花嫁の願い編-4
讃美歌を歌い過ぎて、若干喉が枯れていたが、心はすっかり満たされていた。
昨日、隆さんと決めた事も守られそうだ。やっぱり、神様の役に立つ事をしていると人間は満たされる事を強く感じてしまった。
こうして充実した気持ちで、礼拝堂を後にし、自分の家に戻った。習志野さんや塚田は仕事の戻っていった。習志野さんは、一体どんな仕事をしているか謎だが。あの男は謎多い人物だが、どんな人かこれから知っていく楽しみもあり、そんな所も悪くないのかもしれない。
その後、私はいつのより気持ちを込めて厠や縁側の廊下を掃除した。こんな地味な仕事も習志野さんが言ったように神様の栄光を表せると思うと、気が引き締まる。確かに全ての事を神様を意識して行うなら、生活の質はかなり上がるのでは無いかと思い始めた。
そもそもいつも神様は見ているのだ。もちろん。悪い事はできない。最近は妊娠中なので、ついつい隆さんや教会の子供に甘えてしまう面も多かったが、そろそろ甘えているばかりもいかない。
これから責任の重い親になるのだ。いつまでも子供の気分ではいられない。婚前交渉や売春がなぜ悪いのか。神様を傷つける行動である事は間違いないが、万が一責任にない親の元に子供が出来てしまったら不幸だろう。一見、厳しそうな決まりが書いてある聖書だが、根本的には人間が不幸にならない為、愛の動機で書かれている。神様は愛。その視点で聖書を読むと、難しく納得できない部分もだんだんとわかってくる。
そんな事を考えながら、掃除用具を庭の物置小山に片づけた時だった。
向井が玄関先に尋ねてきたのが見えた。今日も洋装だが、丸メガネをかけて変装しているようだった。
「向井さん、こんにちは」
「よぉ、奥さん。こんにちは」
賛美歌を歌った充実感ですっかり忘れていたが、霊媒師や教会への嫌がらせの問題が残っていた事を思い出す。向井の調査の進捗を聞く。
「たぶん、誘拐の件は霊媒師が噛んでいる。霊媒師のアジトがある火因村の小山に子供達の声を確認したよ」
「本当? 子供達は生きているの?」
その事を知り、安堵のため息がこぼれた。
「うん。でもわかんないだよな。どうも複数人がこの件に関わっているようなんだよ」
「複数人?」
「うん」
向井は黒い手帳をズボンのポケットから取り出して説明する。向井が調べたら結果では、霊媒師の客達も誘拐に協力しているかも知れないという事だった。その中には、商店街の人達も多く含まれているかもしれないという話だった。
「そんな、予想外だった」
「協力者が上手く警察の目を誤魔化していたみたいだ。だから、明るみに出ないんだよなー」
「教会の嫌がらせは?何か関係ある?」
その事も気になった。
強い風が吹き枯れ葉が舞い散る。カサカサとした音が耳につく。
「たぶん、あれは朝比奈の奥さんがやってると思うんだよな。俺が調べところでは」
「え?朝比奈さんが?娘が誘拐されたはずなのに」
その事も予想外だった。朝比奈の家の周りでは、「神隠し」で子供が誘拐されたという噂が広がっているらしい。しかも私達の神様のせいにされているとか。
「そんな。私達の神様はそんな事しないわよ」
ちょっと怒った声が出てしまう。しかし向井によれば、こう言った噂は絶えないのだという。九州の方では宣教師にフリをした人身売買業者が子供を海外に売り捌いていた事もあるらしい。だから、しばらくキリスト教が弾圧されて鎖国に至ったと向井は言いにくそうに説明した。
それも初耳だった。しかし、戦国時代から江戸時代にかけての歴史を考えると、あり得ない話ではないかもしれない。
「じゃあ、朝比奈さんがやっていると思われる嫌がらせは、霊媒師の件とは関係ないの?」
「それはちょっとわかんないだよなー。とりあえず朝比奈の奥さんは、現行犯で捕まえたいと思う。あ、やっぱりあの奥さんが来たぞ!」
向井が指差した先には、牧師館の玄関の方で不審な動きをしていた朝比奈の奥さんがいた。
朝比奈さんは、すぐに逃げようとしたがあっという間に向井に取り押さえられた。
せっかく綺麗な洋装のワンピースを着ているのに、向井の前で暴れたお陰で砂埃で汚れていた。
「私じゃないです!」
泣きながら叫ぶ朝比奈さんは、ちょっと可愛そうに見えた。
だからといって向井は容赦しない。朝比奈さんが持って手紙をつかんで掲げる。そこには明らかに教会への嫌がらせの言葉が書かれていた。動かしようがない事実だった。
朝比奈さんが嫌がらせの犯人である事は間違い無いようだった。
さすがに私も頭が冷えてくるが、ここまでするのは何か事情があるように思った。向井は警察に突き出すと吠えていたが、私はその前に一度事情を聞こうと思った。
「甘いよ、奥さん」
向井は呆れていた。
「でも、なぜこんな事をしたかは知りたいわ。ちょうど、お煎餅もあるし一緒にお茶でも飲みながら、お話しませんか?」
私の呑気な笑顔に朝比奈さんも落ち着いてきたようだ。
私は微笑みながら、向井と朝比奈さんを家に招待した。




