花嫁の願い編-1
家に帰るには、夕方過ぎになってしまった。
帰ると、玄関に隆さんに出迎えられたが、腕を組んで目を吊り上げていた。明らかに怒っていたが、今朝の様に上の空では無い様でホッとした。どうやたら霊的には元に戻ったようであった。
「何で、花畑令嬢のところに行ってたんだよ」
「ごめんなさい。あとで詳しく話すわ。それより夕飯作らないと」
素直に謝ると、隆さんは腕をといて表情を和らげた。どうやら勝手に花畑令嬢のところに行った事を心配しているだけのようだった。
「あら、だれかお客さん?」
玄関に置いてある靴を見ると、洋風のブーツが置いてあった。私のものではない。見覚えがある。春美さんの靴だった。
「実は、春美のやつが急に遊びに来てな」
「え、本当?早くおもてなししなきゃ」
「それが、塚田のやつが……」
「え?そういえばちょっといい匂いがするわ」
鼻をクンクンさせると、洋風のスープというかお肉の匂いがした。
「実は、塚田のやつがパエリアっていう洋食を作っているんだよ」
「え?」
隆さんと二人で居間に行くと、ちゃぶ台の上には見た事も無い料理が載っていた。
黄色いご飯の上に肉がのり、色鮮やかだった。匂いも良くて美味しそうだった。
春美さんは目を輝かせて珍しい料理を見ていた。一方塚田は、ちょっと自慢気にこの料理について説明していた。
私達もちゃぶ台に囲うよに座り、どんな料理か聞く事にした。
これは塚田が両親に教えて貰ったレシピで作ったパエリアという料理なんだという。
「もともとは黄飯っていう南蛮料理が由来の大分の郷土料理なんだ。うちの両親が大分出身だったからね」
「へぇ。塚田さん、こんな料理はじめて見たわ」
春美さんがこの中で一番喜んでいるようで、笑顔だった。前春美さんが来た時は、悪い事をしたなと思っていたが、この様子だと気にしていないようだった。
「もしかして、南蛮料理だからキリスト教と関係あったりする?」
私も身を乗り出しながらパエリアという料理を見て聞く。根菜類も入っているようで、見た目も華やかだ。お祝いの料理みたいだ。
「おぉ、奥さん。勘がいいな。その通りだよ。この料理は、戦国時代のポルトガル人の宣教師が信徒にご馳走したんだって」
「やっぱりな」
隆さんも興味深そうに頷く。
「この国に入ってきた洋風の料理は、キリスト教と関係あるものも多いだろうな。宣教師が布教するためによく料理やお菓子も使っていたそうだ」
「カステラや金平糖もそうよね」
私も頷く。
カステラた金平糖の話は、牧師さんや食いしん坊の向井から聞いた事があった。美味しい料理やお菓子がキリスト教と関係あると思うと少し嬉しくなった。
「まあ、蘊蓄はいいじゃない。食べましょう」
春美さんが我慢できないような感じだった。みんなで手を洗い、小皿や箸、スプーンなども用意して、食前の祈りを捧げた。なぜか春美さんも一緒に祈りをしていたが、単純に三人も同じ事をやっているのに、自分だけがやらないのは気まずいようだった。
こうして珍しいこのパエリアを食べはじめた。
「美味しい!こんな料理食べた事ないわ」
春美さんは、人一倍上機嫌でパエリアを口に運んでいた。
私達も見たことのない料理に好奇心をそそられ、あっという間食べてしまった。
「塚田さん、この黄色いご飯はどうやって色付けしたの?」
自分でも作ってみたいと思い、私も色々塚田に聞き。黄色いご飯は、サフランで色付けしているらしい。見た目の割には作るのは簡単そうだった。
コロッケやカレーの方が工程や味付けが面倒だと思ってしまった。凝った西洋料理も嫌いでは無いが、毎日家事をしながら作る料理を考えると、和食の方が楽だとは思う。今は、妊娠中だし手間と栄養素を考えると、珍しい西洋料理はあんまり作ってはいなかったが、このパエリアは肉もとれるし、海鮮を入れても良いそうなので栄養のついても悪くない。今度作っても良いと思ってしまった。
隆さんもパエリアが気に入ったようで、皿はすっかり空になっていた。
食べ終えた春美さんは、なぜか俯いていた。
「隆兄ちゃん、志乃さん。ごめんなさい」
しかも謝罪までされてしまって、戸惑う事しかできない。
「どういう事だ、春美」
いつになく隆さんは、優しく春美さんに質問していた。
いつもこんな風に優しく接すれば良いと私は思うが、なかなか本人は厳しい態度しか出来ないという話だった。
「この前は、私が霊媒師に行こうだなんて言って悪かったわ。やっぱり、ああいうのは危険ね。別に耶蘇教を信じるわけじゃないけど、怖くなってしまったわ。霊媒師というより耶蘇教の神様の嫉妬深さというか、愛情深さに……」
別に私達の神様を褒められたわけでは無いが、こちらの気持ちは伝わったようでホッとした。
「もう、いいよ。わかった」
隆さんは俯いている春美さんに優しく言った。
「ええ。私ももう気にしていないよ」
私も続けて言うと、春美さんは顔を上げた。ほぼ同時にカバンから小さな包みを取り出して、私と隆さんに見せた。
「なんだ、これは?」
隆さんは包みをあける。中には手編みの小さな手袋が入っていた。明らかに子供用だった。
「これ、一応お祝い。お守りなんてもって来て悪かたわ」
「そんあ、春美さん。わざわざありがとう。それにお守りは正直気持ち悪かったけど、その気持ちは嬉しかったわ」
小さな手袋を見ていると、とれも嬉しくなってしまった。手編みだから、一つ一つ編んだ過程を思うと、より嬉しい。
「あ、やっぱりお守りは気持ち悪かったんだ」
春美さんはこの言葉になぜか大笑い。隆さんも塚田もつられて笑ってしまった。一時は塚田も霊媒師に惑わされて大変だったが、もうその事は問題無いだろう。
「ところで塚田さん、仕事決まった?」
春美さんは、笑った後に塚田に働き口を紹介していた。春美さんの家の近所にある洋食屋で下働きの男を募集しているそうだが、人手不足で困っていると言う。
「同、塚田さん。とりあえず明後日あたり、面接行ってみる?」
「行く!」
塚田は即答だった。今している酒屋の仕事とこの洋食屋の仕事があれば、うちで居候しなくても大丈夫そうだ。
こうして塚田の問題も解決し、私はすっきりとした気持ちになった。
残る問題は、この町で起きている幼児誘拐と霊媒師の件だけだった。




