誘拐事件編-2
私は春人くんをおぶって、牧師館の方に連れて行った。他の強化の子供達は、学校や遊びに行っていて誰もいない。
ちなみに教会や牧師館は鍵がついてない。誰でも出入り可能な場所で、牧師さんはわざとそうしているようだ。
時々、雨風を凌ぐために浮浪者もやってくる。彼らはあまり積極的に支援は受けないので、こうしてふらりと自由に入れる場所もあっても良いと感じていた。防犯上では色々問題ではあるが、今まで一度も泥棒にあったり問題が起きた事はなかった。神様の守りがあるのかも知れないと思った。
とりあえず、牧師館の茶の間に連れて行き、お茶を飲ませた。少し落ち着いて来たようで、涙は止まっていたが、体育座りをして無言で窓の外を見ている。
顔の引っ掻き傷が気になるので、茶の間にあるタンスから薬箱を取り出し、消毒してやった。元気な子供達は、しょっちゅう怪我をしてくる。消毒液は残り僅かだった。あとで薬局に行って買い足さなければ。
「染みるよ!」
「ちょっと我慢ね。まあ、あまり酷い傷ではないけど、どうしたの? 転んじゃったの?」
転んで出来た傷には見えなかったが、一応聞いてみた。
春人くんは頬を膨らませて、難しい顔をし始めた。
「何かあったの?」
「実は、朝比奈の家の娘に石を投げられた」
「本当?」
朝比奈さん家は、この町でもかなり金持ちの家だ。大きな洋館で、とても目立っている。ただ、そこの娘はかなりワガママで、よく子供達をいじめているという噂は耳に入って来た。
「うん。ヤソの子、ヤソの子ってバカにしてきて、顔も引っ掻いてきた」
春人くんの言葉に絶句してしまう。そんな悪い事をするいじめっ子が居るなんて。それも教会に住んでいるという理由でのいじめ? これこそ本当の迫害ではないか。
春人くんから詳しく話を聞くと、何もしていないのに相手が一方的に石を投げて来たという。
「酷いわ。何て事する娘なのかしら」
「本当、許せないよ。耶蘇教の子だからって、何もしていないのに……」
「そうね」
深く頷く。こういう事は過去に何回かあったが、相手は自滅している事を思う出す。やっぱり聖書に書いてあるように神様が代わりに復讐してくれたのだと思う。
「ねえ、春人くん。相手にやり返したりしていないわよね?」
春人くんの目が泳ぎ、黙りこくってしまった。
「え、もしかしてやり返したの?」
しばらく黙りこくっていた春人くんではあったが、いじめてきた朝比奈家の娘・沙里子ちゃんに「ブス!」「芋臭い!」と言葉で言い返してしまったと言う。
思わず顔を顰めてしまった。これでは、お互い様だ。神様が復讐してくれる事は無いだろう。
「ねえ、春人くん。一緒に沙里子ちゃんに謝りの行きましょう。あと神様にも謝りましょう」
「嫌だ! 神様には謝るけど、あんな娘に謝りたくない!」
春人くんは、頬を膨らませて、かなり怒っていた。しかも再び泣き始め、私はとても困ってしまった。
しかし、こう言った問題は他人事ではない。今も私達に理解のない塚田を預かっているし、子供が生まれたら似たような目に遭う事は容易く想像ができた。
私は、春人くんに復讐をやっては行けない事を聖書を開きながら説明した。
「春人くんは、神様が復讐してくれる方が良くない?」
「本当に復讐してくれるの?」
「でも、自分が悪い事してたらしてくれないよ。特にクリスチャンだからと言って嫌な目に遭ったときは、仕返ししちゃダメ。神様も『せっかく私が復讐しようと思ったのに』ってガッカリしているかも知れないわ」
「それは、確かにそうかも……」
「神様は、自分を信じている者を花嫁のように愛しているし、本当に正義のお方よ」
「本当?」
「いくら悪い事をして隠せても死後には必ず裁きがあるよ。そうじゃないと不公平でしょ?」
「そっか……」
ここまで言って、春人くんは納得したらしい。
「一緒に沙里子ちゃんに謝りに行こうね」
「一緒に行ってくれるの?」
「うん」
乗りかかった船だ。このまま春人くんを放っておく事は出来なかった。
私と春人くんは、まず近所の和菓子屋に行って草団子を買った。沙里子ちゃんは何が好きかわからないが、甘いものが嫌いな子供はいないだろう。
「紗里子ちゃん、どこに居るかわかる?」
「たぶん、川辺。いつもあの辺で遊んでいるから」
「じゃあ、行ってみよう」
私達は、川辺の向かった。しかし、川辺に行っても紗里子ちゃんの姿はどこにもなかった。
「変だな。さっきまでは居たのに」
「本当?」
そこにこの町の警察官と朝比奈さんの奥様の姿が見えた。
朝比奈さんの奥様は、いつも洋装で派手なワンピースを着ているので目立つ。今日は、焦ったような顔をして警察官と一緒に川辺を覗き込んでいる。
「どうしたんですか?」
思わず二人に声をかける。
「紗里子ちゃんが居なくなったんだよ」
警察官が説明してくれた。聞くと隣の火因村や阿部瑠町でも子供が突然消える事件が相次いでいる事を説明してくれた。
「あんた達、耶蘇のせいよ!」
朝比奈の奥様は激昂し、私の右の頬を殴った。
突然の事で意味が分からず、痛みを感じる隙もなかった。