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父、断固拒否する

「嫁になれ、嫁になれと。あまりにも言葉が軽すぎる! だいたいなんだ、あなたは。結婚とは、個人と個人が暮らしをともにするという、大ごとなのだぞ。それを娘や息子の名も知らないままに求婚するなど。まずは互いに名乗り合い、人と成りを知ったところでだな……」


 カッと眼鏡を光らせた十蔵がとうとうと話すのを遮ったのは、キヨラであった。


「メーラさん、神さまなら知ってるかしら。私たち、ご近所の山でハイキングをしていたのだけど、急にお空から落ちてしまって。どうしたら戻れるかしら」


 キヨラは頬に手をあて、こてんと首をかしげる。

 母の手をとり並んだチエが、まねっこして同じように首をこてり。


「戻るの? お空に?」

「そうねえ。お空から落ちたなら、お空のうえに行かなきゃよねえ」


 母娘はそろって空を見上げる。

 青く晴れた空はどこまでも澄んでいて、雲ひとつない。もちろん、一家がいた山も見えはしない。


 ほのぼのとした二人につられてうっかり空を見上げたトオルは、そうじゃないだろうと頭を振った。


「山から落ちて空に出るなんてありえないだろ、母さん!」

「いや、有り得るぞ」


 あっさりと言ったのはメーラだ。


「お前たちの言う山がこの界よりも上に位置していたならば、そこから落ちればこの界の空に出るのは当然のこと。元居た場所が見えぬのは、界の境が閉じているためだろう」

「界……境……それって、どういう」

「お前たちにとっての異界に居る、ということだ」


 異界。異世界。

 空想でしか耳にしない言葉をつきつけられて、一番に反応したのはキヨラだった。


「あらあ。違う世界に来てしまったの? あらあら、トオルくんの学校とチエちゃんの幼稚園はどうしましょうねえ。お休みの連絡もできないわ」


 日常生活の心配をする母とは反対に、驚きのあまり固まったトオルの肩をぽんと叩いたのは父、十蔵だ。


「では、界をまたいで戻る方法はあるだろうか」


 くい、と眼鏡を押し上げる十蔵に、腕組みをしたメーラは「うーん」と唸る。


「無いわけではないだろうな。物や人が落ちてくるくらいだ、逆も可能だろう。だが、俺は知らん。界をまたごうと考えたことは無いし、そもそも自身を維持する以上の力が残っていなかったからなあ」

「いじ、ってなあに?」


 きょとんと尋ねるチエ。

 メーラはなんと説明したものか、と口をへの字に曲げた。しばし考えていたかと思うと不意に「おお!」と声をあげ、足元にある金づちと巨大なやっとこを手にとった。


「維持というのはだな」


 言いながら、手にしたやっとこで何かを挟むメーラ。そこへ金づちを振り下ろすと。

 キィン!


 硬質な音を立てて、生まれた金属がやっとこに挟まれていた。

 先ほど、メーラの身を包んだ光に似た赤色に燃える金属を眼前にかざして、メーラが続ける。


「これが、俺の力。神力だ。神力でもって鍛冶をする。先ほどまではその神力そのものが、枯渇しかけていてな」


 メーラがやっとこから金属を落とすと、成型しないままに放り出された金属は宙で燃えながらほろほろと形を崩して、消えてしまった。


「このように、消えてしまうところであったのだ。俺の身そのものが」

「ええー! そんなのやだよう」

「ははは。だが、今はもう問題ない。お前たち家族が力をくれた。久しく具現化できなくなっていた俺の道具たちも呼び出せたし、今ならいくらでも鍛冶仕事ができる気がする!」


 素直な心配を寄こすチエを好ましく思うのか、メーラは眉を下げた幼児の頭をぐりぐりと撫でて笑う。

 その大きな手のひらの下からさりげなく愛娘を取り返し、十蔵が眼鏡を光らせた。


「我々一家が力をくれた、というのはどういうことだろうか。詳しく聞きたい」

「え、もしかして、異世界に来たから神の恩恵があるとか、特別な力が身に着いたとか……!?」


 父の言葉はトオルの不安を吹き飛ばす。

 中学二年生として、異世界転移カルチャーについて多少の知識を持ち合わせているトオルは、期待に胸を膨らませた。

 けれど。


「いや、界をまたぐことで神の恩恵はないだろう」


 現地の自称神にあっさりと否定されて、トオルはしょんぼり。

 

「だがな、お前たちの存在は神にとって恩恵となる」

「神にとって?」

「ああ。お前たちが俺に『感謝』を示しただろう。あれが、俺の神力となった。神は感謝を力の糧とするからな」

「感謝が? 力に……?」


 にかっと笑うメーラを前に、トオルはぽかんと口を開けた。そんなことがあるだろうか、と半信半疑。

 十蔵も信じられないのか、しきりに眼鏡を押し上げている。


 一方、素直さの塊のような二人組はそろって歓声をあげた。


「わあ! じゃあ、チィちゃんの『ありがとう』がうれしかったの?」

「ああ、うれしかった。嫁にしたいと思うほどにな」


 チエがきゃあと笑ってメーラの足に抱き着く。


「あらまあ。お礼の気持ちを汲み取ってもらえるなんて、うれしいことねえ。ありがとう、なんて何度口にしたって気持ちい良い言葉だものねえ。ありがとう、メーラさん」

「おう。あんたの感謝もばっちり、俺に届いてるぜ」


 ほくほく顔のキヨラがおっとりと言えば、メーラの身体が赤い光をまとう。ゆらりと燃えて溶けるように消えていく光は、なるほど感謝の言葉に反応して現れ、神の身のうちに消えていくようだった。

 今もまた受け取った力を感じているのだろう、メーラはキヨラにうなずいて、どんと胸を叩いた。


「お前たちは俺に力をくれた。ならば、俺は神の恩恵ってやつを授けよう」

「え! それって……」


 メーラの言葉に、肩を落としていたトオルがにわかに声を弾ませる。

 とうとうかっこよく魔法を放ててしまうのか、と期待するも。


「ああ。俺の神力でお前たちの望むものを打とうじゃないか!」

「打つって……武器を?」


 特別な力をもらえるのだろうか、と思っていただけに肩透かしをくらったトオルだったが、十蔵の「神が打つならば神器、ということか」というつぶやきに、心が躍った。


「さあ、俺も久しぶりの鍛冶だ。何でも好きなものをひとつずつ、お前たちに授けるぞ!」

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