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大和の薬師  作者: ガランドウ
第一章  暗闘
1/9

#1 プロローグ

 

  1991年 3月


 木造でいて石積を模した壁面は、どこかイングランドの古城を思わす風格あるクラブハウス。


 内装も然り、木製の照明が吊り下げられ、長尺な木製カウンターを備えたフロントは、外装と同じコンセプトを貫いている。


 だが、ロビーの片隅にゴルフ用品を陳列販売するコーナーが設置されていて、折角の雰囲気を台無しにしている。



 そこは滋賀県某所のゴルフ場。日曜日だというのに誰一人いない休業状態なのだが、一人の男がクラブハウスの玄関に入っていく。


 モスグリーンのニットにグレーのカーゴパンツ、足元にはワーキングブーツを履くその姿は、軍人の様でもある。


 ドカドカと靴音を鳴らし階段脇の通路を進み、男性ロッカールームと表示された間口をくぐる。


 広々としたロッカールームのいたる所で木製のロッカーがなぎ倒され、点々とスーツを着こんだ男達が倒れている。


 男は倒れたロッカーや人を無造作に踏み越えながら、一直線に目的の場所へと向かう。



 大浴場と掲げられた木製の扉をスライドさせ戸口をくぐると、女性のキンキンした声が飛んできた。


 「おーそーいー!!どんだけ待たせんのよ、まったく!!」

 脱衣所の真ん中にある長椅子の上に、胡坐をかいた女子高生を思わせるグレーのブレザーにタータンチェックのプリッツスカートを穿いた女の子が、腕を組んで怒りを爆発させている。


 「おーメンゴ、メンゴ。ちょっとナシ付けるのに時間食っちまって」

 女の子に何度も手刀切り、詫びを入れる。


 「ふーん、じゃあ私達で終わらす・・でいいのよね?」

 少し上目遣いで男に伺う。


 「うーんそれがさ、ダメだって・・」

 それを聞いた女の子がダン!と長椅子から跳び、男の胸倉に掴みかかるが、身長差から男の胸元にしがみ付いてる子ザルにしか見えない。


 「何やってんだ催馬楽(サイバラ)!アンタバカなの?使えない子なの?」

 ぐわんぐわんと揺さぶられながらも、頬をポリポリと掻きながら、罵倒を受け入れる男の名は「催馬楽 祐司(サイバラ ユウジ)」。


 催馬楽は催馬楽財閥の諜報機関に所属する統括であるが、名前から分かる通り直系の三男坊でもある。


 「まぁ落ち着いて真知子君。今回の件は上からのお達しで、聞いて驚くなよ?」

 しがみ付いたままごくりと固唾を吞むは「片平 真知子(カタヒラ マチコ)」、以外に素直な性格。

 だが、諜報機関の暗部である、実行部隊出身のエリートだ。


 「今から薬師が来ます!」

 高らかに声を張り上げ、催馬楽は誇らしげに両手を腰に当て、胸を反らしている。


 「おお~う・・・う?誰それ?」

 一旦は驚いて見せたが、結局意味が分からず頭を捻りだす真知子。


 「はぁ、お前よくそんなでウチに入れたね・・」

 「なんだと催馬楽!一回どたまかち割ったる!」

 落胆する催馬楽を余所に、バカにされたと怒り出す真知子。


 「まぁそいつが来たら分かるから、じゃ悪人さんと世間話でもしますか」

 催馬楽は機嫌を再度こじらす真知子を尻目に、奥の浴場へと足を踏み入れる。




 「お疲れ様です!」

 浴場としてもう機能していないのか、寒々とした空間に2人の部下が、直立不動で催馬楽に挨拶を発声する。


 片手を上げるだけで挨拶を返し、催馬楽は水が満たされた広々とした湯船を覗き込む。


 「裸のデブチン男が行水してる姿は、見るに耐えかねるな・・」

 湯船に目隠しをされ、肩の高さまで水に浸かった男をそう評した。


 「えーと、聞こえるかな?三池さん、ちょっとお話したいんだけど」

 「あ、アンタ誰だ!俺にこんなことして・・いや違う・・誰の指図でこんな事俺を捕まえても、なんにもなんないぞ!」

 催馬楽の話し声に反応し、少しは置かれた状況を理解しているのか、三池は説明じみた言葉を言い出す。


 「三池さん、別に俺はアンタから何も聞きたいわけじゃないから、俺はな?ただ暇なもんで世間話でもしようかなとさ」

 含みを持たすような事を言うが、実のところもう催馬楽のすることはない。


 薬師が来て、全てはそいつが(シマ)うだろう。


 「後に俺の上の方には結果がもたらされるだろうが・・」

 催馬楽は独り言ち、三池に向き直る。


 「三池さん、あんたスコアいくつで回る?俺はさぁ、最近絶不調でさぁ90切れなくって・・」

 他愛もない会話を持ち掛けていると、脱衣所の方で真知子のキンキン声が聞こえてきた。




 「ちょっとアンタ!こんなところに何しに来たのよ?アンタ・・子供?」

 身長が160㎝そこそこしかなく、恰好もまたダッフルコートを着込みフードを深々と被っている為、子供のように見える人物が真知子に詰問されている。


 「待った待った!真知子君、ちょっと離れなさいね」

 催馬楽は、フードの子に鼻先が着きそうな距離でガンを飛ばしている真知子の間に入り、その子に「よ!」と軽く手を上げ挨拶をする。


 「久しぶりだなぁ(アキラ)、え~と何時ぶりだっけか?」

 旧知の仲のような距離感で物を言う催馬楽。


 「去年の12月以来だよ祐司さん、久しぶりっていうほど?」

 被っていたフードを払い、催馬楽を下の名で呼ぶ。


 「ってか祐司さん、その狂犬みたいな女の子、失礼にも程があるよ。これでも俺、二十歳になったんだから。女子高生に子供呼ばわれされる覚えはない」

 顕という男は、真知子の容姿から高校生と推測をし、苦言を呈する。


 さっきまでガルル~と唸り声が聞こえそうなほど顕を睨みつけていた真知子が、顕の顔を見た途端汐らしくなり、クネクネと体をよじり出す。


 「あ、こいつ?がははは!まぁこの格好見ればそうなるか!」

 催馬楽は腹を抱えて爆笑しだすが、それを見た真知子が催馬楽のケツに回し蹴りを食らわす。


 「すまんすまん、あ~この女性は片平真知子君。年齢は・・えっと、まぁ見た通りでという事で・・」

 真知子の年齢を口走りそうになるが、真知子の凶暴な視線が催馬楽の後頭部に突き刺さるのを感じ、咄嗟に濁す。


 「真知子君はウチのエージェントだ。で、彼はさっき言ってた薬師の・・」

 紹介の途中だというのに、風のような速さで催馬楽の前に回り込む真知子。


 「私、片平真知子って言います・・あの、私の事は下の名前で呼んで貰ってもいいですか?できれば呼び捨てで・・キャ♡」

 両頬に手を当て、恥じらう素振りをする乙女、真知子・・。


 「これはご丁寧に俺、河守 顕(カワモリ アキラ)っていいます、よろしく」

 真知子の自己紹介に、顕も丁寧に名を名乗る。


 遣り取りを見ていた催馬楽は、やってられんと溜息を吐きつつ、仕事だと頭を切り替えて顕の背中に手を回し、事の成り行きを説明する。


 「顕、大体話は行ってると思うが、浴場に確保済みだ。後はそっちの仕事だろうが、俺も付いてて構わないか?他意は無い、俺の興味本位」

 催馬楽の言に、顕は少し考えを巡らすがコクりと肯く。


 「うん、祐司さんならいいか」




 2人連れ立って浴槽へと向かうが、真知子がコソコソと後を追う。


 「お前はダメ、そっちの2人がロッカールームの掃除やってっから、そっち手伝っておいで」

 「なんでよ!私も顕君の仕事してる姿み~た~い~!」

 ガバッと催馬楽の腰にしがみ付いて離れようとしない真知子を引き剥がし、同じ目線の高さに屈む。


 「薬師の事はあまり知らないみたいだけどな、追々教えてやるが今は大人しく回れ右して、どっかいってろ」

 今までとは雰囲気を変え、少し威圧するような声色で諭す。


 「それとな、顕にはあまり関わらない方がいい、特にお前のような属性の人間はな」

 催馬楽の言い様に呆気に取られ、固まる真知子だったが

 「そ、そんなんじゃないのに~・・もういいわよ!」

 興味の本質が違っているのだが、真知子は諦めたように脱衣所をドカドカ足を踏み鳴らしながら出ていく。


 「祐司さん、もう始めるけど?」

 湯船の縁に立つ顕が、催馬楽に振り向いて確認する。


 「ほいよ!どうぞ始めちゃって」

 「うん、じゃあコレ付けといて」

 軽いノリで返答する催馬楽に、カートリッジ式の防毒マスクを投げ渡す。


 顕は催馬楽がマスクを取付たのを確認するとダッフルコートを脱ぐと、右腕だけ袖まくりをし、左太ももに取付けている四角いサイドバッグに右手を(カザ)す。

 するとサイドバッグの底部から、1本のタバコぐらいのピレットが突き出る。


 そのピレットを抜取り、手で弄びながら三池に声を掛けた。

 「三池さん、僕はアンタを保護するように言われてる」


 水に浸かっているせいで、唇を紫色にしガタガタを震える三池は、ハッと声のする方に顔を向ける。

 「た、助けてくれるのか?」


 この言葉に不満を呈したのは催馬楽だ。

 「ちょっと待て、こいつを生かす意味がどこにある?情報引き出せばそれで終いだ。俺たちはこいつにたどり着くまでにどれだけ・・」


 催馬楽の言を手で制した顕は、催馬楽に向き合う。

 「僕は下された命令を実行するだけ、それにこの件はもう口出しできないよ?」

 息がかかるほどに顔を寄せて睨みつける催馬楽に、一つ溜息を吐いた顕は

 「と言いたいとこだけど、祐司さん頑固だもんな・・兎に角見ててよ、話は後で」


 三池が浸かる湯船に向かうと、ピレットを握り込んでいた腕を頭上に翳し「 (カイ) 」と呟き、ピレットを握り潰す。


 ピレットを握り潰した拳の内側から赤紫色の光が帯だし、拳全体を覆うように光が膨張する。


 赤紫の光を帯びた拳をそっと湯船の水に浸す。


 浸した拳から発せられる光が、一瞬にして湯船に満たされた水を赤紫の蛍光塗料のように姿を変えさせる。


 目隠しをされている三池にとっては、この変化を目の当たりにするはずもないが、全身をこの変化した水に浸している為、身体に何らかの違和感を感じ悲鳴を上げる。


 「なに、なにした?ヒッ身体がい、痛い、いいいいい!」

 全身を掻き毟るように暴れまわるが、突然事切れたかのように湯船に沈んでいく。

 

 顕はその様を見届け、差し入れていた拳を抵抗感があるのか、力を込めて引き抜く。


 「やっぱりまだ慣れないな・・力の駆引きがうまく行かない」

 顕は納得がいかなかったのか、自分の拳を眺めながらぼやいた。


 「これ、初めて見たときと違う感じだが・・失敗でもしたか?」

 「失礼な!ちゃんとやったよ。それに今回は殺してないからね」

 催馬楽は、薬師の仕事ぶりを見たのはこれで2回目で、共に顕の仕事だった。


 前回が顕と初対面で、且つ薬師の技も初めてだった。


 その技は凄惨極まりないもので、手順は同じ流れだったが、直接相手に触れていた。触れられた相手は直後、全身にどす黒い血管が浮き出し、その血管から血を吹き出し絶命したのだった。


 「祐司さん、説明するよ」

 湯船の縁にしゃがんだまま、催馬楽を手招きする。


 「今三池の体質を変化させている。この水はその為の培養液みたいなもんかな。結果から言うと、別人の様に姿を変える」

 真水だった湯船が湯気立ちはじめ、室内がもうもうと湯煙で真っ白になっている。


 催馬楽は驚愕した、まずそんな事が出来るのか?と、そしてそれが出来るなら自分達の組織にどれだけの恩恵があるのか。


 催馬楽の長考を余所に、水面に浮かんできた三池の頭を掴み、自分の方に引き寄せて首に持ち替え、そのまま持ち上げる。


 首を掴まれ吊り下げられた状態の三池の姿を見て、催馬楽は思考を止め呆気にとられる。


 でっぷりと太っていた三池が、皮膚は弛んでいるが拒食症に陥った患者の様に、ガリガリに痩せていたのだ。


 「人って痩身するだけで別人になっちゃうよね。特に長年太ってた人は印象も相まって」

 確かに、これを三池だという人はいないだろう、例え知人でもだ。


 「で、もう一仕事。記憶も奪う」

 再度バッグからピレットを抜取り、握り込む。


 今度は拳に纏う光が黄金色に輝き出す。顕はその拳を掌底に変え、三池の顔面に張り付けた。


 三池は生け捕りにされた魚の様に、何度も痙攣をおこした後、だらりと全身を脱力させる。


 三池の顔面に手を張り付かせたままの顕は、何事かブツブツと独り言のように呟いている。


 ものの3分程の時間、その行為を行った後、ゆっくりと三池をタイル張りの床に下した。


 「終わったよ。多分だけど3、4時間ほどで目が覚めると思うよ」

 顕は一仕事終えたかのように首を左右に振り、肩を回してコリをほぐす。


 「大体この後どうするかは分かるというか、想像までに留めておくが、お前がしたのどういう仕組みでとかって聞いてもいい?」

 薬師と呼ばれる男の能力を知る機会はまずない。知れば生死の境に立つときだろう。


 だが、催馬楽には外様ではない上位の人間として、知る権利があるとのプライド、それと好奇心。


 どちらかと言えば好奇心が上回るのではあるが、知っておきたいと思った。


 そして知ることで顕という男を知り、薬師としてではなく、一人の男を自分に取り込みたいとも思っていた。


 「まぁ、説明すると言ったしね」

 催馬楽の思惑とは余所に、顕はあっけらかんとした物言いで説明し始める。


 「薬師というのはその名だけあって薬を扱うのに長けている。しかも僕たちはその薬を媒体として、物体に作用する力を高める事が出来る」

 顕はそこで話を区切り、三池を指差し催馬楽の視線を誘導する。


 「で、この三池に行ったのは代謝を高めた。特異動的作用も含めてだけど、結果エネルギーが必要になり、体脂肪を燃焼。そこでなんだけど気づいたことない?」

 いたずら顔で催馬楽に問題を出す。


 「気づいたこと?うーんまぁあれだけ短時間で体脂肪を燃焼させるってのは脅威だが、うん?それだけ燃やせば体温が異常に・・」

 「流石に鋭いなぁ、うんその通りでこんなことすれば確実に内臓、特に脳細胞が死滅して・・ね」


 ならプールにその技を使えば大量に殺せる・・脱線気味な思考を馳せる催馬楽の思惑を察知し、顕は異を唱える。

 「媒体と能力は比例する、だから多くに希釈されてしまうと能力も同じく薄まるよ」


 「今回は死んでもらう訳ではないから循環器に制限をかけてる。ここら辺の話は能力の細かい話になるから割愛。で最後に三池の記憶もいじった、これも薬と能力によって」

 姿を変え、記憶も操作することで別人といかなくてもこの案件の手駒、いや傀儡として活用する。


 「大体何事かは分かった、けど俺が聞きたいのはもうちょい踏み込んだところ・・」

 催馬楽が顕に寄ろうとしたのを手を挙げ制す顕。


 「僕の薬師としての力をこれ以上聞かないで、祐司さん」

 催馬楽が見詰める視線から逃れ、顕は俯く。


 「今、一つの事を話しただけで覇道の道具として僕らを見ちゃうだろ?現に昔からそう、僕たちは・・」

 言葉を詰まらせ、顕は苦々しく顔を歪ませた。


 「いや、違うんだ俺はお前自身の事が知りたくて・・だから」

 「うん、そうだよね。俺は祐司さんを信頼してる、だから今日の話はここだけの話オッケイ?」

 催馬楽の言葉に顔を上げ、なにか取り繕うような苦しい笑顔を催馬楽に向ける。


 「ああ、口外しないよ。それに出来る事なら俺は顕とダチになりたいんだよ」

 催馬楽は顕の苦しい笑顔に対し、満面の笑顔で応える。


 「なんだよそれ・・」と答えながら、顕は少し複雑そうな笑顔になる。


 「冗談じゃないぜ?本気も本気・・」

 催馬楽は顕に言い募ろうとするが、脱衣所の方から多くの足音が聞こえ中断する。


 コツコツとハイヒールの靴音を鳴らしながら、浴場に一人の女性が顔を出した。


 「顕、お疲れ様。後は引き継ぐから一緒に帰ろ!」

 恋人と待ち合わせをしているかのような感覚で、顕に声をかける女性。


 赤いタートルネックのニットに、白いタイトなミニスカートは流行りのボディコンのように腰の線がくっきりと浮き出ている。

 だがそれでいて嫌みが無く、清潔さも醸し出しているのはその容姿にあるのだろう。

 長い黒髪を後ろで束ね、ポニーテールにしているその顔立ちは美しい。


 吸い込まれるように目が離せないでいる催馬楽は、この女性の事を知っていた。



 名は「沖 玲子(オキ レイコ)」。

 彼女は薬師を統括する薬師会創始者の娘であり、実務をコントロールする役割を担っている。

 肩書は「総師(ソウシ)」、薬師とコンタクトするのが非常に難しいとされているのは、この総師の存在がある。


 各地で個として存在していた薬師を纏め上げた功績と絶対的な信頼、そして薬師の存在の希少さを上方に知らしめ且つ、権力としての道具だった薬師を解放した立役者だ。

 その為、限られた機関からの照会無くしては、接触が出来ないように総師である沖玲子が、組織を作り上げたのだ。


 沖玲子は、仕事を嗅ぎ分け、絶対条件でしか請け負わない姿勢。圧力には奸計で、力には力で磨り潰す。


 催馬楽は沖玲子を過去に目の当たりにしたことがある。

 目を見張る程美しい女性だが、人を寄せ付けないオーラというか、どこか氷のような冷徹さを感じたものだ。


 だがどうだ、今目の前にいる沖玲子は顕を慈しむような眼差しを向け、優しさに溢れているのがわかる。母性とかではない、女が一人の男に全てを尽くせるような・・。



 「玲子さん、なにも現場まで来ることないのに危ないでしょ!」

 顕は玲子をしかりつけてはいるが、身を案じての事であり、言い聞かせる言葉にやさしさがある。


 「フフフ、迎えに来たみたいで、子ども扱いされたと思って怒っちゃった?違うよ、私が顕に会いたくてここに来たの。これから2人でご飯食べに行こ!ね?」

 しかり付けていたのは顕だったが、玲子の物言いに無し崩されている。


 「も、もうわかったから!そんな恥ずかしいこと言わないでよ‥でも何かあってからじゃ遅いから、もう駄目だからね!」

 照れるようなことを言われて、案の定照れる顕。


 何を見せられてるのかと溜息を付く催馬楽に気づいた沖玲子は、コホンと咳払い一つで場を戻し、催馬楽にお辞儀をした。

 「催馬楽様ですね、お疲れ様です。お会いしたのは総会以来でしたか?」


 200人以上いた総会の席で会話すら交わしていない催馬楽を、覚えがあることを言われ、沖玲子の出来の良さに今更ながら舌を巻く。


 「そうでしたか、遠目でしかお見受け出来なかったのですが、覚えていてくださるとは照れるなぁ・・ハハハ」

 いつもの軽いノリで返答するが、自分を見る沖玲子の目の奥は、洞察による揺るがない深淵のように見え、瞬時に顔が強張る。


 「催馬楽様には多くのご支援を頂いております。今後とも良き関係にてお取り計らいいただければ」

 再度お辞儀をした沖玲子は、踵を返し部下に指示をしだす。


 「祐司さん、今日はこれで帰るね。で、これ僕のポケベル番号、内緒だよ。特に玲子さんにバレると・・」

 顕はチラリと沖玲子の方を見、番号が書かれた紙片を催馬楽の手に握らせた。


 「顕、帰るよー。それでは催馬楽様、これにて失礼致します」

 クルクルと言葉を交す相手によって表情を変える沖玲子。


 俺も彼女が顕に向けるのと同じ表情してもらいてぇ・・と思いに耽る催馬楽の横に、いつの間にか不貞腐れた真知子がいる。


 「あれ?真知子君・・やけに大人しいけど、なんかあった?」

 流石の催馬楽でも、真知子が顕に好意を持った事に気づいてはいたが、沖玲子相手ではいつもの要にはいかないのか。


 「あの女キライ・・。でもいつか顕君は私の物にして見せる!」

 「ほほ~ん、流石の真知子君でも彼女には勝てないか?」

 行動が先に出る真知子だが、臍を噛み食って掛かっていないのは、沖玲子を能力的に何か察したのか。


 「ちゃうわ!女の魅力では、真知子の方が断然上だかんね!!」

 無い胸を張り、息巻く真知子。


 ガンバレ真知子・・。



 「よし!じゃあ俺たちも撤収!んで、真知子君この後飯でもいくか?」

 「誰がアンタと行くか!真知子は忙しいの!」

 あっさりフラれた催馬楽は他の職員に目を向けるが、全員一斉に目を背け、いそいそと残り仕事に精を出しだす。


 「俺の人望とは・・」

 やるせなさを感じる催馬楽であった。


 恥ずかしながら、初めての投稿になります。

 空想がちな自分が、こんな事があればと夢見た物語を書いてみました。

 是非ご一読頂いて、且つ面白いと思って頂けたら幸いであります!

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