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1話

 とある世界のとある聖王国。その国の貴族達は、生まれる時に女神から異能を一つ授けられる。動物と意思疎通が図れる、怪我を一瞬で治療できる、念じるだけで物を動かせる等、与えられる異能の種類は多岐に渡った。


 そんな国で暮らす伯爵令嬢ルプラは、執務室で両親からある知らせを聞いて、絶望に打ちひしがれていた。ルプラがそろそろ寝ようとしていた矢先の出来事だった。


「うそ……でしょ……? トランド様が……?」

「……今夜が山だそうだ……」


 ルプラの父が重々しく告げた事実は、あまりに非情だった。


 侯爵令息トランドは、ルプラの婚約者だ。幼馴染同士だったルプラとトランドは、先日ようやく婚約を結んだばかりだった。二人が中々婚約を結べなかったのには、理由がある。


 侯爵家の長男であるトランドは、本来なら侯爵家を継がなければならない身の上だ。方やルプラは伯爵家の一人娘。それぞれの家の跡取りをどうするのか、両家の間で何度も話し合いが行われた。


 そうして出た結論が、トランドが伯爵家に婿に行き、トランドの弟が侯爵家を継ぐということだった。跡取り問題に片がついてしまえば、ルプラとトランドの婚約はとんとん拍子に話が進んだ。


 ルプラとトランドが婚約してから、まだ一ヶ月経っていない。ルプラが幸せに浸っていた中での、今回の最悪の知らせだった。今トランドは馬車の事故により、命の危機に瀕している。全身を強く打ち回復の見込みは一切なく、奇跡でも起こらない限りトランドは死ぬ。ルプラが絶望するには、十分過ぎる事態だ。


 ただ、トランドを救う方法が、全く存在しないわけではなかった。ルプラが与えられた異能を使えば、トランドを救える。


 ルプラの異能は人の姿を失う代わりに、一つだけ奇跡を起こせるというものだった。起こせる奇跡はどんなものでも可と、異能の中では非常に強力なものと言えた。瀕死の人間の命を救うことも、ルプラにとって不可能ではない。


 ルプラに迷っている時間はなかった。瞳を潤ませたルプラは、無理やり笑って言った。


「ごめんね、お父様、お母様。伯爵家の跡継ぎは何とでもできるけれど、トランド様を救えるのは私だけなの」


 たとえ親兄弟であろうと、互いの異能を知らないことは珍しくない。ルプラの異能を知らなくても、両親はルプラの言葉で全てを察した。ルプラがトランドのために、多大な犠牲を払って自身の異能を使うのだと。


 ルプラの両親はルプラを止めようとはしなかった。止めたらきっとルプラは立ち直れない。そこまでルプラはトランドを愛していると、ルプラの両親は知っていた。


 走って自室に戻ったルプラは、見られたくない日記を燃やして処分した。異能を使った後、人の姿を失ってどうなるのかは、ルプラ自身も知らなかった。少なくとも人でなくなるのなら、間違いなく日記はもう不要な物のはずだ。


 命と引き換えの奇跡ではないので、ルプラが死ぬことはないはずだった。ルプラは異能を使った後の自分の姿を確認するために、傍らに鏡を用意した。


 手遅れになる前に、急がないといけない。ルプラは両手を胸の前で握りしめた。強く強く握りしめた。


 ルプラがただ望んだのは、トランドの命を救うこと。


 ルプラが自分の異能を発動させると同時に全身から光が溢れて、ルプラは一気に気が遠くなった。


 次に気が付いた時、ルプラは布山の中に埋もれていた。ルプラは必死にもがいて、布の中から這い出した。ちらちらと視界に入る自分の手は、真っ白な毛に覆われている。ルプラは用意しておいた鏡で、今の自分の姿を確認した。


 鏡に映っているのは、真っ白な長毛種の猫の姿だった。ルプラが右手を上げれば、鏡の中の猫も右足を上げる。


 どうやらルプラは、人から猫になったらしい。


 人だった時のルプラは、白い髪と蒼い瞳をしていた。猫になってもその色合いは変わらず、今のルプラは蒼い瞳の白猫だ。髪色と瞳の色は人から猫で引き継ぐのかと、ルプラは妙に感心してしまっていた。


 特に猫好きではないルプラが思わず可愛いと思うぐらいに、鏡に映ったルプラは可愛い。こんなに可愛いなら別にいいじゃない。ルプラはそう自分に言い聞かせた。


「ぬぁー(とりあえずお母様とお父様に、会いに行かないと)」


 ルプラはジャンプを駆使して扉を開けて、何とか自室から出ることに成功した。ルプラが一目散に向かう先は、両親の元だ。


「ぬぁー(お父様、お母様)」


 廊下にいた両親に、ルプラは自分の存在を鳴き声で知らせた。飼った覚えがない白猫を見て、ルプラの両親は最初目を丸くした。


「まさか、ルプラなの……?」


 恐る恐るといった様子で、ルプラの母は猫になったルプラに尋ねた。


「ぬぁー!(そうよ、お父様、お母様!)」


 元気に返事したルプラを見て、ルプラの両親は悲しげな顔をした。でもそれは一瞬だけだった。


「こんなに可愛い姿になっちゃって」


 ルプラの母はわざとらしく明るい声で、場を和ませようとした。ルプラの父はルプラを持ち上げて頭を撫でた。二人ともルプラを気遣って、気丈に振る舞っていた。自分達が悲しめば、ルプラも悲しくなると分かっていたからだ。


 ルプラが何を言ったところで、ルプラの言葉が両親に伝わることはない。でもルプラは言葉でなくても伝わるものがあると信じていた。


「ぬぁー(お母様、お父様……)」


 しんみりした空気の中、ルプラの母は至って真面目な顔で、色々と台無しな一言をぼそりと呟いた。


「……それにしても、貴方鳴くの下手ねえ……」

「ぬぁ~(だよね~)」


 それに関しては、ルプラも全面的に同意だった。



 ルプラが猫になって早一週間、ルプラは窓辺の棚の上でぬくぬくと日向ぼっこしていた。外の景色がよく見えて、今のルプラにとってお気に入りの場所だ。


「ぬぁー(外に出たいなぁ)」


 まだ人間根性を捨てきれていないからか、ルプラは相変わらず鳴くのが下手なままだった。鳴く練習をしてはみたものの、全然上達せずにむしろ泣きたくなったので、もう止めてしまった。


 ルプラの異能のおかげで、トランドは奇跡のような回復を見せ、翌日には後遺症もなくベッドから起き上がれていたそうだと、ルプラは両親から聞いた。


 トランドを救えたので、猫になったことをルプラは後悔していない。でも好きだったチョコレートが食べられないのは、少しだけ悲しい。


 それに猫になってしまっては、トランドと添い遂げることも出来やしない。でもトランドが生きていてくれるなら。生きてさえいてくれればそれで……。ルプラは無理やり自分を元気づけようとしていた。


 ルプラにはもう一つ思うことがあった。心まで猫になっていたなら、こんなに思い悩む必要はなかったのに……。このまま何か考えていると際限なく気分が落ち込みそうだったので、ルプラは昼寝に逃げることにした。


 そしてさらに一週間後、ルプラは屋敷の中を落ち着きなくうろうろしていた。今日トランドが話し合いをしにこの屋敷を訪れると聞き、ルプラは朝からずっとそわそわしている。


 今日行われる話し合いは、ルプラとトランドの婚約解消についてだ。


 ルプラが猫になってしまったことを知るのは、ルプラの両親と伯爵家の使用人達だけだった。トランドを含めて侯爵家の人間は、ルプラが猫になったことを誰も知らない。


 ルプラが異能を使って猫になったおかげでトランドは命拾いをしたと、真実を伝えたとしても、いくらなんでも猫と結婚するわけにはいかないだろう。加えてトランドが真実を聞けば、胸を痛めるのは想像に難くない。


 だからトランド相手であっても絶対に教えないでほしいと、ルプラは両親に頼み込んだ。なお補足しておくと、ルプラは文字や絵が描かれた紙を指し示すことで、両親や使用人達と意思疎通を行っている。


 ルプラとトランドの婚約が解消されれば、伯爵家はルプラの従兄弟が継ぎ、トランドは侯爵家を継ぐことになるだろう。


 本当のことを言えば、ルプラは婚約解消の話の席に同席したくはなかった。でも元気なトランドの姿を少しでも見ていたくて、ルプラは話し合いが行われる応接室の中にこっそり潜むことにした。

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