許さない罪-1
霊媒師・榊原珠子が再び私の目の前に現れた。今日も黒いマントを羽織り、全身黒づくめだったが、前と違ってマスクをしていた。顔の半分が白い布で覆われているだけで、怪しい雰囲気が倍増していた。
「何の用だ?」
隆さんは、この女が何もの間すぐに察したようだ。霊的にもまともな女に見えない。霊の状態は意外と顔つきや目に出るそうだ。そういえば教会に来ているクリスチャンで、榊原のような雰囲気の女はいない。
「志乃、おまえは先に家に入っていなさい」
隆さんは、庇うように私の前に出つつ、厳しい口調で言う。
「でも、私が祈れば少しは……」
「だめだ、危険だ。さっさと家に行け」
いつになく言葉が荒いが、自分を心配している事は強く伝わってくる。
「そうよぉ。今夜は乳飲み子みたいな奥さんじゃなくて、エルダークリスチャンのあなたに用があるのよ?」
榊原は、挑発するように顎をグイッと上げた。
「志乃、お願いだからさっさと家に帰れ」
「わ、わかったわ……。きっと大事よね……」
この場を離れるのは、不安でしかなかったが、自分はちょっと前も悪霊に攻撃を受けていた。自分がいる事で隆さんに迷惑をかけると思ったし、夫には従うべきだとも思った。
脚はすくんでいたが、どうにか玄関まで辿り着き、腰を降ろしてしまった。
まだ震えが止まらない。まさか、また榊原がやってきたなんて。
まだ子供の誘拐事件も決着がついて居ないのに、まさか隆さんを攻撃しに来るとは想像つかなかった。警察の生贄の事を話したのも一因かも知れない。そう思うと、子供を誘拐している犯人は榊原だ。間違いないだろう。
「ちょっと、奥さん。青い顔しているけれど、大丈夫?あ、僕は夕飯は適当に冷蔵庫のある魚を焼いて食べちゃったけど、いい?」
「そ、それはいいけど、また霊媒師がやって来たのよ。今、外で隆さんが……」
泣きそうだった。やっぱり自分一人だけ逃げてきた事に罪悪感を持ってしまう。
「いや、だったら、こういう時こそ祈らないとダメじゃん」
塚田の言う通りだった。恐怖に支配されていた頭が、晴れていく。
「一緒に祈ってくれる?たぶん、一人よりは二人の方がいいから」
「わかった」
こうして塚田と一緒に祈り始めた。大勢の人が祈る場所は、それだけイエス様に繋がる門が広くなると牧師さんから聞いた事がある。聖書にも心を一つにして一緒に祈る事が書いてある。今の時代のクリスチャンの知識人が無教会派を唱えていたが、それでも人と人が集まって聖書を教え合っていたそうだ。祈りも聖書を読み解く事も一人よりは二人の方が良い。そもそも神様は、人は一人でいるのは良くないと聖書で伝えていた。
塚田はまだ神様や聖書に興味を持ったばかりで、たどたどしい祈りではあったが、それでも一人で祈るよりは不安感は拭えた。
とにかく隆さんが、霊媒師から守られるように祈るしかなかった。
祈り続けて数分後。
隆さんが家の戻ってきた。
「大丈夫だった?」
私は半分泣きながら、縋り付くように隆さんに近づく。
「いや、志乃達が祈ってくれたおかげだと思うが、あっさりと逃げていったよ」
それを聞いて安堵しか感じなかった。
塚田もホッとして深く息を吐いていた。
「お前らの神様強いなぁ」
呑気にそんな事まで呟いていて、私も塚田に同意するしかなかった。この事がきっかけなのかわからないが、塚田はさらに神様に興味を持ったようで、またしばらく隆さんと二人で聖書の勉強の興じていた。
榊原がやって来た事は恐怖でしかなかったが、とろあえずは追い出せたようで安静した。明日の朝食の準備を軽くし、風呂に入ったり、雑巾を縫ったり、布団の準備などをして忙しく動いているうちに、不安は消えていった。




