先祖編-4
土屋先生の家にはちょっと寄るつもりだったが、話が弾んで長居してしまった。寿司もご馳走になってしまい、土屋先生の家を出る頃には辺りは真っ暗になっていた。
足早に電車に乗り込み最寄りの駅につき、しばらく二人で一緒に川沿いの道を歩いていた。
もう夜なので人気はあまりなかったが、時々警察官とすれ違った。少し話を聞くと、やっぱりいまだに子供達が見つかって居ないという。心配で川辺の方を私達も少し見てみたが、子供らしき姿は全く見えない。このまま帰るのも何となく気分がスッキリとせず、二人で手を繋いで川辺を歩いていた。
「よかったな、志乃」
「え?」
指先から隆さんの体温が伝わってくる。秋の夜は決して暖かいわけでは無いので、より強く温もりを感じた。一旦手を解き、指を絡めるようにつなぎ直す。結婚して一年以上たち、妊娠中の身であるのに、こうして手を繋いでいると恋人のような気分になった。
「ご両親と和解できて」
「そうね。一人では絶対無理だったと思う。これは、神様のおかげね」
榊原の霊的な攻撃を受け、変な夢まで見てしまったが、こうして罪を自覚できて悔い改め出来た事はよかった。罪を認める事と神様に愛されているという事は、つくづく表裏一体だと思う。自分が正しくて清い人間とか、自分は悲劇の主人公などと思い込んでいたら、絶対に神様の愛を知る事はなかっただろう。世間的には、クリスチャンが悔い改める事はしんどい事と言われているが、的外れの部分が自覚でき、軌道修正も出来るので悪い事ではなく、とても大事な事だとも思う。
ふと、隆さんは悔い改めができているのか気になった。
「ねえ、あなたは、悔い改めるべき事はある?」
意外な事に隆さんは、考え込んでしまった。夜で表情ははっきりと見えないが、隣を見上げると渋い表情を見せていた。
「そうだな……。お袋の事はもうずっと前の悔い改めたし」
「じゃあ、全部悔い改めできているわ」
「そうかな。完璧の清い人間はこの世には居ないだろ?聖書にも書いてある」
「ええ。義人は一人もいないのよね……」
人間は全員悪人という性悪説で書かれる聖書は、人によってはかなりの抵抗があるだろう。みんな自分は正しい人間だと思っている。それ自体も罪なのだが、自覚するのは難しい問題だった。詐欺師や占い師は「あなたは悪くない」と言って人を騙す事が多いそうだ。人間の罪深さを利用した心理的操作とも言えるだろう。聖書がわかっていれば詐欺にあったり少ないはずだ。詐欺師の親分とも言える悪魔の目的や手口も聖書にはよく書かれている。
「まあ、よく考えてみるよ。罪があったら天国には行けないからな」
「そうね。私もイライラしたり、不安にならないように気をつけなきゃ」
「そうだな。やっぱり子供を産む事が出来る女性への攻撃が悪霊達は好んでするからな」
「そうなんだ」
それは初耳だった。
「創世記6章などにも書いてあるが、悪霊どもは人間の女に性的な攻撃するのが好きなんだよなぁ。旧約聖書の時代は特に女性が救い主を産む必要があったからな」
「聖書で同性愛や動物と交わるなって言っているのは、そう言った悪霊の攻撃から女性を守る意味もあるのかしら」
「そうだな。神様は愛だから。一見厳しく見えるところも、人間を愛するという動機で全て説明出来るよ」
そんな事を話しながら帰る。結局、隆さんとは神様や聖書の話をする事が多かった。普通の夫婦だったら、まずしない話だろう。きっとどちらかが未信者だったら、話は合わなかっただろう。
我が家の門の前まで辿り着く。明かりがついているので、塚田は帰ってきたのだろう。一応家の鍵を渡してあったので入れたようだ。
「そういえば、塚田さんにご飯作っておくの忘れちゃったわ」
「まあ、仕方ないだろう。冷蔵庫には何か食材置いてあったか?」
門の郵便受けを覗きながら、隆さんが言う。
「ええ。お魚や漬物は入れて置いてます。大丈夫だと思ってけど……」
隆さんは、郵便受けから手紙や茶封筒を取り出してカバンに入れた。最近は小説の仕事関係の郵便物がよく届いていた。そろそろ隆さんが創る文芸誌の創刊が近い。忙しい中、自分に付き合ってもらって、とても有り難かった。
「ねえ、ふ隆さん。今日は半日付き合ってくれてありがとうね」
素直にお礼の気持ちを表して口にしていた。親戚の家からこの教会に来た頃は、ほとんど礼も言えない不作法な子供だった。今は、隆さんのおかげで所作もだいぶ矯正された。やっぱり、お礼は早めに言った方が気持ち良いと思う。
「いや、いいんだよ。私も小説の話題の参考になったし」
「そうなの?」
「ああ。意外と日々の生活が、作品に生きているもんだな」
そう言って隆さんは、笑顔を見せた。その無邪気な笑顔を見ていると、とても嬉しく思ってしまった。普段、真面目そうなこの男性の子供らしくて純粋な部分を知っているのは、私と牧師さんぐらいなものだと思う。
しかし、そんな嬉しい気持ちはすぐに萎んでしまった。
気づくと、門のそばにあの霊媒師・榊原珠子がいた。
「また来たわぁ」
蛇のような笑顔を見せていた。




