ペンネームの由来
「薫野みるく編」の最後に、私のとくべつなねこのおはなしをします。
三年前の冬、お空に帰ってしまったその子の名前は、カヲルちゃん。女の子です。
日中は、いつもと変わらない様子で過ごしていました。夏に新しく迎えた生後半年の男の子と一緒に走ったり、みんなでごはんを食べたり、タワーの最上段でお昼寝をしたりと、いつも通りの、何気ない幸せ。
カヲルちゃんは、翌未明に突然具合が悪くなり、その日のうちに亡くなりました。13歳。猫の年齢としては高齢なので、それなりに肝機能が落ちたりと、検査の数値的には悪い箇所もありましたが、カヲルちゃんは「永遠の子猫」とも呼ばれ、成猫期から全く衰えを感じない子だったのです。本当に、いつまでも、ずっと元気だった。
病院に預けて数時間後に急変したと連絡があり、私が駆け付けた時には、酸素に繋がれていたカヲルちゃんは、そのまま逝ってしまいました。
私と家族は、何が起こったのか、よくわかりませんでした。今でも、カヲルちゃんはもういないんだと、うまく実感出来ずにいます。
ほとんど毎日、カヲルちゃんの話をするし、カヲルちゃんのしっぽや気配が自分の体に触れることもあります。写真や動画を見ても、泣かなくなりました。
ただただ、今でも、どんなに時間が経ってもいとおしい。かわいい。そして、会いたい。そんな気持ちで、いま一緒にいてくれる子たちを撫でています。
カヲルちゃんは、変わった猫でした。
気が強くて、正しくて、だからこそヒトにも厳しい。プライドが高く、甘え上手で、私たちは常にカヲルちゃんの支配下でした。
抱っこは絶対にダメ。でも、カヲルちゃんが「抱っこしなさい」という時には、ヒトはどんなに忙しく働いていようと、それを中断しなければなりません。
私は昔から、自宅でパソコンを打つことが多いのですが、ふっと私のところまでやって来て、「いま、抱っこをしなさい」と、カヲルちゃんが膝の上に載るのです。
ふわふわの毛並み、ふにゃふにゃの身体で、私の腕の方に、小さくかわいいお顔を持ってきます。左手でそのお身体を撫で、声を掛けながら作業を続けるのですが、カヲルさまは、しっかりお顔を見ていないと、下からパンチを繰り出してきます。
そんなことをされた日には、もう仕事などどうでもよくなります。私たちかぞくが「必ず、家で出来る仕事をする」と決めたのは、カヲルちゃんと、一緒に生まれたきょうだいの男の子と、離れたくないからなのでした。
こう書くと、カヲルちゃんは自己中のようですが、そんなことはありません。里子として迎えた生後二ヶ月、すぐの頃からヒトが大好きになり、「ここで撫でて」「一緒に寝てあげてもいいよ」と、いつもそばにいてくれました。私が泣いていると、必ずどこからかやって来て、顔を舐めたり、くっついたりと、やさしくしてくれました。
私は家族と猫たちのために、作家になりたいと思うようになりました。でも覚悟が足りなかったのです。
カヲルちゃんともう一匹の男の子は、いつまでも私たちと一緒にいてくれる。失うことは、当然何度も想像しましたが、まるで現実味がなかったのでしょう。まだまだ時間はあるから、もうすこしかかってもいい。結果的に私は、そうして先延ばしにしてきました。
私はカヲルちゃんに言いました。
「必ず作家の猫にするからね。待っててね」
カヲルちゃんは答えます。
「うん。早くしてね。みるくちゃん、がんばってね」
私は、カヲルちゃんが生きているうちに、作家になれませんでした。約束を果たせませんでした。
それは、この先にどんな変化が起こっても、変わらない事実です。でも、どんなにときが経っても、カヲルちゃんがうちの子のように、カヲルちゃんを「作家の猫」にするのは、今からでも出来るのだと、そう思うようにしています。
薫野みるくは、オリジナルで食っていけるように、結果が出るまでがんばると決めた私が改めてつけたペンネームです。
夢は夢のまま終わるかもしれない。そこに到達するまでのメンタルがもたず、死んでしまうかもしれない。不安や悩みはいつも私のそばにいます。
でも、ただ書き続けるだけで、いつもカヲルちゃんと一緒なのです。カヲルちゃんと過ごした日々の中で、思いついたあれやこれやの物語で、誰かを楽しませることが出来たら、カヲルちゃんも喜んでくれるでしょう。
カヲルちゃん、大好きなカヲルちゃん。
もう一度さわりたいな。声がききたいな。
はじめての抱っこで帰った夜は、早朝の高原のように、しんとした寒さだったね。綺麗な満月に照らされて、わたしたちも天に導かれるようだった。
でもわたしたちはまだ、そっちへ行かれないから。守るべき命と、やるべきことがあるから。また会いましょう。せかいいちかわいい女の子。




