異世界の歴史
長らくお待たせいたしました。
自分の納得いく形かと考えるとちょっと難しいですが、一応完結したので続きを上げていきます。
「ディー」
『すまない、待たせたか?』
「ううん。大丈夫」
『そうか』
ディーがホッとしたように表情を緩めた。
「そっちこそ、忙しかったんじゃない?」
『大丈夫だ』
答えながらディーはワインを呷った。
ペースが速い。いつもはちびちびと飲むのに。
『早速本題に入ろう』
「え、うん……」
どう切り出そうか悩んでいたから、ディーから話してくれるのはありがたかったけど、なんだか心配だ。
『さて、この世界の事だが……勇者からは何と聞いている?』
「え? えっと、あまり詳しく聞いていないの。人間が暮らす場所から魔族を追い出すってくらいしか……」
勇輝は異世界の話をほとんどしない。むしろ嫌がっているようだった。面倒そうに対応されると私も苛つくので、尋ねること自体をやめてしまっている。
『……そうか』
ディーは、うつむいたまま、しばらく黙り込んだ。急かすことはせず、彼の答えを待つ。やがてディーは顔を上げた。まだ悩んでいます、という顔だったが、彼は口を開いた。
『……今から話すことは、魔族の歴史に刻まれた話だ。勇者が触りだけでも話したことがあるのなら、全く別の話に感じるだろう』
「え……?」
お話というものは、視点が違えば正義も悪も簡単にひっくり返るものだ。だからディーが言ったことは、そんなに驚くことではない。
だが、彼のこの神妙さは何なんだろう。
『遥か昔、こちらの世界には二つの大陸があった。片方は魔族の大陸、もう片方は人間の大陸。両者は鏡写しのようにそっくりな二つの大陸で、それぞれの生活を築いていた』
「大陸が、二つ……?」
話を聞く前の威勢はどこへやら、私は予想外すぎる展開に、目を瞬いた。
勇輝は確か、一つの大陸で人間と魔族が領土を争っている、という話をしていたはずだ。そもそもの前提が覆されてしまった。
『信じられないか?』
「そんなこと言ってないでしょう。早く、続き」
揶揄うようにディーは言ったが、その目はどこか不安そうだ。私が彼の話を嘘だということが怖いのだろうか。それは私を見くびりすぎだ。今の私は、勇輝の話よりディーの話を信じる。
わざと突っかかるように言った私に苦笑して、ディーは話を続けた。
『魔族は魔力を使って独自の文化を築き、人間は……お前が言う電気という力を使っていたのかもしれない。彼らの技術は、魔族よりも遥かに高かった。夜になれば闇に沈む自分達と違い、夜になっても明るい海の向こうの国……。魔族にとって、人間の大陸は憧れの地でもあった』
「国交……って言っていいのかな。そういうのはなかったの?」
『当時、海を渡る技術はあまり発展していなかった。まぁそれに関しては今も大して変わらないが……そんな有様だから大陸間に正式な国交、のようなものはなかった。だが船で行き来すること自体は規制されていなかった。人間はいち早く海を渡る船を造り、魔族の大陸に現れた』
「攻め込んできたの!?」
私が身を乗り出す勢いで問うと、ディーは笑った。
『お前は好戦的だな。――全然違う。我らと同じだ。彼らは海の向こうの大陸に何があるのか、気になったから見に来たんだ。指をくわえて見ていることしかできなかった魔族と違って、人間は知識と技術を使って船を造り、海を越えてやってきた』
「何だ、そういうこと」
『そういうことだ。何度も挑戦しては失敗したそうだが、遂に辿り着いた。初めて魔族の大陸に辿り着いた船はボロボロ、乗船者には死者もいたという。彼らは諦めずに挑戦し続けて、道を拓いた先人だ』
そういえば、私の世界でも、船が海に出て当たり前に帰ってくると思えるようになったのは、そんなに昔のことじゃない。歴史を見れば、航海がどんなに大変で命がけのものなのか分かる。
異世界でも、海の脅威はその例に漏れなかったようだ。
『魔力を使った技術に感動し、魔族と話して感動し、彼らは満足して帰っていったという。やがて時とともに航海の成功率は上がり、人間の訪れる回数が増えると、魔族の中にも憧れを追いかけるものが現れた。人間たちが大陸へ帰る時に、一緒に連れて行ってほしいと言って一緒に船に乗って人間の大陸を目指した』
「辿り着けたの?」
『全員が全員、というわけにはいかなかったが。それでも、無事に往復した者は、皆、目を輝かせて絶賛したという。人間の大陸は素晴らしい、と』
「そうなんだ……じゃあ、移住とか、そういう話が出たりしたのかな」
『ないだろうな。私達魔族は魔力濃度が低い土地では暮らしにくい。人間は魔力濃度が高いと暮らしにくい。どうも、人間の大陸は魔力がほとんどないらしい。そして魔族の大陸は魔力濃度が濃い。移住を考えられるほど気にしなくていい問題ではなかった』
確かに、いくら素敵な場所でも、空気が薄いところで暮らしたいとは思わない。山の上とか、そういうところで暮らしている人はいるだろうけど、そういう「慣れれば平気」とかのレベルではないのだろう。そもそも酸素があるかないか、くらいの違いなのかもしれない。
『両者は細々と交流をしていた。だがある時、人間の大陸が消えた』
「消えた?」
ディーは神妙な顔で頷いた。
『一夜にして海に沈んだんだ。夜も明かりが消えない人間の大陸が、翌朝にはきれいさっぱり消えていた。何が何だか分からなかったが、その答えはボロボロの難破船がもたらした。生き残った僅かな人間が、助けを求めて魔族の大陸に流れ着いたのだ』
流れ着いた人間は、深夜に大きな地震が起こり、山が噴火したのだと言ったそうだ。
地震が起きて、噴火が起きて、津波が起きて、建物が倒れて町が燃えて……。
何が起きたのか分からないままあらゆる天災に見舞われ、人々は逃げ惑った。
しかし逃げ場はない。大陸のどこもかしこも、恐ろしい災害に襲われていた。だが、僅かな人たちが、魔族の大陸に助けを求めようと海に走った。魔族の大陸で、人間は暮らせない。そんなことは百も承知で、死にたくないという思いだけを胸に、真っ暗な海に出航した。そしてさらに僅かな人たちが、命からがら魔族の大陸に辿り着いた。
「それで、どうしたの?」
『魔族は人間を受け入れた。生き残った人間を連れて時の魔王の元へ行き、彼らを助けたいと訴えた。魔王もそれを認めた。魔族の大陸の一部を、人間が暮らす場所として譲り渡した』
「でも、人間は魔族の大陸では暮らせないんだよね?」
『そうだ。だから、原因を取り除いた。魔力を大量に消費して魔力濃度を下げ、魔力の源泉を涸らして魔力濃度が上がりにくい土地を造ったのだ』
魔力の源泉は、魔力が噴き出す穴のようなものだという。人間の大陸にはなく、魔族の土地にしかない。この源泉があちこちにあるから、魔族の大陸には魔力が満ちているのだそうだ。涸れてしまえばただの穴ぼこだが、絶えずどこかで新しいものが生まれているから、魔力が尽きることはないと言われているとのこと。
つまり源泉が失われた土地は、魔族にとって住みにくい土地になるということで、人間にとっては住みやすい土地になるということ。
当時の魔族たちは大きな決断をしたのだ。
同じ大陸に初めて異種族が暮らすことになる。そしてその人達のために、自分たちが快適に暮らせる土地を永遠に手放すことにしたのだ。
「魔族って、優しいんだね」
『当時、魔族は人間を尊敬していたからな。互いによき隣人だと、思っていた節がある』
ディーは少し寂しそうに言った。今はそうではないのだと、言葉以外の全てで語っているようだった。
正直、この辺の設定を書きたくて始めた話なので、
書いてる側は楽しかったです。




