#8 大和街道
午前7時、四ツ谷屋敷。
顕は先頭を進む兆治の案内の下、四ッ谷屋敷の玄関を潜り框を上がると、まるでお堂のような大広間があり、奥には菩薩立像が奉られている。
「ここはお寺なんですか?」
辺りを見渡す顕は、宗教に疎くなくとも思い違うことのない室内に、印象が吐いて出る。
「私共も、ここに居場所を得てそう長くはございません。然るにこの北川も、四ツ谷の塒がこのような佇まいになっておる事、存じませんでした。ですが、仏閣として体を成してはいないようです」
兆治はこの大広間の説明を顕にしつつ、セツに目配せをする。
セツは先行して菩薩像の前に進み、そこに座る紺の作務衣を着た人物の傍で膝を折り何事か耳打ちをすると、その人物が頷き正座のまま座を滑らし顕の方に向く。
「ほう、お主が河守の鬼子・・」
長く伸ばした白髪の髪を後ろで一つに纏めた老人が、背を丸くし弱々しく嗄れた声で呟く。
「四ツ谷、口の聞き方に気を付けよ」
兆治が怒気を含んだ声色で、四ツ谷と呼んだ老人を諌める。
四ツ谷の傍にいるセツも、四ツ谷に睨みを利かせている。
顕は老人の前まで歩み寄る。
「この人が四ツ谷源三郎ですか?」
顕の問いかけに背を丸めていた四ツ谷がスッと姿勢を正し、顕を見上げる。
「如何にも、わしが四ツ谷源三郎じゃ」
顕は無表情のまま、サイドバッグに手を翳し薬剤の入ったピレットを呼び出す。
「お待ちください、顕様!」
兆治は四ツ谷と顕の間に入り、坐して顕に頭を垂れる。
「僕の仕事はこの人を殺れば終いです。話はその後でもいいでしょ?」
サイドバッグの底からピレットが排出され、顕はピレットを抜き取った。
「顕様、大変申し訳ございませんが、お聞かせすべき件にこの四ツ谷は大きく関わっております。ですのでお聞き頂いた後に終われても遅くはないかと」
四ツ谷の傍に控えるセツが、針のような暗器を四ツ谷の喉元に突き付け、顕を説得する言葉を述べるが、セツの殺気は四ツ谷に向けられている。
顕はセツの言葉を聞いていないのか、手にしたピレットを見詰め、動かない。
「これじゃない、おかしいな・・今までこんな事なかったのに・・」
顕が手に取ったピレットに詰め込まれている溶液の色が、緑色をしている。
ピレットを左手に持ち替え、もう一度サイドバッグに手を翳す。
サイドバッグは反応をし、底部から新たなピレットを排出され、顕はそのピレットを抜き取り眺める。
だがそのピレットも同じ色をしていた。
「なんで・・僕の思いに間違って反応することなど、一度も無かったのに・・」
顕が困惑する理由、それは顕が持つサイドバックは特殊な作りになっており、使用する薬剤を思い描きサイドバッグに手を翳すだけで、その薬剤がバッグから排出される機構になっている。
なぜそんな機能を発揮するのかは顕自身も分かってはいないのだが、顕の知る限り一度も間違った薬剤が出てくることは無かったのだ。
「顕様・・?」
両の手に持ったピレットを見詰め、うわ言のように呟き続ける顕を訝しみ、セツは四ツ谷から離れ顕に近づく。
「セツ、やはり顕様は記憶を封印されておるようだ」
北川はセツを手で制し、顕の様子に合点がいく。
「ほう、鬼子は自分を忘れてしまっているのか?そうかそうか!」
セツが離れたスキを突いて、四ツ谷は見た目の弱々しい老人とは思えない跳躍力で祭壇の奥に跳んだ。
「北川に孫のセツよ。お主らの頭領、卓の言ったとおりよの。そやつの頭の中に秘薬の製法を隠したということか、中々に良い隠し場所じゃ。ヒャッヒャッヒャ」
四ツ谷はさも愉快そうに高笑いをする。
「じゃがもうわしはここに留まる理由は無くなった。後は卓に任せて退散するかの」
「四ッ谷!逃がすと思うか!」
背を向けその場を離れようとする四ッ谷に向かって、セツが暗器を掲げる。
「放っておけ!今は顕様に全てを知って頂くことが先決」
顕に跪いたまま、兆治はセツに四ッ谷を追うことを禁じた。
「北川さん、四ツ谷源三郎が逃げたじゃないか・・ヤツを追って仕留めないと・・でも、何かおかしいんだ」
顕は上腕に取り付けていたサイドバッグを外し、手に持って眺める。
「ちゃんと動いてくれない・・これじゃ薬師としての仕事が出来ないよ」
顕は怒りを込める訳でもなく、どこか物悲しい目でサイドバッグを眺め見ている。
「顕様、その煎じ薬入れは影山 真が作った物。顕様にしか扱う事の出来ない代物です」
北川は顕が持つサイドバッグを、懐かしむように目を細め見る。
「カゲヤママコト・・?誰の事を言ってるの?僕は知らない・・これは玲ちゃんが・・」
顕は北川が語る名を反芻するが、記憶に引っ掛からず、それでいて自分の過去の記憶に帳が下りていくのを感じ、もどかしさが募る。
「僕は薬師になる前・・玲ちゃんに教えられたんだ、僕が何をし、何の為に今を生きるのかを!」
過去の記憶は明確にあった筈だった。だがその記憶に薄闇が覆い被さり、曖昧な物にしていく。
手で自分の顔を覆い、指の隙間から床の一点を見詰め、顕は体を強張らせた。
「おじいさま、マコトの事を話すのは、余りにも顕様にとっては酷な事です。せめて順を追って」
セツは記憶の渦に囚われだす顕を見ていられず、祖父の兆治を咎める。
「確かに顕様にとって真の記憶は劇薬だ。それにわしらにとって綱渡りでもあるが、顕様の記憶を取り戻す最も即効性のある記憶なのだ」
兆治はズイと顕に身を寄せ、語り聞かせる様に更に囁く。
「影山真は顕様だけの為に、この道具を作りました。私はまだ幼き頃の顕様に、聞かされた事がございます」
顕は兆治の話にビクりと体を震わせ、指の隙間から見える目を見開いて兆治を見下げた。
「このバッグは顕様が道を違わず、薬師として進む方向を示してくれるのだと。それは顕様の傍らにいつも真がいるからだと・・顕様は私にそう言い、微笑みかけて下さいました」
兆治は子に微笑みかける、好々爺然とした表情で顕を見る。
「僕があなたに・・」
帳が下りた記憶の中に、一点の小さな星が灯り、弱々しく明滅する。
「顕様、私共はあなた様と共にありました。大和路に営みを見出し、街道を繁栄させ、その大和街道の統治者にして守り人である河守家末裔である卓様、顕様。そして私共大和商人は、河守家を下支えする輩であります」
兆治は淀みなく顕との成り立ちを、語り始めるのだった。
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卓は痛めた肩に手を置いて、ゆらりと立ち上がり辺りを見渡す。
「え~と、静江には百合ちゃんっていうサポートが居て、尚且つ手練れが一人・・もう一人は動けそうにないか。それに対して俺はというと」
卓は自分の置かれた現況を、口に出して説明し出す。
「う~ん、不正解!」
静江が声高に卓の説明を遮る言葉を吐いたのと同時に、卓が背中にしている樹木の上から2人の影が卓目掛けて落下する。
人影は静江らと共に居た部下達であり、それぞれの手には小太刀が体の近くで逆手に握られ、体ごと標的を狙う。
だがその気配を察知していた卓は「 散 」と呟き、能力を発動させた紫に光る右手を、落下してくる人影と自分との間の頭上の空間に、撫でる様に横薙ぎにする。
するとその空間に、白く輝く微粒子が噴霧され、静江の部下たちにその微粒子が纏わり付く。
卓はヒョイと横に一歩飛び退くと、卓が元居た場所にどさりと静江の部下たちが落下し倒れ込む。
「こいつらはカウントしてない、ホントよ?こう見えて俺はフェミニストだから。女の子には手を出さない主義」
卓は静江ではなく、百合に対して自分の胸に手を置き、軽く会釈をした。
「なによ!私には酷いことしたじゃない!」
卓の物言いに静江は反論する。
「いや、ゴリラは別?」
キョトンと首を傾げ、静江を見る卓。
ゴゴゴゴッという文字が静江の背後に見えるほどの殺気を纏い、ズイと静江が百合の前に出ようとする。
「待って静江さん!まだ治りきっていないのよ!それに」
殺意を卓に向け、今にも飛び掛かりそうになる静江を百合は身を挺して止めると、着ていたニットの上着を脱ぎ、静江の頭から被せる。
「そんな格好じゃダメです!ほとんど裸じゃないですか、ホントにもう!」
体右半分、乳房すらもさらけ出している静江の体へ、上着を着せることで隠す。
「うーん、別に静江の裸なんて見慣れてるけどなぁ」
あっけらかんと二人のやり取りに水を差す卓。
「いつの話をしてんのよ!マジムカつくわ!!」
静江は百合にしがみつかれ、身動きが取れないながらも、卓に掴み掛かろうともがく。
「いい加減にしてください二人共!」
なぜか百合は、静江と卓それぞれに指を指してしかり付ける。
「え・・俺も!?あ、いや、すいません」
指を突き付けられしかられた卓は、釈然とせず声を上げるが、百合の一睨みで詫びてしまう。
「なんで怒るのさ、悪いのは卓じゃない。ってかさ、私の裸よりよっぽど百合の体つきの方がエロいんだけど?」
静江と同様に百合が着るボディスーツも体の線がハッキリと浮き出る仕様になっており、百合のスタイルは大きな胸とくびれた腰に大きなお尻と、日本人離れしたボディなのが分かる。
「え?・・キャア!見ないでください!!」
百合は慌てて自分の体を抱き、隠そうとする。
「はぁ、ナニコレ・・。ってか、毒気が抜かれたというか、やる気が失せたわ」
卓はヘタるようにその場に腰を下ろし、周りを見渡す。
「えっと百合ちゃん、こいつらは死んじゃいないから、治してあげて」
卓が手をかけた静江の手下の方を顎をしゃくり、百合に微笑みかける。
百合は卓の言動に一瞬躊躇するが、「はい」と答えて倒れている二人に駆け寄る。
「あーそれと、向こうの朽ちた家の壁裏に、もう二人君んとこのエージェントがへばってるから、それも看て上げたら?」
百合は驚きながらも「はい」と素直に応じ、テキパキと治療に専念し出す。
卓は百合が離れたのを見計らって、静江に近づいた。
「百合ちゃんは素直ないい子だなぁ、アキラには勿体無いぐらいだ」
百合の姿を見やり、卓はお道化る。
「百合とアキラが一緒に居れなくなった元凶が!アンタ分かって言ってんの?」
「はい?いや、どっちかっていうと俺が二人の距離を縮めたんじゃない?」
冗談に取れないと怒る静江に対し、とんだ言い掛かりだと渋い顔をする卓。
「アンタねぇ、アキラの事なんだと思ってるのよ、アンタの弟よ?それなのに二度よ!二度もアキラの記憶を操作して自分の良いように操ろうとするなんて、アンタは人じゃない、鬼畜よ!」
静江は顕の事を思い、瞳に涙を滲ませる。
「アキラは自分を見失いながらも、本来持つやさしさを失わないよう必死に足掻いてる。でもね、どんな言い付けも守らせるような操作をされたアキラは、残酷さと優しさの綱引きに、その内心が引き裂かれてしまう。そんなのって許される!?」
「ちょっと待て・・」
流れる涙を拭おうとせず、卓に指を付き付け悔しさをぶつける静江に、卓は広げた手を前に出し、釈然としない顔で静江の話を遮る。
「確かに俺は顕の記憶を弄った、それは認める。だがな、それは俺らの婆様が約束を破ったからだ」
今までのお道化た表情とは違い、元から持つ精悍な顔付きになり、静江を見詰める。
「俺達大和薬師は、他の薬師と違って一子相伝の能力を持っている。静江も河守の派生だから知っているだろ?」
「・・・」
卓の問い掛けに、静江は黙ったまま何も言わない。
「まぁ話を進めるが、その能力が「解」の「咢」だ。「解」の能力を持つ者は案外居る、だがその中でも「咢」は俺達大和薬師だけが持つ唯一の力だ。そして「咢」が人の記憶を操作できる能力だ」
「そうね・・そして卓、アンタが「顎」を受け継いだ7代目大和薬師の頭領」
卓の語りを受け継ぐように、静江は卓を睨みながら語った。
「そう睨むなって、美人が台無しよ?まぁ、要点を言うだな・・」
静江の圧に少し怯むが、卓は口元に手をやり、考える仕草で空を見上げる。
「「咢」は俺には無い、持つ者はアキラだ」
「はぁ?アンタ何言ってんのよ?今のアキラは私達の事すら知らず、薬師会にこき使われてるのよ?それはアンタが沖玲子との私闘に、アキラを捨て駒に使ったからでしょ!」
卓の話に納得がいかず、静江は卓に食って掛かる。
「ホント静江はバカだなぁ、要点って言ってるだろうに、分からんかな?まぁいい、順を追って話すよ」
ホトホト呆れたと卓は首を竦めて、静江に向き合う。
「俺がアキラに「咢」を使ったのは、今から5年前、沖玲子による大和街道襲撃事件の時だ。静江は事後でしか知らなかっただろうが、大和街道は壊滅一歩手前まで追いやられた。俺はその時、婆様より頭領の跡目に指名され、「咢」を受け継いだ。そして婆様は、アキラを俺達暗部の人間として組み込もうとしたんだ。だが俺は、アキラを俺達の世界に引き込みたくは無かった。いや、本来は俺が影、アキラが表を歩む筈だったんだ」
その時の事を思い、卓は地面に視線を落とす。
「婆様はアキラに負の感情を植え付けた・・そう闇落ちってやつだ。そして憎悪に囚われたアキラはその根源を根絶やしにする為、暴走した。俺はやむを得ず、アキラに「咢」を使った・・」
俯いていた卓は、静江に向き直る。
「俺はアキラを、裏の世界から表の世界に送り出したんだ」
「あの時の私は、何も知らなかった・・でも、それでも私は、卓を信じた・・信じたかった!それなのに・・アンタは・・」
静江は声を震わせ、両の目から滂沱の涙を流すが、その涙は顕の為なのかそれとも卓へのものなのかは分からない。
「今更言い訳はしない。だがお前は勘違いをしてないか?沖玲子という女の本質を」
卓は一変して表情を歪ませた。
「話はここからが本番だ。2年前、今度は俺達が薬師会に接触を試みた際、俺の目の前にアキラが現れた。そしてだ・・アキラが俺から「咢」を奪ったんだ」
卓の話に今度は静江が表情を一変させる。
「アンタ何言ってるの?言ってる意味が分からない。アキラは現に別の過去の記憶を持って生きているのよ?そうしたのは卓、アンタでしょうに!」
「だからお前はバカだと言ってる。考えても見ろ、もし俺がそうしたのなら、今アキラは何をしているというんだ?俺のパトロンである四ッ谷を潰してるんだろうが。何のためだよ?言ってみろ!」
卓は静江を指差し問い詰める。
卓に焚き付けられた静江は考え込むと、明確ではないにしろ、それなりの答えを思いつき口にする。
「そ、それは沖玲子がアキラの才能を見出し、保護した結果であって・・現にアンタはその時、沖玲子に辛酸を舐めさせられたはず」
「おめでたいにも程がある。この現況に誰が利を得ている?皆まで言わなくても分かるよな?」
卓は呆れを通り越し、表情は達観した無表情。
「だ、だとしても、これで薬師は大手を振って表の世界で生きていけるようになるんじゃない・・」
静江は言い返すが、言葉が尻窄みになり、言った言葉に自信が伺えない。
「あのな静江、薬師の生業は薬屋だぜ?元から堂々と街道で商いをしていたんだ。それを裏稼業に染めていったのは沖らの一族だ。そんな奴らが薬師会だのと宣い、表に出るだと?ジョークにしては出来すぎだろが、笑えるわ」
卓は「ハハッ」と軽く笑ってみせるが、表情に感情は反映されてはいない。
「話はもういっか。俺の話を受け入れるか否かは好きにすればいい、だが俺はアキラから大和の薬師としての力を取り戻す。それはアキラをこの糞溜の世界から開放する事であって、これはアキラの兄として成すべき最優先事項なんだよ」
そこで初めて卓は、慈しむ感情を表情に出したのだった。
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催馬楽財団、情報室大阪分所
情報室に隣接する会議室は、多くの職員によって情報が飛び交い、さも作戦司令室の様相を呈していた。
催馬楽はそんな雑踏を他所に、情報室の自分のデスクに足を投げ出し、天井を見上げふんぞり返っていた。
「コンコン」とオフィスのドアがノックされ、催馬楽の返事を待たずしてドアが開かれると、一人の女性職員が入ってくる。
「統括、府警による大産建設へのガサ入れが決行されます。並行して下請けの高羽興業へのアプローチに入ろうと思うのですが」
女性職員は書類に目を走らせながら、状況説明と行動の許可を催馬楽に求めた。
「高羽か・・エスとしての役割を、最後に一つ担ってもらおうかな」
催馬楽は居住まいを正すわけでもなく、天井を見上げたまま指示を出した。
「あのう統括・・大産建設の件はもう表に出てしまっているのですが、高羽を受け入れるところなんてあるんでしょうか?」
女性職員は催馬楽の指示に意見を述べるが、顔には不満がにじみ出ている。
「そっか、ちょっと説明不足だったかな」
催馬楽は独り言ち、頭の中で構築されているプランを反芻する。
現在進行している計画の命題は、四ッ谷の解体。
四ッ谷は昭和の時代、高度経済成長期において、地方インフラ整備の実権を掌握し、政治の世界の裏で暗躍する怪物だ。
平成の時代にあってもその権力は隆盛を保ち、今尚影のフィクサーとしてこの国を牛耳る存在。
だが現在の与党総裁であり現首相の派閥が、四ッ谷派に反旗を翻す。
原因は国交相大臣、四ッ谷正美のスキャンダルが明るみになり、野党の追求に屈する形で、政府による四ッ谷大臣の解任を決定した事により、党内四ッ谷派の反発に端を発する。
首相である望月も派閥を持ってはいたが、最大勢力の四ッ谷派の合流によって総裁の地位に上り詰めている。
派閥争いにすらならないパワーバランスの中、それでも政府が強硬に舵を切った最大の理由は二つ。
一つは政府子飼いの薬師会がもたらした、悠久の時間を生きる四ッ谷源三郎が、もう長くは生きられない事実。
そしてもう一つは、催馬楽財閥のバックアップであった。
四ッ谷の牙城を取り崩すべく、催馬楽が目を付けたのは談合組織だった。
元々催馬楽は自前の情報収集能力をフルに活用し、談合組織の解明と犯罪の立証を行う王道にて事を進めていたが、薬師会から抜け道の提案を受ける。
それは正に最短ルートにて、四ッ谷を壊滅にまで追い込む事が出来る一手。
瞑想していた催馬楽は、椅子から立ち上がり、女性職員に歩み寄る。
「談合組織の首領、三池を使う。この意味分かるよな?」
催馬楽の言葉に女性職員は「ハッ」となり、慌てて手に抱える書類を手繰る。
「薬師会で傀儡と化したと聞いていましたが、生きているのですか?」
三池とは、顕が薬師の能力で風貌と記憶を変えた人物。
薬師会は三池が持つ情報や知識はすべて吸い取り、その情報を元に四ッ谷に囚われた薬師の開放に成功している。
そして今では、談合組織の解体の為に催馬楽が温存していたのだ。
「ああ、生きてるよ。もう隠す必要が無くなったから、今は体調も戻り元の姿になって元気も元気。だからそのまま使えるぞ」
催馬楽はニヒルに笑うが、女性職員にとっては悪魔の微笑みに映る。
「わ、分かりました。では担当者に趣旨を伝えた上で引き継ぎを行いますので、失礼いたします」
女性職員は催馬楽と目を合わせず、礼をしながら素早くドアへ振り向く。
「待て。知ってるとは思うが、明石海峡大橋の橋げたの基礎の中から、多くの死体が発見されるだろう。全ての亡骸の素性を知ることは出来ないだろうが、無念さの中死んでいった者も少なくないはずだ」
催馬楽は女性職員の背中に向かって抑揚なく話すが、続く言葉に女性職員は息を飲む。
「償わせ方を誤るなよ?使い終われば死を願うまで殺すなとも、言い付けておけ」
女性職員が去った後、催馬楽は元居た椅子にドカりと座ると、デスクにある煙草を取り寄せ一本咥える。
「これで中堅以下のゼネコンどもの風通しも良くなるだろうしな。あと問題は・・」
手に持ったジッポーライターを着火する訳でもなく、「カチカチ」と弄ぶ。
「性懲りもなく、沖玲子に連絡無しで顕を使っちゃったのをどう言い訳するか・・。いや待てよ、俺はダチとして顕と世間話をしただけで、勝手に行動を起こしたのは顕であって、俺なんも悪くないじゃん」
一人納得をし、ジッポーを使って咥えていた煙草に火を点け、深々と紫煙を吸い込む。
「な~んて言い訳、通じてくれないよな・・はぁ・・うう、玲子ちゃん怖い」
溜息と同時に紫煙を盛大に吐き出すと、催馬楽は沖玲子の冷徹な眼差しを思い出し、身震いするのであった。