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4話

 トランドに抱きしめられたままで、ルプラは侯爵家に連れて帰られた。帰ってすぐにルプラは暖かいお風呂に入れてもらい、薄汚れた猫から元の真っ白な猫に戻った。


 全体的にまだ毛がしっとりしているルプラは、トランドの部屋のバルコニーで日向ぼっこすることになった。ふわふわの毛は差し込む夕日で徐々に乾いていく。その横ではルプラ用のブラシを持ったトランドが、黙って待機していた。


 トランドの横で大人しくしているものの、ルプラの機嫌はまだ直ってはいなかった。


「ぬぁー(早く教えてくだされば良かったのに)」

「ごめん、言うタイミングを計りかねた。無邪気なルプラが可愛くて、つい」


 ルプラはぷいっとそっぽを向いた。少し思い出すだけで、穴があったら入りたい心境だ。むしろ自分で掘ってでも入りたい。


 トランドが触れようと伸ばした手を、ルプラの尻尾が叩いた。ふわふわの尻尾では痛くもなんともないはずだった。


「そんなに拗ねないで、ルプラ」


 為す術なく持ち上げられて、ルプラはトランドに抱えられた。ゆっくりと頭を撫でられて、自然とルプラの喉が鳴った。


「ルプラが人に戻る方法は存在するらしい」

「ぬぁー(それはどういうことですか?)」


 ルプラはこのまま一生、死ぬまで猫のままだと思っていた。自身に異能がある感覚はもう無く、決して人には戻れないはずだった。ルプラの異能はそういうものだったのだから。


 そもそもルプラ自身が知らないことを、どうしてトランドが知っているのか。


「僕が死にかけていた時に、女神が夢の中で教えてくれた」


 トランドが女神と発言し、ルプラは何もかもを納得せざるを得なかった。異能は女神がこの聖王国の貴族に与えたものであり、この世界を統べる女神に不可能はほとんど存在しない。


 トランドの夢に現れた女神はこう言った。


「ええやん純愛、ものすっごお癒されるわ。たまらへんな。躊躇いなく愛するあんたのために異能をつこうた彼女に免じて、あんたに良いこと教えたる」


 女神が言うには、今までルプラと同じ異能を与えられた者は、使わずに一生を終えることがほとんどだった。それを迷いなく使ったルプラに免じて、今回は特別サービスしてあげると、女神はトランドに伝えた。


 使ったことで無くなるはずだったルプラの異能を、女神は別の異能に変化させた。女神のちょっとした細工が施されているため、ルプラは現在自分の異能が自覚できない状態になっている。自覚できなくても、ルプラには人の姿に戻れる異能が現在備わっているのだと。


 ちなみにルプラが白猫になったのは、女神が猫好きだからとのことだ。女神が変な動物ではなく猫好きで良かったと、ルプラは心の底から思った。


「今度はあんたが彼女のために頑張り」


 最後に女神はそう締めくくり、トランドは夢から覚めた。目覚めたトランドは変な夢を見たと、夢の内容に関しては半信半疑だった。でも夢だったにしては、記憶がはっきりと残り過ぎていた。


「良かった、トランド!!」

「兄さん!!」


 泣きながら抱き着いてくる家族を見て、トランドは意識を失う直前の記憶を思い出した。死を覚悟したあの瞬間は、今でもトランドの身体を震わせる。


 奇跡のような出来事が我が身に起きたと知っても、トランドはルプラに何かあったのだと信じたくなかった。トランドは今すぐにルプラの元に向かいたかった。ところが大事を取って、トランドは屋敷から出ることを許されなかった。


 事故に遭ってから二週間後、重要な話があると伯爵家に呼び出されたトランドに、ようやく外出の許可が下りた。伯爵家に向かうトランドは、一縷の望みにかけていた。これでルプラに会えれば、あれはただの夢だったということになる。トランドはそうであってほしいと願っていた。


 トランドの願いは空しく、伯爵家の屋敷にルプラの姿は見当たらなかった。夢の内容が、女神が言っていたことが、事実なのだと裏付けられていく。それでもトランドは信じたくなかった。


 諦めきれずにいたトランドは、応接室へと案内された。そこで聞こえたのが、この場にいないはずのルプラの声だ。最初トランドは気のせいかと考えた。少ししてもう一度聞こえた猫の鳴き声は、確かにルプラの声だった。


 居ても立ってもいられずに、トランドは声の主を探した。そうしてカーテンに隠れていたルプラのような白猫を見つけて、トランドは事実を受け入れようと心に決めた。


 女神の言葉を信じるならば、ルプラを人に戻す方法は必ず存在する。ルプラが人に戻れるかどうかは、全てを知るトランド次第だ。


「毎日出かけていたのは、ルプラが元に戻る方法を探すためだ。方法を見つけられたらすぐに試せるように、何も知らないふりをして君を引き取らせてもらった」


 ルプラが思い返せば、外から帰ってきたトランドは、ルプラに対してよく謎の行動をとっていた。ルプラの鼻を指でやたらに突いたり、『ル~は猫じゃなくな~る』と言ってみたり、ルプラを頭の上に乗せてキレッキレに踊ってみたり、ルプラのお腹に顔を埋めて深呼吸したりと。


 ……いや、最後は絶対に関係ないなとルプラは思い直した。


「ルプラは自分の異能が、本当に分からないのか?」


 普通は物心ついた時から、自分の異能は意識せずとも分かるものなのだ。たとえ一度も使ったことがない異能だとしても。


「ぬぁー(女神様のお告げの通りみたいです)」


 ルプラは異能が変化している自覚もなかったぐらいである。トランドから話を聞くまで、完全に異能はもう無いのだと思っていた。


「分かった。僕が必ずルプラを人に戻して見せる」


 ルプラを抱きしめる腕に力がこもった。その腕の感触で、ルプラはトランドの思いを知った。ルプラがトランドを何が何でも救いたいと願ったように、トランドもルプラを救いたいと願っていると。


「ぬぁー(はい、待っています)」


 人に戻る方法についてはひとまず置いておいて、ルプラにはトランドにお願いしておきたいことがあった。このままではルプラのストレスが溜まってしまう。


「ぬぁー(ところで、屋敷の中だけでなく、庭とか外に出たいです)」

「駄目だ」


 トランドは取りつく島も無く、ルプラのお願いを却下した。


 トランドに却下されても外を諦めきれないルプラは、外に出てはいけない理由を考え始めた。今ルプラは首輪を付けられていない。首輪をつけていない犬や猫は、放し飼いをしてはいけないことになっている。だから首輪をつけていないルプラは、先ほど野良猫に間違われたのだ。


 そういうことなら、中身が人間であろうと、ルプラは首輪ぐらい甘んじて受け入れようではないか。


「ぬぁー!(首輪をつけたってかまいません!)」

「駄目だ。もしも何かの拍子で人の姿に戻った時に、首輪で首が絞まるから。あと外に出たら駄目なのは、首輪の問題ではない」

「ぬぁー?(ではどうしてなのですか?)」


 ルプラはものすごく不満だ。


「それは……」


 言い難そうにしたトランドは口を噤んでしまった。言ってくれないと、ルプラは分からない。


「ぬぁー(はっきりと仰ってください)」

「……ルプラは重度の方向音痴ですぐ迷子になるだろ? ちゃんと帰って来れるのか?」


 半目でトランドにそう言われて、ルプラはぐうの音も出なかった。

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