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ふたりめの神さま

 さく、と草を踏む足音とともに現れたのは、サンダル履きの華奢な脚。

 『無』の向こうからやってきた少女は、顔が見えなかった。目元を覆う仮面のしたから覗く口が、無表情に言葉をつむぐ。


「やあやあ、キミたち。はじめましてかい? はじめましてだね。ようこそ、ようこそ!」


 身振りは大きく砕けた口調で親し気に近づいてくるが、喋りは平坦。

 仮面で表情がわからないせいもあって少女の感情はつかめない。


「女子……!」


 すらりとした脚とかわいらしい声に胸を弾ませかけたトオルだったが、少女があまりにも無感情かつ顔も見えないものだから、ドキリとし損ねて戸惑ってしまう。

 突如として現れた誰とも知れない相手にどう対応すべきか悩む一家をよそに、メーラはうれしそうに長い尾を振って近づいた。


「おお! まだ消滅せずに残っていたか、シルベ!」

「そっちこそな、メーラ。技を教えた人間たちに忘れられて、錆びついてるとばかり思っていたよ」


 シルベと呼ばれた少女とメーラは、手のひらと肉球でタッチする。

 はずむメーラの声に警戒すべき相手ではないと見てとって、有賀一家はその背からそろりと出た。


「そちらの方は」


 眼鏡をひとくいっ。十蔵が問えば、メーラは「おう!」と尾をひと振り。


「こいつはシルベ。旅人の神とも言われていてな、町と町とを繋ぐ道を守る神だ。人の行き来が途絶えた今、もはや神力を失くし消えてしまったと思っていたが」

「あっはー、そいつは早計だね。ボクはキミたちと違って特定の土地に根を張らない分、神力の消費が少ないのさ」


 表情はわからないまま、平坦な声で流暢に告げる。

 あまりにも気安い口調に、トオルは改めて戸惑う。


「神さま、なんだ。俺と同じ年くらいに見えるのに」

「いや、年は」

「おうおう兄ちゃん、お年頃の女の子に年を聞こうってのかい? そいつぁいけねえぜ」


 何事か話しかけたメーラの鼻づらをむぎゅっと押しやり、シルベが「ちっちっち」と指を振る。口調の変化が忙しい少女だ。

 そんなシルベの足元にチエがちょこりと立った。


「お姉ちゃんは道の神さまなの? チィちゃん、いつも園のみんなとお散歩してます。ありがとう」


 ぺっこり頭を下げるチエ。

 シルベの身体を覆うようにぶわりと湧き上がった光は、土の茶色と草木の緑が入り混じった色をしていた。

 メーラで散々見慣れた有賀一家は、突如として生じた光に驚かない。


「ほう、メーラどのとは色が違うのか」

「本当ねえ。メーラさんは赤色だったけど、シルベさんの色もすてきね。癒し系だわあ」

「属性に関係してるのか? 鍛冶は炎の色、道は土と草の色?」

「キラキラ、すき~」


 落ち着いて観察し、感想を述べる一家。

 ただひとり、驚いたのはシルベそのひとであった。


「お? おおお!?」


 ぱかりとあいたシルベの口から、はじめて感情らしい感情の乗った声が発せられる。

 面で隠れた目元が見えていたなら、キラキラと輝いていたのだろうかと思わせるような声。


「神力が湧いてくる! いやしかし、どういうことだい、メーラ!?」

「驚いただろう。こいつらは、こういうやつらなんだよ」


 おどろくシルベと肩をすくめるメーラ。

 どういう意味なのだろう、と一家は顔を見合わせた。


 ***


 話は歩きながら、ということで一行は旅の空。

 とはいえ、旅をするにも道がなければ歩けまい、とシルベが先に立って真っ白い『無』に色と形を与えていく。その供給源は言わずもがな、有賀一家である。


 サンダル履きの脚が触れるたび、伸びて行く道の長さはメーラの比ではない。適材適所、というべきなのだろう。

 チエに続き父、母、そしてトオルからも「おかけで旅ができる、ありがとう」と言った旨の感謝を伝えられ、足取りも軽やかなシルベは口を開く。


「神力の元は感謝ってゆーのはご存知?」

「ああ、メーラどのに聞いている」

「んじゃあ、この世界のすべては神がもたらすもの、っていうのは?」

「初めて聞くわねえ」


 とすとすと歩くメーラと並ぶ一家を先導する形で先を行くシルベが「ふむ」とうなずいた。

 

「世界の理を知らなければ、帰路も見つけられないってぇものさ。このシルベさんが知識を授けてあげようじゃないか」


 言ってシルベは一家に背を向けて、つま先で地面をとんとんと蹴る。

 サンダル履きの足先が触れた箇所からシルベの見つめる先へ、白いばかりの空間にぶわりと道が広がった。

 道のすぐ先に見えるのは、白い煙をくゆらせる家屋の群れ。


 くるり、振り向いたシルベは、突如として現れた家々に目を丸くする一家を見て、唇をにんまりと歪める。

 はじめて見せた表情らしい表情に驚く間もなく。


「チエを俺の背に乗せろ! 走れっ」

「む。わかった」

「あら、何かしら」

「急になんだよ」


 メーラが叫び、有賀一家は言われるままに幼い末っ子をその背に預けると駆け出した。

 駆けるメーラの毛皮に埋もれ、振り向いたチエが「あ」と声をあげる。


「道がきえてくよー」

「なんで!?」


 チエの声に走りながら背後に目をやったトオルは、立ち止まったままのシルベの背後で道が色を無くし形を失うのを見た。

 かつて鍛冶師たちが住んでいたという集落はすでに真っ白く塗りつぶされて、見つけられない。それどころか、最後尾を行くトオルのかかとのほんの少し後ろまで、世界を塗りつぶす『無』が迫っていた。


 その境目に立つのは、華奢な少女神。


「シルベ、道が!」


 消えている、危ない。

 そう告げるより先に、メーラが吠える。


「あいつの仕業だ! 放っておけっ」

「えっ。なんで」


 戸惑い、二人の神を交互に見やったトオルに、道の神はひらひらと手を振った。


「聞くよりも体験したほうが早いからね! これはボクなりのお礼なのさ。君たち家族の道行に幸いのあらんことを!」


 シルベの声に合わせて有賀一家の胸に小さな光がぽう、と宿る。瞬く間にそれぞれの身に沈んだ加護に気づく余裕はない。

 消える道を駆け抜けた一家は、見知らぬ村へと飛び込んでいた。

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