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花嫁の願い-5

 塚田は明日、洋食屋に面接に行くと行っていた。


 もうこの家からは出て行くつもりらしい。塚田が使っていた客間はほとんど片付いていた。お陰で向井と朝比奈さんを客間に招く事ができた。意図したわけではないが、廊下や厠も掃除したばかりだった。客を呼んでも全く恥ずかしくない綺麗さだ。


 ちょうど買っておいた煎餅をカゴの中に入れて、お茶も二人に出す。食い意地が張っている向井はザラメの煎餅に目がなく、ボリボリと音をたてながら美味しそうに食べていた。本当は隆さんが半ドンの日に一緒に食べようと期待して購入していたものだが、仕方ない。煎餅は客向けの菓子では無いが、こうして美味そうに向井が食べていると、この場の雰囲気が和んだ。


 一方、朝比奈さんは煎餅には手をつけず、お茶ばかり飲んでいた。落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回している。なんの変哲みない客間だが、お花でも飾って置いた方がよかったかも知れないと呑気な事を考える。


 客間の卓の上には、朝比奈さんが作ったと思われる嫌がらせの手紙も載っている。


 お煎餅やお茶といった呑気なものと一緒にあると、その格差がありありと強調されると思った。


「ところで、この手紙はあんたが書いたんだろう。どういう事か説明しろ」


 いつになく探偵の顔をした向井は、隣に座る朝比奈さんに問い詰める。朝比奈さんは怯えたように肩を震わせていた。とりあえず、悪い事をしたという自覚はあるらしい。


「うちは教会。中には、私達の神様が気に食わない人がいる事もよく知ってるわ。戦争の時もだいぶ嫌がらせがあったみたいで。何か気に触ったかしら?」


 私は責める口調ではなく、なるべくいつも通りに話した。


「べ、別に私は耶蘇教に恨みがあったわけではなくて」


 朝比奈さんは、モゴモゴと言い訳する様に語る。歳は40歳ぐらいだろうが、それよりは幼い人に見えた。眉毛が太めで体格も良い。堂々とした体型は洋装とよく合っているが、中見はちょっと脆弱そうな印象も受ける。


「だったらなぜこんな事を?」


 煎餅のおかげか、向井はもう怒ってはいなかった。むしろ、ちょっと呆れていた。ただ、再び黒い表紙の手帳を取り出して、調査結果を語り始めた。


「朝比奈さんよ、あんたは近所の評判は最悪だな」


 向井の言葉に朝比奈さんは、再び怯えたように肩を震わせる。


「ゴミ捨ても決まりを守らないし、悪い噂ばっかりだ。ま、旦那が浮気しているから、同情はしたいがな」


 朝比奈さんは、目に涙をためて夫に何人か妾がいる事を告白した。朝比奈さんの涙を見ていると、こちらまで胸が締め付けられる。ただ、そに辛さの憂さ晴らしで嫌がらせにしていたとも思えなかった。八つ当たりのような事はするとは思えない。すっかり忘れていたが、この人に頬を叩かれた事を思い出す。どうも行動がチグハグで一貫性がない。


 ふと、背後に悪霊がいる可能性を考えた。多くの日本人は信仰心はない。ちょっと悪い事を考えただけでも悪霊の足場になり、攻撃を受けやすい。さすがに夏実さんの時のような事はやっていないだろうが、朝比奈さんの内部にいる悪霊が悪さをしている事は大いに想像がつく。


「こういう嫌がらせをしていた時の記憶はある?」


 思わず朝比奈さんに質問する。すると、頷いていた。犯行時の記憶が無いとすると、悪霊が関わっている可能性も大きかった。


「あんた、子供に虐待はしていないだろうな?」


 向井はさらの手帳を捲って質問する。


「近所の主婦の女性が、あんたの所の子供の鳴き声をよき聞くそうだ。あと、あの霊媒師の所にも何度か足を運んでいたのを目撃されている。まさか、この誘拐事件は、あんたは関わっていないだろうな?」


 向井が調査結果を話し終えると、重苦しい沈黙が流れた。朝比奈さんは下を向いたまま何も答えない。しかも、少し唇が震えていた。この沈黙は彼女の犯行を肯定しているようにしか見えなかった。


 客間の窓の外からは教会の子供のはしゃぎ声が響く。文子ちゃんの「お母ちゃん!」という声がした。笑いながら言っているので、たぶん他の子供達とふざけ合って言ったのだろう。


 それでもこの子供の声の朝比奈さんは泣き始めてしまった。


 どちらと言えば洋装の似合う美人といy感じの人だが、涙で台無しだった。私は洗面所から手拭いを持ってきて朝比奈さんに渡した。


 ここで泣くのは、やっぱり霊媒師と共謀していた事を肯定しているようにしか見えなかったが、意外と向井は責めずに辛抱強く朝比奈さんの気持ちが落ち着くのを待っていた。夏実さんの事件の時には、向井が挑発して大変な事にもなってしまったので、向井なりに自重したのかも知れない。


 渋々と言った口調であったが、朝比奈さんは事情を話し始めた。


 教会の嫌がらせは、霊媒師の指示によるものだったという。家の周辺で「神隠しで誘拐されている」という噂を流したのも朝比奈さんの仕業だった。


「なんでそんな事したんだよ…」


 向井は呆れながらも、朝比奈さんの話を真面目に聞いていた。


「こんな事をするつもりは無かったんです」


 涙で朝比奈さんの声は震えていた。少し可愛そうになるほどだった。


 朝比奈さんの話によると、一年ぐらい前から霊媒師の世話になっているといy事だった。実際、夫の不倫が止める事もあったので、効果も実感して辞められなくなってしまったのだという。


 ただ、だんだんと霊媒師の要求が強くなってきた。最初はお金だけだったが、動物の死体を持ってくるように言ったり、教会に嫌がらせをする様に命令してきたのだという。


「また動物の死体かよ。これは、やっぱり悪霊が背後にいるのは間違い無いね」


 私も向井の意見に賛成だった。向井も夏実さんの事件がきっかけで悪霊の事は自分なりに調べていると隆さんから聞いていた。


「断れなかったの?」


 一応聞いてみたが、朝比奈さんは首を振っていた。


「だった榊原先生に相談すると、夫が家に帰ってくるんです。断れるわけがありませんよ!」


 よそに女性がいる主人をもつ妻の悲しもが伝わってくる。安易に朝比奈さんを責める事が出来なくなってしまった。やっぱり神様が創った通りの結婚をする事が幸せになると思ってしまった。神様があれだけ聖書の中で偶像崇拝を禁止していた理由もよくわかってしまった。その上、偶像崇拝の相手はだいたい悪魔か悪霊だ。人間が幸せになる可能性は低いだろう。


「で、子供の誘拐もお前が関わっているのか?」


 向井は私と違って強い口調で問い詰めた。夏実さんの件もあって、口調は比較的おとなしめではあったが、朝比奈さんはついに号泣し始めてしまった。この涙を見ていると、同情したくはなるが、事件に関わっている事は明らかだった。


 私は、優しい笑顔を作りながら朝比奈さんの背をさすり、涙を拭く。それでも、朝比奈さんは涙を止める事はなかった。


「沙里子ちゃんの行方は知ってる?」


 この事だけはどうしても聞きたかった。朝比奈さんはこくりと頷く。涙が溢れて畳の上に落ちる。


「やっぱり、あんたも霊媒師と一緒に誘拐したわけか?」

「ええ」


 向井の言葉についに朝比奈さんは頷く。時々興奮しながらも、誘拐事件についても事情を話した。


 霊媒師からの要求がきつくなった朝比奈さんは、ついに娘の沙里子ちゃんを生贄として捧げるように求められた。迷ったが、これで夫の心が帰ってくると言われ、沙里子ちゃんを霊媒師の所に置いて言った。


「本当にそんな事したのかよ」


 向井は信じられないようだったが、私はあり得そうな事実だと思った。実際、私も太郎くんも神社に生贄として捨てられている。


「霊媒師は自分が一番大事なものを捧げたら、願いが叶うっていうし」

「だからって……」


 向井は言葉を失っていたが、この事がわかってしまったら黙って見ているわけにもいかない。


「その生贄儀式はいつやる予定なの?」


 聖書には、当時の悪魔崇拝者達が子供を生贄に捧げた描写も出ている。やっぱりしういった儀式はあり得そうだった。


「霊媒師は今日はハローウィンっていうのだから、一番霊力が高まるって言ってた。たぶん、今日の夜……」


 その朝比奈さんの話を聞き、向井と私は警察に行く事に決めた。朝比奈さんは、最初は渋っていたが、長らく二人で説得し、一緒に警察に行く事を認めてくれた。

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