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2 始まってしまった

 昇降口には新しいクラス分けが貼り出されていた。俺とリクは……。 


「鷹広、今年も一緒だよ! 二年四組!」


 嬉しそうにリクが言う。友達のいない俺は心底ほっとした。それに、それにだ。


「私も一緒! また一年間、よろしくね。二人とも」


 俺達を見つけて駆け寄ってきた乙姫さんが、笑顔でそう言った。


「あれ? 乙姫さん、一人? マイさんは?」


 リクが聞くまで気付かなかったが、あのやばい女、マイがいなくなっていた。


「あー……なんか、ムカつくから保健室行くって」

「ムカつきは治せないだろ保健室じゃ」


 この場にいないマイに対して、俺は思わず突っ込んだ。

 新しく一年を過ごすことになる教室。黒板には席順が書かれていた。俺の席は窓際の一番後ろという最高のロケーション。リクは丁度教室の中心あたりだった。


「近くじゃなくて残念だったね」

「ホントだよ。同じクラスだから良いけどさ」


 そう言って俺は自分の席に着く。隣の席に座る生徒とも、よろしく、なんて一言挨拶を交わすが、会話にまでは至らない。

 俺の席に来た乙姫さんとリクと話していると、空いている席が徐々にクラスメイトで埋まって行った。

 その中に、一際大きい無遠慮な声の会話が響く。


「あんだよー、この教室スマホ圏外かよ信じらんねえ。全部あのクソ女のせいだ」

「うひゃひゃ! 熊ちんそれ八つ当たり!」


 バスの車内で騒いでいた二人だった。そしてあろうことか、今は保健室に行っているあのやばい女、マイも同じクラスなのだ。


「……このクラスは荒れそうだな」

「私、何かあったらマイちゃん止めるから、鷹広君はあっち頑張ってね」

「応援してるよ、鷹広」

「!?」


 しばらくして教室のドアが空き、生徒達はおしゃべりを止めて自席に着いた。コツコツと靴音を鳴らしながら、スーツを来た若い男の先生が教壇に立つ。


「みなさん、おはようございます。このクラスを担当する関谷です。よろしく!」


 爽やかにハキハキと喋る関谷先生。去年は三年生を受け持っていたから直接話をした事は無かったけど、優しい表情で物腰も柔らかく、主に女子生徒から人気のある先生だ。

 つまり担任ガチャは大当たりと言っていい。高圧的だったり、冷たそうな先生じゃなくて本当に良かった。


「じゃあ、いきなりだけど……うん、とりあえずは揃っているね。全校集会の為に体育館へ移動します。みんなの自己紹介はその後にゆっくりやりましょう」


 関谷先生はそう言って、クラス全員に廊下に並ぶよう促した。

 とりあえず揃っている、と先生は言った。今はいないマイとは別にもう一つ、俺の前の席が空席だったのが気になった。



 ぞろぞろと生徒の行列同士が重なり、流れていく。まだ少し肌寒い、ひんやりとした体育館が、先生と生徒で埋まった。

 司会の先生が全校集会の始まりを告げ、校長先生が壇上へ上がる。

 この学校の校長先生はパッと見驚くほどガラが悪い。パンチパーマに銀縁のメガネ。それに口ひげを蓄え、見た目はまるっきり映画で見るような、ヤの着く職業の方である。

 そんな顔のくせして小太りで背の低い体型と、本人は意識していないであろうコミカルな動作を理由に、生徒からはプリティーヤクザ先生、略してプリヤクの愛称で親しまれている。


「えー、みっみさな、みなさん、゛んっ、進級おめ、おめっとうございます」


 プリティーヤクザ先生が噛んだが、何事もなかったかのように話始めた。


「前途あるみなさんの、新しい一年間が今日から始まります。嬉しいこと、楽しいこともあるでしょうが、もちろん辛いことも、大変なことも、色々なことがあると……」


 プリティーヤクザ先生の長い話はまるっきり頭に入らない。たまに、列の前方にいるリクが振り返り、疲れたような苦笑いを見せた。


 その時、背中に誰かがもたれかかって来た。まさか乙姫さん、と有り得ない妄想を抱いてしまったがもちろんそんな事は無く、振り返ると、俺の後ろに並んでいたクラスメイトの蟻塚が、真っ青な顔をしてゼエゼエと荒い呼吸を繰り返していた。


「お、おい蟻塚、大丈夫か?」


 蟻塚とはろくに話をしたことは無いが、リクや乙姫さんのように昨年も同じクラスだった男子生徒だ。いつも具合が悪そうな血色の悪い顔をしているのだが、今はそれに輪をかけてもはや死人のようだった。


「蟻塚君、大丈夫? 保健室行く?」


 後方にいた乙姫さんも駆け寄って来て声をかけるが、蟻塚は小さく首を横に振るだけだった。本当に具合が悪そうで、気の毒になるくらいだ。


「せめて横で座ってた方がいいんじゃないか。ほら、行こう」


 無言の蟻塚に肩を貸して体育館の隅へと連れて行き、先生に事情を話して座らせた。

 その間もプリティーヤクザ先生の話は続く。俺が列に戻ってしばらく経って、ようやくそろそろ話が終ると思った、その時。


 ――ガガンッ! 


 物騒な音が響いた。

 この体育館には校舎に渡り廊下で繋がる出入口の他、グラウンドと面した大きな扉が片側に二つずつ、計四つある。今は閉め切られているが、ステージ近くの扉に何かがぶつかったようだ。

 一瞬、体育館にいる全員が扉を意識したが、すぐにまた話が再開された。


「ですから、学生の本分はもちろんのこと、この時代を生きていく為の……ん?」


 再びプリティーヤクザ先生の話を遮るように、また扉に何かがぶつかった。誰かが扉を叩いているようにも聴こえる。


「何あの音……」

「不審者かな、怖い」


 周囲の生徒達がヒソヒソと不安を口にする。恐怖を煽るような、暴力的な音。

 先生の中で一番ガタイの良い、体育教師の剛田先生が耐えかねて扉に近付くと、今度は別の扉からも、同じ音が鳴り出した。


 だんだんと音の数が増し、ガンガンガン! と連続して鳴り響く。

 明らかに誰かが扉の外にいる。それも、複数人。


「キャッ!」

「やだ何、怖い!」


 女子達が悲鳴をあげる。確かにこれは異常だ。ガラの悪い生徒のいたずらか? それにしては数が多すぎる。この学校は熊田達のように目立つグループはいても、不良と言える生徒はそれほどいない。時代遅れの暴走族とかギャングとか、そう言った連中の仕業だろうか? 


「みなさん、落ち着いてください。ほら、剛田先生!」


 司会の先生が、扉の近くに立つガタイの良い先生に向かって早く何とかしろと急かす。


 外からは、扉を叩き続ける音の他に、何かうめき声のような音が聞こえて来た。

 何だかおかしい。流石に俺も少し怖くなって来て、同じく不安そうなリクと目が合った。


 剛田先生がワイシャツの腕を捲り、重い扉を開け放った。


 ――俺は、いや、体育館にいる全員が硬直した。

 開け放った扉から何人もの人間が雪崩れ込み、剛田先生に襲いかかった。

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