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讃美歌編-2

 目を開けたら、どこかの座敷で寝かされていた。


 一瞬真っ暗で何も見えないと思ったら、窓に外から月の光が差し込んでいて、ここが牢屋のような場所だと気づく。

 目の前には木でできた格子が広がり出られない。


 しかも、この町に警察官や八百屋のご主人が目の前にいて、監視されているようだった。

 頭が痛くなってくる。


 どうやらこの二人に殴られてこんな場所に閉じ込められているらしい。


 お腹を見下ろしたが、子供には何も異常がなさそうでホッとため息が漏れる。


「おい、奥さん。起きたか?」


 隣にいる向井が小声で聞いてきた。


「ええ」


 頷きながら周りを見渡すと、向井だけでなく、朝比奈さんや子供達もいた。子供達は全員誘拐された子たちだったが、無事なようだった。身体をくっつけて座っているが、顔色は悪く無い。ただ、不安そうに怯えてはいたが。


 朝比奈さんはまだ目が覚めていないようだった。ぐったりとしたまま目を閉じていたが、脈はあるようだった。気を失っているだけらしい事に気づいてホッとする。


「ここはどこ?」


 小声で隣に座っている向井に聞く。頭を殴られたようで、まだ鈍く痛んでくるが、夢の中で悪霊を追い払ったおかげで、心はとても澄んでいた。子供達も無事だった事も、とても安心してしまった。問題は、ここからどうやって出ればよいのかという事だ。


 この中では大人の男である向井が一番頼れそうではあったが。


「ここは多分、霊媒師のアジトだよ」

「やっぱりね。警察官や八百屋もグル?」

「だろうね。どうりでなかなか解決しないはずだ。ただ、霊媒師はさっき何故か気を失って倒れたらしいよ。奥さん、何かやったか?」

「やっぱりね…」


 向井は信じるか謎だったが、私はさっき見た夢を説明した。あの夢が事実なら、あの蛇と契約していた霊媒師も必然的に道連れになって倒れるだろう。


「おぉ、やっぱり神様の方が怖いな」


 向井はプルプルと身を震わせる。この状況というより明らかに神様を畏れていた。


 霊媒師が倒れたのは安堵したが、問題は牢屋の前にいる警察官と八百屋のご主人だった。


「なあ、二人とも、霊媒師も倒れたんだし、こんな事やめろよ?」


 向井は、二人に向かって説得し始めたが、聞く耳は持たないようだった。


 それどころか八百屋のご主人は、目を赤くしながらこちらに向かって吠えてきた。


「うるさい!うちには借金があるんだ!霊媒師が言うように、お前らを生贄のして悪魔に願いを叶えて欲しい!とにかく金が欲しいんだ!」


 向井の説得は、八百屋のご主人には響かなかったようだ。


「ねえ、お周りさん。こんな事しても無駄よ。神様が見てるわ。例え、現世で逃げ切れたとしても、神様が死んだ後の裁くでしょう」


 私は警察官の説得を試みたが、彼も聞く耳を持たない。


「うるさい!俺だって借金があるんだ!悪魔に願いを叶えて貰うんだ!」


 警察官も吠えていた。もはや二人は人間には見えない。おそらく悪霊が取り憑いて操られているのだろう。


「でも、生贄儀式ってどうやってやるの? 霊媒師が倒れてしまったら、やり方わからないんじゃない?」


 私がそう指摘すると、二人とも怯んだ。確かに霊媒師では無い何の知識もない一般人二人は、儀式の方法も悪霊を呼び出す方法も知らないだろう。


 私はすっかり冷静のなっていた。


「向井さん、一緒の祈ってくれませんか?」


 向井は別にクリスチャンでは無いが、牧師さんや隆さんから色々話を聞いているし、聖書の勉強もしているはずだ。


「わかったよ。何から祈ろう?」


 向井もすっかり落ち着いていた。確かにこの二人は、あまり肉的にも霊的にも強者には見えない。


 私達はしばらく向井と祈っていた。祈りの言葉でも二人は、集中力を見出されたようで、何か悲鳴のようなものも上げていた。案の定、イエス様の御名前を出すと、苦痛の表情を浮かべている。やっぱり二人にも悪霊がついているようだ。


「お願いだから、その牢屋の鍵を開けてくれないか?」


 向井は弱ってきた二人に再び説得を試みた。


「嫌だ!お前らは死んで貰う!」


 八百屋のご主人は、悲鳴を上げるが、私はふと新約聖書の使徒の働きの16章を思い出した。確か捕まったパウロ達が、讃美歌を歌って、なぜか大きな地震が起きて外に出られたという場面だった。


 この場合に効果があるかわからないが、祈りの答えだと思った。祈りの答えは、御言葉を通して語られる事が多かった。


「あの、向井さん。讃美歌一緒に歌ってくれない?」


 向井はこの提案にビックリして、すぐに同意しなかった。


「ねえ、貴方達も一緒に讃美歌歌ってくれない?」


 集められていた子供達にも提案した。


 朝比奈さんは、まだ眠っているから難しそうだ。子供達もキョトンとしていて、この提案には従ってくれないようだった。


 仕方がない。


 私は一人、立ち上がって、讃美歌を歌い始めた。


「主よ、感謝します〜♪」


 今日の昼間、習志野さんが作った讃美歌だった。


「主よ、あなたは素晴らしい〜♪ 感謝します。ありがとう〜♪」


 自分は決して目立つのは、好きでは無い。人前で歌うのも恥ずかしい事だと思う。ミッションスクールでも音楽の時間は、いつもやり過ごすようにこなしていた。


 でも、讃美歌を歌いたくて仕方なかった。


「私の罪の為〜♪ その血潮で許された私達は〜♪」


 きっと音程もズレている事だろう。決して上手い歌では無い筈だ。


 でも、天国まで響くように心を込めた。


「貴方のお陰で生きられます〜♪ 感謝します〜♪ 感謝しますー♪ 貴方の愛でしか生きられません〜♪」


 歌い続ける私の様子の子供たちも騒ぎ始めた。


「おねえちゃん、楽しそう!」

「私も真似する!」


 子供達も一緒の歌い始めた。


「主よ、感謝します〜♪ ありがとう♪ 救ってくれてありがとう♪ 私の身代わりになってくれてありがとう♪」


 子供達の声と私の声が重なって大きな音になっていた。

 ついに向井も歌い始めた。向井の声は大きいので、さらに大きなうねりになって響く。


 警察官と八百屋のご主人は、私達の歌声に怖がりはじねた。


「ごめんなさい、許して神様」


 ついにそんな事まで口走る始末だったが、私達は無視して歌い続けた。


「イエス様ありがとう〜♪ その血潮で私達の罪が覆われた〜♪」


 なぜか、警察官も八百屋も頭を抱えながら床に崩れていた。


 こんな状況なのに、讃美歌を歌っているだけでこの上なく幸せを感じていた。


 すぐそばに神様を感じる。私の心は聖霊に満ち満ちていた。


 とても幸せで、自然と笑顔になる。おそらくキリスト教など全く知らない子供達も笑顔で歌っていた。なぜか向井は歌いながら号泣までしている。


 その瞬間だった。


 薄暗い牢屋の中が、明るい光に満たされた。


「警察だ!お前ら全員捕まえる」


 本物だと思われる警察官達が牢屋に一気に侵入してきて、主犯格の二人もあっという間に捕まった。


 牢屋も開かれ、私達もついに解放された。


 私はちょっとだけ残念な気分だった。聖書にあるように地震が起きて牢屋の戸が開くかもしれないと思ったが、そんな事は目の前には起きなかった。


 警察官達の喧騒の中、隆さんと塚田の姿も見えた。


「おい、志乃!」

「隆さん!」


 案の定、隆さんはすごく怒っていて、しばらく怒られたが、感極まって私は大好きな夫にしがみつくように抱きついた。


「もう、馬鹿だなぁ。志乃は」

「赤ちゃんも無事よ。神様が守ってくれたのね」


 熱く抱擁している私達を横目に、向井と塚田はため息をついた。


「やっぱり本当に神様がいるかも知れない」


 子供達の誰かが、呟いた。

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