第一異世界村神と出会う
長身かつ体格の良い男にひるみながらも、トオルが身を起こしたとき。
「おにーさん、起こしてくれてありがと!」
男の腕に抱かれたチエがにっこり。
途端に、男の体を光が包む。
「なっ、なんだ!?」
「トオル、下がりなさい!」
「あらあら、チエちゃん。大丈夫?」
赤い光がまるで炎のように湧き上がる。
音もなく、けれど燃えるようにきらめく光に驚くトオルの前に、十蔵が身を乗り出した。
キヨラはおっとりと、けれどいつもよりは慌てたようすでチエに声をかける。
けれどとうのチエは、大きな目を丸く見開いて楽し気な歓声をあげた。
「わあ! お兄さん、きれいねえ。キラキラでピカピカ! すてきー!」
浮かれた様子を見るに、熱くはないらしい。
よくよく見てみれば、炎に包まれたように見えるが衣服が燃えているわけでもなく、髪や肌が焦げていくわけでもない。
どうやら光と色だけだ、とわかって一家がほっとする中、男はひとり目を見開き、自身の身体を見下ろしていた。
「なんだ、これは……力が……!」
きゃあきゃあと喜ぶチエを腕に座らせたまま、赤い光をまとった男はその場にひざをついた。
それを合図にしたように、光はゆるゆると消えていく。
いや、男の身に取り込まれていくようだった。
その証拠に、光が消えたあとも男の全身に、チラチラと赤い光が火の粉のように舞っている。
輝きを増した男は、ちいさなチエをそっと地におろし、宝物に触れるようにその肩を両手で包み込む。
「少女よ……俺の嫁になれ!」
唐突な発言に、ちょうど押し上げられようとしていた十蔵の眼鏡がきしんだ。
キヨラが「あらまあ」と楽しげな声をあげるなか、トオルは跳ぶように起きて男の胸ぐらをつかむ。
「妹は嫁にやらん!」
「おお、お前の妹か。名はなんという」
「チィちゃんだよー」
トオルに胸元を掴まれているにも関わらず、男はまったく気にせず問いかけた。
そして聞かれて答える素直な幼児。
「そうか、チィというのか。愛らしい名だ」
「お兄さんのお名前はー?」
「俺か、俺はメーラだ」
にこにこ笑うチエにつられたかのように、にっこり笑って男が答える。
大柄で火に焼けた肌は鋼のように鍛え上げられ、片目は眼帯に覆われたメーラは偉丈夫と呼ぶにふさわしいが、笑った顔は案外と人好きのするものであった。
その顔をまじまじと見つめ、十蔵がつぶやく。
「その筋肉、片目、ふいご、メーラ、めうら? あなたは……鍛冶師の方か」
男の全身に目をやり、すぐそばに転がる大人の背丈ほどもある巨大な手動送風機『ふいご』を見やり、結論を導き出した十蔵は眼鏡をきらめかせた。
きょとん、と瞬いたメーラは「おお」と頷く。
「よくわかったな。そうとも、俺は鍛冶を司る神だ」
神だ、と自称して一笑に付せないなにかが、彼にはあった。
黙り込んだトオルに、キヨラが声をかける。
「あらあ、神さまなの。すごいわねえ。ほーら、トオルくんダメよ。人の服を引っ張っちゃ」
「でも、母さん」
「でもじゃないの。だってこの方が助けてくれなかったら、家族みんなぺちゃんこになっていたかもしれないのよ?」
ぷんすか、と頬を膨らませるキヨラはあと数年で四十代を迎えるとは思えないかわいさだ。なのにどうしてか逆らえず、トオルはしぶしぶメーラの胸元をにぎった手を離す。
「その、あんたが何かしてくれたんだろ。助けてくれてサンキュ、な」
照れや恥じらいを満載にしながらも、身に着いた感謝の言葉がトオルの口からこぼれた。
途端に、メーラの身体が再びカッと光りだす。
「また光ったー!」
「な、なんなんだよあんた!」
ピカピカキラキラの光に喜ぶチエを抱き上げて、トオルはじりりと後ずさる。
それより早く、立ち上がったメーラがトオルの肩をがっしりつかんだ。
「お前も俺の嫁になれ」
きりっと真面目な顔で言われて、トオルは固まった。
「はあっ?」
「家族は渡さんっ」
トオルが目を剥くのと、十蔵が吠えるのは同時。
チエを抱えるトオルごと背中にかばい、自分よりもはるかに上背があり身体の厚みもある相手を前に、十蔵は胸を張る。
「さっきから聞いていれば、あなたはなんなんだ。うちの娘だけでなく、息子にまで求婚するだと? 気はたしかか! それは確かに、助けてもらったことへの恩はある。ふいごで起こしてくれた風がクッションになり助かったことは感謝している。おかげで家族のだれ一人怪我もない、ありがとう」
「そうね~。とっても助かったわ。ありがとう~」
おっとりとしながらもキヨラが感謝の言葉を重ねて述べる。
ちょうど息継ぎのタイミングだったため、話を途切れさせることなく十蔵は続けた。
「だがな!」
続けようとした十蔵だったが、突如ぶわっと噴きあがった赤い光に視界をさえぎられ、声を途切れさせる。
ごうごうと燃え盛るような光をまとったメーラは「おお、おおお!」と歓喜に声を震わせた。
「力が、みなぎってくる! いいぞ、もっと俺にさっきの言葉をくれ! お前たちの言葉を!」
「こ、言葉?」
「なんのことかしらあ」
「わからない……」
トオル、十蔵そしてキヨラが首をかしげるなか、チエだけがこっくりうなずいてにっこり笑う。
「ありがとー、おにいさん!」
ぶわ、と赤い光が噴きあがる。それはまるで、チエの感謝の言葉に応えるようで。
「えと、サンキュ。嫁とかなんか意味わかんないけど、風起こしてくれて助かった」
「その点は認めよう。その規模のふいごをひとりで扱えるかという疑問は残るが、事実、我々は助けられた。神を名乗るのも納得がいく。娘と息子に求婚した点は許しがたいが、感謝はしている。ありがとう」
「ほんとねえ。とっても力持ちさんで、優しい人に会えて良かったわあ。ありがとうございます、メーラさん」
息子、父、母の順に感謝を口にすれば、そのたびメーラを包む光は強さを増していく。
「おおおおおおお!」
次々と湧き上がる光はしだいにメーラの両腕へと終結し、彼はその手を天に掲げた。
「力があふれる……! 来い、我が神器たち!」
どおっと光が爆発し、びりびりと大気が揺れる。
とっさに閉じた目を開けたトオルは、かばうように立つ父親の背中に気づいて「サンキュ」とつぶやきながら、肩越しにのぞきこんだ。
そこには、両腕をあげたままのメーラが立っていた。
彼の身にはすでに光はない。
かわりのように、メーラの足元にあったのは巨大な金づちと、持ち手がやたらと大きなはさみのようなもの。
目を輝かせたメーラは、それぞれを持ち上げて検分している。
「あれは、やっとこか」
「やっとこ?」
はさみのようなものをつぶさに見つめるメーラを前にした十蔵のつぶやきにトオルが問えば、父親は眼鏡をくいっと押し上げながらうなずいた。
「ああ、金属加工の折に使われる工具だ。鍛冶師ならば、製鉄の際に熱した金属をはさむために使うのではないだろうか」
「ふうん」
「十蔵さんは物知りねえ」
「パパすごーい」
のんびりほのぼのした空気があたりに流れたところで、メーラが金づちとやっとこを握りしめたままにっかり笑う。
「一家全員まとめて、俺の嫁に」
「断るッ」
十蔵の返答は稲妻のように速かったと、トオルはのちに語った。