花嫁の願い編-3
翌日、月曜日。
新しい週が始まった。妊娠中だったが、身体の方はとても元気だった。
いつもの様に朝ご飯の支度をし、仕事に行く隆さんと塚田を送り出し、牧師館での家事をこなした。
ただ、心配ごとは一つだけあった。牧師館にまた嫌がらせの手紙が入っていたそうだった。
牧師さんは、元気そうにしていたがこの事に心を痛めていたのは確かだった。
向井がこの事を調べているはずだが、まだ進展は無いようだった。霊媒師がやっている可能性もあるが、誘拐の件ほど確証は無い段階だった。
とはいえ、今日は礼拝堂で信徒さん達と賛美歌の練習会があるというので、私も参加する事にした。
参加者は牧師さんや私だけでなく、近所に住む信徒さん数人もいた。多くは、近所に住む主婦が多いが、今日は珍しく習志野さんがいた。
習志野さんは、20歳ぐらいの男性であるが、少し変わった人物だった。いつも着流しだが、頭に大きな帽子を被っていた。色鮮やかな帽子で、南国の鳥のような印象も受ける。案の定、外国で買ってきた帽子のようだが、詳細はあまり語らない。ちょっと浮世離れた謎の人物だ。
「志乃さん、こんにちわ〜」
「こんにちわ、習志野さん。今日はギター持ってきたの?」
「うん」
今日はアコースティックギターを抱えていた。習志野さんは、ギターやピアノの演奏も得意で、時々讃美歌も一から自分で創っているようだった。
「じゃあ、今日は賛美歌の練習を頑張りましょう。出来ればクリスマスの時に疲労出来る機会があると良いですね」
牧師さんのそんな言葉から賛美歌練習会が始まった。
讃美歌は神様に捧げるものなにで、技術を競うものではない。どれだけ心wp込められるのかが一番重要だが、こうしてみんなで讃美歌を歌っていると、本当に生き生きとした気持ちになってきた。
特に習志野さんは、かなり心を込めて歌って居るのが伝わる。その歌声は、礼拝堂の高い天井に響き、天まで届いて行くような映像が頭に浮かぶ。
天国はきっとそんな歌が溢れている場所のはずだ。人間が楽する為の天国ではなく、神様を讃える国だ。隆さんも前に言っていたが、天国は一日中神様を讃える場所だ。
私達の歌声は、礼拝堂の外まで響き、子供達も誘われるようにやってきた。笑顔で一緒に讃美歌を歌っていた。
なんと、塚田もやってきた。酒屋で働いているはずだったが、配達途中で歌声に誘われたらしい。仕事をサボるには、どうかと思ったが、ちょっとだけ時間も空いたらしい。
意外な事に塚田も気持ちを込めて讃美歌を歌っていた。習志野さんが作った讃美歌も気に入ったようだ。塚田は、どんな風に曲を作っているのか、讃美歌練習会が終わってもしつこく聞いていた。
その点は、私も気になったので習志野さんから色々と話を聞いた。
礼拝堂には私、塚田、そして習志野っsんという共通点の無い三人だけがのこるが、賛美歌の話題で盛り上がってしまった。こんな共通点の無い三人がこうして話が盛り上がるのも、ちょっとした奇跡のようの思えてきた。
「ところで志乃さん。世の中にある芸術は何の為に存在しているか、わかるかい?」
習志野さんは、アコースティックギターを適当に鳴らしながら聞いてきた。話は讃美歌から聖書を主題にした絵画の話の移った時だった。
「隣人の心を喜ばせる為かしら?」
私はちょっと考えて、自分の考えてをいってみた。芸術作品は、それ自体はお腹を満たされたり、健康が良くなる作用はない。ただ、心が満たされる作用は確実にあるだろう。
「それもあるよ。でも神様は、芸術を何の為に創ったと思う?ちょっと考えてみようか?」
習志野さんにそう言われ、私と塚田は考えてみた。塚田は答えが出ていなかったが、私はちょっとわかってしまった。
「もしかして神様を賛美る為?」
「正解。志乃さんの言う通りだよ」
習志野は笑顔で頷く。そう思うと、全て納得してしまった。
音楽はそもそも讃美歌があるし、絵画は聖書を主題にしたものも多い。小説も元々そう言ったものだと思う。隆さんも神様の為に作品を創っていると言っていた。
「ああ、僕の作品に欠けていたのがわかったよ」
塚田は、目から鱗が落ちたようだ。すっきりとした表情を見せていた。
「そっか。小説だって神様を讃えるためにあったんだな。ああ、その視点が抜けてたから、僕は上手く作品が書けなかったのか……」
しみじと呟いていた。私も塚田の言葉の深く頷いた。
「芸術だけじゃないよ。日々の生活も全部神様の為と思って行うと良い。そうすると生活の質もあがるよ」
習志野は歌うようの言い、再び三人で讃美歌を歌った。
礼拝堂は秋の日差しの満たされる。明るい歌と日差しのお陰で、この場所が一瞬天国だと錯覚してしまうぐらいだった。
天国ではきっとずっと讃美歌を歌っているだろう。この世は罪に染まり、一時的に悪魔が支配する事が許されているが、賛美歌はこの世でも天国を感じられるものだ。




