小さな迫害編-3
茶の間のちゃぶ台の上には、イカと里芋の煮物、ほうれん草の味噌汁、白いご飯が並ぶ。あと、今朝の残りもののだが、しじきの煮物の小鉢も置いた。向井のような大食漢だったら、どうしようかと思い、一品足して置いた。
私達はクリスチャンなので、食前のお祈りをして食べ始めた。
塚田は目を点にして、かなり驚いていた。
「おぉ、耶蘇教の人のお祈りを始めて聞いたよ」
しかも何故か嬉しそうにもしている。たいていの日本人はクリスチャンではない。こんなお祈りを見ると、あからさまに嫌な態度を取る人もいる中、塚田の態度は意外と悪いものではなかった。
「塚田さんは、もしかしてキリスト教に興味あります?」
「いえ、まあ。作家としては有りますよ。だって、聖書にような構成や伏線回収は作家には無理。創世記の3章の原始福音だっけ?あれが十字架に繋がるとは、すごい伏線だよ」
「まあ、塚田さん。とても詳しいじゃないですか。洗礼受けませんか?」
「やめとけ、志乃。塚田は、悪魔的な作風だ」
聖書に興味がある塚田に好意的かと思ったら、隆さんの反応は正反対で、黙々と箸を動かしていた。
「どんな作品なの?」
私は二人に聞いてみた。いつも通りの質素な食卓では有るが、こうして一人増えると賑やかで、食が進む。最近は、つわりもなくなってきたので、子供の為にもご飯をちゃんと食べたいと思う。
私の質門に塚田がペラペラと口を動かして説明してくれた。処女作『人類失格』は、なんと蛇が主人公だった。人類を堕落させる木の実を食べさせ、世の中を混乱させる空想小説。
聞いていてとても気分が悪くなってくる。クリスチャンからすれば、蛇は悪魔の象徴だ。善悪の木の実を食べるようにエバを唆した悪い生き物という印象しか無い。隆さんも機嫌え悪くなりつつ、「悪魔崇拝作家だよ」とバッサリと切り捨てていた。この様子だと塚田は私達夫婦と仲良く出来るのか分からなくなってきた。
「でも、ああいった作品書くと何故か人気出るんだけど」
「それは、悪魔に魂を売ってるからだろう。壊れた魂に悪霊が憑いて気が狂う前に、こんな作品を書くのはやめろ」
隆さんは強い口調で言っていたが、その通りだと思う。罪を犯せば悪霊が憑いたり、攻撃される。今は良いかもしれないが、正義の神様は見ている。死後には絶対裁かれると信じていた。こんな話題に塚田は、食欲が無くなったのか、静かに箸を置く。
塚田はご飯を半分以上残していたが、向井の態度に比べると可愛らしい人だとも感じてしまった。
「実は、僕……」
「なんだよ」
「何ですか?」
私達夫婦が、同時に聞き返す。
「実は、借金取りに追われてます! お金ありません! しばらく匿ってください! お願いします!」
塚田はそう言って、畳に額をつけて土下座していた。
「そういう事か……」
「どうしましょう、隆さん」
「それと、僕は実は雪下先生の本が大好きです! 弟子にしてください!」
塚田は予想外の事も叫ぶように言い、私達夫婦は顔を見合わせた。