一家は神の恩恵に感謝する
メーラが金づちをひとつ振れば赤い光が凝って包丁が生じ、もうひとつ振れば再び光がナイフへと変じる。
出来上がった品物の元となるのは神力らしく、何度も見てもその様は不可思議だ。
「ふむ……鍛冶と言いながら完成品には鞘も付いているのだな。興味深い」
「さすが神さまねえ。お仕事がとっても早いわあ」
「すごいな。魔法みたいだ」
「きれいねえ。ふんってしてピカッとしてじゃじゃーん!」
明らかな異能を見せつけられて、さすがは鍛冶の神だ、と感心する一家の視線をよそに、メーラは金づちをもうひと振り。
生じた光が一段と小さく小さく凝縮されていき。
「キヨラは包丁、十蔵はサバイバルナイフ。チィは……本当に、縫い針なんかで良いのか?」
出来上がった神器を渡していくメーラが、チエの前にひざをついて首をかしげる。
太い指でつまむのは、なんの変哲もない細い針。
およそやっとこでつまめるとは思えないほど細い針だが、確かに彼の手で作られたのをトオルたちは見ていた。
続けざまに針穴の大きさ、長さなどの違う針をいくつか作ったメーラだが、あまりにもささやかな物をねだられて、戸惑い気味のようだ。
けれどチエはためらいもなく頷いた。
「うん! チィちゃん、もうすぐ一年生さんになるからね。お姉さんはぬいぬいできるんだよ!」
「そうか。渾身の力を込めてあるからな。とびっきり良い針だぞ」
言って、メーラはひと揃いの針を皮製の小さな縫い針ケースに収めて、チエに手渡す。
「ありがと!」
満点の笑顔で告げられた感謝が、またメーラの身体に力を与えた。
家族の食事を作るために包丁が欲しいと願ったキヨラも、生活の基盤がない世界で家族そろって暮らすためにサバイバルナイフを欲した十蔵も、メーラが出来上がった品を渡すたびに礼を口にした。
おかげで、メーラの神力は恩恵を与えたというのに、減るどころか増える一方。
「神力をもらった礼に恩恵を与えたというのに、渡したそばから神力を満たしてくるのだからな。お前たち家族は、恩恵の与えようがあるのか無いのかわからんなあ」
苦笑したメーラは、トオルに目を向けた。
「おい、トオル。そろそろ決まったか」
鍛冶をするメーラの背後で、トオルは「うーん」と悩んでいた。
だって神器が手に入るのだ。
日本で暮らしていたならば、一生見ることも無いだろう神の武器。
しかも選べる。アズユーライク。
となれば、欲しい武器の候補があれこれと思い浮かんで、迷ってしまう。
結果、欲しい物が決められないまま最後のひとりになってしまった。
「うーん……異世界に来たからって、俺自身がパワーアップしたわけでもないしな……」
問われて、なおもトオルは悩む。
はじめは純粋に憧れから、刀を打ってもらおうかと思ったのだが。
考えてみれば、トオル自身に剣を扱う能力はない。あるのは憧れる気持ちだけ。
ならば実用性を重視するか、と思ったのだが、ナイフは十蔵が作ってもらっている。
飲み水を持ち運ぶ道具はハイキングのために持参した水筒があるし、敷物や多少の食糧もリュックに入っている。
家族全員の荷物を合わせれば、二、三日野宿するくらいの物資はあるだろう。
となると、母や妹のように生活道具をねだるのもありかと思ったが。
「神力は有り余っているから、思いつく限り作ってやろうか」
メーラからの誘いに、トオルはとうとう心を決めた。
「俺、道具はいいや」
「いい、とは?」
目を丸くしたメーラに、トオルが返す。
「物は作ってもらわなくて良いってことだよ。武器なんて扱えないし、必要になりそうな道具はじゅうぶん作ってもらってるし。それに、どうせいっぱいもらっても持ち歩けないしさ」
「それは……だが、しかし」
「かわりに、メーラの知識がほしい」
思わぬ言葉に、メーラはますます目を丸くした。
「俺たちはこの世界のこと何も知らない。だけど元の世界に戻るためには動かなきゃいけない。神さまのメーラが知らないことを探しに行くんだ。長い旅になると思う。だから」
言葉を切ったトオルは、指先をにぎるチエのちいさな手を握り返し、左右に立った父、母と視線をかわす。
「俺たち家族が少しでも安全にこの世界を旅できるよう、教えてほしい。元の世界に戻る方法を調べられそうな街のこととか、そこへ向かうにはどのみちを行ったら良いか、とか」
トオルをはじめ、一家はこの世界に来たばかり。
何もないところに道具を作り出すメーラの能力を目にして、ようやく自分たちの常識が通じない世界にいるのだと、気が付いた程度。
情報は、何よりも武器になるとトオルは考えたのだった。
「そんなことなら、俺の知っている範囲でいくらでも教えよう。いや……ならばトオルには俺の加護を授けよう。トオルの手仕事に幸いあれ、トオルの手にするあまねく器物に幸いあれ!」
快諾しかけたメーラは、あごをさすりにやりと笑う。
そして声高らかに唱えた途端、トオルの身に赤い光がぽぅと灯る。
「おわ! なんだ、これ!」
驚くトオルに家族が駆け寄り、心配するよりはやく。
「そして、俺もともに行こう!」
「む」
「え?」
「あら」
「え!」
思わぬ発言に十蔵はわずかに眉を寄せ、トオルは素直に驚いた。
キヨラはうれしそうに胸の前で手をあわせ、チエはぴょんと飛び跳ねる。
「現地ガイドとは、ありがたい申し出だが、あなたの暮らしに影響はないのだろうか? あるいは、神を失う付近の住民への影響は」
十蔵が眼鏡を光らせたのは、周囲に点在する家屋を目にしたからだった。
一家が落ちた広場を囲むように、ぽつりぽつりと建つのは簡素な小屋が建ち、さらに外周をぐるりと囲むように家が建っている。
鍛冶という火を扱う仕事柄か、どの小屋も石造りで、苔むした屋根が落ち着いた風合いを見せている。
けれど不思議とひとの気配はなく、そういえば自分たちが落ちてきてからしばらく経つのに、誰も様子を見に来ないぞとトオルが思ったとき、メーラが寂し気に笑った。
「かつてここは鍛冶師が集まる里だったが、俺の神力が減るにつれ鍛冶仕事も行えなくなり、皆出て行ってしまったんだ。今では俺ひとり。この場に留まる理由も意味もない」
しんみり、する間もなくメーラがにっかり笑う。
「というわけで、俺はお前たちの番犬になるぞ!」
ぼふん、と赤い光をまとったメーラは、瞬きのあとには大きな獣へと姿を変えていた。