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大和の薬師  作者: ガランドウ
第一章  暗闘
9/9

#9 兄弟

 県警機動隊小隊長らの号令と共に、各隊員が山道を登攀(トハン)しだす。

 上空から見れば、麓の登山者用駐車場いっぱいに広げられた一枚の布が端から解け、一本の糸になりながら山道に引っ張られていく様に見える程、隊列は文字通り一糸乱れない。


 指揮所テント前で岡田は腕時計を見やり、渋い顔をする。

 「どうだろ、現場まで安く見積もっても2時間だとして、今からだと昼前ぐらい・・もうなーんもする事残ってないよなぁ」

 岡田は部下の大山に愚痴を溢す。

 「だからといって、自分らも登らない訳にはいかないですよ?」

 大山は岡田の意図を察して、口を挟んだ。

 「だってさぁ、マル被確保ならいざ知らず、確実にロク(死体)さらいに行くだけよ?」

 大山の苦言に岡田の愚痴は止まらない。


 「それでも、その死体には大きな意味を持つよ、岡田」

 今度はいつの間にか岡田の後ろに現れた男が、岡田の愚痴に口を挟んだ。

 「お、おい君下、お前は富山じゃなかったのか?」

 突然現れた君下に岡田は驚き、一瞬後ろを振り向くが、周りの目を気にして直ぐに前に向き直る。

 「ああ、向こうは済んだ。といっても遂行できたとは言えないが」

 君下は岡田との距離を置き、岡田を見るわけでもなく山の方に目を向け応えた。

 「なんだよそれ、相変わらず歯切れの悪い物言いするよなぁお前」

 「俺はお前と違って、確定ではない事を言い切る自信が無いだけだ」

 岡田と君下が慣れ合った口調になるのは、二人は催馬楽財団が管理する養成機関の同期であり、その時に知り合った気の置けない仲間であるが、岡田は公安、君下は薬師会へと()()している身だった。


 「結果から言えば、四ッ谷源三郎は確保できた。それに状況証拠の裏打ちも終わり、そっちに身柄と併せて提供できる」

 「それはいらないかな。こっちとしては、殺人もしくは殺害教唆の線で無いと絡め捕れない」

 二人は変わらず山の方を向いたまま、情報の遣り取りをする。


 「これから主犯格の身柄を押さえる事が出来れば、いいのですがね。でも・・」

 二人の遣り取りに大山が口を挟む。

 「そりゃそうだよ?けどさ、財団が何をトチ狂ったか知らんが、どえらいの送り込んできてさ!」

 大山の言葉に同調して、岡田は今の現況に怒りを露わにするが、声は小さく絞られている。

 「なんだ、もう知ってるのか。さすがに情報が早いな岡田は」

 「知らいでか!あんな者が来たらぺんぺん草さえ残らんわ!」

 君下は岡田に関心するも、話の一つに引っ掛かりを覚え目を細める。

 「今、財団って言ったか?・・岡田、お前が言ってるのは誰の事だ?」

 「誰って、お前も知ってるだろう?バーサク乙女、静江嬢だよ」

 「どういう・・」

 岡田の答えに、何時でも冷静沈着である君下が、目を見開き驚きを隠せないでいる。


 「なんだ君下、違うのか?お前は誰の事を言ってるんだよ?」

 もう人の目も(ハバカラ)らず、岡田は君下に振り返って問う。

 「ああ・・俺が言ってるのは田中静江ではない。だが・・これはどういった事になるんだ」

 君下は一人思い悩む。

 「おい君下!誰なんだよ!それに、いったい山の上では何が起こってるんだ?言えよ!」

 岡田は立ち上がると君下に詰め寄り、君下を指差し声を荒たげた。


 「どうも俺達がやっていることがチグハグで・・なぁ岡田、何かおかしいと思わないか?」

 君下は思考の解が得られず、岡田に解を求める。

 「何を言ってんだ君下!まず、誰がいるか言え!」

 岡田が把握している現況が君下の言動により、大きく様変わりしているであろう事が覗え、岡田自身も焦りが禁じ得ない。


 「ああ、そうだな。俺達薬師会の中から、四ッ谷制圧の為に選抜された内の一人、薬師からは先生と呼ばれている河守 顕(カワモリ アキラ)がこの山の反対側から現場に向かっているんだ」

 「カワモリ?・・すまん、誰か分からん」

 いきり立っていた岡田ではあったが、その名を聞いてキョとんとする。

 「まぁ薬師会でも、一部の薬師と実働組しかあまり知られた人ではない。だが、その実力は人外だな」

 「ふむ・・薬師から先生と呼ばてるって事は、そいつも薬師なんだろ?ということはだ、山の上では薬師自身で形を付けようとしている・・それに催馬楽も参戦・・結果俺達は不要?なんじゃこりゃ!!」

 岡田は自分たちが(ナイガシ)ろにされていることに憤慨する。


 「何を言っている、よく考えてみろ岡田。この件は容疑者として薬師を挙げるのが警察の役割だろ?」

 「分かっている。俺の役割は大産建設の正木を()った薬師を挙げ、四ッ谷の全貌を法で裁き、そして四ッ谷に虐げられていた薬師を解放し、表舞台に立たせるお膳立てをする。だがな・・」

 岡田は一旦話を区切り、自身が持つ情報と君下の見解とを擦り合わせる為考え込む。


 「催馬楽財団と薬師会、この二つの勢力の意図するところは分かる。俺達はその為に仕事をこなしているんだからな。だが、今この福知山の山奥にそれぞれの最高戦力が結集しているんだろ?・・たかが暗殺者2人の為にだ」

 岡田は瞑想したまま考えを口にする。


 「ああ。だが俺が言いたいのは、薬師の暗殺者に対し行動を起こしたのは催馬楽、四ッ谷を潰したのは薬師会だ。これは本来の目的からすれば逆じゃないか?」

 君下はそれぞれの目指すロードマップを、明快に思い描いての疑問を岡田に問うた。


 岡田は瞑っていた目を開け、ニヤリと悪そうな顔を君下に向けた。

 「君下君、キミもまだまだだね。僕がその解を教えてあげよう」

 両手を合掌してからその手の指同士を組み、顎を乗せる。

 「催馬楽と薬師会、共通の敵がいてそれを追っている」

 解を得た岡田が自慢げに言い放つ。

 「その敵が、この山の上にいるんだな?」

 君下の見解に肯き、岡田は山を見上げた。


                ・

                ・


 「さてと。んじゃそろそろお(イトマ)するわ、静江ちゃん」

 卓は「バイバイ」と静江に手を振り、山道の方に向かう。

 「待ちなさいよ、誰がアンタを逃がすと思ってるのよ?」

 静江は卓を呼び止め、気を漲らせながら身体を奮い立たせた。


 「あーそれ何遍(ナンベン)も聞いた。けど現実、俺には勝てないだうが。もしかして精神論で何とかなると思ってる?」

 完全に静江を小馬鹿にした態度を卓は取る。

 「お前は俺の従妹だから情けを掛けてるだけだ。いい加減分かれよ」

 「そ、そんなこと・・」

 卓は首だけを捻り、静江を流し見るが、その視線は凍てつく程寒々とし、静江はやり場無く口篭る。


 「待ってください、卓さん!」

 再度卓を呼び止めたのは、百合だった。

 「ん?あーそっか、そいつらは一旦君に預けとくよ。百合ちゃんありがとね」

 卓は百合によって一箇所に集められ負傷者を眺め見、捕らえられていた手下にも手当が施されているのが分かると、百合に礼を述べた。


 「礼など及びません。卓さん、アキラ君をどうするつもりですか・・私はただ、あの頃のアキラ君が戻ってきてくれるなら・・」

 百合は両の手を胸の前で組み、祈る様な仕草ではあるが、卓を見詰める瞳には強い意志が感じられる。

 「心配するなよ百合ちゃん、必ずアキラを戻してみせるよ」

 卓は百合の気持ちに寄り添うような自然な笑みを浮かべて見せた。


 百合は卓から視線を外さず、その場で立ち上がる。

 「そうですか・・私はあなたを信じる事が出来ませんわ。ですのであなたをアキラ君の下に行かせるわけにはいきません!」

 今までにはない毅然とした物言いの後、背に挿していた小太刀を鞘ごと抜取り、卓に見せる様に掲げて戦う姿勢を見せる。

 「あ・・百合がキレてる・・」

 静江は幼少の頃から百合の事を知っているため、その言葉使いの変化で察した。


 「どうしたよ百合ちゃん、そんな物騒なモン取り出して」

 卓は動じること無く、百合に向き合う。


 「あなたが発する思念、私には分かるのですわ、あなたが嘘を付いている事を。それは決して良い物ではありません」

 かざす小太刀は微動だにせず、意志を感じる瞳の奥から闘志が剥き出しになる。

 「はぁ・・二人揃っていい加減にしろよな。いくら馴染みのある君等であっても付き合いきれないぜ」

 もうウンザリとばかりに卓は盛大に溜息を吐き、その場を辞そうと百合に背を向けた。


 「秘薬の製法、私が知っている・・いえ、私が作れるとしたらどうされますの?」

 百合はお高くとまるお嬢のような仕草で卓の背に語りかける。

 「今何って言った?」

 卓は歩みを止め上半身だけを捻り、百合を見る。

 「言葉の通りですわ、私は作ることができます。それはあなたがアキラ君に求める一つの理由なのでしょう?」

 完全に卓を見下す視線を投げかける百合の姿は、高慢な女王様。



 百合の本質は、気品のある振る舞いに内包するサディスティックな性根。

 その性根を目覚めさせたのは、他でもない顕であった。

 百合と顕は中学に上がる頃からの付き合いではあるが、百合は顕の中にあるものに惹かれ、それを引き出す為に発現したものだが、この物語は後に語られることになるだろう。


 

 「その態度はどうかと思うが、それ以前に秘薬の事をなぜ・・いや、ブラフでは無さそうなだけに問題だな」

 卓は首を鳴らし、悠然と百合に近づいていく。

 「何をやってんのよ百合・・卓、アンタ逃げるんじゃないの?さっさと行きなさいよ!」

 百合の戦闘能力が低いわけではない。普通の戦闘員なら別だが、卓が相手では話にならない。

 「いーや、ちと風向きが変わった。百合ちゃんには俺に付き合って貰うことにする」

 卓は両腕を広げ、通せんぼするように百合の前に立つ。


 「私と付き合うですって?まずは身の程を知っていただく必要がありますわね!」

 百合は小太刀を抜き放ち、空いた手を真横に掲げた小太刀の刀身に近づけた。

 刀身にあてがう手が光を帯び、能力を発動させているのが分かる。

 「フッ」とあてがう手に息を吹きかけると、刀身から赤紫の光を帯びた無数の小さな玉が出現した。


 卓はその現象を見止め、半歩後ろに下がる。

 「それは・・「解」か?いや、にしても能力の発光の仕方が普通じゃない。そもそも、百合ちゃんは治癒の能力持ちだよな?」

 卓の疑問、それは薬師の能力は、通常一体系である。つまり、治癒能力の「治」体系を発現すれば、他の体系は会得できないからだ。


 「フフッお(ツム)の足らない物言いですわね。ですので、あなたは私とは釣り合わない事明白ですわ!」

 高慢な態度のまま、百合は手中にある光の玉を右手の上だけに移し、押し出すように卓に向け解き放つ。

 解き放たれた光の玉は、押し出されたと同時に分裂を繰り返し、何十個もの玉になる様子は、風に漂うシャボン玉のように見える。


 「なんだこりゃ?ってか、これに触らなければどうということは無いよな」

 眼前に広がる光の玉は、ゆらゆらと卓に向かって近づいてくる為、それほど脅威には感じられない。


 卓は素早くジャケットの懐から薬袋を取り出し、右手の中で握り潰すと、「散」と唱えて能力を発現させる。

 「邪魔だ」

 右手を掲げ、迫りくる玉の群れを切り裂くように振り下げる。

だが能力を発動した卓の手を、風に流されるようにゆるりと玉は避けると同時に、卓の手から発せられる能力の黄色い光の帯に吸い寄せられ、光に接した玉は弾けていく。

 だが、弾けた玉の赤紫の光が卓の能力が発する黄色い光に侵食して行き、黄色から橙色へと変色する。

 

 「どうなんだこれは・・」

 卓はこの変化が分からず、自分の腕に纏わり付こうとする橙色の光を、何もすることなく見届ける。

 「さぁさぁ、どうなるのでしょう。ですが、今膝を屈するのであれば、許して上げなくはないですわ」

 頬を赤らめる百合はサドの血が疼くのか、卓の行く末を想像し、悦に入りだす。

 

 橙色の光が卓の腕に張り付く。

 「はぁ?別に何とも・・いや、腕が痺れ・・くっ・・動かないぞ!」

 卓は小刻みに震える右腕を支えるように左手で押さえるが、その内右腕の感覚が無くなっていく事に気付く。


 「フフフ、痛みが無いのは残念ですが、その内全身の力が抜けていく事でしょう」

 百合は豊満な胸の下で腕を組み、上気した顔で卓の顔を覗き込む。

 「くっそ・・だがどうして「解」の能力が使えるんだ・・腑に落ちん」

 足にも感覚が無くなってきたのか、卓はその場で膝まづく。


 「まぁ、困った人ですわね。薬師としての努力が足りていませんわ。いいですか、私は「解」など使ってはおりませんのよ?これは私とアキラ君とで・・いえ、そうではありませんわね。アキラ君が私の為に編み出した処方ですの」

 百合は顕と過ごした日々を夢想するかのように、空を仰ぎ見る。


 「百合でかした!おまえにそんな力があったなんて知らなかったぞ!」

 今まで様子を伺っていた静江が、百合を背後から抱き締めた。


 「そうか・・「治」は活性であっても分解はしない。ならば、良薬も過ぎれば毒と成す・・だな?」

 体の不自由さと葛藤しながら、百合の言葉の意味を卓は自分なりに咀嚼(ソシャク)する。


 纏わり付く静江を剥がそうと、ワチャワチャとしていた百合が卓の言葉に反応し、動きが止まる。


 「ということはだ、使った媒体は附子(ブシ)・・いや違うな、葛藤(ツヅラフジ)か?」

 卓を見詰める百合の目が見開かれる。

 「ほう、そうか。それが分かれば十分だ」

 卓は身の入らない全身を無理やり奮い立たせ、両膝に手を当てた格好で立ち上がる。

 「はぁはぁ・・人を散々アホ呼ばわりしてくれたが、俺から言わせればおまえらなんぞ、ガキの習い事程度よ」

 荒い息を吐きながら、前屈みで百合を睨み付ける姿から吐かれた言葉は、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

 「もう荒が合うのはよしなさい。このままでは本当に死んでしまいますわよ」

 百合は太腿に取付けているポーチから、一本のピレットを手に取る。


 「おっと、それには及ばない。大丈夫、自分で何とかするから」

 「え?」

 卓の言に百合は驚きを隠せない。というのも、卓が持つ能力では現症状を回復させる事が出来ないはず。精々出来ても進行を遅らせる程度だ。


 卓は前屈みのまま、徐に左拳を顔の近くまで持ち上げ、ニヤリと口角を吊り上げ百合を見る。

 「 (メツ) 」

 卓の左拳から青い光が灯り、能力を発現させたのが分かる。

 「滅?青い?・・そんな体系、見たことも聞いたこともありませんわ・・」

 今追い打ちをかければ確実に仕留められるにも関わらず、百合は呆然と卓の動向を見詰める。


 卓はその拳を開き、自分の胸に向かって押し付けた。


 「ぐは!」

 肌が露出した首回りや顔に血管が浮き上がり、苦痛に抗うためなのか、立ったまま四股を大の字に突っ張らせる。

 「うっぷ・・」

 喉に何かせり上がるものを感じ、えづくと同時に、大量の血を吐瀉し、崩れる様に片膝を突いた。

 「はぁはぁ・・真木・・お前の能力はやっぱすげぇよ、すげぇ・・」

 まだどこかに痺れが残るのか、顔を引き攣らせながらもどこか愉快気に一人呟く。


 「一体・・何を・・何をしたのですか?」

 卓の体に浮き出ていた血管が退いていくのを見とめ、自力で治癒しているのが分かる。

 「なぁ百合、卓を()れてないのか?」

 百合の傍らに立つ静江が、卓の様子に怪訝な表情を浮かべる。


 「あ~・・酷い目に合ったぜ。しかし百合ちゃんも人が悪いなぁ、可愛い顔してこんなえげつないやり口持ってるなんて・・お兄さんちょっと油断しちゃったよ」

 凝り固まった体をほぐす様に、稼働部位をそれぞれ伸ばしながらゆっくりと立ち上がる。


 「さぁてと、次は俺のターンと行きたいとこだが・・その前に百合先生、質問!」

 卓は百合と先生と見立てて、直立不動でビシッと手を挙げる。

 「ええ!?・・あ、はいどうぞ」

 「秘薬を作れると言ってましたが、それはアキラから譲り受けたのでしょうか?」

 卓の様に気後れしながらも卓に付き合う百合であったが、その質問に目を見開く。

 「あ、はい。アキラ君が私にならば出来ると・・能力を受け取りました」

 女王様気質が鳴りを潜め、その当時を振り返っているのか、赤らめる頬に手をやり吐息を吐く。


 「なるほどなぁ~「治」体系からの派生・・さすがだな()()の弟。お兄ちゃんちょっと感心した」

 卓は「うん、うん」と一人頷き、感心した素振りを見せる。


 「ならばだ、尚更百合ちゃんに付き合って貰わないとな」

 「させる訳ないじゃない」

 言葉が終わる前には既に、卓は百合に対して掴み掛かるように素早く手を伸ばしていたが、隣に居た静江がそれを察知し払い除ける。

 「あー静江がいたな、気づかなかったよ。アウトオブ眼中ってやつ?」

 弾かれた手をプラプラと振りながら、面倒くさそうに静江を見る。

 「はぁ?目の前にずっといたわよ!」

 静江は激昂し、卓の目の前に飛び出す。

 「真に受けるなよ」

 ニヤリと笑う卓の左手が、静江の右頬に添えられる。

 「散」と一言唱え、卓の左手が発光すると、頬に手を添えられていた静江が白目を剥いて崩れる様に倒れる。

 「おっと・・。相変わらずしょうもない挑発に乗っちゃうなぁ静江は」

 卓は崩れる静江を抱き抱え、丁寧に地面に寝かせた。


 「卓さん!静江お姉様に何をしたのですか!」

 唐突な出来事に反応出来ずにいた百合は、我に返ると卓に攻撃態勢を取る。

 「ん?知りたい?んじゃ百合ちゃんも体験してみるかい?」

 卓はゆっくりと左手を顔の前まで掲げ、意地の悪そうな顔で百合を見た。




 「ししょう!・・静江師匠!」

 自分の名を呼び声に、静江はまどろむ意識の中から覚醒し、「がばっ」と勢いよく身を起こす。

 「卓!・・くっ・・」

 現状況が把握できず辺りを見渡し声を上げるが、視界に飛び込んで来たのは心配そうに見詰める片平真知子の顔だった。

 

 「わぁぁ師匠!良かったぁ~!」

 真知子は涙を流しながら静江にしがみ付く。

 「痛っ・・痛いってぇの!離れろ真知子!」

 真知子のバカ力による抱擁に顔を歪めつつ、静江は真知子の髪の毛を引っ掴み、投げ飛ばすように引き剥がす。

 「い、痛いです師匠ぅ~」

 「こっちのセリフだ!バカ真知子」

 投げ飛ばされた先で悲し気に静江を見る真知子に、怒りを露わにする静江。


 「アンタにかまってる場合じゃないんだよ!ここにいた卓・・いや河守卓はどうした?」

 「ごめんなさい師匠・・私もさっきまで気を失ってて。あ!それよりも・・あの・・えっとぉ・・」

 静江の問いに色好い返事ができず萎縮するが、真知子は静江に何か言いたいことがあるらしく、顔を赤らめモジモジとしだす。

 「何なのよもう・・兎に角今の状況を把握しないと・・」

 「し、師匠待ってください!あの!紹介したい人がいるのです!」

 付き合ってられないとばかりに静江は自分の体を労りながら立ち上がるも、真知子は意を決するように静江に食い下がった。


 「私の恋人・・になる予定の・・アレ?師匠さっきカワモリ何とかって言いました?」

 真知子は恥じらいながら訥々(トツトツ)と話すが、途中で静江の言葉に引っかかりを覚える。

 「はぁ?もういい、アンタと話してるとイライラしてくるわ!」

 静江は要領の得ない真知子に見切りを付け、他に人がいないかと辺りを見渡すと、こちらに向かってくる一人の男に釘付けになる。


 「良かった、大丈夫そうで」

 その男は静江の前まで歩み寄り、身長差のせいか静江の顔を見上げた。


 「あ、顕君・・紹介するね。この人は私の尊敬する師匠で田中静江さん。それで師匠、この人がマイハニーの河守顕君・・キャッ言っちゃった!」

 真知子は赤い顔を手で顔を覆いながらも、チラチラと顕の顔を見て伺う。

 だが顕は真知子の言葉が耳に入っていないのか、無言のまま眉尻を下げ静江を見詰めたまま動かない。

 

 「大丈夫そう・・だと?」

 静江は呆然とした表情から徐々に顔を歪めだし、禍々しいオーラを纏い出す。

 「え・・いや、あの・・」

 顕は禍々しいオーラに中てられ愕然とした表情になり、しどろもどろになりながら後退りし始める。

 「はぁ・・いやごめんね。只なんとなくアンタの顔にムカついちゃってさ、ちょっと一発殴ってもいい?」

 盛大に溜息を吐いた静江は歪めた顔を笑顔に変えるが、禍々しいオーラはそのままに指を鳴らして顕に詰め寄る。

 「えぇ!?・・あ、いやなんかわかんないけど、姉ちゃんごめんなさい!」

 静江の理不尽な要求に、顕は頭を抱えて身を守る姿勢で詫びを入れた。


 「ど、どうしちゃったの顕君!ってか姉ちゃんって・・どゆこと?」

 真知子の知るアキラ像からは、かなり逸脱した姿に動揺すると同時に、静江を姉と呼ぶことに合点がいかず考え込んでしまう真知子。


 「ごめんの一言で済ます程、私は人間出来てないのよ?・・覚悟しなアキラ!」

 静江は振り上げた手を握り拳に変え、怯える顕の頭目掛けて振り下ろす。

 だが拳は顕の首元をすり抜け、その首を腕に巻き込むと、そのまま自分の胸に顕の顔を押し付けた。


 「戻って来たんだね、アキラ・・」

 静江は顕の肩に顔を置き、そっと抱き締めると優しい声色で囁いた。

百合が使う媒体として葛藤(ツヅラフジ)が出てきましたが、これは漢方でいう木防已(モクボウイ)と呼ばれる生薬です。効能としては鎮痛や利尿作用があり、煎じ薬としてよく使われます。

葛藤と一言で済ましてしまっていますが、他にもオオツヅラ、アオツヅラなどと種類があり、特にアオツヅラは毒性が強く、卓が受けた症状のように筋弛緩作用が見受けられます。

表現としてはツッコミどころ満載かもしれませんが、そこは異能の力というか・・

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