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許さない罪-4

 礼拝が終わると、私は向井を半ば無理矢理連れ出した。牧師館の方の庭に連れて行き、花畑という令嬢について問い詰める。隆さんについては、牧師さんや信徒に囲まれて、祈り始めていた。とりあえず、霊的の攻撃はこれで防げそうだが、現実的な問題として花畑令嬢については、把握しておく必要がある。


「ねえ、向井さん。花畑令嬢というお嬢さんについて、詳しく教えて下さらない?」

「ちょ、ちょ。奥さん、顔が怖すぐですよ。あー、わかったよ。とりあえず、縁側に座ろう」


 私があまりにも鬼気迫る様子で問い詰めたせいか、向井は肩を震わせて怖がっていた。


「奥さん、ぱっと見顔は美人なのに怖いなー」

「そんな事はどうでもいいんです」

「やっぱりお母さんになろうっていう人は、強いね。肝が座りすぎてるよ。おー、怖……」


 そんな向井の冗談には少しも笑えないが、とりあえず縁側に座って事情を聞く事にした。牧師館の居間からは、教会の子供達のはしゃぎ声が響き、なんとも平和で呑気な雰囲気が漂っているが、今は聞くべき事を聞かなければならないようだ。


「花畑令嬢について、教えてください」

「はー、わかったよ。奥さんが聞くとだいぶ不愉快な話題もあるけど、良いか?」


 私は深く頷き、花畑令嬢とはどんな女なのか聞く。


「花畑麗子さん。没落華族の娘さんだよ」

「没落?」

「うん。親が色々悪い事して、事業が傾いたんだよ。それで今は、小石川で女中の仕事をしているね」


 想像以上の落ちぶれぶりだ。私も両親が死んでにたようなものではあったが、両親は平民だったし、そこまでの落差はない。


「それと隆さんと花畑さんは、どう関係があるの?」


 一番気になる事を聞いてみた。正直なところ、華族が落ちぶれようがどうでも良い話だった。落ちぶれた華族と平民の孤児や病人と比べると、後者の方が社会的に悲惨な状況にある。不幸を比べるつもりは無いが、より苦しい人の方がやっぱり関心がある。


「いや、それはな」

「モゴモゴしないで、はっきりと言ってくれませんか?」

「おぉー、奥さん。意外と強いな」


 言いにくそうではあったが、向井は変装用のメガネを掛け直しながら、花畑令嬢は、隆さんの元婚約者である事を告白した。


 ある程度は覚悟していたが、予想外の話だった。私と出会う前の隆さんに縁談が一つも無いのは、違和感があったものだが、やっぱりそんな話はあったようだ。


 花畑令嬢は隆さんの教え子の知り合いだったそうだ。そこから話が広まり、トントン拍子で縁談が決まったそうだ。


「でも隆さんは、平民の生まれよ。華族とは身分違いでは無いかしら?」

「まあ、向こうはほとんど没落状態だったし、花畑令嬢は見目も悪くて、借金のカタの嫁入りもなかなか難しい状況だったらしく…。元々向こうが隆の事を気に入って進んだ縁談だったんだよなー」


 人懐っこくて笑顔が多い向井の割には、今日は渋い顔が続いている。私はキツく問い詰めている事もあるだろうが、向井が花畑令嬢に関して良い感情を持っていない事は明だった。


「隆さんは花畑令嬢の事は気に入っていたのかしら」

「っていうか、隆と同じ仕事だし」

「え? 学校の先生だったの?」

「違うって。作家の方。ちょっと人気な少女小説家みたい。まあ、それだけでは食っていけないから、女中の仕事もやっているらしい」


 花畑令嬢が少女小説家だったとは予想外だった。向井によればお互い小説という共通点があり、急速に親しくなっていったようだ。


 確かに聞いていて気分の良い話ではなかった。隆さんに婚約者がいた事も受け入れ難い事実ではあるが、その相手と気があっていたなんて。思わず嫉妬しそうにもなるが、理性を保って制する。嫉妬という感情は、悪魔が持っていたもので罪でもある。息を深く吸い、できるだけ冷静になって向井の話に耳を傾ける事にした。


「それで、何で婚約破棄になったか、向井さんはご存知?」

「あまり愉快な話ではないぜ……」

「隆さんが、ずっとあのままの方が困ります。言いにくいとは思いますが、教えてください」


 私は頭を下げた。


 花畑令嬢の事がわからないと、隆さんの許せていない気持ちもわからない。やっぱりこの事は聞かなければならない。

 向井は私が頭まで下げたのが意外だったらしく、驚きながらも何故縁談が駄目になったのか説明してくれた。


 最初、花畑令嬢も隆さんの影響でキリスト教に興味を持ち、熱心に聖書を学んでいたそうだ。ただ、酒や偶像崇拝禁止というのに納得出来ない事も多かったらしく、次第に意見が衝突。結局、この信仰心の違いが主な原因で婚約は破棄となった。


 確かに聞いているとムカムカと嫌な気分にはなってくるが、冷静に頭を冷やす。実際、花畑令嬢のような人は多いと牧師さんから聞いた事がある。単純に興味を失ってしまうだけならまだマシらしい。


 わざとらしく敬虔なクリスチャンのフリをしている方が手に負えないと言ったいた。敬虔なフリをしているものは、見た目ではわかり難いので牧師さんも苦労しているという話だった。


「まあ、隆さんは神様を第一にしているもの……。そんな令嬢とは気が合わないでしょうね」

「それだけだったら、まだ良かったんだけどな。耶蘇教の神様を悪く言ったり、隆の作品もいちいち欠点をあげつらっていたらしい」

「え、それは……」


 聞いているだけで、とても気分が悪くなってきた。


「それに、花畑令嬢は自分が書いている少女小説雑誌で隆の作品をボロクソに叩いていたな。つい最近だぜ」


 向井は、カバンからその切り抜きを出して見せてくれた。こんな日がきそうだと、向井はわざわざカバンの中で用意していたらしい。


 切り抜きを見ると、確かに数ヶ月前、花畑令嬢は隆さんの作品をボロクソに叩いていた。花畑令嬢は、少女小説雑誌で書評も担当しているようで、毒舌で面白いと少女達に受けている事を説明してくれた。悪口で人を楽しませているなんて。それだけでも気分が悪いのに、隆さんがネタにされている事も嫌な気分しかない。


「ねえ、向井さん」

「何だい、奥さん」

「花畑令嬢ってどこに住まわれているの?」

「は?奥さん、もしかして花畑令嬢に会いに行くのかい?やめとけって」


 そのまさかだった。


 やり返すわけでは無いが、一度この令嬢には会うべきだと感じた。なぜかわからないが、今回ばかりは隆さんを守る為に行動しなければならないと強く感じてしまった。


「やめとけって」


 向井はそう言いながらも手帳から花畑令嬢の連絡先を書いて私に渡してくれた。


「健闘を祈るよ、あばら骨」


 向井は明らかに面白がっていたが、私は真剣だった。


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