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讃美歌編-3

 どうにか助かった私達であったが、念の為に病院に運ばれた。


 私は、頭を殴られたようだったが、かすり傷程度だった。もちろん、子供にも全く異常はなく、軽くかすり傷を処置して貰い、警察に事情を話したら、家に帰って良い事になった。


 向井や子供達も全員無事だった。朝比奈さんは、まだ目覚めていないようでしばらく病院で処置を受ける事になった。警察の話では、そのまま逮捕されるという事だった。霊媒師やあの警察官や八百屋のご主人ももちろん逮捕された。


 これで、霊媒師にまつわる一連の事件は解決と言って良いだろう。子供達も病院で処置を受けているものも多いが、順次家元に帰されていた。ただ、親が捕まってしまった朝比奈さんのところの沙里子ちゃんは、しばらく教会で面倒を見る事が決まった。父親はいるが、妾を何人も抱えている男だ。この一件でも妻の犯行は全く認めず、一人娘の沙里子ちゃんの保護も拒否してしまった。


 沙里子ちゃん本人は、意外とケロリと元気そうだったが、この状況では教会に迎えいれるのが良いだろうと、隆さんがすぐに決断してくれて、話がまとまった。


 こうして沙里子ちゃんや塚田と一緒に教会の帰り、私達も自宅に帰った。


 今日は、あんな事があって疲れていた。一緒に高いさんと私達を探してくれた塚田もとても疲れているようで、風呂も入らずさっさと客間で眠ってしまった私達もとりあえず茶の間でお茶を飲んで、少しゆっくりすると寝室の布団を敷いて寝る準備にとりかかった。


 隆さんは、すぐに布団に入らず腕を組んであぐらをかいて座っていた。当然、私もすぐに眠る事は出来ず、隆さんの隣に寄り添うように座った。


「隆さん、明日も早いですよ? 寝ないんですか?」


 私がおっとりとした口調で言うと、隆さんはぐしゃぐしゃと頭をかき、ため息をつく。


「本当に我が妻は、無鉄砲でお転婆と思ってな」


 心底呆れた様子だった。


 今日、仕事から家に帰ると、私が居ない事に気づいた隆さんは、塚田と一緒に町中を探したのだという。


 それでも全く見つからず、霊媒師が関わっていると見た隆さんは、警察を説得し、あのアジトに乗り込む事を成功したのだという。


「心配したんだぞ。本当に!」


 また、怒られてしまった。軽く大きな手で頭を叩かれてしまった。まあ、手加減しているようで全く痛くはなかったが。


「ごめんなさい」

「わかればいいんだけどさ。今回は霊媒師が悪いわけだし」

「まさか、警察官が一味だとは想像つかなかった」

「いや、志乃。おまえ、けっこう呑気過ぎだな。おまえは、母親だぞ。もう子供も産まれるんだから」


 しばらく隆さんに怒られ続けた。私うぃ心配して怒ってくれているわけだから、全く嫌な気持ちにはならず、素直に反省して頭を下げた。


「そうね。今回はちょっと親としての自覚がなかったかも……」

「わかればいいんだ」


 ここでようやく隆さんは、笑顔を見せた。久々にみる隆さんの笑顔に私もつい笑ってしまった。安堵の気持ちは胸に溢れる。


 いつもの寝室。壁や障子、有明行燈の淡い光。少し色褪せてきた畳やふかふかの布団や蕎麦殻の枕。


 それに枕元に置いてある聖書。見慣れた風景を目に焼き付ける。ようやく自分の居場所の戻ってきた事を実家し、笑っているのに目の隅には涙が溜まってしまう。


「なんか、あなたと出会った時を思い出すわね。最初はなんて怖い人なんだろうって思ったわ」


 そう言っている間、隆さんは指で私の涙を拭う。


「そうか。厳しかったか」

「でも、とても優しい人だって気づいたから……。不思議ね。結婚して一年以上たっているのに、あの時の気持ちが蘇ってきたわ」


 そう言うと、隆さんは何故か大笑いをしていた。


「まあ、私はもうこんなお転婆な妻は心配し過ぎる……。そろそろ学校の仕事をやめて、作家業に集中したいと思っている」

「え?学校辞めちゃうの?」


 初耳だった。隆さんの仕事には口を出さないと決めていたが。


「うん。まあ、別に志乃のせいじゃないけど、雑誌作りながら学校行くのはちょっと多忙すぎたな」

「そうは見えなかったわ。全く気づかなかったみたい」

「気づかないようにしていたからな」


 隆さんは言いにくそうだったが、専業作家になったら経済的に迷惑をかける事もあるかも知れないと告白した。確かにその事を思うと、不安が無いわけではないが。


「だったら、私もまた和菓子や働くし」

「いや、別に志乃はそこまでしなくていいが」

「じゃあ、家庭教師でもやったらどうでしょう。三上さんちの息子さんや娘さんが、家庭教師欲しいって言ってましたよ」


 この町の医者であり三上さんの家は、かなり大きかった。子供もたくさんいて、とくに医学部を目指している息子さんは、家庭教師が欲しいと小耳に挟んだ事がある。


「そうか。それも良いかもな」

「大丈夫よ。仕事の事はよくわからないけれど、隆さんは有能で才能もいっぱいあるもの。それにいざとなったら、私も働くわ。女中の仕事だったら得意だから」


 そう言って胸を張ると、再び隆さんは大笑いしていた。こんな機嫌の良い隆さんをみるのは、久しぶりで私もついつい笑ってしまった。あんな事件があった事が嘘のように、私達夫婦の間は、幸せな気持ちの満ちていた。


 隆さんはしばらく私の頬や耳たぶを触ると、唇の触れた。少し長めな口付けをした後、隆さんの仕事も上手く行くよう祈った。


 仕事も神様の為に行えばきっと祝福されるだろう。


 目を閉じ、祈る。


 やっぱりあんな蛇の誘惑なんて無駄だ。


 祈りで追い払ったとはいえ、こうして良いと所に落ち着いたようでホッと胸を撫で下ろした。

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