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讃美歌編-5

 その日の夕方、なんと塚田が夕飯を作ってくれる事になった。春美さんに紹介された仕事も決まったようで、明日の朝にはこの家から去り、新しい職場で住みこんで仕事をするようだ。これで塚田の借金の問題も解決しそうで安心した。


 塚田が作ってくれた料理は、天ぷらだった。


 揚げたての香ばしい香りが、茶の間なで広がっている。

 案外、塚田は料理上手のようだ。向井は食べるのが専門だったが、こうなに上手だったら、もう少し料理を手伝って貰ってもよかったかも知れない。


 茶の間のちゃぶ台の上には、芋や根菜類の天ぷらだけでなく、鶏肉や魚を揚げたものもある。天ぷらは、隆さんに東京のお店でご馳走して貰った事があるが、こんなお肉やお魚の天ぷらは初めて見た。


「これは、普通の天ぷらというか、長崎天ぷらというものなんだ」


 塚田は、天ぷらやご飯をちゃぶ台の上に並べながら説明する。今日は、頭に三角布をかぶり、割烹着まで着ているが妙に板がついている。


「長崎天ぷらと普通の天ぷらはどう違うの?」


 私は茶の間の時計をチラチラと見ながら聞く。まだ、隆さんは帰ってきていないようだった。雑誌作りの件で今日は土屋先生に会ってくると言っていたので、少し遅くなるとは言って居たが。


「長崎天ぷらは、英語で言えばフリッターという感じだな。こっちのが天ぷらちちょっと衣の作り方も違うんだ」

「あ、もしかしてこの料理もポルトガルの宣教師が伝えたものだったりする?」


 長崎も九州にある。そんな予感がした。


「大正解だよ、奥さん」

「そうなの?」

「ポルトガルには、『パタニスカス』っていう揚げ物もあるんだが、これは、日本のかき揚げにもそっくりな料理さ」

「へぇ。初耳よ」

「カトリックには肉断ちの時代もあったんだが、この『パタニスカス』は重宝されていたみたい」


 こう言った美味しい料理もキリスト教に関係があると思うと少し嬉しくなる。


 ちょうどその時、隆さんが帰ってきた。私はすぐに玄関までに迎えにいく。


「隆さん、おかえりなさい」


 今日は、だいぶ疲れた顔だったが、妙に晴れ晴れとした笑顔を見せていた。


「ただいま」


 そう言って私にカバンや脱いだ上着を預ける。


 とりあえず二人で一緒に夫婦の部屋に向かい、上着をしまった。隆さんはネクタイを解き、シャツのボタンを上の方を開け、ホッとした顔を見せる。


「ようやく、新しい雑誌が完成したよ」

「本当?」


 隆さんは、深く頷く。


「忙しい時に、昨日は本当にごめんなさい」

「本当だよな〜」


 冗談を言うよに隆さんは、大笑いしていた。どうやら新しい雑誌の出来も満足が行くようなものだったようだ。私み一安心しながら、隆さんの通勤用のカバンを箪笥の中にしまった。


「今日の夕飯は?あれ、ちょっと良い匂いもするような」

「今日は天ぷらよ。塚田さんがお世話になったお礼に作ってくれたの。長崎天ぷらっていう珍しい料理もあるみたい」

「そうか。あれも宣教師が関わっているんだよなぁ。まあ、元々日本には奈良時代から天ぷらのようなものはあったんだが、九州によくある魚のすり身の天ぷらなんかは宣教師が伝えたという説が有力だな」

「へぇ。そう思うと私たちが食べている美味しい食べ物もやっぱりキリスト教と関係が深かったりするのね」


 そんな事を話しながら、洗面所で手を洗い、二人とも茶の間にいきちゃぶ台を囲んだ。


「おぉ、この天ぷらうまそうだな」


 隆さんは、嬉しそうな声を上げた。確かにいつもの食卓と違って、ちゃぶ台の上は華やかで良い香りもする。


「ねえ、塚田さん。後でこに天ぷらとパエリアのレシピ教えて」


 私は隣に座る塚田にこっそり聞いてみた。


「いいけど、なんで?」

「それはもちろん隆さんに喜んで欲しいからよ。毎日似たような食事だと飽きちゃうのよね」

「ああ、なるほど。奥様は雪下先生の事が大好きだな」


 塚田は呆れていたが、実際そうだから仕方ない。


 こうして皆んなで食前の祈りを捧げて皆んなで食べ始めた。


 塚田の祈りもすっかり板についてきた。ちょっと前は、「自分の本は聖書より売れたい」などと暴言を吐いていたのに、すっかりまともになったようだ。


 天ぷらは、サクサクとした歯応えであっという間食べてしまう。産婦人科の医者にはあまり食べすぎるなと言われていたが、今日は特別だ。霊媒師の事件も解決したので、ホッとしてしまったのも大きかったのだろう。


「うまいな、塚田。おまえ、作家業と並行して料理人でもなったらどうだ?」

「隆さんの言う通りだわ。また、うちに料理作りにきてね」

「おいおい、奥さん。意外と図々しいな」


 塚田が笑っていうと、この場も穏やかな笑いに包まれた。ようやく穏やかな日常が帰ってきた事を実感し、私も大きな声で笑ってしまった。


「でも僕は、料理人にはならないよ。しばらく小説の仕事を頑張ろうと思う」


 塚田は意外と真面目な顔つきで語った。


「奥さんと習志野さんと一緒に讃美歌歌っていて気づいたんだよ。歌も絵も小説も、神様を讃える為に創られたもんだって。僕の作品に足りなかったものは、これだった」

「ようやく気づいたか。長いトンネルから出られたんだな」


 隆さんはしみじみと呟き、お茶を啜った。もう天ぷらはほとんど食べ終え、食後のお茶も出していた。


「うん。でも雪下先生からまだまだ色々教わりたよ。聖書の事も。また、遊びに来ても良いですか?」


 私と隆さんは、顔を見合わせる。


「もちろん、いいわ」

「ああ、いつでも遊びに来てくれ」


 私夫婦が笑顔で言うと、塚田はちょっと泣きそうに目を潤ませて頷いた。

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