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一人目の人間

魔王の話なげぇーって思いながら読んでください。

でもこの日だけ長いのではなく、大体いつも二人はだらだらと何時間も喋っています。

今日は魔王のターンが長い。


 異世界の正しい歴史。人間が知らない歴史。

 それを聞いたのが私で二人目と言うことは、一人目がいたのだ。

 おそらく、異世界の人間。当事者の一人として、真実に触れたのだ。


 「一人目は……」


 何を聞けばいいのだろう。

 どんな人だったのか。

 話を聞いてどうしたのか。

 今、どうしているのか。

 聞きたいことが渋滞して、その先が言葉にならない。

 ディーは口ごもる私の心中を察してくれたのか、先に話し始めてくれた。


『今から二百年ほど前のことだ。一人目の人間は、吟遊詩人だった。詩人を謳っておきながら、楽器の他に剣を背負った変わった男だった。当時は今ほど魔族は人間に対して攻撃的ではなかったが、それでも魔族の土地に入るものには容赦しなかった。……あの男は、そんな魔族だらけの道を身一つで越えて、私の目の前までやってきたのだ』


 魔族が人間に比べてはるかに寿命が長いことは聞いていたから、そこに驚きはない。それよりも、それならもうその人に会うことはできないんだなと真っ先に思った。

 もし存命だったとしても、異世界へ行くことができない私は、その人に会う機会はないはずなのに。

 

 

『魔族の精鋭に囲まれても、私が威圧しても、そいつは飄々としていた。私も部下たちも、魔王である私を殺すためにやってきた人類側の刺客かと思ったのだ。殺すつもりで対峙していた。だがあいつは、剣を収めて笑った。本当の歴史を知るために来たのだと、そう言った』

 「本当の歴史? 人類の歴史に違和感を持ったということ?」

『そうだと言っていた。自分たちの知らない何かがあるはずだと。吟遊詩人の仕事は、正しい歴史を語り継ぐことが使命だと語っていた。目的を聞いた後も、私は何も語るつもりはなかった。過去の人類が隠したことを私の独断で話すのは、人類にも、当時それに賛同した魔族に対しても裏切りなのではと考えたからだ』


 ディーの気持ちは分かる。長く決まっていたこと、当たり前に続いていたことを自分の順番で破るのは、ものすごく勇気がいることだ。変えることがいいのか悪いのか分からなくて、今までどおりで何も問題ないんじゃないかと思ってしまう。

 でもディーの場合、既に魔族に被害が出ている。魔族の長であるディーは、現状を変えられるのならと考えたのだろう。何も悪いことじゃない。そのはずだ。


 「でも、話したんだよね」

『話した。彼の目に嘘がないと思ったから。あいつは打算などなく、純粋に真実を知りたがっていた。私達の真実を知ってくれるならこいつがいいと思ったのだ。もしかしたら、彼が我ら魔族と人類との関係を変えてくれるかもしれないという期待もあった』

 

 はるか過去の吟遊詩人の呼び方が、あの男からあいつ、こいつといった親しみを込めたものに変わっていた。

 私に話をしているうちに、当時のことを色々と思い出したのかもしれない。


「吟遊詩人さんは、信じてくれたの?」

『信じたよ。驚いていたが、全てを受け入れた。すぐに詩にして、世界中に広めてみせると息巻いて帰っていった』


 ディーの目が、過去を懐かしむように細められた。

 そんなディーの顔を見たら、私の頭の中には自然と、魔王の城を一人去っていく吟遊詩人のシルエットが浮かんだ。彼が振り返って手を振った先には、魔王と、その配下がいる。

 人類と魔族の未来の姿がこうであればいいと、誰もが思っただろう。部外者である私でさえ、そうなってほしいと思う。


 でも、この先がどんな展開になるのかは、何となく分かった。

 二百年の間、人間と魔族の関係は全く緩和されなかったのだから。


『人間の全てが彼のように全てを信じてくれるとは思わなかったが、魔族は少なからず期待した。ああいう人間もいるのだと、直接触れ合って知ることができたのだから』

 「うん」

『あいつの詩も楽器も、なかなか上手かったからな。我らの歴史がどのように語られるのか、楽しみでもあった』

 「うん。詩の登場人物になるって、なんだか不思議な感じだね」


 私の軽口に、ディーも笑った。今夜初めて、彼の笑顔を見れた気がした。

 疲労や哀愁を感じさせない笑顔だ。でもそれもすぐに、翳りを見せる。

 

『……それからしばらくして、人間側の国で吟遊詩人の弾圧が始まった。国王の勅命により、吟遊詩人を名乗る者は残らず捕らえられて処刑された。その詩を口ずさむことも禁じられた』

 「え……」

『調べたところによれば……あいつは魔族の土地を離れた後、王城に向かったのだそうだ。人間の中でも有名な吟遊詩人だったらしい。王城に招かれて演奏することも珍しくなかったという。その伝手で王に面会し、人類の本当の歴史を詩にして披露した。……王は嘘八百を並べ立てる彼に激怒し、捕らえて罰するように命じた。その後は吟遊詩人という存在そのものを許さず、それを名乗るものや詩を口にする事すら禁じた。……今は一人もいないはずだ。若いものなら、その存在すら知らないだろう』

 「そんなこと……」


 私は絶句した。

 どうして、そんなことになるのか。分からない。


 「……人間の方は、歴史を知らないんだよね? それなのに、どうして嘘って断言されて、罰なんか……」

『人間には人間の矜持がある。彼らが一丸となっている理由、言っただろう。魔族を根絶やしにするためだ。その為に人間は団結し、国を興すまでに至った。理不尽な魔族の支配から逃れるため、脅威を取り除く為。……それが勘違いであると言われてしまえば、王家の権威は揺らぎかねない。人間社会ですら』

 「ああ……」


 ディーの言葉で、分かってしまった。

 嘘か本当かなんてどうでもよかったのだ。嘘にしなければならなかった。

 魔族という共通の敵がいるからこそまとめあげられた人類、その王国。魔族は敵ではない先住民で、その厚意に甘えているなんて事実を認めるわけにはいかない。

 その場にいたのは、薄汚く打算的な思考回路を持った人間ばかりだったのだ。そいつらのせいで、魔族との懸け橋になれたであろう詩人は消え、どころか一つの職、歴史が闇に葬られた。


(こんなの……)


『魔族は、もう人間に期待していない。それが正しいと思って魔族を攻撃するならこちらも黙ってはいないし、それについて弁解するつもりもない』

 「……うん」

『魔族の総意と言ってもよいくらい、多くの魔族がそう思っている。私は彼らの長として、自分の意思がどうであろうとその姿勢を崩すつもりはない』

 「うん……」


 当たり前だ。

 隣人だったのは遠い昔、魔族はもう人間を見限っている。

 世界が違っても、私も人間だ。人間であることを申し訳なく思う日が来るとは。

 

『――それでも、理解者が欲しいと思う事はある。私は、それがお前だったらいいと思った。――すまない、本当に長くなったな』


 いつの間にか俯いていた私は、勢いよく顔を上げた。

 ディーは微妙に視線をずらしていて、私を見ないようにしているつもりらしかった。それに、この話はここで終わりにするつもりらしい。

 私はふるりと首を振って、それに乗る。


 「ううん。話してくれてありがとう。嬉しかったよ」

『そうか』

 「うん」


 それから少しだけ話をした。

 ディーの長い話とは全然違う話。

 少しだけ話をして、時間が遅いからとお開きになった。

 眠る準備をして、布団にもぐりこんでからも、頭の中でずっと考えていた。

 

 異世界の歴史。

 魔族と人間。

 それなら、勇者とは。

 

 いろいろ考えていたけけど、最後に必ず思い出すのは。


(理解者……)


 純粋に嬉しかった。ディーが私を選んでくれたことが。

 誰にどう思われていようと、真実を知り、それをディーがどう受け止めているかを知っていてほしいと思った相手が、私であること。

 人間のひどいところを知って、落ち込んでいたのに。それが原因で心を押し殺さなければならなくなった相手の本心を聞いて喜んでいるのだ。


(……私って、嫌な奴かも……)


 自分で自分に落ち込んだ。


魔族の寿命は数百年。長いと千年も生きられる。

魔王の数百歳ですが、年上の魔族もいます。

だからこそ、魔族は人間が忘れたこともきちんと覚えています。

当事者が多数いるので。

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