待っていたのは
「ようやく出てきたっ」
地上へ戻った一家とメーラを出迎えたのはシルベだった。
出た場所は行きとは違うところのようで、あたりには立ち枯れた木の名残がちらほらと。
ネノ国にいる間に陽は暮れてしまったらしい。景色は夜闇に沈んでいた。
闇色にまぎれている木のひとつに腰かけていたシルベがぴょんと飛びおり、駆け寄ってくる。
「サイちゃん、おつかれっ。助かったよ!」
「……ああ」
ぽんぽんと親し気に肩を叩いた相手はネノ国でユウナが「お迎え」と呼んだ人物だ。
顔の下半分を面で隠した細身の男は、無言で腕を動かしネノ国の壁に道をつくった。その能力と駆け寄り出迎えたシルベの反応を見るに、シルベの知神なのだろう。
「あなたはシルベどののご友人か。地上に連れてきてもらって助かった。ありがとう」
察した十蔵がきちりと頭を下げれば、サイと呼ばれた神の身体が闇色の光に包まれる。
「たくさん歩いたものねえ。もう一度登るのはとっても大変だと思っていたから、ありがたいわあ」
「チィちゃんは歩けるよ! でもね。ちょっぴりつかれちゃってたから、お兄さんありがと!」
「サンキュ。すごいな。地下の国と地上の国を一瞬で行き来できるなんて。あんた、なんの神さまなんだ?」
続けて口々に感謝を伝えれば、サイは夜闇に眩しいほどの光をまとい、表情の薄い顔に困惑を乗せていた。
「これは……」
「あー! もう! ここはシルベさんが『こちらサイちゃん、キミたちを地上に連れてくるために協力してもらった神だよ!』って言ってキミたちが感謝して、サイちゃんが『シルベ、すごいな』ってなるところなのに! 言われる前から感謝するとか、もう、キミたちほんとどうなってんの!! サイちゃんの神力あふれちゃってんじゃん!」
相変わらずの平坦な声でシルベは不満を口にする。
ぶうぶうと口をとがらせる彼女にも、有賀一家は感謝を忘れない。
「シルベどのもありがとう。道をつないでくれる方を連れてきてくれたのだな」
「帰りのことなんて考えてなかったものねえ。シルベさんがいなかったら今夜はネノ国で過ごすところだったわあ、ありがとう」
「ありがと! チィちゃん、シルベお姉ちゃん好き~」
「さすがは道の神さまだな。おかげで迷わず帰って来られた、サンキュ」
瞬く間にあふれかえる神力を感じて、シルベは「ぬうぅああああああ!」と頭をかかえた。
あふれる力を喜ぶべきか、無造作に与えられる力の大きさに慄くべきか、ためらいもせず感謝をする一家を叱責すべきか。
押し寄せる感情でわけがわからなくなったシルベは、頭をかかえていた腕を下ろして「ふう」とため息をひとつ。
ぺたんこの懐から面を取りだした。
「ま、いーや。はい、これシルベさんの秘蔵のお面。サイちゃん、これで約束は果たしたでしょ?」
「道をつなぐ対価に面と神力を。確かに」
渡された面をじっと見下ろし、頷いたサイはひとつ指を振る。
それだけで彼の足元にはぽかりと穴が開いた。ためらいもせず飛び降りた彼を飲み込んで、穴はするりと塞がってしまう。
あとには、元通りの地面が残された。
あっけなく去ってしまった相手にシルベが口をとがらせる。
「あーあ、もう行っちゃった。サイちゃんてば、仕事熱心なんだから」
「あの人はなんの神さまなんだ?」
トオルがたずねると、答えたのはメーラだった。
「あれは地上の国とネノ国との境目を守る神だ。来るべきでない者が境目をまたぐのを止め、死者たちが地上へあふれるのを止めている」
「そーそ。サイちゃんも広い意味では道の神だからさ、道の神のよしみってやつ? でちょっと力を貸してもらったんだよね」
よしみ、と言いつつ対価を渡していたところをしっかり見ていた一行だが、得意気なシルベを前に誰も何も言わずにいる。
事実、シルベがサイを寄こしてくれなければネノ国を出るのにどれだけかかったことかわからない。
顔を見合わせた一家が尽きない感謝を伝えようとする気配を察知して、シルベがすちゃと手のひらを突き出した。
「おっとぉ、そいつはもらいすぎってぇもんさ」
ひょいひょいと後退し一行から距離をあけたシルベは、暗がりの先に広がる不自然な白、無の空間で踵を鳴らす。
するり、音もなく伸びた夜道の先には大きな建物の黒い影。
「はいはい。もらった神力のぶん、道を示してあげようじゃないか。日も落ちた、お腹もすいて身体はくたくた。そんな旅人にはこちら、大きな街をおすすめしちゃう!」
テレビショッピングのごとき口上に、一家は「おお~」とどよめいて両手をぱちぱち。
気を良くしたシルベは、うすい胸をふふんと張った。
「朝日がのぼったらもっとボクに感謝するはずさ。とはいえ、いつでもこんな楽ができると思わないでよ? 今日は特別、次はないんだからね! それじゃあ、ボクはまだやることあるからもう行くよ。ボクってば忙しいんだから。まあ、君たちもてきとうに元気にやりなよ。じゃあまたね!」
言うだけ言って、シルベはひらりと姿を消す。
「まったく、道の神は忙しないな」
返事をする間もなく去った相手にメーラがため息をついた。
シルベとサイを道の神の代表とするならば、一方は口ばかりがくるくると回り、もう一方は表情も口も変化を見つけるのが難しいところだが。なるほど忙しなさは共通するところなのかもしれない。
「お礼を告げる間も与えてくれないとは……多忙なところをありがたいことだ」
「ねえ、ほんとうに」
「チィちゃん、疲れちゃった……」
「ほら、チエ。おんぶしてやる。ほんと、シルベに感謝だな」
ほんの少し先に見える建物群を見上げて、一家はシルベに感謝する。
立ち去ってもなお、止まない有賀一家の感謝の雨はきっと遠く離れた道を行くシルベを包み込んでいることだろう。
「やれやれ」
肩をすくめたメーラは、今ごろ「また、もう!」と叫んでいるだろうシルベを思って苦笑い。増える一方の神力に頬を膨らませている彼女を他人事とは思えないでいた。
「トオル。お前も疲れただろう。チィは俺が預かる。神力があまりにも満ちてあふれそうでな、すこしでも使わせてくれ。何なら獣の姿となって全員背に乗せようか」
言って獣へと姿を変えたメーラは一家の感謝の雨、いや、嵐にあうのだった。