#5 嘘と真実
福知山から北、人里離れた山奥の山荘に、2人の男女が身を潜めていた。
長年人の手が加えれた形跡の無いその山荘は、あばら屋の様相を呈しているが為、2人の手によって戸口や窓は内側からその場にあったであろうトタンや板で、キッチリ閉め切られていた。
それでも屋根や壁面に空いた小さな穴が、ピンホールによって外の光源が差し込み、中はそれ程の暗闇ではない。
「ねぇ、傷の具合はどう?」
女の囁き声に、戸口を背にし少しの隙間から外の様子を伺っていた男が、自分の脇腹を覗き込みながら顔を歪める。
「縛っているが血が止まらない、肝臓を傷つけたようだ」
「私の力じゃ、何もできない・・ごめん」
自分の無力さに項垂れる女に、男は優しく微笑みかけようとするが、痛みが勝り引き攣った顔にしかならない。
「気にするな、こうなったのも俺の責任だ。お前の助けがなかったら、あの場で俺はやられていたんだ。謝るとしたら俺の方だ」
何度も涙を流したであろう泣き腫らした目を伏せ、女はぽつりと言葉を溢した。
「私・・傷つけるつもり無かった・・でも必死で、気が付いたらあの子倒れてて・・」
男はその場に座り込み、苦悶の表情を女に向ける。
「お互い必死なんだ・・」
「私あの子・・知ってるの。同じ教練課程にいたの・・すごく頑張ってた、それなのに・・なのに私は・・」
「もうよせ、俺たちは決めたんだ。あの人についていこうと、なにも薬師会が悪かったわけじゃない、目指すもの全てがあの人にあるんだ・・」
女が縋る様な目を男に向けるが、男が咄嗟に手で動きを制し、外の様子を伺おうと扉の隙間を覗こうとしたその時。
ドガッ!と天井から轟音と共に、何者かが母屋材共々室内に落下し、屋根に大穴が開く。
屋根に開いた穴から日が差し、スポットライトの様に人影を映し出した。
「真知子ちゃん登場・・」
スポットライトの中心に、どこぞのサイボーグがタイムスリップしてきたかのような姿勢で名乗りを上げるのは、催馬楽財団暗部の特務課所属「片平真知子」だった。
「マキ逃げて!」
男は警戒を怠っていた訳ではなかったが、あまりの突飛な襲撃に何も出来ず体が硬直していたが、相棒アヤコの叫びに硬直の呪縛が解かれ、咄嗟に腰に挿していたトカレフに手を掛ける。
「はい!そこまで!」
屋根の穴から静止を即する女の叫び声が放たれ、誘われるように2人は屋根を見上げる。
「今から下に降りるから撃たないでよ?ここで争っても誰も得しない、わかる?」
断りを入れ、屋根の穴から物音も立てず女が舞い降りる。
「ご協力感謝、感謝。はいこの通り、争わないから安心して。それと・・」
女はハンズアップした状態で、目線を屋根から特攻してきた真知子に落とす。
「あ~そう、痛かったのね。そりゃそうでしょうよ、10mも上の崖から飛び降リちゃうんだもの、ん?足が痺れて動かない?ホントバカねぇ、ちょっと見してみ?」
「うん、ナナっち足痛い・・」
男女は悠長に成り行きを見守っているほど抜けてはいない、この2人は追手である事を把握した上で動かないでいる。
自分から名乗りを上げた片平真知子、催馬楽の犬であることは知っている。一度匂われたらどこまでも
追うまさに猟犬。もう一人の女性は知らないが、片平真知子の相棒である限り唯物ではないだろう。
男は頭の中でなんとかこの窮地をどう脱出するか、組み立てようとするも構築することが出来ないでいた。
「ねぇそんなにしゃっちょこばんないでさ、今ここで争ってもお互い損するだけなの、何度も言わせないで真木尊さんに駿河綾子さん」
足を痛がる真知子を労わりつつ、横目で生島奈々は2人の名を口にした。
「では自己紹介するね。私が生島奈々、そいでこの子が片平真知子。知ってるとは思うけど、私たちは催馬楽んとこのエージェントだよ」
その言葉を聞いてか、真木は反射的に前かがみになる。
「何を聞いても警戒を解くことは出来ない、特にそいつが信用できない」
いつの間にか生島奈々の後ろで音も立てずに立ち上がり、両手をだらりと下げた格好の片平真知子が、真木を睨みつけている。
「あー、真木さん気になさらずに、今真知子は別の事に集中してるみたい。兎に角話を聞いて、あのねもう1時間もすれば警察もここにたどり着いちゃう。けどね、その前に・・」
「ちょっと待て、警察だと?お前の言ってる事は意味不明だ、一番この領域に足を踏み入れさせないようにしてきたお前たちが何を言ってる」
真木は呆れたように、生島奈々の言葉を否定する。
「まぁそうなんだけど、方針転換っていうやつ?なんにしても私たちの案件は・・」
「ナナっち来たよ」
生島奈々の言葉を遮り、片平真知子が前に出る。
元々は出入口であったトタン等で封鎖された扉が、ガタガタと音をたてる。
「マキー、アヤー、おるんかー」
何処か間の抜けた声で呼び出す言葉が聞こえたと同時に、真知子は一跳びで屋根に近い梁に足を掛け、自分で空けた穴から屋根の上に飛び出す。
扉側とは反対方向にある木の上が一瞬ガサ付き、何者かの所在が示されたのを見逃さず、真直ぐに木の方向に屋根を駆ける真知子に向かって、手榴弾が投げ込まれた。
屋根から木に向かって一気に跳躍すると同時に、投げ込まれた手榴弾をキャッチした真知子は、そのまま木の茂みに突っ込む。
慌てて逃げようとする賊を、後ろから首に腕を巻き付け、賊の胸元に手榴弾を放り込むと、木から屋根に向かって飛び退いた。
元居た屋根に着地した瞬間、木が手榴弾によって爆ぜる。
真知子は爆発により飛来した木の枝を、易々と片手でキャッチし、舌打ちをする。
「逃げやがった・・」
屋根の上で仁王立ちしながら目を閉じ、耳を澄ます。
「上で何やってんだか」
真知子は切り立った岩の上を見上げ、左腕の袖口から厚みのある黒いカードを抜き取る。
「よいしょー!」
上を見据えたまま、手に取ったカードを手の中で丸め、何度か握り込む事でボール状にすると、投球フォームで真上に投げた。
必要な到達点に達した黒いボールめがけて、今度は右腕袖口から金属の細い棒状の物を、腕を振る事で飛ばす。
金属の棒が黒いボールに突き刺さった瞬間、強烈な閃光と爆発音が鳴り響いた。
真知子が使ったのは、C4と呼ばれるプラスティック爆弾にマグネシュウム等を混ぜ込んだ特製の爆発物。常に袖の内側にカード状の大きさに成形した物を貼り付け、反対の袖口に起爆剤入りクナイを蓄えている。
「ナナっち、取り敢えず外にいるの、足止め程度にはしといた」
爆発と同時に屋内へと戻っていた真知子は、奈々へ状況報告を行う。
「全部で何人?」
「4人、内一人は多分復帰できないかな。で、表にいる奴はヤバいね」
淡々と話してはいるが、真知子がヤバいというのはマジでヤバい。
正直、真知子の戦闘力は群を抜いて高い。今の戦闘においても、普通の訓練程度では成し得ない芸当を簡単にやってのける。だが、奈々の戦闘力は真知子レベルでものを言えば、モブキャラ程度だ。
それでも真知子が情報部に移籍してきてから、常にコンビを組み、与えられた仕事を全て遂行してこれたのは、奈々の功績によるところが大きい。
これは、奈々の有する能力、人の嘘を見抜く力のおかげである。
能力は高いが直情的な真知子を組し、情報戦のプロ集団の中核を担うだけの力だ。
「真知子、極力戦闘は避けたい、でも少しだけ時間が欲しいの」
奈々は扉の方を凝視しながら、真知子に提案をする。
「あいよ!」
にぃっと笑みを浮かべて、真知子は再度上へ飛ぶ。
「さぁて、問題。今攻撃を受けてるのは私たちのせい?それとも・・」
真木ら2人に奈々は問いかけるが、憮然とした表情で真木が言いかけるのを手で制し
「まぁ待って、綾子ちゃんは真木さん助けたいよね?」
質問の矛先は綾子だと、奈々は語り掛ける。
「表にいるのは仲間の一人、轟さんだと思います。私が声を掛けて真木さんを助けてもらえるように・・轟さんは!いつも私たちを良くしてくれてだからどうか・・お願いします・・」
切実な声で、綾子は奈々に願い出る。
気が付けば、真木は身体を柱に預け、沈黙している。
「うん、それがいいね、いいと思う。だけど、私のお願い一つだけ聞いて
もらえるかな?」
奈々は綾子に優しく微笑みかけるのだった。
屋根の上で真知子は、上方にいるであろう刺客に注意を払いながら、厄介な相手の気配を探る。
「・・・あ?どうなってるのよ!」
真知子は気配の在処を察知し、慌てて屋根から室内に舞い降りる。
「ナナっち!相手はもう・・」
奈々に警戒を即そうとしたとき、部屋の隅にある「W・C」と立札が付いた扉がゆっくりと開かれようとするが、建付けが歪んでいるせいで途中で引っ掛かり開けきらない。
「あ、あれ?引っ掛かって・・ぐぐ・・こ、これ以上開かない・・」
中途半端に開かれた扉からひょっこりと男が顔を覗かせた。
「ちょ、ちょっと待ってね、あ!そこ!ここぞとばかりに襲ってこないで!ちゃんと話し合おうよ!ね?」
腰をかがめて今にも飛び出しそうな真知子を、奈々が片手を出し抑止する。
「轟さん!」
轟と呼ばれた男は、扉に挟まれながらも、やっとのことでトイレから出てくる。
「アヤー、ケガしてないか?マキ、お前・・オイ!大丈夫か!?」
2人の安否を確認しようと轟が一歩踏み出そうとするのを、真知子が前に出て封じる。
「お前は動くな。やるってんなら表でやろうよ」
真知子は両手をだらりと下げ、無手の状態でありながら相手を威圧する。
「おいおい待てって、俺はそこのおねーちゃんと同意見。争いは何も生まないよ?」
轟は奈々がしたようにハンズアップをし、無抵抗を装う。
真知子は最大限の警戒を放っていた。この轟という男の得体が知れないのだ。
真知子は暗殺のプロとして、長年その世界に身を置いてきた為に、目に見えない敵を察知する術が身に沁みついている。殺気だの気配だのは二流、ただそこに敵がいるという雰囲気を感じ取るのだ。
だがこの轟は、そこにいると感じた場所にいなかった。入り口扉の向こうから声を掛けてきた時も、その
音に左右されずに、自分の感覚で威圧する敵がそこにいたはずなのだ。
それだけではない、真知子が轟という男を脅威に感じたのは、一度も裏切ったことのない敵を察知する感覚が、再度室内に戻った際に忽然と消え見失ってしまった。
時間稼ぎをするにしても、敵の位置を把握しないことには何もできない。
ならばとまた屋根に上がった時、唐突に自分の足の下一点に、強烈に嫌な感覚が体を駆け抜けたのだ。
「えーと、轟さんでしたね、私は生島、生島奈々って言います」
「あ、これはご丁寧に。俺は轟四温って言います」
お互い腰を折りお辞儀をする。しかもあり得ない話、完全に視線を切って頭を下げている。
「私は交渉事は不得手ですので、まずは私の方の手札をさらしますが、その前に轟さん、あなたはこの2人がここに来る前からソコにいましたよね?」
轟は「アタ~」と手の平の付け根をでこに当て、天を仰ぐ。
「バレちゃってます?なんで分かっちゃったんだろ?う~ん」
轟は真剣に悩みだす。
「ねぇねぇナナっち、それホント?なんで知ってんの?」
隣にきて奈々の耳元で囁くように真知子が聞いてくるが、その眼差しに尊敬の念が込められている。
(う~ん多分、轟って人もこの真知子と同じレベルなんだろうな、残念な方に・・)
「轟さん、今こうしている時間が惜しいほど、真木さんの容態は深刻です。ならば、私共には真木さんを助ける手立てがある。ですがあなたの方は追われる立場であり、2人を逃がし、尚且つ真木さんを助けるには・・」
「待てよ、いつ俺達が追われる立場になった?」
奈々の言に、轟の雰囲気ががらりと変わる。
「ナナちゃん、アンタ言った通り、俺はここで待ってたんだ、意味わかる?」
轟は傍らにあった木製の長椅子の表面を手で払い、埃を落とすとそこに座り、足を組む。
「そりゃさ、おれも用を足したくてトイレに籠っていた訳じゃない。真木が苦しそうにしてるのを我慢して見守ってもいた」
大きく穴の開いた天井を見上げ、顔を歪める。
「もう少しあんたらの来るのが遅かったら、俺は我慢できずマキとアヤに手を差し伸べていただろう。だからあんたらには感謝してる」
見上げていた顔を奈々の方に向け、右手2本の指でこめかみを押え、轟は独り言を呟く。
「頭領、事は成ったぞ」
奈々は思考の渦に囚われていた。
奴らは2人を餌にして網を張っていた、それは分かる。
だからといって、私たち2人のエージェントを捕らえて何が得られる?
奴らにとってこの差し迫った状況で待ち構える策は愚策。
ならば私たち以上に、もっと大きな対価を得るために・・。
完全に硬直している奈々に、真知子が強烈な肘打ちをする。
「ナナっち!逃げっぞ!」
真知子が出入口の扉に向かい一歩踏み出そうとしたが、そこで動きを止め腰を低くし両手を下げ、戦闘態勢に移行する。
突如、封鎖された出入口の扉を縁取るように紫色の光が差し、扉が衝立を倒すようにパタリと部屋の内側に倒れ、埃が舞う。
そこに一人の男が長身のせいか、くぐるように出入口から部屋に身をさらした。
「女性3、男3。う~ん残念、アヤコは妹みたいなもんだから合コン不成立だね」
その言動からなのか、またその容姿からなのか奈々は毒気を抜かれるが、傍らに立つ真知子は自身が放つ殺気を解除することをしない。
「あ~冗談が過ぎた。うん、自覚あるから、ごめんね」
上背は190㎝近くあり、細身ではあるが紺のジャケットのインナーから隙間見える胸元には、筋肉の隆起がはっきり浮きでており、鍛え抜かれた体だとわかる。
両手をデニムのポケットに突っ込み、そこにいる女性たちの目線の高さに合わすように、少し前かがみになりウィンクをして見せる。
茶目っ気たっぷりに愛嬌を振り撒いてはいるが、気の許せる相手には見えない。
「頭領、なんか来るタイミング良過ぎね?実はどっかで見てたっしょ?」
轟があきれ顔で指摘をするが、どこか親しみがあるように接する感じがある。
「轟よ、それは言わぬが花ってね・・」
今度はぶすっと膨れっ面を見せる。
喜怒哀楽が表情に出やすい性格なのか、いや、それ演じているように上っ面に張り付けているどこかぎこちなさも感じる。
「なぁアンタたち、男同士でじゃれ付くのは好きにすりゃいいけどさ、私たち帰っちゃってもいい?」
2人に割って入ったのは真知子だ。
「もうね、どうでも良くなってきたわ、どうせアンタら薬師のミソッカスなんでしょ?アンタら見てると顕君がどんだけ薬師として出来がいいか分かるってもんだわ」
これは完全に煽ってる。奈々はその意図を感じ、自分の役割を模索する。
だが、その煽りに対する轟の反応は、目を見開き、頭領と呼ばれる男へ視線が釘付けになっている。
「今、顕が何て言った?」
突如、室内の気圧が一気に膨らんだかのよう熱を帯びだす。
ほぼ条件反射のように、真知子はだらりと垂らしていた両腕を、顔の前でクロスするように振り上げた。
鞭のように振った腕の袖口から、暗器のクナイが男に向かって飛来する。
ほんの3mもない距離にも拘わらず、身体を左右に振るだけで躱し、尚且つ真知子に密着する距離まで間合いを詰めている。
真知子は間合いを嫌い、後方へ距離を取りつつ、振り上げた腕を今度は振り下ろす事で新たにクナイを放つつもりでいたが、すでに振り上げた片腕を掴まれ、体を引き寄せられていた。
「もう一度言ってくれるか?顕が何て?」
腰に手を回され、抱き寄せられた格好のまま、耳元で囁かれる。
「ま、待て!そいつを殺しちゃダメだ!」
轟が慌てて止めに入る。
「あ?誰に物言ってる?え、オイ轟よ」
轟は威圧され、動きを止めると、どんどん青ざめていく。
「ってか俺そんなに野蛮に見える?こうやって優しく抱き留めてだな・・」
「ぐ・・ちょっと!私に気安く触るな!・・あれ?・・」
真知子は抱き寄せられた腕から身をよじって抜け出そうとするが、力が入らない事に気づく。
「だからさ、顕が何って聞いてるんだが?」
今度は掴んでいた手を放し、両腕で真知子を抱き締める。
「顕君は・・アンタみたいに・・どす黒い人じゃないって・・言ってん・・のよ・・」
抱き締められ、かといって息が出来ないほど締め付けられているわけでもないのに、力が抜けていくだけでなく、息苦しさも覚える。
「ほう、キミは顕の事よく知ってるのか?」
頭領と呼ばれる男は、脱力した真知子をそっと床に寝かせると、ジャケットのポケットからライダースグローブを取り出すと、コリをほぐすように首を左右に傾けながら両手にライダースグローブをはめた。
「待って!」
今まで遠巻きに2人の遣り取りを見ているだけしか出来なかった奈々が、意を決し割って入ろうと身を乗り出したその時、隣にいた綾子が声を張り上げていた。
「卓様、待ってください!彼女たちは私たちに危害を加えようとしてきませんでした。それに・・それより!マキが・・マキがもう意識が無くって!卓様!マキを、マキを助けてください!」
大粒の涙を目に称え、綾子は口元で手を組み、祈るように懇願した。
「マキ・・マキタケルか。見たところ失血のせいで失神している状態だな」
一瞬、轟の方に目配せをした後、綾子に向き直る。
「アヤコ、すまん。俺には人を治す術がないんだ。ウチまで戻れば出来るのもいるんだが、ココには出来る薬師がいない」
愕然とした綾子だったが、頭領に歩み寄ると、その場にしゃがみ込み尚も懇願する。
「なんとか!何とかしてください・・お願いします、お願いします!」
奈々は目の前の状況を余所に、この後の行動を頭の中で組み上げる。
方向は脱兎の如く逃げる、この一点。
見極めの一手として、事前に綾子にお願いをしていた。
「もし、あなたの仲間が現れ、会話が成り立つ相手ならば、一つだけ聞いて欲しいの」
「真木さんを助けてくれるのか。ただそれだけでいいの、もし助けないと言うなら、私たちはここを脱出する」
でも・・
「助けるというなら、私たちはここに居座り、全力で戦うわ」
綾子は訝しむ目で奈々を見る。
「それって・・あなたたちはマキを助けてくれないの?」
奈々は少し悲し気な目で綾子を見つめる。
「今も私たちは、仲間じゃない・・よね?でも聞いて、私はあなたたちをなんとかしたい、本当にそう思ってる。実はね、私は人の嘘を見抜けるの信じて欲しいとは言わないし、味方になってとも言わない。だから助けるって言葉が本当かウソかだけを見抜く、それは私たちが生き残る為」
「助ける」という言葉が本当なら、奈々と真知子だけが邪魔者になる。
「助ける」という言葉がウソなら、奈々と真知子そして綾子もいらない。
端から助けない宣言イコール、全力で私たちを排除するだろう。
助けるのならば、その中で隙も見えてくるし、時間も奪える。
そして綾子までも欺くのならば、私たちは罠にどっぷり浸かっている。
結果、敵は無能ではなく、この状況もコントロールする術があるのだろう。
ただ救いは、綾子を始末するつもりがない事ぐらいか。
「頭領、なんとかなんねぇか?延命措置ぐらいは出来るだろ?」
轟は綾子の懇願を受け継ぎ、真木を助ける方法を願い出る。
「いや、出来たとしてもその先まで辿り着かないだろう」
頭領である卓は、苦々しく言葉を吐き捨てた。
「待って、だったら私たちに真木さんを託して。本当に真木さんを助けたいと思うのなら」
奈々は持てる能力を注ぎ、当主の言葉に嘘は無いと見抜く。
ならば、命を繋ぐ糸口を模索し続けるのみ。
「君は催馬楽んとこの人だよね、名前は?」
綾子に向けられていた視線を、目だけで奈々へ移す。
「まず名乗るのが礼儀じゃないの?」
一歩も引かない態度で見返す。
「何の為の礼儀だよ、それより質問に質問で返す人の精神が成ってないんじゃないの?」
「わ、私は奈々、生島奈々よ」
言い負かされたわけではない、その男の眼力に気圧された。
「奈々さんね。俺の名は卓だ・・親しみを込めて下の名を語るよ」
てへっと言わんばかりに舌を出しお道化る。
「ふざけてるのよね?・・でもいいわ、それより私の提案を受け入れて貰えない?真木さんをちゃんと保護するし、何なら、不問のまま返す事も出来る」
ふざけた態度を正し、卓は屈むように奈々を見据える。
まるで心の深淵を覗かれるような錯覚を覚えながらも、真直ぐに見つめ返し、耐える。
「ふ~ん、まぁいい。どうも君たちは分かってないみたいだから、敢えて言うけど、真木の生死はどっちでもいいんだよ、デッドオアアライブっていうやつ?」
横たわる真木の方に歩み寄り、執刀医がするように両掌を自分の前に掲げながら真木の横に屈む。
「生きてればその力を存分に奮ってもらうが、そうでないなら」
掲げていた両掌を三木の身体の方に向けると、その両手から白色の光が灯りだす。
「ま、待て!頭領!真木を殺すのか!?」
慌てて当主に詰め寄る轟だが、無防備をさらす卓を真知子から守る、抜け目無さも視線で分かる。
「慌てるなよ轟、もうどの道真木は助からん。ならばだ・・」
白い光の発光によって、手の形すら見えなくなった両腕を真木の身体に当てがう。
その瞬間、昏睡していた真木の目が見開き、当主に向かって手を差し伸べようとする。
「真木よ、お前と一緒に歩んで行きたかった・・だがそれは叶わないようだ。でも、お前は俺の中にいろ。そして語り合った未来を、俺と一緒に見ようぜ」
その言葉を聞いてか、静かに瞼を閉じ、目じりから一筋の涙を流した真木は、息を引き取った。
白い光を纏っていた両手の光が、徐々に白からオレンジ色の光に変色していく。
「そうか、お前の力の色はこんな色してたんだな・・」
真木を見下ろしたまま、ゆらりと立ち上がった卓は、両の手をデニムのポケットにそっと突っ込んだ。
「どうして・・マキを助けてくれないの?・・どうしてぇ!」
綾子は卓の行為に絶叫をし縋りつこうとするが、轟に抱き留められた。
「アヤ、すまん。俺が悪いんだ、俺が・・」
轟は溢れる涙を隠そうともせず、暴れる綾子を抱き締め詫び続けた。
真知子は何もせず、目の前で繰り広げられた薬師の行為を、ただ見守っていた。
体は動かない状態であるだけではなく、周囲の状況に変化を感じていたからだ。
それはこの建物が完全に包囲されている事に、気付いていたからだった。
次話の投稿まで、少し時間を頂きます。
極力早く再開できればと思っております。