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小さな迫害編-2

 塚田治。


 秋田県出身の新人作家。処女作「人類失格」は文壇で高評価を受け、人気を博す。ただ、その人柄は問題があり、借金を踏み倒したり、遊郭にいりびたっているという噂が絶えない。


 私は隆さんの書斎に行き、少し下世話な文芸誌を読んでいた。塚田の短編小説も載っていたが、少々下衆な噂話も書かれている。時に廣瀬道夫という大御所の作家に嫌われているようで、塚田の作品の酷評と共に、人格に問題あるかのような事も書いてあった。


 私がため息をつき、文芸誌を本棚に戻す。


 あの後、塚田は疲れてしまったのか、眠りこけてしまった。いくら呼んでも起きず、そのまま客間に毛布を被せて寝かせていた。


 書斎までもいびきが響いてくる。無理矢理起こして事情をきくよりは、寝かせて置いた方が良さそうだ。


 この件は隆さんに任せた方が良いだろう。夏実さんというか清美さんの件では、大騒ぎしてとても罪深い事をしてしまった。やっぱり聖書に書いてある通り、夫に従って置いた方が丸く収まりそうだ。


 とりあえず台所に向かい、里芋の煮物やほうれん草のおひたしを作ったり、夕飯の準備に取り掛かった。


 とりあえず三人分作って置いた方が良いかも知れない。冷蔵庫を確認すると、食材は買い足さなくてもとりあえず大丈夫そうだった。ご飯も多めに炊けば大丈夫そうだ。塚田のあの様子ではすぐ帰るとは、思えなかった。


 窓の外がちょうど薄暗くなった頃、隆さんが帰ってきた。


 私の表情を見ただけですぐに異変に気づいていた。聖書では、夫と妻の身体は一体になると書かれている。時々相手が考えている事が、手に取るようにわかる事がある。性交渉をすると相手と一体になるのだ。より相手と仲良くなる為の神様の祝福。そういう風に人間が創られている。


 だから、不特定多数の異性と交わる売春や不倫は危険なのだ。神様の祝福を悪用するという罪でも有るが、その本人達が傷つく行為でもある。職業差別ではなく、そう言った仕事は危ないなと思ってしまう。


「玄関に知らない下駄があるな。誰か来てるのか?」


 隆さんの表情は明らかに不機嫌だ。向井が来るだけでも全く同じ表情を見せている。


 私達はとりあえず夫婦の部屋の行き、事情を説明した。


「は? 塚田治?」


 隆さんは上着を脱ぎ、ネクタイを解くとシャツの上の方のボタンを外す。


「ええ。そう言っていましたよ。何か問題でも?」

「いや、塚田とは出版社で何回か会ってるし、顔見知りだが……。あんまり良い評判は聞かないんだな」


 私は衣装ダンスに隆さんの上着やネクタイを仕舞うと、首を傾ける。


「親しく無いんですか?」

「ま、向井ほどは仲良くはない。一体何しに来たんだろうな」


 隆さんも首を傾け、とりあえず二人で客間に向かった。


 向井は、もう起きていて正座していた。冷めた緑茶を啜っている。豆大福は消えているので、食べてしまったと思われた。


 客間は比較的教会の牧師館に近い。子供達の笑い声が響く。おそらく子供達の声で起きてしまったのだろう。


「雪下先生じゃないですか。本名は神谷隆さんなんですね!」


 意外にも塚田は人懐っこい笑顔を見せて頷く。


「いや、何か用かな?」


 隆さんは内心、イライラとしていそうだが、優しい口調で聞いていた。基本的には怒らない人ではある。あからさまに怒りは表現しない。ただ、優しそうな笑顔もちょっぴり目が笑っていなくて怖かった。


 そんな気持ちが伝わっているのか、塚田は隆さんの質問に答えない。


「いや、雪下先生の奥さん、美人だねぇ」

「は?」


 隆さんは、明らかに不愉快な声を出す。私はどうすれば良いか分からず、とりあえず空になった湯呑みにお茶を注ぎ直す。


「いや、用がないなら、お引き取り願うよ。この通り、妻は妊娠中でね。あまり、無理させられないんだ」

「あ、あの。私は別に身体の方は大丈夫です」


 険悪な空気が流れる中、とりあえず自分は何ともない事を伝えた。


「とりあえず、みんなでご飯にしませんか?」


 夕飯を食べる事を提案した。このままでは塚田は、絶対に口を割らないだろう。満腹になって気が緩んだ時に、事情を聞いて方が良いと思った。


 まるで私の提案に同意するかのように塚田のお腹が鳴った。

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