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大和の薬師  作者: ガランドウ
第一章  暗闘
2/9

#2 附子(ぶし)


 大阪ミナミの繁華街。


 ひしめく雑居ビルの一つ、同日(ドウニチ)ビルというスナックビルの真向かいにある喫茶店に、一人の女性がテーブルに突っ伏したまま、ブツブツとなにか呟いている。


 (こうなったのは私の責任・・私の責任・・)

 自責の念に囚われているのは、ファムアシスト社勤務2年目の「榊原 瑞江(サカキバラ ミズエ)」25歳。


 ファムアシスト社は、新薬の研究を生薬由来からアプローチし、製薬メーカーへ提案(プレゼン)を表向きは主たる業務としているが、その実、薬師会が隠れ蓑とするフロント企業である。

 従ってこの榊原も、薬師のサポートを主な業務として活動している人物の一人だ。


 「あーもう!うじうじ考えてても事態は深刻化するだけ、私が何とかしなきゃ!!」

 短く刈り上げたショートボブの髪をわしゃわしゃと掻き毟り、テーブルから勢い良く立ち上がる。


 そこへカランコロンと喫茶店のドアベルが鳴り、一人の男性が入店すると、立ち上がる榊原の元にゆっくりと歩み寄った。


 「お、気合入ってるねぇ。けど無策な行動はいかんよ?」

 気合に満ちた格好のままフリーズする榊原を余所に、テーブルの向かいにドカりと座る。


 「あ、あの・・剣崎(ケンザキ)さん、どうしてここに?」

 フリーズしたままの榊原は、顔だけをギギギと音がするかのように動かし、剣崎を見詰める。


 「そりゃあウチの部下が困ってれば、駆けつけるに決まってるじゃない?」

 バチリと榊原にウィンクを飛ばす剣崎。



 榊原の頭がフル回転しだす。

 (この案件に自信があった。ミスらしいミスもなく順調に事が進んでもいた。けど、どういう訳かターゲットに最後の最後に策を看破されてしまう。結果、同時潜入していたスミちゃんが拉致監禁され、命の危機に瀕して・・いやもう望みもないかもしれない。でも、逃走用の車に待機していた地下駐車場で、スミちゃんが連れ去られる現場を目撃、悟られることなく潜伏先まで尾行できた。現在まで約2時間が経過しているけど、自力でスミちゃんの救出と、ターゲットの抹殺を実行しようと思った矢先に剣崎さんの登場。当然それまでの間、上に報告はしていないのに・・それなのに、なんで?)



 「イクちゃん責任感が強いのはいいことだけど、報告はどんな時でも大事よ?」

 剣崎は「榊原郁恵」の元ファンらしく、榊原の事を勝手なあだ名で呼んでいる。

 「それにちょっと面倒・・ってかヤバい状況になってる」

  少し間をおいてから盛大に溜息を漏らした後、剣崎は真剣な表情で榊原を見据える。


 「もう状況云々はどうでもいい。今から30分以内に「土田 澄香(ツチダ スミカ)」を救出、これ最優先事項、ターゲットは二の次だ」

 命令口調で榊原に指示を言い渡すと同時に、カウンターに居るマスターを見やる。

「その為にウチの部隊総勢10人は既に配置済みだ」

 カウンターの奥から店のマスターらしき人が、ブレンドコーヒーを運んでくる。


 「げ、宮迫さん・・」

 榊原はマスターの顔をみてげんなりする。


 「お前が血相を描いて店に飛び込んで来たときは、笑いを堪えるのに苦労したぜ」

 宮迫は、ステンレスの盆で口元を隠しながら榊原をいじる。



 出されたコーヒーを優雅に一口飲んだ剣崎は、頬杖を付きこめかみを人差し指でコツコツと突いた後、命令を発した。


 「始めろ」


 命令を受けた宮迫が、胸元から取り出した無線機にサインを送る。


 「榊原、このマスクを付けろ、俺と一緒に正面の下り階段から突入する」

 宮迫からマスクを受け取った榊原の動きが止まる。


 「モモレ○ジャー・・これ着けないとダメですか?」

 ウンザリした表情を見せる榊原に、既にミドレ○ジャーのマスクを装着した宮迫は、居丈高に説教をする。


 「バカ野郎!前線に真っ先に飛び込むのはいつもミドとモモだろうが!」




 マガジンラックから新聞を取り寄せ眺めていた剣崎は、徐に腕時計を覗き込む。

 (突入から10分、さっきイクと武田が合流してたが、そろそろ報告が上がってくるかな。しかし参ったなぁ顕さんと繋がりがあったなんて・・クソ!知ってれば土田を使ってないっての!)


 榊原が請け負った案件に、障害が発生したとの報告を依頼主の情報機関から受け取った時は、然程問題視はしていなかった。

 なんなら榊原が自身の手で決着を付けるのを待ってから、成否関係なく出張ればいいぐらいに思っていた。

 だが依頼主当人から直接もたらされた追加情報に、唖然とする。


 土田澄香にもしもの事があれば、剣崎は処断されるだろう。いや、処断されるだけならいい、だが剣崎が敬愛してやまない総師から、直接下される処断を招きかねない事態だけは、絶対に避けなければならない、絶対にだ。


 再度腕時計を確認しようとしたとき、胸に忍ばしていた無線機から呼び出し音が鳴った。


 「こちらミド、澄香を確保。ですが本目(ホンモク)は逃走、追跡に2名付けましたが、増援入れますか?どうぞ」

 確保の言葉に剣崎は安堵し、少し心に余裕が出来てくる。


 「あーこちらアカ?ってかこのコールサインやめないか?ハズいわ、どうぞ」

 「・・ダメです!増援どうしますか?どうぞ」

 「・・2人向かってるなら増援の必要は無し、被害状況の報告、送れ」

 追跡だけに人員は割けないと、剣崎は判断する。


 「部隊の被害軽微、しかし澄香が外傷と薬物中毒により衰弱」

 剣崎はその報告を聞いた途端跳ね上がる。


 「バカ野郎!それを先に言え!今からそっち行く、なんとか留めておけ!」

 無線を投げ捨て乱暴にドアを開け、向かいのビルに駆け込んでいく。




 15分前に遡る。


 午後4時を回った時刻のせいか、夜の繁華街である町並みには余り人通りはなく、配達で台車を走らせる酒屋のバイトが物珍しそうにマスク姿の2人を横目に見ては、頭を傾げるだけで去っていく。


 「全員配置に付いている、行くかモモ!」

 右肩をグルングルンと回して気を高める、宮迫ならぬミドレ○ジャー。


 盛大に溜息を吐きながらも、キッチリハートマークがあしらわれたマスクを装着している、榊原ならぬモモレ○ジャー。


 颯爽と地下へと続く階段を降り、目の前にあるガラス製の自動ドアの前に立つが、ドアは開かない。

 間髪を入れずガラス戸に前蹴りを食らわし、蹴破る。


 たった一発の前蹴りで、厚みのあるガラス戸が粉々に砕け散ってしまう宮迫、いやミドの蹴りは凄まじい。

 一方の榊原、いやモモは砕け散ったガラス片をよけながら、たどたどしくミドの後を付いていく。


 ドアから真っ直ぐに伸びた通路を進み、開けた室内に踏み入れる。

 そこはいくつものボックス席が設けられたラウンジになっており、大きめのボックス席に数名の男達がグラスを傾け、談笑していた。


 「ふーむ、結構派手に入場したつもりだが、案外余裕ぶっこいていらっしゃる?」

 ミドは男達を前にして腕を組み、憮然としながらも挑発的な言葉を投げかける。


 「おいおいなんだそれ?ってか青に赤、黄色いのはどうしたよ?ぶあははは!」

 一人の男がゆっくりと立ち上がり、その挑発に呼応する。


 マスクをしている為、ミドの表情は読み取れないが、挑発的な男よりもソファーの隅に座り煙草をふかしている男を注視する。


 男は煙草をせわしなくふかしながら、側面にあるカーテンで仕切られた通路をチラ見していた。


 「モモ、もうここに本目はいない。お前とタケの二人で追跡行動開始」

 隣にいるモモに小声で指示を出した。


 モモは言葉に出さず、コクリと肯き出口へと駆け出していく。


 「さて、モモはいなくなったが、さっきなんて言った?まさかゴレ○ジャーバカにしてる?」

 結局は挑発に乗るミド。


 「アホか!調子に乗りやがって、おどれ一人でどうするつもりじゃい!」

 ヤクザ者どもが一斉にそれぞれの得物を抜き放つが、長物を持った一人が突然その場に倒れ込み、それと同時に天井ボードの一角が崩れ、ヤクザどもの真上に落ちる人影。


 クッション代わりになったヤクザの上に、ドカりと胡坐を組んで座るその姿はキレ○ジャー。


 遅れて足音も立てず天井から降り立つは、矢のマークをあしらったアオレ○ジャー。

 アオの手にはサイレンサー付きのワルサーPPKが握られている。


 「オイお前、アカレ○ジャーがいないとか言うなよ?」

 一瞬で場を制圧され、泡を食うヤクザの目の前にミドは立つと、腕に仕込んだ暗器ナイフを顎下から頭蓋に向けて突き刺す。


 「なぁミド、なんで俺だけキレ○ジャーに則って素手なの?ってか俺キレ○ジャー嫌なんだけど・・」

 突き刺したナイフを抜き、もう屍になったヤクザを放置し、キレ○ジャーを指さす。

 「どう見てもお前しかキーは務まんないやん。そんなことより、澄香は無事か?」

 「ああ、確保した。だがちょっとまずい」

 アオがカーテンの方に顎をしゃくりその先を指し示す。


 「俺の事は無視かよ」と、一人ぼやく丸っこいボディのキレ○ジャー。


 カーテンをくぐり、その先の頑丈な作りをしたドアから中へ入る。

 部屋の中は薄暗く、赤い間接照明によって淫靡な雰囲気が漂う。

 壁面には鎖がアンカーによって打ち込まれ、拘束具が取り付けられている。

 まさにSMクラブの様相だ。


 部屋の中央コンクリートの床に座る一人の女性員が、横たわった裸の女性を介抱していた。


 「宮迫さん!今なんとか蘇生に成功しましたが、何かしらの薬物・・たぶんベンゾ系だと思うのですが、血圧が戻りません!」

 宮迫は付けていたマスクを脱ぎ捨て、その女性へと駆け寄る。


 「澄香・・橋口、なんとかもたせられるか?」

 介抱している女性員橋口は、厳しそうな表情をし肯定も否定もしない。


 「俺は剣崎さんに報告を入れる」

 宮迫は剣崎へと無線を飛ばした。




 アルミ製の保温シートを全身に巻かれた土田澄香の手を、橋口がさすりながら必死に呼びかけている。

 身体の外傷はシートに包まれ見えないが、顔面をひどく殴打されたのか、腫れ上がっている。


 そこへ血相を変えた剣崎が、飛び込んできた。

 「橋口どけ、後は俺がやる。搬送車及び搬送先の手配は済んでる、お前らは地上までの導線確保しとけ!すぐ運ぶぞ!!」

 怒声に近い声で指示を出した剣崎は、背広の内ポケットから1つの薬袋を取り出す。


 「クソ!絶対に助けてやるからな!絶対死なせないぞ土田!」

 その叫びを聞いた橋口は口元を抑え、嗚咽を堪える・・。


 剣崎は右手を何度も握っては開くを繰り返し、準備を整えた後保温シートを縦に裂き、土田澄香の身体を露にする。


 顔だけではない、身体中にも内出血や裂傷の跡が見受けられ、足は骨折により大きく膨れ上がっている。


 剣崎は「 解 」と呟き、薬師としての能力を解放する。

 歯を使って薬袋の封を開け、解放した右手に振りかけ薬をなじませると、土田澄香の臍の辺りにその手を当てた。


 手に宿した紫色の光の幕が腹部全体に広がり、浸透していく。

 程無くして、喉を鳴らした土田澄香が胃の内容物を吐き出し、何度も咳込んだ。


 「よし!よし!あと少し希釈が進めば運べるぞ、準備できてるか!」

 自分の後方へ確認を即す剣崎の額には、大粒の汗が噴き出していた。




 同日ビルの屋上、手摺のないパラペットの上に立つ2人の男が、肩を並べて路上の様子を見守っている。


 「なぁ顕、お前見に行かなくていいのか?」

 催馬楽はビルの向かいに急停車する、ミニバンを眺めながら問いかけた。


 「うん、剣崎さんは優秀だから。特に毒に関しては一番じゃないかな」

 顕は相変わらずフード付きのコートを目深に被り、表情を伺いづらくしている。


 「ん?毒?毒に関しては俺の知る限り顕の方が・・いや、まあいい。それより世間話程度にぼやいた案件のわりにやけに食いついたけど、あの子に惚れてるとか?え、どうなのよ?」


 路上に止まったミニバンのハッチが開き、ビルから担架と剣崎が出てきた。


 「いや?そうじゃないよ。ただ、本目が多分だけど僕達と同じ能力を持ってる」

 「なん・・だと!?」

 ちょっとカラかってやろうと茶化してみたが、思わぬ方向からとんでもない事実が飛び出し、逆に動揺する催馬楽。


 「祐司さん俺行くね。後の筋書きは、言った通りでお願いします」

 顕は催馬楽に背を向け、背中越しに手を振る。


 「ああ分かってるよ。だが貸しだかんな、今度なんか奢れよ!」

 その背中に帰還への約束を込める。


 「しかしアイツも不器用というか何というか・・隠してるつもりだろうが、初めて見たよあんな顔」

 催馬楽は顕を(オモンバカ)り、表情を曇らせた。




 「よ!お疲れさん。どうよ首尾のほうは?」

 催馬楽は路上で立ち尽くす剣崎に声を掛けた。


 「あ、これは統括、わざわざお越し下さったのですか?」

 剣崎は慇懃に腰を折り、礼節な態度で接するが、やはりバツが悪そうだ。


 「安心しろよ、別に叱責しに来たわけではないよ。ただこの後はこっちで終うことになるがな」

 催馬楽の言に、バツが悪いだけではなく、顔色も悪化していく。


 「ちょっと待ってください!まだ我々で処理できます、今も行動を・・」

 催馬楽は口元に人差し指を立て剣崎の言葉を堰止める。


 「まぁ待てって、取り敢えずそこの茶店で話しようや」



 作戦室と化した喫茶店のテーブルに、なぜか隣り合わせで座る催馬楽と剣崎。

 どちらも大柄な体躯で大柄に座る催馬楽に対し、こじんまりと身を縮込めて座る剣崎を、再度喫茶店のマスターに衣替えをした宮迫が、プルプルと笑いを堪えながら見守る。


 「でだ、まずお互い疑心暗鬼になってても本音で話できないだろうから・・」

 催馬楽が前置きをし、出されていたアイスコーヒーをストローを使わず、一飲みで飲み干し状況を語りだす。


 元の依頼内容は暴力団周防会(シュウボウカイ)の舎弟企業、所謂フロント企業である㈱アストロラインの財務担当兼会計顧問、三輪辰巳(ミワタツミ)の確保だった。


 実務を薬師に任せ、並行して内偵調査を催馬楽ら情報機関が行っていたのだが、イレギュラーが発生する。

 三輪の経歴と肩書から、財務の全てを掌握しているものと判断していたが、まったくのダミーであることが内偵者によって通知される。


 だが慌てることなく内偵を進めるのと同時に、薬師側からも内偵者を選抜、それが榊原と土田だった。

 程無くして本目(ターゲット)が絞られ、特務より催馬楽統括へ指令が下される。


 本目の抹殺である。


 アストロラインは半導体設計を生業にするベンチャー企業だ。

 助成金等まだないこの時代に、若干25歳の起業家がほんの1、2年で300人を超える従業員を抱える企業に成長するには、資金の調達に難がありすぎる。

 しかもバブル経済が崩壊しこの不景気な中、約半年での急成長だ。


 公安による内偵によって、この若手起業家に資金面で助け舟を出したのが周防会若頭の平井秀介(ヒライシュウスケ)、ヤクザでありながら自分は経営コンサルタントだと宣う悪人だと判明。


 簡単な話、株式を平井が握りフロント企業に早替わり、と思っていたが実情は違っていた。

 通常フロント企業としての役割の大半は資金洗浄だ。しかしアストロラインは半導体設計だけでなく元受けと共謀し、製品を某国に横流ししていたのだ。

 こうなれば話は違ってくる、完全なアングラ組織だ。

 焦った公安は、責任の置き所を探し右往左往する中、官邸側が手を差し伸べたのである。


 結果、催馬楽へとお鉢が回ってきたのではあるが、催馬楽の得意とするのは情報戦による内部崩壊だ。

 だが、今下されている指令は抹殺。


 情報を引き出す為に薬師の手を借りるつもりでいたが、薬師の本質は暗殺。

 これ得たりと依頼内容を変更、担当者の剣崎は毒殺を選択。


 アストロライン代表の望月と、周防会平井が昼食会と称した会議に、秘書と化した土田が毒を盛るはずだったが、この暗殺がなぜか露見してしまう。


 「でだ、俺もこの失敗の原因?ってか情報が欲しくてさ。剣崎君に聞くのが筋だろうことはわかってるけど、聞いたら教えてくれてた?」

 隣同士で座っているせいか、向き合うだけで顔が着く距離になり、少し剣崎は仰け反る。


 「いや、と言われましても・・言える話ではないとは思いますが、でも!こんなことになるなら言ってますよ!」

 「結果論だよなぁ・・でさ、俺は思ったわけ、ならば親友の顕に意見を乞おうと」

 2人の会話に「え・・」と驚きの声を発したのは、カウンターの中にいる宮迫。


 「催馬楽さん、親友ってマジですか?」

 「おおう、マジマジ、真剣と書いてマジ」

 「いや、そこは本気と書いてじゃ・・」

 「そうともいう、ガッハッハッハ!」

 じゃれ合う2人を余所に、真剣な表情で剣崎は催馬楽に向き直る。


 「催馬楽さん、それで顕さんは今どうしてらっしゃるのでしょうか?」

 「ん?それ聞いちゃう?どうしよっかなぁ・・まぁ剣崎君には言っとかないとだなぁ。けど、俺も剣崎君に聞きたいことがある、それと交換条件だ」

 ごくりと生唾を呑んだ剣崎は、コクリと肯く。


 「顕に意見を聞こうと話をした時、土田澄香の状況を話した途端、アイツ急に現場に行くと言い出しやがった。これは何かあると思うじゃない?」

 膝の前で指を組み、自分に言い聞かすように何度も頭を肯かせた剣崎が語り出す。


「この話は何ていうか・・口外は禁止です。特に総師には・・」


               ・

               ・


 大阪堺、とあるスクラップ工場。


 面した道路の反対側に捨て置かれた、廃車同然の車に身を屈めた榊原と竹田が言い合いをしている。


 「これは私が招いた事なの、だからタケさんは状況報告をお願い」

 今にも突っ込んで行きそうな榊原。


 「まぁ待て榊原、気持ちは分かるが状況を考えろ、お前一人ではなんともならんだろ」

 スクラップ工場敷地内に数台の黒塗り高級外車が止められ、周りに積み上げられた錆び付いた廃車とのギャップが、その場所の異質さを際出している。


 ゲート近くに置かれた、プレハブ事務所の2Fの一室の窓から人影が映っているが、ブラインドカーテンが閉め切られているせいで中の様子は伺えない。


 「でもタケさん、うかうかしていると奴らこっから船で逃げちゃいますよ!そうなったら私たちではもう・・」

 このスクラップ工場のすぐ裏は湾に面していて、小型船ならば直接乗りつける事が出来る。


 竹田は榊原の言も尤もだと思いつつも、敵の戦力が未知数なだけに判断しかねている。


 「ともかく報告は行わなければならん、車まで一緒に戻って連絡を入れ・・ん?誰だ?」

 通りの角からフードを被った人物が、こちらに向かって歩いてくる。


 「タケさんにイクさん、お疲れ様」

 廃車の裏に回り込んできて、被っていたフードを払う。


 「か、河守さん・・どうして?」

 まさかの人物に動揺が隠せない竹田だが、イクとあだ名で呼ばれた榊原の動揺は別の意味だ。

 (あ、顕さん・・いつ見ても可愛い!できることならそのネコっ毛をワシャワシャしたい・・)


 「じゃあ簡潔に。2人は車まで戻って剣崎さんに報告。本目は俺が終う、以上」

 その場で立ち上がり、プレハブを見上げる顕。


 愕然とし、動こうとしない竹田を顕は見下ろし

 「二度は言わない、動け」と声色を変えて指示し直す。


 榊原の首根っこを掴んだ竹田は、中腰のまま小走りに車がある通りまで駆け出して行く。


 「タ、タケさん!ちょっと待って横暴だよ!顕さんが来てくれたんだからみんなで一緒に~!」

 竹田に引き摺られながらジタバタとする榊原。


 「顕さんって・・お前アホか!そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!すぐに剣崎さんに連絡入れなきゃ・・それに俺達じゃどうせ足手纏いだ!」




 竹田らを見送り、フードを被り直した顕はスクラップ工場に向かって歩き出す。


 金網のゲートは閉まっているが、見張りはいない。

 3mはあるゲートの天端を跳躍一つで掴み、簡単に乗り越え中に降り立つ。


 1台の高級車の運転席側に歩み寄り、ウィンドウをノックする。

 競馬新聞に集中していたのか、突然のノックに慌てた運転手はパワーウインドウを下げる。


 「ご、ご苦労さ・・ってオイおどれ誰じゃい!」

 見知らぬ男だと気付いた瞬間、運転手の男は虚勢を張る。


 既に能力を解放した右手で、運転手の顔面を掴み上げる。

 運転手は悲鳴を上げることなく、全身を痙攣しながら顔の穴という穴から血を吹き出し、絶命する。


 顕はドアを開け、屍と化した運転手を引き倒すと、運転手の内ポケットからタバコとライター、それとハンカチを取り出すと、血で濡れた右手を拭き取る。


 顕は運転席にあるレバーを引き、給油口を開けると火をつけたタバコを差し込んだ。




 プレハブ事務所の2F。


 「それにしても平井さん、バレんの早くない?」

 工場主の机であろう広めのデスクに直接腰かけ、不貞腐れているのはアストロライン代表の望月だ。


 「いや、それはこっちのセリフよ、望月。転がして儲けてたウチが、お前の口車に乗って始めたビジネスだろうが。どっかに穴開いてたのはそっちじゃねえのか?」


 望月は平井と同じ大学の後輩である。歳の差もあって直接大学での面識は無かったが、先輩を頼ったとの体で望月が平井に接触してきた。

 お互い有名大学の同じ学部を専攻していたこともあり、望月が提案してきた内容に理解が深まり、煮詰めていく程に平井は魅力を感じ始める。


 資金の確保を平井が行うとし、その他の面は全て望月が面倒を見る。

 だが平井は釈然としなかった。本来ならルート以上にバイヤーの確保は、平井の様なアングラな世界の領域であり、普段から密輸入の仕込みは行っている。

 しかし望月は、独自の販売ルートを確保していると言って聞かなかった。


 「そうだねぇ・・多分追い込み掛けてきてるのはそっちの番人じゃなく・・」

 望月は何か思い当たる節があるのか思案に耽っている時、突然プレハブ事務所が突風に煽られるような衝撃と爆発音によって、大きく揺さぶられる。


 たたらを踏み、デスクにしがみ付く平井を余所に、望月は音が鳴った方向の窓を覗き見る。

 1台の車が爆発によって炎上し、黒煙を上げていた。


 「平井さん、俺は船で逃げるけどアンタどうする?」

 窓から離れ、もう一方にある窓際に立った望月が平井に問う。


 「どうって・・どうなってるんだよオイ!・・逃げるに決まって・・」

 ビビッて立つことも侭ならない平井。


 「ハァ、役立たねぇ」

 大きく溜息を吐きながら望月は、窓の扉を開けサッシに足を掛ける。


 今度はドーンと大きな衝撃が下の階に響き渡り、プレハブ事務所全体に衝撃が伝わる。


 「これはやべ!」

 望月は衝撃を窓枠にしがみ付き堪えながら、勢いよく外に飛び降りると同時に、プレハブ事務所が爆発によって吹き飛ぶ。




 給油口から火柱が上がり、一瞬にしてタンク部分が爆発し車が上空に吹き飛ぶ。

 もう一台の車に身を潜めていた顕は、プレハブ事務所と併設された小屋に向かう。


 小屋には酸素ボンベとアセチレンボンベが無造作に置かれ、そのうち1つのアセチレンボンベのコックを開き、ライターの火を近づける。

ボンベの口から火炎放射器の様に勢いよく炎が吹かれたと思うと今度はボンベの口に炎が吸い込まれていく。


 2、3度の跳躍でスクラップの影に顕は退避した。

 炎を内側に吸い込んだアセチレンボンベは栓口が高温によって溶解し出し、真上に向かって炎を噴き出し始めた。




 窓から間一髪で脱出に成功した望月は、着地と同時に工場奥へダッシュする。

 (ありゃあ平井のオッサン達は無理かな・・それにしても派手な事しやがる)


 大型プレス機が置かれた屋内をすり抜け、湾に面した防波堤を駆け上がる。

 見下ろした先にトレジャーボートが横付けされているが、人気が無い。

 (さて、逃げるにしても既に包囲されてるだろうし・・このやり口は公安では無いわな、とすると・・)


 望月は不意に風のようなものを感じ、咄嗟に振り返る。


 「うお!マジか!」

 目の前に腕が現れ、反射的に仰け反りその腕の横薙ぎを回避すると同時に、ステップを踏み距離を取った。


 防波堤の上、望月が元いた場所に黒尽くめでフードを被った人物が、トレジャーボートを見下ろしながら立っている。


 「オイ、あぶねぇじゃねぇか!こんなとこでラリアット決めようとするんじゃねぇ!」

 望月は黒尽くめに悪態を付きながら、視線の端々で状況を確認する。

 (多分こいつ一人だ・・ってことは・・催馬楽のとこじゃない)


 「ふ~ん、お前一人なんだろ能力者か?しかも目的は俺なんだろ?」

 距離を取りながらも口角を上げ、にやけ面でしげしげと黒尽くめを観察する。


 黒尽くめは望月の方に向き直り、右拳を肩の高さまで上げると、その拳を確かめるようにぐりぐりと手首を回す。


 「やる気満々だなオイ・・だが少しは話を聞けよ、多分だが俺とお前は同類・・だな違うか?」

 両手を上げ、無抵抗の意思表示をしながら、黒尽くめに問いかける。


 「なぁ分かってんだろ?俺も薬師だ、仲間ってやつだ。仲間同士いがみ合うってのも悲しいじゃない」

 望月の言に、黒尽くめは立ち尽くしたまま聞いているのかわからない。


 「俺はさ、自分の力を使われるのじゃない、自分の意志でみんなの為に使いたい。そう思って全力で戦ってる。そしてその事を応援してくれる人だっている」

 望月は一呼吸置いてから、黒尽くめに手を差し伸べた。


 「お前も使われる側じゃなく、自分の為にその力を俺達と・・」

 突如、目の前の黒尽くめが視界からブレる。


 危険を感じ、後ろに下がろうとするが、既に黒尽くめは屈んだ体勢で目の前に迫っていた。


 望月は打ち下ろし気味に拳を振り下ろすが、するりと躱されバックを取られる。

 幅1m程の防波堤の上にも関わらず、自分の後ろに回り込まれたのに驚くが、既に腰に腕を回され持ち上げるこの体勢・・。


 「オ、オイ!まさかここからバックドロップは無いだろが!!」

 5mは有にある防波堤の天辺から、地面に向けて体が傾き出す。


 「いや、待て、待てってぇぇぇ!」

 必死に振りほどこうともがき、ロックされた腰に回された腕を握るが、コーナーポスト上段からの雪崩式バックドロップさながらに防波堤から跳ぶ。


 弧を描くように空中に2人揃って投げ出され、頭から地面に向かって落ちていく。

 その様はバックドロップというより某忍者の飯綱落し。


 だが地面に落ちる直前、黒尽くめは腰に回した腕を外し、地面に転がるように受け身を取る。

 望月は頭から地面に激突するのをなんとか避けるが、受け身が取れず背中から地面に打ち付けられた。



 顕はその場に立ち上がると、左腕の違和感を確認する。

 手首から先の手の部分が赤黒くドラ○もんの手の如くパンパンに腫れ上がっている。


 徐にコートの前を開けさせ、左太ももに取付けたサイドバッグからピレットを抜き取り、「 ()(カイ) 」と言葉を発し、青い光を纏った右手を腫れ上がった左手に当てがう。

 腫れによって浮き上がっていた血管が、波を引くように見えなくなり、次第に腫れが引いていく。


 左手をぶらぶらと振り完治を確認した顕は、被っていたフードを払い、荒い呼吸を繰り返し大の字になったまま起き上がれない望月に近づく。


 「望月さん、あんた土田澄香さん知ってるよね?」

 まだ呼吸が整わないでいる望月を見下ろしながら顕は言葉を続ける。


 「さっき同類とかなんとか言ってたけど、アンタの言う仲間に、よくもあんな酷いことが出来るな・・・いや違うか」

「アンタ如きが仲間ってのも悪寒が走る」

 顕はサイドバッグに手を添えピレットを取り出す。


 「ま、待ってくれ・・なんかの誤解がある。俺はその子の事知らないし、俺は女に手出ししない・・」

 「そう、女の子には優しくしないと男じゃない」

 その場しのぎの言葉を吐く望月に同調するが、顕の視線は冷ややかだ。


「だけどアンタはそうじゃない、澄香さんの身体中にたくさんの痣があった。あの痣は打撲によるものではない、ヒスタミンによるアレルギー反応だ。さっき俺に使ったのと同じ毒、そうだな蜂、いやムカデ毒か。それを身体中に使った」


 顕は土田澄香を看護していた橋口から、その詳細を聞かされていた。


 何度も激痛を与えられ、気が狂いそうになるのを薬物によって混濁状態にし意識を留めさせ、そしてまた激痛による苦しみ。尚も体を陵辱され、地獄の様な苦しみを味あわせたのだ。



 「誤解なんてもんじゃない、アンタの能力でやったことだ。そのちんけな能力、ムカデ野郎が」

 顕はピレットを握りしめた拳を振り上げる。


 「あーそうかよ!」

 寝ころんだままの望月が顕の膝横を狙って足を振りぬく。だが、顕の膝は微動だにしない。

 「来ると分かっている攻撃を、受け止められないはずがないだろ?」

 左手で望月の胸倉を掴み引き上げる。


 「いや、ホントすまないと思ってる!もう金輪際しない、しないから!」

 もう打つ手が無いのか、望月は顔を引き攣らせ命乞いをする。


 「 (カイ) 」

 ピレットを握り潰した拳から赤紫色の光が帯、次第にその光が膨張し出す。

 「ただで死ねると思うなよ」

 望月の顔面に、赤紫色に輝く拳を叩きつける。


 叩きつけられた望月の顔面は鼻がひしゃげ、盛大に鼻血が噴き出す。

 「ぐはぁ!・・・ク、クソがぁ!てめぇ何しやがったぁ・・あ?あああああ!」

 悪態をつこうとするが突然顔中に痛みが走ったせいか顔中を掻き毟りだす。


 「痛いよねそれ、じゃあ治してあげるよ」

 サイドバッグから新たにピレットを掴み取ると

 「 ()(カイ) 」と唱えながら望月の腹に向けて青色に輝く拳を振り下ろす。


 「げぼぉぉ!」

 今度は口から多量の血を吐き出す。

 「はぁはぁ、ど、どういうことだ治すって・・あ、ああああいだいぃぃ!」

 血を吐き出した後、一瞬痛みが引いたのか自分の身体の状況を不信がるが、また痛みが舞い戻って来て転げまわる。


 「言葉通りだよ、アンタを苦しめてるのは生理活性タンパク、で治してるのはアンタの持つ治癒力と脳内麻薬」

 転げ回る望月を余所に、能力の効果を満足気に説明をする。


 「アンタが使うちんけなムカデ毒じゃない、細胞を破壊するタンパクカクテルまぁハブ毒かな。その内体中が痛みに襲われると思うけど、大丈夫アンタの治癒力が助けてくれるよ。毒と治癒力のせめぎ合い、望月さんアンタも薬師いやモドキか、なら分かるよね?」


 望月は顔面に手を当て自身が持つ能力を発動させるが、余計に痛みが走ったのか痛みに仰け反る。


 「無駄な事しちゃダメだよ。誰に教わったか知らないけど、触媒である薬剤も使わないそんな能力、薬師の力でもなんでもない」

 顕は転げまわる望月に背を向け、背中越しに手を振り別れを告げる。


 「がああ・・なぁ助けてくれよぉ!頼む、何でもするから!そう俺たちの事話すよ!し、知りたいだろ!」

 立ち止まった顕は、望月を振り返りもせず言い放つ。

 「死ぬまで苦しめ」


 「クソ野郎!お互い様だろうが!あの女も俺ら毒盛って殺そうとしただろうが!」

 目から血を流し、恨み言葉を吐く。


 ふむ、と独り言ちた顕は「それもそうか」と望月の言葉に納得する。


 「お互い様ではあるね、けどアンタと違って澄香さんは優しい人なんだよ」

 顕はコートのポケットからピルケースを取り出すと望月に投げ渡す。


 「それが澄香さんの優しさ。それを使うかは望月さん、アンタ次第だけどね」

 今度こそサヨナラと手を振り踵を返す顕に、望月が痛いながらも尋ねる。

 「な、なんだよこれ・・何が入ってるんだよ!」



 顕はもう星が見えるほど暗くなった空を見上げ、望月の質問に答えた。


 「附子(ぶし)・・の情けだよ」

 附子はトリカブトの根っこを乾燥させて、粉末にした猛毒薬です。

 ちなみに、漢方では強心剤などとして用いたりしちゃいます。

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