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ちいさな種をまいて

 有賀一家がひとしきりイタテと神樹をほめ倒し、感謝の雨を浴びせた結果、イタテの神気は有り余るほどになった。

 まばゆい自身と神樹とを見て呆然としていたイタテだが、しばらくして開き直ったらしい。

 花や虫や動物たちに囲まれた彼は、にこっと人好きのする笑顔を浮かべた。


「ひとのなかにもそういう思いを抱く者がいるとわかってうれしいよ。僕だけでなく、メーラにもそう思ってもらえたなら、この世界はまだ終わずにいられるかもしれない」

「俺だけじゃない、道の神シルベや湖の神ミクマリもこの一家に教えられたはずだ。シルベについては、忙しく動き回ってなにか企んでいるようだしな」

「そっか。それはうれしいなあ」


 イタテのなかで、自分だけが世界の歪さを感じている虚しさが溶けていく。

 言葉どおり、うれしそうなイタテの様子に十蔵は眼鏡を押し上げ「申し訳ないが」と声をあげた。


「我々はこの世界の人間ではないのだ」


 この世界のひとの中にも理解者がいる、と喜んでいるであろうイタテを気遣う言葉に、神自身はきょとりと首をかしげた。


「そういえば、帰り方だなんて言っていたっけ?」

「ええ」


 十蔵が眼鏡をくいっと押し上げる。


「我々はどうやら別の世界から落ちてきてしまったようで、帰り道を探しておりまして。広く力を及ばせているあなたなら何か、異なる世界への戻り方をご存知ではないかと思いやってきた次第」

「ははあ、なるほど。異なる世界ね。それなら君たちの容赦も躊躇もない感謝の嵐も納得できる、かも?」


 自分で言っておいてイタテは「いや、やっぱり過剰な気がするんだけどな。こことは違う世界なら、あれくらいが普通なのかな?」と首をかしげる。

 考えたところで神々にはわからないことであり、有賀一家に至っては自分たちがそれほど感謝を連発しているつもりもない。

 互いに顔を見合わせて「そんなに感謝なんかしてたっけ?」と不思議がる一家に、イタテは気にしないことにした。


「ええと、そうそう異なる世界への戻り方だね。結論から言えば、知っているよ」

「それはありがたい!」

「まあ、うれしいわあ」

「まじか。メーラの言う通りじゃん。ありがとな、メーラも」

「チィちゃん、おうちかえれる!」


 やったやったと喜ぶ一家が言ったそばから神気を湧かせていることはそっと置いておいて、イタテが頭をかく。


「知っているだけで、僕が君たちを返してあげられるわけじゃないんだ」


 申し訳なさそうな神に対して、有賀一家の顔から明るさは消えない。


「ここまでは手がかりすらなかったのだから、方法があるとわかっただけでも感謝せねば」

「そうよねえ。帰れるってわかってるなら、次は帰るための努力をすればいいのだもの。帰れるのかどうかを調べていたときに比べたら、ずうっとありがたいものだわあ」

「そうだよな。帰れるってわかって良かったよ。サンキュ、イタテ」

「チィちゃんうれしいなあ。イタテお兄さんありがとう!」


「…………」

「イタテ、この一家に感謝のし過ぎを訴えても無駄だぞ」

「……そうだね」


 ピカピカキラキラ。

 樹もイタテも、ついでにメーラも。

 とめどなく溢れる神気でまばゆいほどに光りながら、彼らは遠い目をしていた。


 そんなふた柱の神に、十蔵が声をかける。


「世界をまたぐための方法を教えてもらうには、どのような対価が必要だろうか。我々の用意できるものであれば良いのだが……」


 商談に挑むような顔で言う十蔵に、イタテは慌てた。


「教えるだけなんだから、対価なんていらないよ! そもそも君たちにはとんでもない神気をもらっているんだからね。でも、もしよかったら君たちがこの世界の歪をどうにかするために、働きかけていた内容を教えてもらえるとうれしいな」

「それこそなんてことない。ただ『ありがとう』って言うのを見せただけだよ」


 答えたのはトオルだ。

 街を出るまでトオルといっしょにいたチエも元気にうなずく。


「チィちゃんね、メーラお兄さんがおどうぐぴかーってすると『ありがとう』って言ったのよ」

「そうそう。メーラが街のひと相手に神気を使うたびに俺とチエのふたりで『ありがとう、おかげで道具がなおったよ』『メーラがいてくれて良かった、ありがとう』って実演したんだよな」


 メーラが神としてふるまう間、トオルとチエがしていたのは『ありがとうの実演』だった。

 訪れるひと、訪れるひとを兄妹で挟んでメーラの神力に歓声をあげ、メーラへの感謝を伝え続けたのだ。


「まあ、ほとんどのひとは不思議そうに見てるだけだったけどさ。何人かは俺たちの真似して『ありがとう』って言ってくれたひともいたよな」

「ちっちゃい声だったけどね、チィちゃん、聞いたよ!」


 感謝を真似て口にしたのは、多くが親についてきた子どもだった。トオルやチエといった歳の近いもの相手で親しみやすさもあったのだろう。

 うれしそうな兄弟に、キヨラが手を合わせる。


「あらあ、いいわねえ! 私たちも街を歩き回りながら、色んなひとにありがとうを伝えたのよう」

「してほしいことがあるならば、まず自ら動くというわけだ。こちらも我々につられた形ではあったが、幾人かは感謝を返してくれた」


 十蔵たち、大人組もまた感謝の普及に努めてきたらしい。


 ちいさなものとはいえ、現状の歪さを変えるための種はまかれたのだ。

 

「そっか、そうなんだ……」


 イタテがかみしめるようにつぶやいたとき。


「はっはーん! そこのとんでも家族だけじゃあ、無いんだぜぇ?」


 特徴的な声が響いた。

 抑揚に乏しく平坦でありながら、話す内容は非常に軽快。

 いつだって神出鬼没なその姿を探して一同はあたりを見回す。


「へいへいへい、どこを探しているのかなあ?」


 楽しげな声に続いて、ぴょんと飛び降りてきたのは想像どおりの姿。


「シルベお姉ちゃんだ〜」

「そうだよー! みんな大好き、シルベお姉さんでーす!」


 飛びついたチエを抱えてくるくる回る。

 面をかぶった道の神、シルベがそこにいた。

本日、夜にもう一話更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「…………」 >「イタテ、この一家に感謝のし過ぎを訴えても無駄だぞ」 >「……そうだね」 。゜(゜ノ∀`゜)゜。アヒャヒャ 感謝のし過ぎを訴えるて…!(笑)
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