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大和の薬師  作者: ガランドウ
第一章  暗闘
4/9

#4 共闘


 淡路島北端にある岩屋。

 何軒かの旅館の一つ「淡谷館(アワヤカン)」は、大勢の工事関係者によって賑わいを見せていた。

 それもその筈、本州と淡路島を結ぶ明石海峡大橋の着工から3年の月日が経つが、約10年の工期を持つ一大プロジェクトに多くの人工が集まっている。

 この旅館だけではなく、多くの旅館は連日工事関係者によって貸し切り状態であり、旅館経営者にとってはうれしい悲鳴となっていた。


 淡谷館自慢の大広間では、翌日が全休日となった工事関係者によって盛大に宴会が行われていた。


 「いや~それにしても工程が順調で、お陰様でみんなの疲れを癒す場を設ける事が出来まし。それも一重に正木所長の手腕!見事なもんですわ」

 上座の中央に恰幅のある体を投げ出し、背もたれに身を預けている正木所長に、この場を設けた下請け業者高羽(タカハ)興業社長、高羽は手もみをしながらすり寄る。


 「なにを仰る、これも皆協力会社さんがあっての事。これからもよろしくお願いしますよ」

 体を揺すりながら盛大に笑う正木所長の空いたコップに、高羽はビールを注ぎつつ、本題へと切れ込む。


 「それはそうと、今度の工程での護岸工事ですが、シートパイル打ち込みの予定はいつも通りでお願いしたいのですが」

 「ええ、予定通り夜間工事にて申請済みですのでご心配なく」

 既に用意されていたかのように答える所長に満足した高羽は、自らのコップに手酌でビールを注ぎ、一気に煽ると大声で女将を呼び出す。

 「おおい女将!早速綺麗どころ呼んできて頂戴!」

 丁寧に頭を下げた女将は、既に段取り済みのようで、目配せのみで番頭へ合図を送る。


 通路と大広間を隔てた襖が開き、10人ほどの露出度の高い衣装を着たコンパニオンが雪崩れ込んきた。

 その場にいる男どもは餌を投げ込まれた猛獣の如く、我先にとコンパニオンの取り合いを始める。


 「では所長、私はこれにて。後は無礼講にてどうぞ」

 高羽は笑みを浮かべて所長に頭を下げた後、何事か女将に耳打ちしその場を去っていった。


                ・

                ・


 大阪駅ビルにある情報室大阪分所の指令室に、いそいそと帰り支度を整える催馬楽祐司がいた。


 そこに、開いたままの扉を儀礼的にノックをし、書類の束を抱えた秘書官が入ってきた。


 「催馬楽統括、特務から報告が上がってますので、チェックお願いできますか?」

 催馬楽は腕時計を見、イライラしながら秘書官に対応を投げる。

 「あー、内容はもう把握済みだから、チェックは頼むよ」

 手で払い除ける仕草をし、書類の受け取りを拒否した。


 「ですが、報告の中に追加項目が見受けられまして、せめてそれだけでも・・」

 食い下がる秘書官に大きく溜息を吐いた催馬楽は、秘書官を睨みつける。

 「あーもうわかった。じゃあその項目をその場で読み上げてくれ」

 姿見の前に立ち、身支度を整える姿は、やけにめかし込んでるように見える。


 「では読み上げます。本日のUC人員変更点について増員要請への回答が無く、現場サイドにて補充を決定、以下の人員にて対応。メンバー読み上げますか?」

 「どうぞ〜」

 報告内容に全く興味のない催馬楽の意識は、髪の毛を手櫛で整え、後は指令室を脱出する事のみ。


 「選抜メンバー8名に、情報部生島奈々(イクシマナナ)及び片平真知子以上2名を補充したようです」

 秘書官の脇を通り抜けようとした催馬楽は、そこでピタリと立ち止まる。


 「はて?そのコンビは昨日まで、神奈川で仕事してなかったっけ?」

 秘書官の持つ報告書を覗き込む催馬楽に対して、少し仰け反る様な仕草をし、「コホン」と咳払いを一つして注意を促す秘書官。


 「あーゴメンゴメン。まぁ昨日の終いは上がって来てるから、新たに任務に就くのは問題ないが・・生島は別にして、あの真知子君が昨日の今日で仕事するのは解せんな・・」

 渋い顔をし、何事か考える催馬楽。


 「人員にご不満があるようですが、担当主任からの要請を放っておかず、補充指示をしておかないから・・」

 ジト見で非難され、身を縮めつつその場を取り繕う。

 「まぁあれだ、真知子君もこの仕事に対する使命感が身についてきたって事かな!」

 「はっはっは!」と大仰に笑いながら、逃げるように催馬楽は部屋を後にした。


 


 北新地、とあるナイトクラブ。


 「これは祐司様、いらっしゃいませ」

 「よう、儲かってる?」

 上機嫌で黒服に話しかける催馬楽は、その黒服の耳元に顔を寄せる。

 「で、ケイちゃん来てる?」


 催馬楽は大阪分所に常駐し出した頃から、このクラブへと通い詰めている。

 元々仕事が終われば繁華街へと繰り出すのは常である催馬楽は、大阪に来れば必ずこのクラブへと顔を出す。だが、今回は初日にエスコートに入ったケイという女の子を気に入ってしまい、落すつもりで足繫く通っているのだった。


 「ええ、来ていらっしゃいます。ですが祐司様、少しこちらへお願いできますでしょうか」

 黒服はラウンジから隔たれたバーカウンターへ、催馬楽を案内をする。


 訝しむ催馬楽だったが、黒服の言葉遣いから意図を汲み取り、ストゥールに腰を降ろす。

 カウンター奥に回り込んだ黒服は、そのままシェイカーを取り出し、ジンにベルモットを少量垂らしたドライマティーニを催馬楽の前に置いた。


 「俺を下の名で呼ぶって事はもしかしてだけど、オヤジ来てるのか?」

 ドライマティーニ(正確にはエクストラドライマティーニだが)を一気に呷り、黒服の顔を凝視する。


 「はい。ここからでは見えないですが、奥のVIP席にお連れ様とお見えになられております」

 視線だけでその方向を指し示した黒服は、新たなドライマティーニを用意する。


 「はぁ~何しに来てんだよあのオヤジはよ・・う~んどうしたものか」

 低い天井を見詰めながら、大きく溜息を吐く。


 「もしよろしければ、ケイさんを外にお連れになられますか?祐司様なら問題ございません」

 「いや、そんなの面白くない。過程ってのが大事なのよ分かる?ってかなんで俺が逃げなきゃなんないのよ、アホらしい!」

 勢いよく立ち上がった催馬楽は、2杯目のドライマティーニを呷り、ずいずいと奥のVIP席に向かっていった。


 奥のVIP席はフロアとは隔離されているが、大きなガラスの一枚板を張り巡らされており、中の様子は外からでも見える構造になっている。


 入り口はガラスの自動ドアになっており、暗証キーを差し込む端末が備え付けられてはいるが、ロックが掛かっておらず、催馬楽はすんなりと中に入れた。


 中では6~7人程が座れるテーブル席が2つあり、一番奥のソファーに催馬楽の父親「催馬楽 浩司(サイバラ コウジ)」が悠然と座り、隣のホステスと談笑をしている。


 「ふ~ん珍しいな、オヤジがこんなとこまで足運んでおねーちゃん口説いてるとは」

 腕を組んで父親を見据えるが、おねーちゃんと呼んだ隣のホステスに目を向け催馬楽は固まる。


 「オイ祐司、久しぶりに顔見せたと思ったらご挨拶じゃねぇか、それにこの人をおねーちゃんて・・俺知らねぇぞ?ちゃんと謝れよ」

 少しお道化た感じで、隣に座る女性に目配せをする催馬楽浩司。


 催馬楽浩司は催馬楽財閥当主にして、催馬楽財団理事長を務める日本有数の実力者である。

 祐司もこの財団一セクションの長であり、父親に使われる立場でもある。

 だがそんなことより、その隣の女性の存在に祐司は思考停止し、硬直状態だ。


 「祐司様、またお会い出来て光栄ですわ。そう、今日はお父様と会合がございまして、その打ち上げとばかりにご一緒させていただいておりますの」

 スッと立ち上がり慇懃にお辞儀をする女性は、真っ赤なカクテルドレスを身に着け、周りにいるホステス達ほどに化粧気も無いにも関わらず、一際輝いて見える程に美しさを醸し出している。


 「え?あのう・・沖・・玲子さん?どうして・・」

 改めて見たその女性が、沖玲子であると同時にその美しさに目を奪われ、呆け面を晒す祐司。


 「おいおい祐司、なんだその為体(テイタラク)は・・玲子さんに再三失礼だろうが」

 オヤジの言に我に返った祐司だが、動揺の色は隠せない。

 「し、失礼を致しました。まさかこんな所でお会いするとは。しかも父とご一緒されているとは知らず、些か取り乱しました、お詫び申し上げます」

 言葉を発することで、徐々に動揺が沈静化していくのと同時に思考が回転し出す。


 (しかし、こっちでオヤジが来るような会合があるなら、俺の耳に入らない訳が無い。だからといって秘書が口止めするような・・事は無いはず。ならば機関とは別個の・・)


 「まぁお前もこっち来て座れ、たまにはオヤジに酌の一つでもしやがれってんだ」

 グイと空いたグラスを掲げながら、顎で座る席を示す。


 祐司はオヤジの斜め向かいに座ると、受け取ったロックグラスに球体に削られた新しい氷を入れ、オールドパーを2フィンガー分注ぎ入れる。


 「オヤジ、単刀直入に聞く」

 コルク製のコースターにグラスを置き、並んで座る浩司と沖玲子に目をやると、前置きを口にし

 「ここに来たのは俺に何かやらせるつもりなんだろ?しかも薬師会総師、沖玲子さんも同席している。普通じゃないよな?」

 言い放った後、グッと背もたれに身を預け、上着のポケットからマルボロを取り出す。隣にいたホステスが、火を付けようとライターを差し出すが、手で差し止めた後、手を払うジェスチャーでホステスたちに退席を求めた。


 「いや、この子たちは問題ない」

 浩司は立ち上がろうとする2人いるホステスたちを座り直すように言い、祐司が作ったロックグラスを手に取り、オールドパーの水平線に沈む球体にカットされた氷を眺める。


 「はぁ?俺はここだけの話をしたいんだが?」

 イラつきを隠さず、周りを見渡す。


 「ふふふ、本当にお2人はそっくりでいらっしゃいますね」

 剣呑な雰囲気に割った入ったのは沖玲子。


 「唯でさえ瓜二つと言われるお顔に、性格もここまで一緒でいらっしゃるとは」

 本当に愉快そうにコロコロと笑う沖玲子に、毒気を抜かれる祐司。


 「そうかぁ?確かに見てくれは俺に似てるってのは分かってるが、こいつは出来の悪いイミテーションみたいなもんでさぁ」

 「誰がイミテーションや!大体こんなじじぃと一緒にしないでくれ!」

 沖玲子のおかげで場が落ち着いたというのに、浩司はまた呷り、祐司は乗せられてしまうのだった。

 


 催馬楽浩司には3人の息子がいた。長男は留学先で不慮の事故に見舞われ若くして亡くなっていて、次男が催馬楽グループ会長として手腕を振るい、そして末っ子の祐司は父親浩司の手元に置かれている。


 上の2人は優等生を絵に描いたようなエリートであるのに対し、祐司は悪童と呼ばれる程に荒れた少年期であった。

 浩司にも自覚はあるのだが、大人になるにつれ本当に自分にそっくりになっていく祐司の姿が、自分の若かれし頃に重なるのだろう。

 父親の浩司は、そんな祐司を溺愛した。


 だが、祐司は高校を卒業する間際に家を飛び出す。

 それから約5年間行方不明になるが、突如祐司は帰還し浩司の元で働くことを志願するのだった。



 「浩司様、そんなことはございませんわ。確かに直情的な性格は否めませんが・・事判断力とその直感的なセンスは、お2人に敵う者をお見受けすることはありませんわ」

 沖玲子は浩司を諫めつつも、祐司を持ち上げ、自分の言の正当性を主張した。


 「それと祐司様、ここにいる女性は皆私の部下ですわ。ご心配には及びません」

 ぎょっとした祐司に向かって、ホステスだと思われた女性が、慇懃に首を垂れている。


 「ま、そういうことだ。玲子ちゃんこんな奴だけど、どうだ?」

 「ええ、私に異存はございません」

 それを聞いた浩司は前かがみになり、ロックグラスを弄びながら祐司に事の次第を説明し出すのだった。


                ・

                ・


 淡谷館大広間では、淫靡と酒に魅了された男どもと、それを演出するコンパニオンによって酒池肉林の様を呈していた。


 上座に座る正木所長にしな垂れながら耳元で何事か語り掛けたコンパニオンに、正木所長は満足するかのように大きく頷き、並びに座る主任に声を掛ける。

「俺は部屋に行くから、お前らはお前らで楽しめ」


 立ち上がろうとした正木所長は、だいぶ酒が入ってるようでよろよろと千鳥足になるが、その体をしっかりとコンパニオンが支えた。

「おお~う、すまんな。ちょっと飲みすぎたか、ん?それにしても俺を支えるとはなかなかに力があるな」

 関心しつつも下卑た笑みを浮かべ、コンパニオンの胸や太ももを弄りだす。


「も~う所長~、おいたはア・ト・で。それに女の子にそんな事言っちゃうと嫌われるよ~」

 少し拗ねた顔をしつつも、身体を弄られる事を止める訳でもなく、正木所長を支えながら部屋への通路に向かっていく。



 時刻は進み、夜明け前。


 生島奈々は淡谷館地下2階ボイラー室の戸をノックもせずに開け、中に入る。

 そこにはパイプ椅子を円陣に組み座る女性たちがいた。


 「ナナっちお疲れ~。こっちおいで~美味しいチーズケーキあるよ!」

 地べたに置いてあった箱を持ち上げ、生島奈々に手招きをするのは片平真知子。


 生島奈々は軽く頷き、他の女性たちに労いの言葉を掛けつつ、片平真知子の隣に座る。

「はぁ~疲れたぁ。ホントもうひつこくってさぁ、参ったよ」

 生島奈々の苦言を皮切りに、それぞれがその夜行われた話に華が開く。


 「はいはい、皆の衆!それで確定要素は抽出出来た?」

 片平真知子が場を仕切るように話題を切り替える。


 「じゃあ私から。高羽興業の部長兼職長の高岡は事前調査の通り、この件には関わり無いのは確定。けどホント悔しいなぁ、こいつドSでさぁもう大変だったから、殺れないと分かった時には・・」

 「ハイハイ、苦情は催馬楽まで、次!」

 片平真知子は縄の跡が生々しく残る腕をさすりながらぼやく、女性員を軽く往なす。


 「え~とゼネコン羽生建設主任以下職員の内、主任のみ黒だね、こいつだけ立ち合いしてる」

 「ほ~、でそのココロは?」

 発言した女性員は一緒に担当した他の女性員を見渡し、一人の女性員に頷き掛ける。

 「一人の嬢がおっぱじめ出したもんだからさ、私たちはあのまま大広間で始まっちゃって・・」

 「後の話は僕が引き継ぐよ」

 いつの間にか発言する女性員の後ろに立ち、その女性員の肩に手をやり微笑みかけるのは、部隊長の久居 謙光(ヒサイ カネミツ)


 情報室特務課主任であり、潜入捜査所謂アンダーカバー(UC)を専任する長だ。

 風貌はモデルの様な体躯に茶髪をセンター分けにした優男で、室内屈指のモテ男だ。

 だが、所属部ではその容姿を嫌う、要は目立ち過ぎるのである。

 従って、主に情報解析や、職員のリクルートに能力を発揮し、尚且つ統率力に一目置かれている、主に女性。


 「彼女たちが男性たちを釘付けにしている内に、各部屋を家探しさしてもらった」

 久居はそこで一旦言葉を切り、女性たちにウインクして見せる。すると女性たちは俯きながらも少し乱れた着衣をそそくさと整え出す、唯一人片平真知子を除いては。


 「んでカネっち、主任は黒として高羽興業の線はどうなのよ?」

 パイプ椅子に腕を組みながらふんぞり返る片平真知子は、久居を射る様な眼差しで見詰める。


 「真知子ちゃん怖いって・・そんなに俺の事嫌い?」

 「キライ」

 久居の言葉が言い終わる前に、真知子は拒否の言葉を被せる。


 「高羽は本線が引っ張ってるよ、公安絡むからね」

 久居の答えを「ハイハイ」と分かっていて聞いてみた感のジェスチャーで返す真知子。


 「正直奈々ちゃんに誘われなかったら来てないよ、ホント」

 久居は腰に手をやり、諦めたように溜息を一つ吐いた。


 「分かりましたよ、来てくれてアリガト。で、生島君、所長は首尾通り?」

 久居に急に話を振られて動揺する生島奈々。

 「は、はい!今はベッドに縛り付けてますが、本人は寝てるのでその状況すら分かってないかと」

 生島奈々は顔を赤くしながらも、久居にしっかり報告する。


 高羽興業は暴力団とズブズブの関係を持つ土建屋であり、建設工事に託け情報の隠滅(主に死体処理)に加担をしている事が内偵で分かっていた。

 だが久居らの狙いは、元受けであるゼネコンを操作している大物だ。


 「はいよく出来ました。では、現在4時を少し回ったぐらいか・・もうそろそろ来るかな?」

 久居は誰かの来訪を予定しているのか、腕時計で時間を確認する。


 「ひゃっほ~い、待ってました!」

 唯一人、その言葉を待っていた片平真知子がテンションを上げだす。


 「ん?真知子ちゃん急にどうした?」

 訝しむ久居を余所に、どこから取り出したのか、大きなボストンバッグからゴソゴソと衣装を取り出している。


 「あ~久居さん、真知子は薬師の河守って人が目当てのようですよ」

 呆れた素振りで久居に説明をする生島奈々。


 「はぁ・・ん?でも今日来る人はそんな名前だったかな・・」

 久居は顎に手を当て頭を捻るが、程無くして「失礼します」と一人の男が扉のノックの後、丁寧に断りを入れ顔を覗かせる。


 間髪入れずにダッと扉の前に飛び出し、俯き加減で立つは片平真知子。

 「ご、御機嫌よう・・アキラ君。真知子です・・」

 お気に入りのセーラー服に着替えた真知子は、もじもじとしながら相手の顔を見ることもせず、場違いな挨拶を繰り出す。


 「え?あのう私、薬師会から来ました竹田といいますが・・」

 頭を掻きながら、着た場所を間違えたのかと辺りを見渡す。


 「・・・はい?」

 機械仕掛けの様に、カクンと竹田を見上げる真知子。


 「だ~れだてめぇ!!」

 上背のある竹田に掴みかかると同時に、右袖から暗器のナイフを握りだし首元へ当てがおうとするが、さすがに体術に覚えのある竹田は、寸前で真知子の両肩を抱き頭突きを当てる。

 聞くだけでも痛そうな衝撃音が鳴り響くが、よろめき腰を落としたのは竹田だった。


 「この私にチョーパン勝負たぁいい度胸だ。代償としててめぇの・・・う~ん」

 ナイフを構え、勝利宣言をするかと思いきや、そのまま後ろへパタリと倒れる真知子。


 「いったい何がしたいんだ真知子ちゃん・・あ、竹田さん大丈夫ですか?」

 久居は脳震盪で白目を剥く真知子をほったらかし、竹田の体を気遣う。


 「いたたた・・だ、大丈夫と言いたいところですが、ちょっと堪えましたね・・」

 久居は女性員の一人に応急箱を取ってくるように指示をし、クーラーボックスからコーラの缶を竹田に手渡す。


 「湿布薬が来るまで取り敢えずこれで冷やしてみてください」

 「ありがとうございます。・・もしかしてこの子が噂の狂犬真知子ですか?」

 「え?ご存知なんですか、片平真知子君、私共のエージェントです」

 卒倒したままの真知子を誰も介抱しない。


 「なるほど、いやね、うちの河守から噂を聞いておりまして」

 「河守さん・・ですか?」

 「ああ、薬師会のメンバーの一人で、以前にその片平さんにお会いしたことがあるとかで、その時の話を聞きまして」

 竹田と久居が顕の話をしていると、突然パチリと真知子が目を覚まし、すっくと立ち上がると、猛然と竹田に詰め寄る。


 「アキラ君が!私の事を!話していたんですか!?」

 さっきまで狂犬の名に相応しい蛮行ぶりだったが、今はチワワの様な愛くるしいクリクリの瞳で竹田を見詰める。


 「ああ、はい河守から、片平さんの事をですね・・」

 どこかバツが悪そうに、目を逸らして話す竹田。


 「そ、それって・・私の事が気になってるって事で・・脈有り?」

 神妙な顔つきになり、真知子はブツブツと独り言ちるが

 「よっしゃー!脈有りいただきましたーー!」

 その場で昇龍拳をぶちかまし、有頂天になる真知子だった。


 竹田と久居は顔を見合し諦め顔を作るが、突然竹田が何事かと耳に仕込んだイヤホンに手を当て、入ってくる情報に聞き入る。


 「久居さん、正木がバラされた!ウチ人員が状況を目撃し、実行犯に負傷を負わされた」

 「奈々!真知子!現場に行け!」

 久居は指示を飛ばすが、既に2人は通路へ飛び出していた。




 淡谷館の入り口には規制線が張られ、多くの警察車両が駐車場を埋め尽くしている。

 ロビーでは、兵庫県警の初動捜査班と思しき面々が、手帳を片手に打ち合わせを行っていた。


 「え~、機捜の皆さん!ちょっとこちらを注目」

 そう声を掛けたのは、捜査一課の岡田だ。


 「現在、逃亡中のマル被と思しき人物の潜伏先を特定しました。よってこれより私共の方で受け持つので、皆さんは鑑識と館内の裏取りお願いしますね。以上」

 ぶつくさと愚痴を垂れつつも、各班長の一喝の元、機捜のメンバーが解散し出す。


 「岡田さんお疲れ様です」

 機捜のメンバーが散ったのと同時に岡田に声を掛けたのは、久居。


 「お疲れ様です。それにしても久居さん、よくこっちに敷居股がしましたね」

 意外そうに久居に尋ねながら岡田は煙草に火をつけ、勢いよく煙を吐き出す。


 「まぁなんというか、ウチの統括、催馬楽の指示なんですけども。あ、火借りていいっすか?」

 差し出された100円ライターを受け取り、久居も自分の煙草に火をつけた。


 「因みになんですが、能力者がいますから。ケガだけはしないように立ち回ってください」

 久居はサラッと口にしたが、岡田にとってはただ事ではない。


 「それって・・機動が包囲するのはマル被の死体ではない・・」

 催馬楽が絡む案件は大抵、公安にも及ばない最深部の事案である為、事が終結した後に表である警察機関に渡される事はある。それもごく稀に。


 煙草の火が根元まできているのも気づかず、思案に耽る岡田だが、思案の終着に辿り着いたのか、声を潜めて久居に問う。

「まさか、薬師を表に出す気じゃないですよね?」


                ・

                ・


 遡る事、昨夜の北新地。


 「お前が今抱えてる案件に係わる事でもあるのだが、まぁ端的に言う」

 浩司はズイと祐司に身を寄せ、眼光鋭く祐司を見据える。


 「四ッ谷の爺の首を取って来い」

 その言葉に驚くよりも呆気にとられた感のある祐司だが、突拍子もない話に呆れを通り越して怒りが込み上げる。


 「はぁ!?四ッ谷ってあの国交大臣のこと言ってるのか?冗談も大概にしろよ!」

 息子祐司の物言いに少し腹を立てたのか、言葉が荒くなる。

 「バカ野郎、大臣の方じゃなくその爺の方だ!」

 見兼ねた玲子が、双方に割って入る。

 「浩司様に祐司様、落ち着いてください。今の話では説明不足です浩司様、それではいくら祐司様でも声を荒たげるの致し方ないですよ」

 喧嘩両成敗にならず、矢面に立たされた浩司はムスっと膨れっ面を見せるが、玲子がメっと子供を叱る様な素振りをすると、それに絆されたのか、玲子に「お替りっ」と愛嬌いっぱいにロックグラスを差し出す。


 呆れていた祐司だったが、ふと疑問に思ったことを口に出す。

 「ん?あの大臣確か80超えてたよな?その爺って現役なのか?」

 「おう、現役も現役、バリバリよ。もう一ついうとだな、現大臣の四ッ谷磯美(ヨツヤイソミ)はそいつの曾孫だ」

 ふ~んと納得しつつも、頭の中でその家系図を思い描くが

 「ちょっと待て、一体何歳なんだよその爺さんは!」

 どう安く見積もっても150〜60は行ってるはずだ。


 「ここからは、私の方からお話を致しますね」

 玲子が作り直したロックグラスを浩司のコースターにそっと置き、祐司に向き直る。


 「四ッ谷源三郎(ヨツヤゲンザブロウ)、四ッ谷家当主でありますが、その姿を見たものは身内でも数える程しかおらず、政財界でも接見した者は限られております」

 「俺は逢ってるがな」

 横から浩司がくちばしを挟む。


 「ええ、そうですわね。祐司様の疑問ですが、私共でも実年齢は知り得ておりません。ですが、王政復古の大号令の際に四ッ谷家の面々にその名があり、予測では150歳以上は生きられてるようですわ」

そこで一度言葉を区切り、玲子は祐司の反応を見るが、祐司は呆け顔のまま微動だにしない。


 「実はこの件、私共薬師会にとって重要な案件なのです。しかも見事乗り越える事が出来た暁には、催馬楽財団にとって版図の拡大にも繋がります」

 浩司は雑に祐司の空いたグラスにオールドパーを注ぎ込み、話を受け継ぐ。

 「祐司、あの爺は俺にとっての障壁以外の何物でもない、お前も知っているだろう?今でこそ談合=汚職の温床として表では活発に裁かれる時代だが、本当の汚染は地中に埋まる根っこだ。綿々と受け継がれてきた腐りきった根っこの繋がりに俺達はいつも抑え込まれる。時代の移り変わりと共に、人間も代を重ね変化をしだす。そして悪しき時代を是としない若者が現れ、澱みを流してくれる。普通はそうだ、だが」

 浩司は一気にロックグラスを呷り、乱暴にグラスをコースターに叩きつける。


 「四ッ谷源三郎は、人としての生を覆し、古くの時代から現代を歩み続けるつもりらしい」

 祐司もさすがに真剣な表情へと変わっているが、納得いかない事があり、首を捻る。


 「要はその道路族と呼ばれた公共事業を牛耳っている爺がうっとおしいのは分かった。だが2人の話じゃ、四ッ谷源三郎が妖怪か何かって言ってるようで腑に落ちん」

 「ああ、確かに妖怪だわな、そこで出てくるのが薬師会の話だ。薬師会は今でこそ一つの組織として成り立っているが、それもこれもこの玲子ちゃんが現れたことによる」

 浩司は玲子に向かって、芝居がかった拍手を送る。


 「ああ、それは俺でも知ってる、今までばらばらだった薬師を一つに纏め・・ちょっと待てよ、それって四ッ谷に薬師が関わってるのか?」

 何かの答えが祐司に舞い降り、その答えの先を玲子に求める。


 「祐司様、そう思われる理由、伺ってもよろしいですか?」

 「俺が知ってる話からすると、玲子さんは父親の意志に反し、薬師はその能力を自己の為であり、そして自己の繁栄の礎として成るべきだと。だがこの言葉はあまりにも利己的だ。そこで出てくるのが、今までの薬師ならびに能力者の処遇だ。時の権力者等にその身を囲われ、まだ寵愛を受ける分にはいいだろうが、ほとんどの能力者はその力を搾り取られ、奴隷の様に扱われていた。四ッ谷にもそんな薬師がいるんだろうな」

 そこで一旦言葉を区切り、祐司は玲子の顔色を伺う。


 玲子は祐司の話を少し俯き加減に聞いていたが、顔を上げ祐司を力の籠った目で見据えた。

 言うべきか逡巡していた祐司だったが、玲子の目が構わない言ってるように感じ、玲子の真直ぐな瞳を受け止めた。


 「玲子さん、あなたもそうだったんでしょう?だが何を切っ掛けにしたのか、何を得たのかは知らないのだが、その鎖から解き放たれた、そう解き放たれたんだ」

玲子は祐司の言葉に表情も動かさず、真直ぐに祐司を見据えたままだ。


 「そして能力者の解放に心血を注ぐことになるが・・」

 玲子はそこで目を伏せ、話を受け継ぎ、祐司の話を中断させる。

 「よくご存じなのですね、浩司様が祐司様を私共との共闘のトップに据える意味、よくわかりましてよ。ですが私が唱えたという言葉は、私の言葉ではございません、別の人物です」

「私共薬師会の願いは、この持てる力を全ての人々に知っていただき、そして誰しもに役立てていただきたいのです」

 真直ぐ見据える礼子の目には力がある、本当に願っているのだろう。


 だがしかし。

 「確かに薬師の力は異能だ、表立って多くの人々に貢献することもできるだろう。だがどうだ、そんな志を抱いて歩んできた道は、血塗られ過ぎていないか?過去覇道を進む英傑と呼ばれる者の道はそうだったのだろう。でも今の時代は違う、人の血一滴のシミ一つ付いてるだけで、その者の功績など簡単に吹き飛ぶ」

 「まぁ待て、祐司」

 それまで静かに聞いていた浩司が口を開いた。


 「お前の言うことも含めてだ、それも全て飲み込んで成すのが俺達だ。だから玲子ちゃんが言っているのは頼み事ではない、同じ船に乗る共同体としての行く末だ」

「共同体だと?どのことを言ってる?今の俺達との事なら、ある意味もう成立してるだろ?何を今更・・」

 祐司が仕事を成す上で、もう薬師との関係は切っても切れないほど組み込まれている。だがそこで傍と気付く、この2人が言っているのはこれまでの事ではなのだと。


 「・・・どうやる気だ?もう2人には筋書きが出来上がってるんだろ?」

 祐司の言葉に満足したのか、大きく頷いた浩司は話を切り出す。

 「今お前が詰めに入ってる羽生と高羽の件、絵を描いてるのは四ッ谷だって事は分かってるだろうが、実働は四ッ谷が飼ってる薬師、いや能力者と言った方がいいか」

 祐司は驚き立ち上がる。


 「まぁ最期まで話を聞け。この前ヤクザのフロント企業潰したのあったろ、どうやらあれに関わった能力者がな、四ッ谷んとこらしい」

 「ここからは、私の方からお話をさせてください」

 浩司に断りを入れて玲子が語りだす。


 「1年程前から、四ッ谷に囲われている薬師の所在を突き止める為に、私共は動いていたのですが、調査に当たっていた人員5名の内、2名が行方不明になりました。そして先日、その2名が四ッ谷側の人間としてこの件に介入しています」

 「それは寝返ったのか、それとも・・」

 「はい、この2人は私が総師になってから解放した薬師でした。ですからその為人はよく存じており、決して裏切る様な人たちではないのです」

祐司は信じられない面持ちになる。人は裏切りを決断する時、自己の利益とを天秤に掛ける。例え弱みを握られての要求であっても、言い換えれば同じ利己的。だが玲子の言を正しいとすれば、その要素は当て嵌まらないだろう。ならばその上で裏切りを成す術・・。


 「一つ聞かさしてくれますか?顕、いや河守顕の持つ能力は、他に使える奴がいるのですか?」

 祐司は一瞬だが、玲子に黒いオーラのようなものが漲る錯覚を覚えた。

 「・・ええ、います。ですがその人物はもうこの世にいない・・とされてきました」

 咀嚼し切れない言葉に苛立ちを覚えるが、玲子の悲壮な表情に場を読む。


 「それは顕が関わる事なんですね?」

 祐司の言に玲子は、ハッと表情が動き直ぐに俯くが、動揺を隠せずにいる。


 「この話は追々お話いたします、ですので今は四ッ谷対策の話を進めましょう」

 本人は気持ちを切り替えているつもりだろうが、まだ翳りが抜け切れてはいない。


 「まぁいいですよ、玲子さんの話せるときで。でだ、四ッ谷対策、俺がすべきは今淡路島で遂行中のを囮作戦に切り替え・・オヤジ!そっちで察庁にこの件リークできる?公安通さず」

 「誰に物言ってる!それより玲子ちゃん、指揮系統は祐司一本でOKだな?そうでなければこの件は成らんぞ?」

 「元よりその所存でございます。ですが祐司様、これだけは言っておきます」

 玲子は祐司の鼻先にまで顔を寄せ、断りを入れる。

 「顕は独立した組織として扱ってください、約束ですからね?」

 (まだ言うかねこの人は・・。だがこれから先、どうしても顕の力が必要になる)

「はいはい、分かってますよ。命令を下さなければいいんでしょ」

 玲子の眼光がジト見に変わる。

「必要となれば私にご一報ください、くれぐれもお願いしますね」




 指令室に戻ってきた催馬楽祐司は、受話器を上げいくつかの番号をプッシュし、受話器を置く。


 「さて、面白くなってきた。こっからは俺本来のスタイルで行かさしてもらうが、その為にもどうも必要なんだよな、あのピースが」

マルボロに火を付け、上に向かって紫煙を吹きかける祐司の顔は、無意識に口角が上に吊り上がった、悪巧みをする時の顔になっているのだった。


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