先祖編-1
榊原に呪いを受けてから、私は上の空だった。さっきよりもさらに胸には黒々とした思いが溜まっていた。
家の客間を覗くと塚田は居なかった。
置き手紙があった。
借金返済の為に仕事を探してくるという。
その点については思わずホッとしてしまった。女性のヒモのような事をしないか不安だったが、塚田の県はこれで大丈夫そうだった。
とはいえ、胸に溜まった不安は消えない。子供たちの世話や夕食準備に取り掛かり忙しくて動いては居たが、榊原から受けた言葉は忘れそうになかった。
少し体調も悪くなってきて、夕飯を作り終えると酷い頭痛にも襲われてしまった。
「おいおい、奥さん。どうしたんだよ」
ちょうど仕事探しから帰ってきた塚田は、台所でぐったりとしゃがみ込んでいる私に声をかけてきた。
私は、榊原の事は説明せず具合が悪い事だけを言った。
「奥さん、妊娠中だろ?夕飯は、後で僕がやっておくから寝た方がいいんじゃない?」
「そうね……。そうするわ」
「布団敷くわ」
塚田に布団を敷いて貰い、具合が悪いので先に眠っていると隆さんに伝言を頼んだ。
そのあと、祈って眠ってしまった。想像以上に榊原にやられてしまったようだった。
私は神様ではないし、いくら祈りで悪き霊に抵抗出来たとしても限界があるようだった。それに私は救われてから5年も経っていないし、夏実さんの件では罪も犯している。完全に清められた存在とはいえず、日々試行錯誤中だった。クリスチャンになってからずっと幸せというわけではなく、自分の罪にじゃ向き合わなければならない苦しみはあった。
目を閉じると意識が切れた。深い眠りに落ちていくと、夢を見ていた。
夢の中では、小さな子供がいた。
「お母ちゃん!」
なぜか子供は、私の事を母親だと勘違いしていた。
子供の視線に合わせてしゃがむ。子供の容姿をよく見ると、小さな悲鳴をあげてしまった。
髪は光に透けるような銀色。目の色は琥珀色で、あのインキュバスが龍神の姿になって居た時とそっくりな容姿だった。
「お母ちゃん!お母ちゃん!」
「私は、あなたのお母ちゃんではないわ……」
「うわーん」
子供はどう見ても悪霊だ。
夢の中とはいえ、なぜここの悪霊が?
インキュバスは消えたはずだが、そっくりな子供が私を母だと呼んでいる。
ふと、昔隆さんがインキュバスの説明をした時、あの悪霊が霊の子供を勝手につくって攻撃してくる事があると言っていた。
霊といえども子供だ。親とみなした人間の健康や金などの祝福を勝手にとって行ってしまう事があるらしい。
霊の子供は、泣き始めると頭にツノを生やし始めた。その姿は、どう見ても悪霊で、思わずさ悲鳴を上げてしまう。
「お母ちゃん、いけないんだ!罪を犯した!いけないんだ!」
子供とは思えない力で、私を打ち始めた。夢の中なのに、とても痛い。心まで荒んでいきそうだった。
「志乃!」
その声で目が覚めた。
寝巻き姿の隆さんが隣に座っていた。心配そうにこちらを見ている。
「あ、あれ……」
私は上半身だけ身体を起こす。
汗をいっぱいかいたようで、身体はじっとりと湿っていた。
「おい、志乃。うなされてたぞ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃないかもしれない」
思わず弱音がこぼれる。
私は、これまでの事を全て隆さんに説明した。もちろん、榊原の事も説明した。
「それは、霊の子供かもしれんな。間違いない。悪霊の攻撃だ」
「私、何かまた罪を犯してしまったかしら……」
思い返そうとしたが、何が罪だったのか、分からなかった。
「とりあえず、霊の子供を追い出すお祈りをしよう。あいつら、本当にしつこいな」
「でも、私に何か問題があるのよね。神様が悪霊の攻撃を許しているのは、そう言うことね」
「その通りだ。まあ、その事も一緒に祈ろう」
窓の外はもうずっかり夜だった。有明行燈の淡い光が満ちる部屋で、祈り続けた。まず霊の子供を隆さんが祈りで追い出し、私は犯した罪は何か教えてくださいと祈った。
祈っていると不思議と心は軽くなり、安堵した。ホッと息を漏らすと同時に隆さんにしがみつくように抱きついてしまった。今日はどうも甘えたい気分らしい。
妊娠中というのもあるし、久々に悪霊の攻撃を受けて疲れていたのは事実だった。
「今日の志乃は、子どもみたいだなぁ……」
隆さんは、ちょっと呆れながらも、腕を解く事はなかった。それどころか、少しきつめに抱き締めてくれて、暖かみを感じた。
夫と抱き合っているわけだが、なぜか死んだ父に抱きしめられた過去が蘇る。子供の頃、よく悪夢を見て父に抱きしめられたのだったが。
ふと、頭の中に何か閃くものを感じた。
「あ、罪がわかったかもしれない」
「本当か?」
「私、両親の事を許せていなかったのかもしれない」
突然事故で亡くなった両親を、なぜ自分を一人にしたのか心の中では強く責めていた。今は幸せだから良いがすっかり忘れて居たが、両親については許せない気持ちを抱いていた事は事実だった。その証拠に父にこんな風に優しくされた経験もすっかり忘れていた。母の形見のハンカチーフもあっさり春人くんにあげてしまったのも、未練がないと言いつつ、母の事を許せていなかったがせいかも知れない。
「じゃあ、悔い改めの祈りをしよう」
「赦してくれるかな」
「絶対赦してくれる」
私は畳に膝をつき、悔い改めの祈りをした。そばで隆さんが聞いているので、安心もできた。
祈り終えると、気が抜けりようにホッとしてしまった。しばらく神様に赦された安堵感に浸る。
「なあ、志乃。せっかく悔い改めの祈りが出来たんだ。ご両親にも結婚と子供の報告に行こう」
「いいの?というか、お墓でも行っても大丈夫?」
隆さんが深く頷き、私は再び大好きな夫を抱きしめた。




