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書き出しひとつで景色が変わる

 創作編を解説するにあたり、連載中の『そして二人が出会うまで』をサンプルとして使っています。小説を読んでいなくても問題ありませんが、ネタバレがありますので、あとで読んでみようという方はご注意ください。



 書き出し数行から、読者をわくわくさせることって、なかなか難しいと思います。まずはキャラや舞台の説明をしなければならないし、その中で出来れば主人公を好きになってほしいし、序盤は、その先も読んでもらえるか、勝負どころでもあります。


 同じ話でも、書き出しは何通りもあり、シーンとして微妙に異なったりもします。たとえば、『そして二人が出会うまで』のチャプター1「いつものように音声チャット」ですが、いくつか例文を読んでみましょう。



【例文1】

 今週の『片翼の悪魔』は、予想を遥かに上回る神回だった。聡子は、背中や腕に感動の鳥肌を立てながらスマホを手に取り、待ち受け画面下部にある、SNSのアイコンをタップする。感想や興奮をひとしきりそこで叫んだあとに、本棚の中段にあるヘッドセットを装着して、彼からの連絡を待つ。

約二分。

いつも放送終了後、二分以内にメッセージをくれる彼との会話が、最近の聡子の生き甲斐になっていた。


「ちくわさん、こんばんは」

「こんばんはー! いやいやもう、もうもう」



【例文2】

「ほんっと、『片翼』ってよく出来てますよねぇ。思わず、そこで終わるー? って叫んじゃいましたもん」

『ちくわさん、ブリクサ大好きですもんね。いや、今週のデビルはみんなかっこよかった』

「だから余計に、次週がこわいんですよ……。誰か死なないかって。キャラの意味ある死は大歓迎なんですけど、紀國先生って、案外サクッと殺しちゃったりするので」

『そうですよね。ギードは終盤まで生き残るキャラだと思ってました』


 時刻は今日も、深夜二時近く。今までに何度も、母親の希未子にうるさいと注意され、さすがに気にしている聡子は、興奮に打ち震えながらも、声を抑えて話している。その希未子は、明日は大学時代の友人とランチらしいので、もう寝た頃だろうか。



【例文3】

 あまりの衝撃と感動に、語彙が完全に失われ、やばいとしか言えなくなってしまった。それこそやばい。

これからディアスさんとスカイプなのに、やばいの連発をするわけにはいかない。落ち着け、聡子。そう、私はラウラ。ラウラはいつも冷静で、かっこよくて、何よりデビルで一番強い。

さあ、まずはSNSに感想を書き連ねよう。ディアスさんと話す心の準備をしよう。ああ、ことりさんとルナチュウはもう投稿してる。いつも早いな。



 順番に解説していきます。

 まず【例文1】は、聡子の感動と興奮、そして行動をていねいに追った三人称です。オタク女子がアニメの神回を見て、指先を冷たくしながらスマホを手に取り、その気持ちの赴くままにSNSに感想を書き連ねていく、という情景が浮かんでいれば幸いです。言うまでもないかもしれませんが、私はこの【例文1】で書き始めました。薫野みるく定番・お約束の、周囲から徐々にキャラを見せていく手法です。


 小説の楽しみ方は人それぞれですが、私は、文字を追いながらだんだんとシーンやキャラのことがわかっていくという、小説ならではの、あの感じが大好きなんです。主人公の名前、性格、口調など、少しずつ情報を与えられるうちに、読者はいつの間にかその作品にハマっている……そんなのが理想ですね。


 

 続いて【例文2】では、いきなり聡子と佳樹=ディアスがスカイプで話しているシーンから始まっています。

架空のアニメの「おもしろさ」を、いかに読者に伝えるか。読者にキャラと、そして『片翼の悪魔』といいますが、このアニメに興味を持ってもらうことに重点を置いた書き出しです。


 会話のあとには、情景描写を三人称で入れました。アニメをリアルタイムで見た直後という、一番気分が高まっている時に、声を抑えなければいけないオタク。なぜなら今は、深夜だから。

その苦しみと、同居している家族に気遣えるくらいの常識は持っている、聡子の母親想いの性格を表しました。


 この『片翼の悪魔』というアニメは、この話の中で、二人がハマっている作品として何度も登場するので、まずそれを印象付けるという意味で、これもまた良い書き出しと言えるでしょう。



 最後に【例文3】は、聡子がいかにオタクかを伝える一人称です。アニメ鑑賞後、興奮のあまり、頭の中が「やばい」で満たされてしまった聡子。書き出しの時点で、すでに聡子は佳樹に好意を持っているので、あまりにバカな発言は控えたいと焦り、心を落ち着かせようとがんばっています。


 文法編の「細かすぎて不気味な語り手」※ でもお話しましたが、三人称の代わりに、なぜか一人称になっている……というような表現は控え、語り手=聡子の気持ちと行動がセットになった、シーンの流れを意識して書くと、読者はすぐに「聡子」というキャラを理解し、感情移入してくれると思いますよ。


 もちろん、いま挙げた三つ以外にも、書き出しは何通りもあります。

 聡子が見ていたテレビの電源を落とし、そこに映ったなんとも言えない表情、などでもいいですし、聡子の部屋を、上部に設置してある電気から俯瞰した描写にしてもおもしろそうですね。


 書き出しとは、「作者が最初に読者に教えたい箇所」とも言い換えられますが、そこまで気負う必要もありません。進めていくうちに、もし書き出しを直したくなったら、その後の展開的におかしくならないように気を付けながら、修正すればいいのです。ちなみに私は、よく書き出しを直します。



※電子書籍にのみ収録

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