探しびとたちは再び出会う
「ソニ、こっちなにもないよ〜」
「こっちも無いな」
ユウナに見送られたソニとチエは、ネノ国の坂道をせっせとのぼっていた。
途中、途中にある狭い洞はチエが確認し、高いところにある分岐点はソニがのぞきに飛ぶ。
蛇の絡まり合う道に行き会ったときはソニがチエを抱えてひとっ飛び。ムカデが這いハチが飛び回る道ではチエが細い道を見つけて小鳥の姿をとったソニを連れて潜り抜けた。
通路のあちらこちらで真っ黒い影のような姿をした死者の国の人々とすれ違ったけれど、誰もふたりに牙を剥かない。それどころか「お花の女の子見なかった?」とたずねるチエに指をさして教えてくれる者さえいた。
「ユウナお姉さんのおかげだね」
「ああ、死を迎えてもやはり創世の女神は別格だ」
死者は理性が希薄なぶん、嘘をつくということをしない。
会話が成り立たない相手も多く、正しく探し人についての情報だという確信を持てはしないが、他にあてもない。チエとソニは死者の示す先を目がけてひたすら進んでいた。
「死者が増えてきたようには思わないか」
「ほんとだねえ。なんだかわいわいしてるよ」
進むうちに、ふたりはあたりをさ迷う死者の数が増えていることに気が付いた。
ネノ国の入り口を目指すチエとソニとは反対に、ネノ国の深部へと進んでいた死者の流れが、いつの間にか変わっている。チエとソニは今や死者たちとともにネノ国の坂を上っていた。
「……ユウナさまは命の輝きを隠すよう、守りを授けてくれたのだったな」
「うん。そう言ってたよ」
「それはつまり、守りが無ければ死者にとって生者の命は光輝いて見える、ということだろう」
「うんうん。なるほど」
「ところで尋ねるが、チィの探し人たちがすでにネノ国に入っているということはないだろうか」
「…………どうしよ、ソニお兄さん!」
チエの家族ならきっと来てくれる。
そう思えたからこそ、チエは大慌てでソニの名を呼んだ。
地上から来たチエの家族がユウナと会っているはずはない。となれば、家族は魂の光を隠してしまわないまま。
死者たちはその光を好むのだ。
じわり、目を潤ませたチエをソニが小脇に抱える。
「飛ぶ!」
「らじゃっ」
羽根を広げたソニは速い。
ぞわりぞわりと染みのように広がりどこかを目指す死者たちの頭上を軽々越えた。
その先にあったのはさらにみっしりと凝り固まった死者の影。
そして、影を散らそうとするかのように振り回される電気の光があった。
遠い光の持ち主は闇にまぎれて見えやしない。
けれどチエにはわかった。
チラつく光に見覚えがあったのだ。
それは父、十蔵がハイキングの荷造りをするなかで「電池が切れていないか確認をすることが重要だ」と点滅させていた懐中電灯の明かり。
「お父さん! お母さん、お兄ちゃん、メーラ!」
叫ぶ声は死者の群れの怨嗟に飲まれて、届かない。
けれどソニにはそれで十分だった。
「そうか、家族か!」
言って彼は一層羽ばたきを速くする。
元来、川魚を狙って飛び泳ぐ小鳥であったソニは動きが速い。
津波のようにせりあがる死者の影を潜り抜け、三人を乗せた巨獣に迫る。
そのときだ。さらに先の曲がり角で淡い紫の光が翻ったのは。
かすかな光。
瞬く間に行ってしまい、蠢く死者の陰で見えなくなってしまった光。
けれどソニが見間違うはずのない色。
「フタヤ!」
愛しい人の色を見つけて羽ばたきはますます強くなる。チエは振り落とされないよう、ちいさな腕で必死にしがみついた。
ソニの意識はすでに彼方の光の元へ。
曲がり角を幾度曲がろうとも、枝分かれした細い道に進もうとも、見失わない。
もう二度と見失うものか。
愛おしい彼女の色だけを追ううち、いつしか死者の数は減っていく。
そして淡い光が導く巨獣の尾が高く跳ねたとき、ソニもまた高く羽ばたいた。
「フタヤッ!」
「ソニ?」
飛び込んだ先、洞窟の上部にできた空洞でソニは愛おしい彼女を見つけた。
小花の神。紫の髪をしたかわいらしい少女。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃんっ!」
チエもまた、大切な人たちを呼びながらソニの腕から飛び降りる。
「チエッ」
「チエちゃん!」
「チエ!」
硬い石の床を転がるまでもなく、三人分の腕がチエを抱き締めた。
ぎゅうぎゅうほかほか。
ひんやりと静まり返った死者の国にいるのに、チエは暑いくらいの温もりに包まれる。
「無事で良かった」
「ほんとうに、ほんとうに良かったわあ!」
「チエ、怪我ないか。お腹空いてないか。ここの国の食べ物は食べちゃだめだからな!」
口々に言われたチエは「えへへ」と笑った。ちょっぴり涙がにじんではいるけれど、うれしさがあふれた笑顔だ。
ほっとした一家は、声が聞こえないひとりを思い出す。
「メーラ!」
振り向けば、空洞に飛び込んだ体勢のまま倒れ伏したメーラの姿があった。
一番に駆け寄ったトオルがどうにか頭の部分を抱き起こす。
「まだ生きておられますよ」
ささやかな声で告げたのはソニの腕に囲い込まれた少女。
チエはその姿を見て、目をきらめかせる。
「あ、花の神さま! ソニお兄さんの大好きなひと!」
「はい。小花の神をしておりました、フタヤと申します」
名乗るフタヤの頭にソニが頬をぐりぐりと押しつけていた。
「フタヤ、フタヤ! ひとりで逝かせて悪かった。会えて良かった!」
「わたくしも、ソニに再び会えるとは思っておりませんでした」
やわらかく微笑んだフタヤの視線がトオルに向けられる。
「最期に咲かせていった花を愛でてくださったあなたさまのおかげでございます。ネノ国へと足を踏み入れる寸前、届いた神力のおかげで己を失わずにいられました」
「……あ! あのときのスミレの花か!」
一家が休憩をしようとしていた、神の絶えた土地に揺れていた紫色のちいさな花。
その佇まいがトオルのなかで目の前の少女と重なった。
「はい。遠目に見てあなたさまが力の源の方だとわかりました。死者に追われているご様子でしたので、どうにか助けになれないものかと思ったのでございます」
「ほんとうに助かったよ、フタヤ。ありがとう」
トオルが何気なく言えば、フタヤの身体を淡い光が包み込む。
そのとき。
「やぁっと見つけたよ」
暗がりから声がして、のそりと姿を見せたのは巨大な男サノ。
彼がぽんと地面に手をやった途端、硬いはずの床にばくりと大穴が空いた。
足場を無くした一家と気を失ったままのメーラはなすすべなく落ちていく。
羽根を持つソニは逃れられただろう。けれど、彼は腕のなかの大切なひとを二度と離すつもりはない。
「ソニ」
「今度はいっしょにいかせて」
逃げて、と伝えようとした言葉をさえぎる懇願に、フタヤは困ったように笑ってソニの腕を抱きしめた。