に選ばれてしまったということか。
投票だけならとにかく、武闘会も開催されるのだから世襲や八百長ということはないのだろうが、一族が揃って魔王になっているという事は、彼の一族は人気があって、腕っぷしも強かったという事だ。
「でも、自慢なんでしょ」
ニヤニヤして聞くと、ディーはちょっと言葉に詰まった。
『それは、まぁ……そうだな』
気まずそうに視線を逸らして、頬をかく。あれは照れているな。
魔王と呼ばれながら、自分の身内が自慢だったり、照れて見せたりする。
こんなにも親しみを持てる存在なのに、どうして異世界の人間は、何も知らないまま彼を討伐しようなんて言うんだろう。
考え出すときりがない。私にも、人の事を言えない部分がある。それでもやりきれない、悲しい気持ちになる。
『……どうした、突然黙って。何かあったか?』
「え? ううん、何でも」
ディーが心配そうに私を見ている。私が首を振ると、ちょっと納得してなさそにしながらも、追求はされなかった。ありがたい。
「あ、そういえばさ……」
『うん? どうした』
「大したことじゃないんだけど……魔族の魔法って、武器にもかけられるの?」
『可能だ。種類や相性もあるが。何だ? 何が気になった』
「えーと、うん。例えばさ、戦うような技術全然なくても、魔法がかかった武器を使えば自然と戦えたりするものなのかな。素人でもプロみたいに戦える、もしかしたらそういう魔法がかかってる武器ってあるのかなって」
魔法は魔族のみが使えるものだった。しかし人類は長く魔族の土地――魔力濃度が高い土地に住み続けた結果、少しずつ魔力に適応していった。魔力にあてられて倒れる人間も減り、魔法を使える人間すら出てきた。
ピュールさんは当たり前のように魔法を使っていたが、実際にはかなり貴重で、私がもらった腕輪もすごい魔法がかかっているのだそうだ。
さすがピュールさん。ビジネスライクの関係で落ち着いたとはいえ、腕輪を受け取った時の感謝も尊敬も変わらない。そして、それを当然のように語っていた勇輝への苛立ちは募る。
『ふむ……そういう魔法も、なくはない』
「あ、やっぱりそうなの?」
『ああ。戦いが怖くない、体が勝手に動くというのなら、身体強化の他に、暗示や気分を高揚させる魔法も使われているかもしれないな』
「……なんかそこだけ聞くとやばそうなんだけど」
『実際やばい。これらは一時的に使用する魔法であり、継続的に使用すると心身に支障をきたす』
「えっ」
勇輝があの剣を握って戦い始めて、どれくらいの時間が経っただろう。異世界の時間はこちらより早いみたいで、年単位だと聞いた。その間、肌身離さず剣を持っているとしたら、結構まずいのでは。
「……どうしよう。勇輝、やばいのかな」
『どうした。勇者に何かあったか?』
ディーが尋ねてくれるが、私は言い淀んだ。
勇輝――勇者は、魔王を倒すために旅をしているのだ。その相手に勇者の心配事を話すのは、さすがに気が引ける。
私の心情を察したらしいディーがひらひら手を振って笑った。
『妙な気を回さなくていい。勇者のことは、正直何とも思っていない。勇者によって魔族が殺されているのも本当だが、魔族が人間を殺していることも本当なのだから。今更、被害者面をするつもりはない。
私の前に勇者が立ち、私に刃を向けるのなら、戦うだけだ』
「うん……」
『話を戻す。――心配事があるのなら遠慮せず言え。お前の心配事を解決できるなら、私にとってそれは嬉しい事なのだ』
「そ、うなんだ。ありがとう」
ディーは時々、こうして気持ちを正直に話してくれる。嬉しいけど、恥ずかしい。
「えっと、じゃあ。あのね――」
私が勇輝についてのあれこれを説明すると、ディーは少し難しい顔をした。
『……お前の言う通り、勇者には何らかの魔法が作用しているかもしれないな。勇者の剣がいかにも怪しい』
「やっぱり、そう?」
『ああ。……これは私の推測でしかないが、適性者を勇者として扱うと決めたのは、都合がよいからではないか?
魔族と戦わせる即戦力が欲しい、それを可能にする武器を用意する。戦いを嫌う性格でも関係ないように、人格に影響を与える暗示魔法もかける。武器を持ったものは持つだけで身体能力が急激に上がり、人格も徐々に変化する。――この世界の人間が突然そうなったら疑う者も出るだろうが、異世界から来た勇者なら「そういうものだ」で納得するだろう。それまでの勇者がどんな人物だったか、知らないのだから』
「……」
おかしいことがたくさんある話だと思うのに、「やりかねない」と思ってしまう。
自分たちの利益の為だけに、魔族を根絶やしにしようと企み、それを阻む真実を隠蔽して吟遊詩人を世の中から消し去った国だ。
物語の中で、悪いことを企む王様や大臣はたくさんいる。その人達は、必ずやっつけられる。
でも、物語ではない、どこかの誰か――ディーやピュールさんにとっては現実であるその世界では、誰が彼らの悪事を暴くのだろう?
勇者は違う。むしろ。
「勇輝は……いいように使われてるってことだよね」
勇者が嫌な奴になってきた…という美愛の感想がちょいちょい出ていましたが、
魔法が原因でした。




